75話目 修学旅行初日 脱線する話題
ダラダラ感、三割増しです。
「あの……気にしてないからさ、頭を上げてよ……」
不可抗力により、パン一姿を晒してしまって変態のレッテルを貼られる危機に瀕した耕平くんに、女子三名が深々と頭を下げて謝罪の言葉を繰り返していた。
実際問題、女子が来る前に見た目を正そうとしていたのだから耕平に非などある筈も無いので、誤解はすぐに解けた。むしろ、修学旅行特有のノリで茶目っ気たっぷりに、連絡後即突撃なんてサプライズを仕掛けた事を、女子達は反省しているのであった。
「いやはや、見事なガチムチ筋肉だったよ」
「流石は野球部!ナイスマッスルだったぞ!」
訂正。反省しないでしっかり堪能していた女子も二人いました。
変態と叫ばれるよりはマシなのだろうが、男としてではなく、筋肉としてしか認識されなかったのはどうなのだろう?と、耕平は自尊心を揺さぶられる思いだった。
「ま、まあ折角来てくれたんだし!謝ってばっかじゃつまらんっしょ!なんか話したり、遊んだりして楽しもうぜっ!」
「だな。時間が勿体ない」
場を和まそうと声を張り上げた一朗に、剣も同意を示した。正直、耕平が不憫でいたたまれなかったのが本音であるが。
一朗と剣に促され、恐る恐る頭を上げる乙女な三人。しかし、恥ずかしさからか耕平を直視出来ず、あからさまに目を反らしている。耕平は、心の中で泣いた。
「みんな初々しくて、お姉さんは大変好感を持ちました!」
沈んだ空気を吹き飛ばすように、梓は明るく声を張り上げた。
「聖さん……元はといえば、ノータイム突撃したのは貴女の発案でしょうが!」
事故で意図していなかったとはいえ、見たくもないものを見てしまった上、恥をかかせてしまった相手を変態扱いするだなんて軽率な反応をしてしまった事を、弓は心底恥じていた。梓の男子達を驚かせようとの提案に同意はしたが、こんな事になるだなんて思ってもいなかったのである。よりにもよって、クラス委員長の自分がと、忸怩たる思いなのである。それで冷静さを欠き、つい責任転嫁してしまったのだが……
「あ、それはゴメンね」
梓は言い訳するでもなく、耕平を痴漢扱いした訳でもないのに、あっさり非を認めたのだった。
「謝ればいいってものじゃないでしょう!」
「え~?じゃあどうしろっての?私、謝るだけで済まないほど悪いことした?」
梓にしてみれば、耕平から痴女扱いされる方が、まだ納得できる心境であった(無論、剣以外の男に性的欲求は皆無である)。確かに、この喜劇の引き金を引いたのが自分であるとは自覚している。それについては巻き込んですまなかったなぁとも本当に思ったからこそ、ちゃんと認めて謝ったのだ。なのに、自分の案に同意して連帯責任を負うべき仲間に、どうして責められなければならないのかと、釈然としない思いであった。
一方、弓にとっては梓があっさり失敗を認め謝った謙虚で余裕を感じさせる態度の反面、責任転嫁の言葉を口にしてしまった自身の浅慮があまりにも幼稚に思え、常日頃梓に抱いていた苛立ちや嫉妬も混じったが故に……癇癪を起こして八つ当たりしている状態なのであった。頭では自己嫌悪しつつも、怒りとして発散せずにはいられなかったのである。
「大体貴女は普段からぁ、もごっ!?」
突然、弓は口を塞がれ背後から組伏せられた。椿の仕業である。
「ストップだ委員長!誰が悪いとか不毛な事をして貴重な時間を無駄遣いするな!……我が君が苛立っているのだ~」
剣の感情変化、特に怒りや殺意に関しては只人の十倍は敏感な性質に成ってしまった椿には、剣がほんの少し目を細め、弓を睨みだしたのを気付けたのである。そして、このまま放っておいた場合に訪れるであろう惨劇を回避する為、強行手段で弓を止めたのであった。
「……っ!そうよ!落ち着いて弓!コーちんは許してくれたんだし、連帯責任なんだからアズっちだけの所為じゃないし!」
安芽も説得に加わったが、それでも納得出来ずに藻搔く弓。すると、浴衣の腰帯が緩み始め……
「ダメー!男子!目を閉じてー!」
雀ちゃんのファインプレイ!叫ぶと同時に、咄嗟に敷かれていた掛布団を背負うと、そのまま弓に向かってダイブした!
あわや、下着姿を晒すピンチを救われ、弓はようやく怒りの矛を収められたのであった。代わりに、倍増した羞恥心に苛まれ、しばらく布団の中で縮こまっていたのであった。
「えとまぁ、気をとり直しまして……かんぱ~い!」
一朗の音頭で、紙コップに注いだジュースを掲げる一同。アルコールは一滴も入っていない、とても健全なパーティータイムの始まりである。
「早速訊くけどさぁ、剣んとアズっちって、やっぱりヤッてんの?」
爛々とした瞳で、抑えきれない興味で突撃する安芽ちゃん。
「安芽ちゃーん!出鼻からぶっ混み過ぎぃ!ほら、親友が顔真っ赤になってっぞ!」
弓は、剣と梓を交互に視線をさ迷わせつつ、二人が行為に及んでいる姿を想像してしまい、それを払拭しようと頭を激しく振った!ついでに、耕平と雀はジュースが器官に入り込んで噎せて咳き込んでいる!
「安芽!不謹慎!教育的指導よ!」
「と、委員長は申していますが……、剣、無礼講でヨロシク!」
「そりゃ……ヤッてない方が可笑しくないか?」
狼狽えたり言葉を濁したりなんて一切無し!平然そのものな調子で、とっくに男女の関係であることを認める剣。
「やだなぁ安芽ちゃんってば。あんなにイチャラブしておいて、ヤッてなかったら詐欺でしょ?仮面夫婦でしょ?」
梓も特に照れた様子を見せず、既に純潔ではないことを肯定した。
「……あ~、あっさり認めてくれちゃったなぁ……いや、少しはジュースを吹き溢して慌てるとか、ありがちなリアクション期待してたんだけど……二人とも大人な対応してくれるわね……」
「ん~、バレて困るとか、後悔とか微塵もないからな。恋人付き合いしてるのはとっくに周知されてる訳だし、梓とは最初っからそんな関係だからなぁ」
「幼稚園児の頃から、私、けんちゃんにラブってますので!」
思っていた以上の昔から続いている関係性に、弓と安芽、耕平は驚きを隠せず絶句し、呆然とするしかない。
「はは、やっぱり初耳だと驚くよね~。私も最初聞いた時は言葉が出なかったもん。初対面した時のエピソードなんて、もっと驚くよ~」
雀は耳タコレベルで梓から惚気話(R12程度に規制済み)を聴かされているので、今更取り乱したりはしない。初耳な弓達の反応を見て、ちょっぴり優越感を覚えていた。
「雀!その話、私は知らないぞ!何故教えてくれなかった?」
「それは……アズちゃんが「バキ子には内緒で!」って言ってたからだけど……」
捨てられた仔犬のような同情を誘う瞳で梓を見詰める椿。その視線を受け、梓はサッと顔を反らし。
「ストーカーに個人情報を漏らすと危険らしいから」
つまり、信用ゼロだと言われ、椿はすぐ傍にあった枕を抱えて、泣いた。
「それ、俺の枕……」
枕を涙と鼻水で濡らされ、耕平はもっと泣きたい気分だったが、グッと堪えた!男の子だから!女子の前では泣かない!
「いや、ねぇ……実際お姉ちゃんがモデルやってた頃、迷惑な追っかけさんがいたりしてねぇ、アレがなければ、お姉ちゃんもう少しモデル続けたかも、なんて思うのよねぇ」
「それって……え?『聖ヒカリ』の事でしょ?嘘!モデルやめたのって、ストーカー被害だったの?」
今ドキJKの安芽ちゃんは、当然ティーンズファッション情報誌のチェックを中学生の頃からしていた。その読者モデルに自分の通っている高校の卒業生がいると知り、それが自分の同級生の姉であると知るのは難しい事ではなく、勝手に親近感を持ち注目していたのだが、『聖ヒカリ』がいつの間にかファッション誌に登場しなくなったのを気にはしていたのだが、剣とも梓とも特別親しい訳でもなかったので、今迄訊けずにいたのであるが……梓から話を振ってくれたチャンスにここぞと攻めたのだ!
それに対し、梓は斜め下に視線を反らし、苦笑い気味に、自嘲しながら答えるしかなかった。
「ストーカー被害って言うか、ストーカーが被害者って言った方が正しいって言うか……何人かをお姉ちゃんとけんちゃんがボッコボコにしちゃって……不法行為された証拠を押さえて警察沙汰にならないようにはしたんだけど……出版社とかに迷惑かけるの時間の問題かもって、活動自粛しちゃったんだよね……」
「剣ん、アンタなにやってんのさ……?」
「?聞いての通り、我が家の平穏を乱す輩を成敗しただけだが。殺しちゃいないんだから問題ないだろ?てか、姉さんもやったのはスルーなのか?」
家族の敵に対して、一切容赦しないのが剣の、と言うか聖家のスタンスである。大それた事をしたなんて、ちーとも思っちゃいないのだった。
「……ま、いいや。それで、お姉さんは元気なのね?」
「そりゃもう。母子共に順調です」
「それはけっこ……今、なんてった?」
「姉さん今妊娠中なんだよ。今年の暮れには出産予定なんだ」
「それはおめでとう!もう何なの!口を開く度の驚きコンボは?聖家はこれが日常なの!?」
安芽ちゃん、取り乱しながらも、すっげぇ楽しくなってきた御様子。目をキラキラさせて、にやつき笑顔が止まらない!
「安芽!気持ちは分かるけど落ち着いて!話がどんどん反れているから!……その、二人の出会いの話って、聞いてもいいのかしら?」
委員長とはいえ、そこは女子。恋バナには興味をそそられていたのである。それも、少し気になる相手の話なのだから尚更であった。
「聞いても……面白いだけだと思うぞ?」
「……普通、面白くないと思うぞ?でしょう!?……自分でハードル上げて大丈夫なの?」
弓の心配なんて何処吹く風と、剣は不遜に語りだした。
「そうだな……もう十四、いや十五年前になるか。父さんが再婚相手とその娘さんを紹介したいってのが始まりだったな」
「へ~、そんな前に御両親が再婚して……ちょいまち、さらっと流しちゃうトコだったけど……三歳当時の事、ちゃんと覚えてんの?私、その頃なんてうろ覚えなんだけど……」
「安芽ちゃん、それだけ鮮烈な思い出なのですよ。私達にとって、正に人生のターニングポイントだったからね!あ、ついでに訂正。私のママは再婚じゃなくて初婚だったから。シングルマザーだったので」
「シングルマザー……それじゃ、アズっちの本当のお父さんは?」
「なんかね~、ママと付き合い始めてすぐに死んじゃったらしいの。詳しく知らないけど」
「いきなり重い!いや、もう高三なんだし、自分のルーツに興味持ちなさいって!」
「それがねぇ……ママも、もう死んじゃってるから」
「重すぎるぅっ!マジで話して大丈夫なの!?」
「因みにけんちゃん達のママさんは、けんちゃんが二歳の時にお亡くなりです。その、お別れのエピソードがまた、泣けて泣けて……」
「畳み掛けないでぇ!何かが、心の中の何かが……ガリガリ削られて行くぅ!」
それはきっと、SAN値です。
「そして私のママは、酔っ払い運転の車に轢かれて……しかも妹のさっちゃんの目の前で……」
「ホントに待って!面白くない!痛い!いつの間に不幸自慢大会になったの!?冗談って言って!」
安芽は本気で真に受け、手で耳を塞ぎ、イヤイヤと首を振って拒否の姿勢を示した。
「聖くん、流石に全部は……」
「梓、盛ってないよ?」
「…………」
委員長は気が遠くなり崩れ墜ちた!
「聖達って、普段とっても楽しそうにしてんのに……苦労知らずって訳じゃなかったんだな」
「お?感心しちゃったかなコーヘー。あいつら積極的に不幸自慢しねぇからさ、あれでけっこう苦労人なんだぜ」
「そんなに不幸があれば、二人が妹さん達に過保護になるの、仕方ないよねぇ……赤月さんと倉田さんのSAN値直葬されちゃったけど……どうしよう?」
その時、剣と梓のスマホに、同時にメールが着信した。それは、更なる混沌の呼び声だった……。
本題(けんちゃん語り)はこれからだ!……マジ、いきあたりバッタリです。次回、メールの送り主から始まる更なるグダグタ!
あ、メールを送って来たのは当然、妹の誰かですよ!




