73話目 修学旅行初日 大仏様と御対面
なんか事件がありましたが……名前は変更しませんよ!
奈良公園敷地内の休憩所は、暗く重い空気に包まれていた。
「チクショウ……折角の修学旅行なのに、初日から不運続きだよ……神も仏もいねぇのか……」
皆、「すぐ近くにでっかい仏様いるよ!」と、言葉にして突っ込みたいのを我慢した。とてもじゃないが、一朗の気持ちを慮れば言える筈もなかった。
だが、ここにはクラス一の空気読めないちゃんがいるのだ!
「……いつまでも辛気くさい!メソメソすんな!」
刹那、剣と梓が椿を睨み付け、雀が両手で顔を覆った。そして、その他四名は「殆ど元凶のお前が言っちゃアカン!」と表情を青ざめさせていた。
とりま、椿は聖夫妻に正座させられた。コンクリに直で。
「……ま、まぁ、不幸中のなんとやらで、ズボンには奇跡的に付いてなかったし、ウチの学校の連中も近くにいなかったし……俺達が黙ってれば拡散しないから……な!」
「だ……だよねー!ホラ!私の柿の葉ずし一個あげるから機嫌なおして……ね?」
長い付き合いの二人からの、精一杯の慰めに一朗は少し、気持ちを取り戻した。
「ありがとな……んじゃ、頂戴するわ……うめぇ……うめぇけど、この寿司、少ししょっぺぇなぁ……」
言えない。それは涙と鼻水が混じっているからだとは、誰にも言うことは出来なかった。
現在、一行は散策前に配布された御弁当で昼食タイムである。
「ま、美味いよな。ちゃんと名物をメインに据えてる弁当を用意したとか、気の利く奴が旅行の手配したみたいだよな」
「確かにいい味してるが……量的に物足りないな」
「左河くん体格凄いものね。私には丁度いいけど」
「景色もいいしね!あ、一朗くん、安芽が飴ちゃんあげよう!」
瀧達も、一朗を気遣い何事も無かったように昼食を楽しむ事に決めたようで、徐々に空気も軽くなってきた。
「わ、私は何時まで正座なのですか?閣下~」
食後、一行は何はともあれ、行くべき場所を訪れた。
「……当然っちゃ当然なんだけど……大仏が入ってるんだから、東大寺は……もっとデカイ訳だよな」
「日本の木造建築技術って、凄いねー」
大仏を見る前に、東大寺の大きさに心を震わせる剣さん。大仏は教科書やらで写真を見る機会があったものの、その器である東大寺そのものは全体像を引きの画でしか見たことがなかったので、その巨大さを直に確認して、地味に感動していたのであった。
「いや、仏教とか全く興味ないけど、こりゃスッゴイわ~」
「安芽、声大きいから!ここお寺だからね?お坊さんいるから!」
「今年こそ!甲子園に!」
「拝むなよ……恥ずかしいし、そんな御利益ねぇよ」
やはり野球部員の性なのか、甲子園を目指し、手を合わせて願掛けする耕平に、呆れ半分、羞恥半分に苦言を呈する瀧。
「本当でかいわ。これが仏像星人だったらマジやべぇな」
「あはは……あったね~そんな映画。元は漫画だっけ?」
調子を取り戻しつつある一朗に、雀が一朗の機嫌を損ねないよう、記憶の底から、様々な星人とバトルを繰り広げるSFアクション映画を思い出した。その中でも、仏像に擬態している星人との戦いは映画前編のクライマックスであった。
「ふむ……」
口元に手を当て、大仏の顔を見上げながら、剣は何やら黙考を始めた。
「けんちゃん?」
梓が不思議そうに声を掛けても、剣は反応せず、集中している様子で大仏の全身をくまなく注視していた。それは、当初の感動から視線を吸い寄せられていたのとは真逆、品定めをしているかのような、観察であった。
「ちょっと!けんちゃん!」
「おわ!何だよ梓?」
組んでいた腕をグイッと引っ張られ、漸く剣は梓に呼ばれていたのだと気が付いた。
「何だよって……大仏様に集中し過ぎ!何考えてたの?」
「いや、イチと舞原の会話が聞こえなかったか?それで……実際に大仏が動いた場合の対処法を考えてた」
巫山戯た様子もなく、憮然とした真顔で答えた剣に、同行していたクラスメイト達は失笑した。
「いや、動かねぇだろ。聖流の冗談か?」
「真面目な顔で、何を考えてんだよ……」
瀧と耕平の一般人的な御意見に、剣は気にするでもなく、大仏へと射殺すような鋭い視線を飛ばし続けた。
「つ、剣?んな物騒な睨み付けすんなよ……バッキーが怯えて柱の陰に隠れちまったぞ?」
一度、剣に本気の殺意をぶつけられた椿は、剣の殺気に敏感になっていた。
「な、何故……何故上様は仏様にブッ殺オーラを放っているのだぁ~?」
柱に隠れ、涙目ながらに呟く椿。これでも、かつては勇猛果敢な柔道家であった。そんな彼女が、ガチで怯える姿を初めて見た弓と安芽は、剣が冗談でなく、大仏が動き出す可能性を〝有り得る〟と考えているのではないかと疑いを持った。
「ねぇ、聖くん……あ」
「ま、動かねぇなら、いっか」
問い掛けようとしたのと同時に、剣は大仏から意識を反らして本堂内の見学を再開した。
威圧が解かれたように、その場にヘナヘナと座り込んだ椿。完全に腰砕けしている。他の見学者の邪魔にならないよう、弓と安芽が立ち上がらせようと肩を貸した。
「大丈夫早瀬さん?『校門外の変』相当トラウマになってるのね……」
「しかし、大仏が動き出すって本気で考えちゃうとか……剣んって、案外子供っぽいとこもあんだね~」
「違う……動いたら……殺すと、本気で考えてた……」
そう、もし大仏が剣の殺気に反応して自衛行動でもしていたら、剣は間違いなく大仏を殺していた。
剣にとっては大仏に限らず、どんな物体にでも、無機物に命が宿る可能性が在るのは、夢物語ではない厳然とした事実なのである。何故なら、自分がそうだったから!
それに加えてもう一つの理由がある。
それは、件の黒い球体に強制転移させられて、星人とコロシアイさせられる物語のコミック版を、前世が宇宙人的な双子妹が読んでいた時のこと……
『あはは、こんな擬態するのいたね~』
『とても迷惑な連中だった』
曰く、不定形流体金属質な知的生命体が、この宇宙には生息しているらしい。変幻自在で接触した金属・鉱物の質感さえ再現する特性から兵器扱いもされていたりとか……
双子の記憶以外に根拠の無い、現時点で証明不可能な話であるが、剣にとっては疑う必要性すら感じない真実である。
ともあれ、付物神化していようと宇宙生物が擬態していようと、敵でさえなければどうでもいいのが剣のスタンスである。本気で放った殺気に対してリアクションが無かったので、人前で暴れて正体を晒すような低い知性の持ち主ではないと、もしくは単なる文化遺産であると判断したのであった。
「ところでけんちゃん、もし大仏様が襲ってきたら?」
「そうだなぁ……擬態してる星人なら物理的にどうとでもなるが……大仏自体が生命体になってた場合は厄介だな。大質量の金属の塊だから、簡単には壊せないだろうし……」
無論、説明しないだけで何通りかの対策法は思い付いている。バレているかもしれないが、梓には魔法が使える事や前世の事情を伏せているので説明出来ないのだ。
大仏がどちらのパターンだとしても、重力魔法で圧壊するまで押し潰すのがベターだろうとは考えているが。
「ま、もしそんな事が起きたとしたら、取り敢えず梓を抱えて速攻逃げるさ。勿論、お姫様抱っこでな」
誤魔化し混ざりであるが、敵を殲滅する以上に、護るべき者の生存こそが第一である。剣にとって、今、この場では梓の命こそが第一優先事項であるのは、嘘偽り無い本音であった。
「……なにか誤魔化したでしょ?でも……それも含めて大好き!」
千年以上も奈良のシンボルとして人々を見守っていらっしゃる大仏様の目前にて、突如イチャラブしちゃう高校生カップル……大いに罰当たりである!
「剣~。嫁さ~ん。ところかまって~」
「旅行に来ても、いつもと変わらないね~」
一朗と雀は慣れたものだが、普段行動を共にしていないメンバーはたじろくしかない。
「羞恥心ねぇのかよ……これだからリア充は……」
「……駄目だ。直視出来んし、近寄りたくない……」
瀧と耕平は顔を反らしつつ、静かに後退り。
「いいなぁ……私も彼氏作ろっかな?」
安芽は素直に羨ましがったり。
「きょ……教育的指導です!今すぐ離れなさ~い!」
弓は顔を真っ赤にさせながら、委員長としての責務を果たそうとした。それに意味が有ったかは別問題だが。
全国津々浦々から御越しの学生さんが見学に訪れている中、妬みや好奇の視線の集中砲火を浴びながら、剣と梓は平然と東大寺の見学を堪能していったのであった。
この日の拝観時間終了後。特に昼夜の温度差が大きくなかったにも関わらず、大仏様に結露が多く見られた事に東大寺の関係者達が首を傾げていたりしたのであるが、そんな事は剣にとって知り得ない話であった。
一行は東大寺を出て、公園内の散策を再開した。
「それにしても……鹿が普通にその辺歩いてるのって、東京から来た私達にとっちゃ衝撃的だよね~。街中で野生の動物なんて、鳥ぐらいしかいなくない?」
安芽が頭の後ろで腕組しながら楽しそうに呟いた。安芽に限らず、殆どのメンバーが東京育ちである為、人間を怖れない野生動物が手の届く距離にいる光景は、とても新鮮で刺激的でもあった。そんな中、剣がキョロキョロと何かを探して辺りを見回し呟いた。
「……暴れ鹿は、いないか」
「え?暴れ鹿って何だよ剣?」
「いや、桜が出発前に討伐クエスト依頼しやがってな」
「あぁ……桜ちゃんなら言いそうだなぁ……てかよ!もしいたとしても、天然記念物をハントしちゃ駄目だからな!」
「正当防衛とゆう事にすれば問題ない」
「狩るつもりでいる時点でアウトだ!マタギが熊を仕留めたって〝防衛〟とは言わねーだろ!」
「そうか……狩猟資格が必要か」
「そもそもが狩猟場じゃねぇから!保護動物!」
「では、気絶させて角だけ剥ぎ取るのは……どうだろうか?」
「ケ○ピかよ!リアルモン○ンしたいのかよ!?」
剣のボケから唐突に始まった即興漫才。どうやら一朗のメンタルはほぼほぼ回復したようである。ボケと突っ込みの応酬に夢中になっている二人は、ごく普通に仲のいい男子高校生をしている。それが、普段遠巻きにしか見ていないクラスメイトにとっては、野生の鹿より物珍しくあったりした。
「……聖くんの、意外な一面が見れたわね」
「どちらかと言うと、突っ込みなイメージだったよねー。イッチーと二人だと、盛大にボケんだねぇ」
「けんちゃんがボケかますのって、イッちゃん限定なんだけどね~」
いつの間にか、誰もが剣と一朗に意識を向けていた間に、梓は剣から音もなく離れ、安芽の隣に立っていた。まるで影の薄いバスケ部員さながらのミスディレクションであった。
「何その顔は?私だって四六時中けんちゃんにべったりしてる訳じゃないのよ?唯一の友達との会話を邪魔するほど野暮じゃないっての!」
「いや、アズっち……唯一って、自分の旦那を可哀想な人みたいな……」
安芽が、心底困った人を見るような表情で梓に問い掛けたが、梓はキョトンとするばかりで……
「?少なくとも、同世代の男子でけんちゃんが友達として認識してるのイッちゃんだけだよ」
「ま……マジなん?」
「そ……それは少なすぎでしょう!?」
クラスどころか、学校全体ですら誰も無視出来ない存在である人気者?が、実は一人しか友達がいない事実を突き付けられ、弓と安芽は「誰か否定しなさいよ!」と、現在いるメンバーへと救いを求めて無言の視線で訴える!
「えっと……剣くんが田崎くん以外の男子と遊んでるの、見たこと無い……かな?」
雀が視線を反らして、申し訳なさそうに解答すると。
「私も高校では雀しか友達いないな!」
椿がとても悲しいカミングアウトをし。
「俺は……部活ばっかで、聖とは普段接点ないからな……」
耕平は友人と呼べる関係性を築いておらず。
「リア友って必要なの?」
無関心100%な現代っ子の瀧くんでした。
「……弓、私達の抱いてた剣んへの認識って、本当に上辺だけの薄っぺらだったのかも……」
「言わないで安芽……私の中のイメージが、音を立てて崩れてしまいそうだから……」
あまりの意外な事実に苦笑いしか出来ない安芽と、血の気が引いた顔色を片手で覆う弓。
この日の晩より三日間、梓からの〝けんちゃん語り〟を聴かされる事になるのだが……結果は最終日を御待ちください!
黒球 実写劇場版、原作準拠な前編は中々でしたが、後編のオチに納得出来んかった。前編終了時点から原作ラストまで二時間で纏めるとか不可能ってハナシ……だから実写は……
次回は初日の宿舎にての話。
どうして大仏様は濡れてたんでしょうね?冷や汗でも掻くような事とか有ったのでしょうか?




