70話目 修学旅行前夜
旅行出発前、剣が家族みんな(一名除く)と、まったり語らうだけの話です。
「こんなもんかな……と」
リュックサックに替えの下着やタオル等を詰め込み、剣は明日からの修学旅行の手荷物の準備を終えた。
「さてと……もう一度確認しとくか」
剣はペンとメモ帳を手に取ると、小町の部屋へと向かった。ドアをノックし、声を掛けると、直ぐにドアが開かれた。
「どうしたの?兄さん」
「あぁ、お土産のリクエストを聞いておこうと思ってな。それと、こだちの散歩のお願いだ」
「……分かってるってば。最近、体力付いてきたし、こだちのペースで散歩させてあげられるわよ」
剣の留守中、聖家の優秀な番犬にして剣の愛犬である、こだちの朝の散歩は小町に任せられる事になっている。ゴールデンウィーク明けから、頻繁に朝の散歩に同行しているが故である。
小学生だからこその成長力か、初めは剣達に追い付くのがやっとであったのに、今では随分楽になったと小町は実感しているのであった。
その成果は、毎日の入浴前に体重計に表示される数値が目に見える形で証明していた。一緒に入浴する機会の多い実鳥が、体重計の上で拳を握りしめて小さくガッツポーズする小町の姿を生暖かい目で見ていることは、小町が知らない事実である。
「あと、今言わなくたって……明日の朝も散歩するんでしょ?」
「そりゃ当然。どうせ目が覚めるからな。その分、新幹線で寝れるし。昔から、乗り物で眠くなる体質なんだよなぁ……」
「行きの時点で寝るとか……もっと旅行をエンジョイしなさいよ……」
つくづく、我が道を行く兄であると、呆れ顔の小町であった。
「小町のリクエストは、地域限定コラボのハロー○ティストラップ……と。ささやかだなぁ」
ちゃんとメモをしながら、剣は次に遥と実鳥の部屋を訪れた。
「……どうして、来て早々に床に寝転ぶ?」
「畳の魅力に、つい。旅行の宿舎も和室だといいなぁ」
畳にベターっと俯せになりながら、顔も上げずに応える剣。フローリングの床よりも柔らかく、ひんやりした感触が大好きなのである。
「いや、日本人に生まれて良かったと思う瞬間だねぇ」
「剣さんも、そう思いますか?私は他に、たっぷりお湯の張ったお風呂に入ると、日本人で良かったと思いますねぇ……」
「いや、ボケに乗っかるなっての実鳥……アタシまで言わなきゃならない流れになんだろ!」
剣と実鳥は「そこは言おうよ~」と遥を見つめた。
「……コタツで、ミカン」
ぱあっと「だよね~」と笑顔になる二人。結局、流されてくれる優しい遥ちゃんである。
「……つか、土産と言われてもな……御守り買ってきてくれんだろ?他には、皆で食える菓子でもあればいいよアタシは」
「御守り?お姉ちゃん、そんな約束してたの?」
遥が既に、旅行のお土産をリクエストしていたのかと思い、実鳥は少し驚いていた。
「あ、いや……アタシから頼んだ訳じゃないんだ。こないだの……後輩にストーキングされてる件で相談した時に、なんつうか……災難に思われてだな……」
「あぁ~……納得」
遥の心労が格段に上昇している理由を知っているだけに、実鳥は深く溜め息を吐いた。折角、家族に素顔を見せるのが平気になったというのに……と。
「剣さん……私にも、何か……お姉ちゃんの為に魔除け的な物を!」
実鳥ちゃん、前のめり気味でのオネダリ!
「……姉想いなのは結構だけどさ、もっとこう、なにか……おい、ホロリと涙してんなよ遥」
妹の優しさに、図らずも癒されてしまった遥だった。
「結局、二人でお揃いの小物でいいとか……欲が無いなあ」
続いて、リビングへ向かった剣の背中に、小さな足音がパタパタと近付き、足音の主はタンッ!と跳び跳ね剣の背中……には届かず、腰の辺りにしがみついた。
ペンギン……ではなく、聖家の末っ子、燕である。
「っと、危ないだろ~燕」
「えへへ~、にーたん、おんぶ!」
梓に作ってもらったオキニのペンギンパジャマを纏った燕は、そのまま剣の背中をよじ登った。甘えん坊な末っ子にホンワカしつつ、おんぶしたまま移動すると、リビングでは光と美鈴が談笑していた。家事を終えて、ブレイクタイムのようである。
剣もリビングのソファーに腰かけ、膝の上に燕を座らせて談話に参加した。
「あら、剣くん。丁度いいところに来てくれたわ。光さんと修学旅行の話をしていたところだったのよ」
「そうだったんですか?俺も今、皆にお土産のリクエストを聞いて回ってるトコだったんです。なぁ、燕はお土産何が」
「ぺんぺんさん!」
欲しい?まで言わせて貰えず、超・即・決!であった。
「……オーケイ。ペンギンさんの可愛いグッズ探してくる」
意図を汲んでもらえて、ニンマリ笑顔を浮かべる燕の頭をナデナデして、剣は胸の内をホンワカさせた。
「剣……大丈夫?行くの、奈良と京都よね?」
光が、当然と言えば当然な心配をした。光の高校在学中の修学旅行の行き先も奈良・京都であった。あまり変化球な自由行動はしなかった(本人的には)ので、土地柄とペンギンが結びつかないのである。
「あ~うん。自由行動で大阪まで足伸ばす予定でさ、そこに水族館もあるから、確実でしょ。それに、京都にも水族館あるみたいだよ。駅の近くに」
「そうなんだ。それなら燕をガッカリさせずに済みそうね。それにしても……修学旅行かぁ……もう、懐かしむ歳になっちゃったのねぇ……」
光姉さんは、染々ホットココアを啜って、遠い目を彼方へ向けたのでした……
「え、え~と、ホラ!光さんには新婚旅行が待ってるじゃない!その前に、婚前旅行するって手もあるわよ!」
それがあった!光の目から鱗であった。
「そうですよね!明良くんと、二人で旅行……えへ、えへへ……もう、イヤンイヤン❤」
どうやら、妄想の中で旅立ってしまったらしい。
「……姉さんには、ちゃんと結婚出来るように縁結びの御守りにしよう……それがいい」
「……ひかねぇ、がらくた」
「燕ったら、そんな言葉をいつの間に……教えたの誰っ?」
お母さんが知らない内に、新たな言葉とその意味・使い方を学習している燕ちゃん。当然、メインで教えているのは、一番遊んでくれているさくねぇである。
「にーたん!あと、おやつも!」
「おやつか……やっぱり定番は生八つ橋だけど……燕には、あの匂い大丈夫かな?」
剣が美鈴と視線を合わせると、「無理です」と首を振った。
「燕、ハッカのドロップ吐き出しちゃうのよ……」
「やっぱ、幼児には苦手な風味かもな……ま、無難に饅頭でも買えばいいかな?そういや、父さんは仕事場ですか?」
「うん。今、ノってるみたいだから……しばらく出てこないと思うわ」
敏郎パパ、今回も出番なし!
「そっか……ま、適当に漬物辺りでいっか。酒の肴になるものなら文句も出ないだろうし」
「いいわねぇ~。お漬物には、やっぱり日本酒……大吟醸の冷酒で戴きたいわぁ~。剣くん、千枚漬け頼めるかしら?」
滅多に呑まないが、美鈴もイケる口である。逆に、剣はアルコール耐性が皆無に等しいので、酒に対して関心が無い。漬物は、白飯で食べる派だ!
「そうですね、他にも……名物的なの色々探してみます。京野菜を漬けたのとかあったらいいなぁ……」
白飯だけでなく、刻んだ漬物を茶漬けや粥に入れるのも捨て難い!自分へのお土産選びに熱が入りそうな剣だった。
燕を抱っこしたまま、双子の部屋を訪れた。そして一言。
「燕の教育上いくないから、なんか着てくれ」
剣がドアをノックし呼び掛けると、揃った声で「「どーぞ」」と返答されたので、部屋に入ってみたら、双子はダブルベッドの上でゴロ寝して寛いでいた……下着姿で。
「何か問題?」
「自主規制くん、いないけど?」
他に、不自然な暗がりや白い光の帯が出現する必要性は無い場面ではあるが、剣さんは燕ちゃんに、実兄の前で平然と下着姿を晒してしまえる慎みの無い痴女予備軍になってほしくないのである!双子の事は……諦めた!
「ねぇたんたち……かぜひく?」
純粋に心配する不安な表情を見せる末っ子を前に、双子は屁理屈言わずに、ヒュパヒュパッ!とナイトローブを纏って正座した!
『妹第一』なお兄ちゃんによって刻まれた聖家の価値観である。
ぶっちゃけ、末っ子の心配を無下にしたら、お兄ちゃんに本気で叱られるとの判断であるが。
「これで、風邪にならない」
「燕、こっちおいで~」
「あ~い!」
燕は剣の腕から飛び出し、双子のベッドにダイブした!大の字で着地し、反動を利用して飛び跳ね、双子に挟まれる位置へと収まった。
燕ちゃんは、家族の中で一番柔らかい感触(×2)の、双子の抱っこが大好きなのである!とても、ご満悦な表情をされております。
「……ま、いっか」
少し寂しい気分な剣さんであったが、気を取り直し、お土産リクエストの確認巡回中であることを双子に伝えた。
「食べ物以外だと……扇子とか欲しい」
「これから暑くなる時期、あると嬉しい」
割りと……どころじゃないガチな要望が出た!
「そうか……兄ちゃんもっと、困らされるような意見が出ると思ってたよ……」
剣さん、内心では高価だったり嵩張ったりして、購入を躊躇わされる物品をねだられるのを想定していたのである。
「それと、家族用とは別に、友達に振る舞うお菓子が欲しい」
「飴とか金平糖とか、綺麗で可愛く分けやすいのがいい」
「その程度でいいのか?なんなら生八つ橋ぐらいでも」
双子はゆっくり首を振った。
「そこまで大物は必要ない」
「ちょろっと分けるぐらいが丁度いいので」
「そうか?……ま、普段金平糖なんて自分で買ったりしない物だし、人から貰う分には嬉しいお菓子かもなぁ……」
「そう、それに旅の真の土産は体験談を聞くこと」
「生の情報こそ、何より貴重。楽しみにしてる」
双子も二年後に修学旅行で奈良・京都へ多分行くことになるので、自分達の旅行を有意義にする情報は幾ら有っても困らないのである。それに、ただの情報でなく感情の込められた感想であればこそ……例えばネットに書き込んでしまうと名誉毀損になってしまいそうな「すっげーつまんねー」「超不味かった」等の忖度ゼロの意見なんかは、旅行の失敗談として楽しく聞けるし役に立つのである。
「生の情報か……そういや、姉さん時の土産話って、観光よりも友達と遊んだ思い出ばかりだったっけ……高校時代、家の事中心で遊ぶ暇少なかったからなぁ……」
光のJK時代は、丁度敏郎と美鈴の再婚前後であり、再婚前は当然家事全般を請け負い。再婚後は楽になるどころか、美鈴が予想以上に家事の出来ない人だったので、光が一から家事修行を仕込まなければならなくなり、余計に忙しくなったりしていたのである。
「お兄ちゃんは、有意義な観光してきてね」
「鹿せんべい買って、鹿にたかられてね」
「はいはい、無駄遣いしてきますよ……っと」
双子に挟まれ、おねむな燕を残し、剣は最後の目的地へと向かったのであった。
剣が去り、燕の寝息だけが響く、静まり返った部屋の中で、翼と希は片手をハイタッチし、もう片手を互いにサムズアップしてドヤ顔を見合わせていた。
「とっても上手くいきましたー」
「見事に怪しまれなかったー」
「人を操るには、飴と鞭」
「お兄ちゃんからの飴なら、甘さは格別」
双子の真の狙いは、剣大好き三人組への、お土産のお裾分けだったのだ!剣の性格上、大して親しくもない女子への土産なんて有るわけがないと双子は知っているのだ。だからこそ、分けてあげる事で恩を売ろうとしているのだ!
既に、とんでもねー小姑気分である。
「木刀一択であります!」
開口一番、桜の瞳には一切の迷いが無かった。
最後に剣が訪れたのは、梓と桜の部屋。剣から質問されるなり、素手で上段の構えをとった。
「……本当にそれでいいのか?都内でも浅草とかで普通に買えるじゃん……」
「いえ!修学旅行と木刀は、切っても切れぬ定番ですので!」
「仕方ないよね~テンプレだもんね~様式美なんだよね~」
梓は既に、悟りに到達していたようだ。
「そうは言うが……既に何本あんだよ?」
部屋の角に、何本も立て掛けられている木刀。全て桜のコスプレに使用されている小道具である。当然『洞爺湖』と彫られている物も存在している。
「色々カスタマイズしているので、何本あっても足りる訳ではないのです!それに……木刀は日本刀を手に出来ない少年にとって、ロマンなのです!」
木刀への熱き想いを語る桜。元男子として、厨二戦士として、修学旅行と言えば木刀は外せないのだ!
「お前が一番、場所柄感ねぇな。……彫られている文字は、俺のセンスで選ぶからな?」
とりま折れてしまう、妹に優しいお兄ちゃんでした。
「ところで、兄様と梓姉様は、御自身の為には何を買われるのですか?」
「私はねー、土産物感ある裁縫道具探してみよっかなーと思ってる。和風なの色々あると思うんだよね~」
趣味と実益、旅行ならではの満足感も得られそうなチョイスである。
「そうだな……やっぱり『行った感』は大事にすべきだからな。だから……Tシャツかな?地名とイラスト入ってる、外国人観光客狙いっぽいのがいいな」
ある意味、異世界観光客な剣さんらしい模範解答である!
「余所へ着ていくと浮いてしまうアレですな?そして、その場で着ると旅の浮かれ感を半端なく表現してしまうアイテム!……流石は兄様、是非入浴後に着用して、宿舎内を我が物顔で闊歩して下さいませ!」
「……尊敬されてんのか、ディスられてんのか微妙だな。実際そうするつもりだけどよ」
後ろ指差されてクスクス笑われようと、浮かれ気分マックスで旅行を満喫する気満々な剣。恥ずかしがって萎縮するより、楽しんだ者勝ちだぜ!な意気込みなのである。
「やっぱり兄妹だからか、けんちゃんとさっちゃんて、似てるとこあるよね~。さっちゃんも変なTシャツ大好きだしね」
「変であろうと、これは魂の表現!心の叫びなのであります!」
痛い迷言Tシャツをこよなく愛し、常日頃着用している桜。本日は『無課金は意地の証。廃課金は一位の証。』と、ランキング制が導入されているアプリゲームの悲哀を謳っている。
「それはそうと、御二人とも存分に楽しんでいらしてください!御帰還の際には、古都での暴れ鹿との激闘や、魑魅魍魎の殲滅戦に、美少女陰陽師とのあれやこれやの土産話をしてくれると心待ちにしているのであります!」
「けんちゃん、イベントフラグが乱立したね!」
「……もっと面倒な事が起きる気がしてきた……嫌だなぁ、こーゆー予感、いい意味で外れたこと、あんましないんだよなぁ」
わくわく高揚する気分と、非日常だからこそ遭遇してしまいそうな突発強制イベントが発生しそうな一抹の不安を胸に、修学旅行前日の夜は更けてゆくのであった。
久々に、一家みんな(パパさん以外)登場させられました!またしばらく、梓以外出番なさそうですけど……電話したり、一方その頃……でなんとかしよう。
次回、出発します!




