72話目 修学旅行初日 奈良へ行った
楽しい旅行になりますように(笑)
清央高校三年生一行を乗せた新幹線は、ダイヤの乱れもなく無事に京都駅へと到着。
ここから初日の目的地である奈良までは、クラス別でのバス移動となる。で、あるならば……彼女いない男子生徒お待ちかねの、バスガイドさん登場です!
そう、駐車場で乗客たる生徒を待つバスの傍らには、素敵な笑顔のバスガイドさんがニコニコと手を振ってお出迎えして下さっていたのである。
「おおっ!美人!可愛い!ガイドさん最高!」
取り敢えず、剣達のクラスのバスガイドさんは、大貧民から1ランクたりとも浮上すること叶わず、トホホにやさぐれていた一朗が復活するレベルの美女バスガイドであった。
「あら、ら~?これ、は……これは。また、お世話に、なります、ね~」
生徒達を引率して先頭を歩いていた羽佐和ティーチャーが、社交辞令とは明らかに異なる、慣れ親しんだかの調子でガイドさんに話しかけた。
「お久し振りです羽佐和先生!またご一緒出来て嬉しい限りですよ!」
どうやら、過去の修学旅行で見知った間柄であるらしい。
「先生、お知り合いなんですか?」
ゆかりのすぐ後ろにいた弓からの質問に、「そう、なんです、よ~」と返答が成された。
「ええ、四年前の、修学旅行で知り合い、まして~。それから、メル友してる、んです、よ~。教えて、くれても、良かった、のに~。サプライズ、されちゃい、ましたね~」
「その喋り方、相変わらずですね!さあ、こんなところで立ち話してるのも時間が勿体ないですから、お話は生徒さんも交えて車内で……」
バスガイドさん、ゆかりの後ろで二列になって並んでいる生徒達を眺め、視線が止まる。
それは、手を繋ぐどころか、堂々と腕を組んでいる男女の生徒がいたからである!しかも、男子の方は、数多の修学旅行バスガイド経験があり、幾千もの男子高校生を見てきた彼女の肥えた目からしてみても、そんじょそこらにいないレベルの美男子だった!ぶっちゃけバスガイドさんのドストライクだった!だが、その相手である女子の方は、可愛いと言えなくもない、が……特筆すべき、秀でた外見的特徴のあるとは言えない……失礼な話、釣り合いが取れていない。それがバスガイドさんの初見での感想であった。
「あ、あの子達、気になり、ますか~?」
「いえ!……かなり」
結婚したいお年頃のバスガイドさん、他人の恋バナは大好物である。凄くあやかりたいのです!
「あの二人、光さん、の、きょうだい、です、よ」
「光さん?……四年前、やたら存在感大きかったあの娘の?そう言えば、男の子の方はなんとなく似て……?今、二人って言いませんでした!?」
「ふふ、ふ~♪」
バスガイドさん、盛大にサプライズ返しされちゃったの図。「二人ってどういう事?そこ、もっと詳しく!」そう問い返したかったが、お客様の前で取り乱した姿を晒すのは、プロとしてあるまじき姿であるので、表面上はグッと我慢した。内心では動揺しまくっていましたが。
「清央高校三年B組の皆さん、おはようございま~す。本日より旅行日程最終日まで、皆さんの担当バスガイドを拝命致しました銀城 月音です!バスは只今目的地の奈良公園に向けての走行中です。道すがら、有名な寺社仏閣等が見えて参りましたらお知らせ致しますので、気が向いたら耳を傾けて下さいませ~」
学生同士の楽しい空気の邪魔をしない、それが月音のスタンスである。ハッキリ言ってしまえば「何処の宗派のお寺だとか、建立されて何年だとか、全く興味無いでしょ?聞いても楽しくないもんね?」と考えているからだ。張り切って真面目なガイドをしたところで、学生は感心も共感もしてくれない。それが、月音が経験から得た答えなのだ。
「え~、因みにですが、私は結婚してないし彼氏もいません!ちょっとお姉さんでもいいと思う少年諸君、女同士でもアリだと思う少女達、アピールしてくれても全然オーケーですからね~」
バスの車内に、歓声が響き渡った。
「マジすか!是非、奈良公園で僕とデートを!」
「抜け駆けすんなテメ!ガイドさんは皆のガイドさんだ!」
「きゃあ~!ガイドのお姉さんにセクハラされる~♪」
月音のトークスキル。『男子高校生より、先にセクハラ!』が炸裂した。基本的に、男子高校生は馬鹿である。若いバスガイドと見ればセクハラ紛いの質問や、ナンパせずにはいられない困った生態をお持ちの困ったちゃんが、クラスに何人かいるのが当たり前なのだ(あくまで月音さんの経験からの見解です)!
新人時代、そういった質問に弱気になってしまい、質問責めにされたあげく、録にガイドも出来なかったこと数知れず……車内での主導権を握る為に会得(開き直り)したトークスキルが一つなのである!
こうして、マトモなバスガイドをしない事を運転手から上司にチクられて叱られることも屡々ながら、『お客様に笑顔を!』を信条に、銀城月音は頑張っているのであった!
「……く~……す~……」
なのに、大盛り上がりしている車内で、既に熟睡中なカップルがいるんですけど~!?月音はバスガイド的に、腹立たしかったり、悲しかったり、勝手に未熟さを思い知ったりと、やるせない気持ちに充たせれつつあった……
新幹線の時とは逆に、梓にもたれかかり眠る剣。安らかな寝顔の剣と対照的に、梓は幸せ一杯夢一杯な、これ以上なく緩みきっただらしのない寝顔を晒している。
必然、月音は笑顔の裏で殺意を滾らせる!
(何なのこの二人!無視とか無関心ってレベルじゃないわ!てゆうか、きょうだい?……百パー馬鹿ップルにしか見えませんけど!よく、クラスメイト達も平然と……?してる訳でもないのね)
月音がよくよく熟睡カップルの周りを見回すと、突き刺すようなジト目を梓に向ける女子生徒が数名。明らかに嫉妬が含まれている敵意の視線が、梓を中心に漫画の集中線みたいになっていた。その中に、敵意とは真逆の、好意を超越して色欲と形容すべき熱を帯びた瞳の女子が一人いたが……月音は「あの娘とは関わらないようにする!」と即断した!気持ち悪いから!
「え、え~……もう寝ちゃってる人もいるみたいですね~。昨晩は旅行が楽しみで寝つけなかったんでしょうか?そうそう、修学旅行と言えば宿舎で夜更かしが過ぎて、バス移動では皆居眠りしちゃうとか……あるあるですよね~。先生の目を盗んで、枕投げしたり、消灯後に異性の部屋にお邪魔したり……これもあるあるですね~」
「皆、さ~ん。ガイドさん、が、今言った、事、やっちゃダメです、からね~?くれぐれも、怒られ、ないよう、して、下さい、ね~」
ごく普通に注意したかのような口振りのゆかり先生であったが、彼女に指導されて三年目の生徒達の大半には、彼女が言外に示した本意が確かに伝わっていた。即ち、「私は怒りませんから、他の先生に見つからないように上手くやってね~」と。
ニヤリと笑みを浮かべる生徒達を見て、月音はゆかりに「相変わらずお上手で」と、そしてゆかりは「何の事ですか~?」とアイコンタクトを交わしていたのであった。
その後は、月音の軽快なトークに、気心知れたゆかりが時折絶妙な合いの手を挟むことで、車内は笑顔と爆笑に彩られた和やかな雰囲気のままに、奈良公園へと到着したのであった。
「わ~……本当に鹿が普通にいる」
多くの人がいるにも関わらず、平然と公園内を闊歩する鹿の存在に、雀が嬉しそうに驚きの声を上げた。
「舞原さん!危ないから不用意に近付かないで!」
小学生な体格で、立派な角を生やした鹿さんへと無邪気に接近しようとした雀を制止させる赤月委員長。
「大丈夫ですよ~。襲われそうになったら、剣くんが何とかしてくれますから!」
「いや、襲われそうになっちゃダメっしょ」
至極真っ当な突っ込みをしたのは安芽ちゃんである。
「そうだぞ舞原、いくら俺でも、目を離していたら間に合わないからな」
「……見てたら間に合うのかよ、聖……」
表情を強張らせ、畏れ入る耕平。彼等は新幹線から引き続き、剣達との交流を深めようと、公園内での自由散策に同行しているのであった。
「……チートキャラめ」
集団の最後尾、スマートフォンを弄りながら数歩遅れた位置からポソッと呟いたのは、前髪が目を隠す程に長めの男子。耕平と同じく宿舎で剣と同室の瀧 司である。
「ノリ悪いぞタッキー、テンション低すぎるっての~」
「……馴れ馴れしいよ、田崎。騒がしいノリとか、苦手なんだよ。後、タッキーゆうな」
瀧くんは普段、無口で物静かである。学校の自由時間では自分の席で読書をしているか居眠りしているかのどちらかで、他人との関わりを避けて、目立たないように心掛けている……孤独を愛するぼっちくんである!
そんな彼が、自由散策なのに単独行動せずにいるのかと説明すると、彼はとても合理的な判断が出来る男だからだ。
瀧は、小中学生時代に孤立気味だった事で、クラスメイトからイジメとまでは言えなくとも、不本意な扱いを受ける事が多々あった。その経験上、高校でも嫌な思いをするだろうと考えていたのだが……多少の陰口を耳にする以外、上々な居心地で高校生活を過ごせていた。
それは担任のゆかり先生の人徳と、冗談みたいなチートキャラの存在があるからだと瀧は客観的に判断している。
剣は声高にイジメを否定する熱血正義漢ではなかったが、見てみぬフリをするような冷血でもなかった。剣にイジメを目撃された加害者側がどうなったか……少なくとも、二度とイジメに加担する側になれぬように心を砕かれたのは、加害者全員に共通している事実であった。
つまり、瀧にとって剣の傍は安全地帯なのである。古典的修学旅行トラブルであるところの『他校の不良に絡まれる』等を避けるには、これ以上ない防衛措置であるのだ。
「つかっちゃん、少しは愛想をだな……」
「お前が言うかよコーヘー。邪魔はしないからほっといてくれよ。さもないと……」
この二人、特に仲良くはないが、中学生の頃からの同級生である。野球部のレギュラーと根暗なぼっち。陽と陰に対照的であるが、瀧の方が遥かに観察眼が優れていた。
「お前が惚れてる娘をバラすぞ?」
「つかっちゃ~ん!いきなり何言ってんの!?」
誤魔化しも忘れ、慌てふためく耕平。実にバレバレな態度に、憶測が当たっていたことを確信し、ニヤリと口を歪める瀧。
「……青春だなぁ」
「ピュアだねぇ」
既に円熟夫婦な二人は、微笑ましそうに目を細めた。
「左河、まさか……梓を狙ってやしないだろうな?」
「いや、それはバッキーだけだって。んな命知らずな馬鹿は他にいねっての……へぶっ?」
「椿ちゃん!暴力禁止だよ!」
椿の裏拳が、一朗の顔面にヒット!背中から倒れる一朗。直ぐ様椿を注意する雀。
「あっはっは~。いきなりカオスったね弓!」
「笑ってないでよ安芽……田崎くん、大丈夫?」
倒れた一朗に手を差し出した弓。流石は委員長、模範的な行動である。
「あ、あんがとな、いいんちょ……って?どーして手を引っ込めんの!?」
そう、一朗が弓の手を掴み返そうとした瞬間、弓は目をギョッと見開いて、腕を引っ込めたのである。「期待させといてなんて酷い!」そう視線で訴える一朗に対しての弓の返答は……
「だ……だって……付いてるんだもの~!」
何が?ヒントはこの場所にあります。
「……野生だからなぁ……」
「イッちゃん……えんがちょ」
「えと……えと……一朗くん、コレ使って。返さなくていいからね!」
雀がそう言って一朗に手渡し、せずに軽く放り投げたのは、ポケットサイズの、未開封状態のウェットティッシュ。
「……田崎、憐れな……」
「俺が取り乱したの……関係ないよな?」
「……すまん!」
「な、なんだっつうの?たく……へ?……なんじゃこりゃ~!?」
一朗は、ようやく自分の手に付着している物体に気が付いた。そう、それは……奈良公園に生息する天然記念物様の……粒状の排泄物以外の何物でもない!
当然、背中にも何粒かベッタリである。
取り敢えず、一朗はトイレに行って、涙ながらに上着の背中を拭き洗いしたのであった。
「絶対、シカにせんべいなんて、くれてやるか~!」
鹿は全然悪くないのだが、一朗があまりに気の毒で、同行していた八名は鹿煎餅を買う気にはなれなかった……
イッちゃんの黒歴史に、また、1ページ。
優しさで出来ている雀ちゃんでも、そりゃ手渡しを躊躇するよね!女の子だもの!
ツイてなかったイッちゃんも、これで運がついたらいいんですけどね……(他人事)
新キャラ
バスガイドさん 修学旅行編のゲストキャラ。ムカつきつつも、剣と梓の関係に興味津々。
瀧くん 隠れヲタな孤独くん。人混み嫌いだけど、歴史好きなので大仏とか見たくて同行。バスで待ってる選択肢はなかった。
次回も奈良公園で散策します。
 




