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68話目 人生相談 遥の場合 前編

ハルにゃんに声援を!

とある晩、剣が自室の机で自習していると、部屋のドアがコツコツと鳴らされた。


「……剣、相談にのってほしいんだけど……」


剣の自室に、ドアをノックして入ってきた遥は、いつになく真剣でありながら、気の進まなそうな表情をしていた。


「……俺に相談なんて珍しいな?まぁ、取り敢えず適当に座ってくれよ」


遥は薦められるがままに、ミニテーブルの側に置かれているクッションに足を前に伸ばして座ると、ミニテーブルに突っ伏した。とても疲れているようである。


「どうした?そんなに今日のバイトは忙しかったのか?」


ピクリと身体を反応させる遥。テーブルから上体を起こすと、肘を立てて頬杖をついた。苦々しい面持ちで。


「忙しいだけなら、こんなに疲れやしないんだけどさぁ……」


遥のただならぬ様子に、剣はその原因に思いを巡らせた。しかし、心当りがまるで無い。少なくとも、姉妹に素顔を晒し、バイト先をカミングアウトしてから姉妹仲は以前よりも良好となっている。家族内の事で、それほどのストレスを抱えたりはしないだろうと結論に至るのみであった。


「……教えて……ほしい、事があるんだけど……」


気後れがちに発せられた言葉は、相談と言うよりは、懇願だった。遥からの頼みとなると、いよいよもって希少事例である。


他の姉妹ではなく、剣に頼みに来る辺り、相当切羽詰まっているようである。


「なんか、かなり切実そうだな……まあ、答えられる事なら何でも教えるけどさ」


剣の返事に、遥の表情が僅かに緩んだ。少し、ほっとしたのかもしれない。


「いや……その……先ず、スマン!すっげぇ気が進まないんだけど……多分、つーか……かなり気を悪くする質問だと思うけど勘弁してくれ!」


申し訳なさそうに、遥は顔の前で合掌すると、剣に頭を下げた。ただならぬ様子に、剣は益々困惑する。


「……取り敢えず、言ってみ?言われなきゃ分からないし、気を悪くしたからって、遥相手に暴力で応えたりしねーからさ」


「そうか……それじゃ訊くけど……女の子を……波風立てずに、上手く振る方法を教えてくれ!」


「………………………はあ!?」


必死に剣を拝み倒す遥から発せられた願い事に、剣は「想定外が過ぎる!」と大声でツッコミ入れたい気分にさせられた。兎に角訳が分からないので、どうしてそんな頼み事をする結論に至ったのか、詳しく経緯を尋ねる剣であった。




事の発端は、この日の『29Q』でのバイトにあった。新人のバイト、しかも同じ高校の後輩が来るとの事で、遥は姉妹バレした時以上に憂鬱な気分でシフト入り働いていた。


「ハルにゃん、今日は元気がないみぃ?どうしたみぃ?」


「そ、そうかにゃあ?ちえみぃ先輩の気のせいだと思いますにゃあ」


鬱な気分が顔に出ていたらしく、先輩に心配かけまいと取り繕うハルにゃん。ちえみぃ先輩はハルにゃんの一年先輩で現在大学一年生。本名は石川 千枝子(いしかわ ちえこ)(19)ハルにゃんより頭半分小柄で、ハルにゃんにとって、良識ある頼れる先輩である。


「ひょっとして……今日入る新人さんの事かみぃ?長持ちしてくれると助かるんけど……どうなるみぃ~?」


『29Q』のバイトは高給である反面、採用規準はメイド長の気持ち一つである上、就業規則も厳しくある……主に、羞恥心的に。店内では猫語がデフォルト等、様々なおもてなしポーズを試用期間内に修得出来なければ、原則的にクビである(稀に、メイド長の気分次第でツン枠ヤン枠担当に任命される)。


「どうなりますかにゃあ?自分が入ってから、半年もった娘いませんからにゃあ……」


「あぁ、それでだったみぃ?メイド長から、今回の指導役を任されてプレッシャー感じてたんみぃ?」


当たらずとも、遠からずであった。感じていたのは指導役のプレッシャーではなく、個人的なストレスであったが。


「何て言うか、その……高校の後輩らしいんですにゃあ……」


ちえみぃ先輩の目が「ああ、それで」と察したように憐れみの視線を向けた。当然、バイト仲間であるので、彼女はハルにゃんの普段の姿を知っている。学校での姿とキャラの方向性に大幅な違いがあるのは、さにゃえメイド長を筆頭に仲間内ではギャップ萌えポイントであるが、学校側の人間にとっては、異質な人物像として映るであろうことは否定出来ないのが現実である。


「近寄りがたい不良さんが、実は萌え萌えスマイルで愛想を振り撒く猫耳メイドちゃんだと知れたら……後ろ指差され~の、ヒソヒソ陰口叩かれ~の……そりゃ、鬱にもなるみぃ」


ちえみぃ自身も、ハルにゃんがバイトに採用された当初、廊下で擦れ違うだけで涙目になりそうなぐらいにビビっていたのだ。当時は遥の礼儀がなってなかったのもあるが、それほど遥のメイクは威圧感が半端ない。


「……本当、どうしたらいいのかにゃあ……」


「月並みなアドバイスだけど、実際会って話してみないと、どんな娘か分かんないみぃ?考えすぎは身体に毒だみぃ」


暗く沈んでいるハルにゃんの背中を、ちえみぃ先輩は慰めるように摩った。ハルにゃんはその気遣いが嬉しくも、最近こんなんばっかな気がする……と、やるせない気分は解消しきれなかった。




そして、その時がやってきた。


「ち~えみぃ、ハ~ルにゃん、お待ちかねの新人さんを紹介するにゃん!……って!恥ずかしがらず出てくるにゃん!」


元気に店内へお出まししたさにゃえメイド長であったが、新人さんは気後れしているのか、店内へのメイドとしての一歩を踏み出せずにいるようであった。


「懐かしいみぃ~。初めてのメイド姿を人前に晒すには、中々の勇気が必要なんだみぃ~」


「自分もそうでしたにゃあ。初々しいですにゃあ」


様子を伺っているのか、物陰から猫耳がピョコピョコ見え隠れしている。とても可愛らしい仕種に、不安を抱えていたのも忘れ、ちえみぃ共々ハルにゃんは生暖かい眼差しになっていた。


しかし、どれだけ恥ずかしがって嫌がろうとも、それは無駄な抵抗でしかない。何故なら、ここに居わす小学生と見紛うメイド長さまは、自身の三倍以上体重のあるマナー違反者を物理的説得で店外追放してしまえる腕っぷしの持ち主である。そんな御方に腕を掴まれては、ごく一般的な女子に抗う術などないのである。


「えっ?嘘っ?な、なんなのこの力ぁ~!」


手首をぎゅっと握られて引きずり出された少女は、さにゃえメイド長よりほんの少し背の高い、小柄な黒髪の少女であった。当然メイド長自ら面接し採用しただけあって、少女の前に美を着けても異論を唱えようもない、艶々な黒髪ショート(猫耳カチューシャ装備)の瞳の大きな美少女である!


「でわ!改めて紹介するにゃん!この娘が新人のみやみゃーちゃんにゃん。ほら、先輩のちえみぃとハルにゃんに自己紹介するにゃん!」


新人、みやみゃーのメイドネームを与えられた少女は、頬を赤く染め、緊張から若干身体を震わせながらも、背筋をピンっと姿勢を正し、腰を九十度曲げ、深々と御辞儀をした。そして、何故か尻尾はピーンと立っている。


「よ……よろしくお願いします!本日より働かせていただく、みやみゃーです!」


頭を下げたままプルプル震えるみやみゃーのあどけなさに、ちえみぃはホッコリ笑顔を浮かべた。


「本当に初々しいみぃ。みやみゃーちゃん、喋る時には語尾に気を付けなきゃ駄目みぃよ?」


「はぅっ?……失礼しました!……みゃ、ぁ~……」


完全に猫語喋りを忘れていたみやみゃーは、指摘を受け、語尾に鳴き声を付けようとして、やはり慣れていないが故の羞恥心から声が小さくなる。そして、モジモジが止まらない!


「これまた可愛い娘を雇ったみぃ、私はちえみぃだみぃ。慣れるまで精神的にキツいだろうけど、この店のメイドの誰もが通った道だから頑張るみぃ」


「そうだにゃあ。まあ、焦らずゆっくり慣れればいいにゃあ。これからよろしく、ハルにゃんですにゃあ」


取り敢えず、ハルにゃんはシラを切ることにした!鉄壁のメイドスマイルで、この場をしのぐ事にした!


今日の帰りは着替えの時間をずらして誤魔化そう!明日以降は入店前に余所でメイク落としと着替えを済ませよう!……等と考えていたのである。


ちえみぃが、みやみゃーに片手を差し出し握手を求めると、みやみゃーは両手でそっと包むように握手を返した。


「ちえみぃ先輩、よろしくです……みゃー……」


ちえみぃに倣い、ハルにゃんも手を差し出した。みやみゃーは先程ちえみぃにしたように、両手でそっと……?


ガッチリ握り締めていた。


「?……えと……みやみゃー?」


ハルにゃんは、背筋がゾワリとしたのを感じた。


みやみゃーは、ハルにゃんの手を握り締めると同時に、その手の甲を、磨くように摩りだした!何だか、荒く熱い吐息をハアハアと吐き出しながら!ハルにゃんの全身が総毛立った!まるで、驚いた時の猫みたいに!


「ハァ……ハァ……聖先輩の手……すべすべ……綺麗……」


知ってる!この娘、ハルにゃんの正体を確信してる!ハルにゃんがオロオロと周りを見回すと、さにゃえメイド長が……とってもニヤニヤしてた!この確信的愉快犯め!ハルにゃんは怒りと抗議の目を向け、自由な左手を握り拳にするが……絶対的に敵わない事を知っているのでどーしよーもない!


なので、ハルにゃんは頼りになるちえみぃ先輩に涙目で救いを求めた!


「……あ~、みやみゃー?このままじゃ仕事出来ないからハルにゃんを放してほしいみぃ」


「……へ?……あわわ!す、スミマセン!いきなりのハッピーイベントに我を忘れてしまいました……みゃあ。聖先輩も、ごめんなさいでした……みゃ~……」


ハルにゃんはちえみぃ先輩に何度も何度も高速で頭を垂れた。細かな飛沫が散っているのは、気のせいではないだろう。


「それとみやみゃー、御主人様のいるスペースでは本名呼び禁止だみぃ!まあ、今は誰も御帰宅されてなかったからよかったけどみぃ……で?ハルにゃんとどんな関係みぃ?」


「ちえみぃ先輩!?どうもこうも、ハルにゃんには心当りがありませんにゃあ!」


ハルにゃん、頼りにしていた先輩が興味津々な態度でみやみゃーに問い掛けたのを直に目撃し、驚愕。思わず声を荒らげた。


一方、どんな関係かと問われたみやみゃーは、照れ笑いしながらモジモジしていた。


「えっとぉ……聖先輩とはぁ……運命的な出会いをしちゃったと言いますかぁ~……もう、運命の人なんです!みゃー!」


「ふんふん、それはどんな出会いだったんみぃ?」


みやみゃーは瞑目すると、右手を天に掲げて語り始めた。


「あれは、高校に入学して間もなくでした……私はその日、運悪く不良な先輩達に囲まれ、困り果てていました。正直泣きそうでした。これから、当たり前のようにカモられる日々が始まるのだと絶望した、その時です!「下らねぇ。暇なの?」と、声がしました。不良な先輩達越しに、もっと恐い顔をした人が……聖先輩がいたのです!聖先輩が一瞥しただけで不良な先輩達のは散って行きました!それを確認すると、聖先輩は私に見向きも声も掛けずに去って行ったのです……心臓が高鳴る程、格好良かったのです!」


「ハルにゃん、そんなことあったんみぃ?」


「え~と、あったけど……ウチの学校、バカが多いからにゃあ……」


ハルにゃんは、通りすがりに不良にガンくれるのを、いちいちカウントしていないのだった。因みに、不良さんが遥に睨まれただけで退散するのは、遥の名字が『聖』だからである。非行学生ネットワーク上で、最高レベルの要注意人物と同姓であるので、その身内に手を出すのであれば……少なくとも、人生を棒に振る覚悟が必要となるのである。……まぁ、遥の目力もかなり凶悪なのではあるが。


みやみゃーの語りは続く。


「先輩の名前は調べれば直ぐに解りました。誰ともつるまず、媚びず、阿らない孤高なる姿……素敵でした!まるで、如何なる風雨に曝されようとも、折れ散らない凜と咲く華!あぁ……なんと美しい……」


「ぼっちなだけだにゃ」


「内気なだけだみぃ」


「ぼっちをここまで美化されると……気持ち悪いにゃあ……」


ハルにゃんは青ざめた表情で、もう何も聞きたくないとばかりに両手で耳を塞ぎ、みやみゃーからジリジリと後ずさっている。


「学校では何人たりとも寄せ付けない雰囲気を醸し出す聖先輩でしたが、私はどうしても御礼がしたくて、その機を伺っていました。ですが、聖先輩はスクーターでの登下校で、しかも授業が終わると即下校してしまうので、御自宅を突き止める事が出来ませんでした」


「……今、さらっと危険発言したかにゃ?」


「ストーカーの素養があるみぃ」


「……コワイ……タスケテ……」


あまりの恐怖に、ハルにゃんがカタコト化した!


「ですので!毎日の最終時限を自主早退して聖先輩の尾行に失敗した地点での待ち伏せを継続することにより、こうしてここ(29Q)にたどり着いたのです!」


「世間の為に、教育してやらんとにゃー」


「世間の前に、ハルにゃんの為みぃメイド長」


「…………」


ハルにゃんは、言葉を発せずガクブルして居られます!


「たどり着いた私は唖然としました。JKには敷居の高いお店ですから。躊躇せず店内に入る聖先輩を見て、猫好きなのかな?それともメイド萌え?……どちらにしろ、学校での聖先輩とは異なるイメージだったのです。確認したくとも、お店に入る勇気もお小遣いも私にはありませんでした……その時、私に天啓が!アルバイト募集の広告が目に入ったのです!これなら、聖先輩がメイド萌えなら……私に萌えてくれるのではと!」


「メイド長、みやみゃー頭のネジが緩んでるみぃ」


「恋は盲目だにゃあ。一瞬で勇気メーター振り切れたにゃあ」


「……へぇ、そうなんだ。私ね、今、人生って何だろって悩んでるんだぁ……」


ハルにゃんは見えないナニカと話している!


「そして……面接に来て知った真実!聖先輩は学校で孤高を貫く精神的苦痛を癒すために、自らがメイドとなって自己治癒なさっていたのです!癒しを求めて来られる方々を癒す事で自らをも!なんて、清らかで美しい……」


「高い時給目当てなんだけどにゃあ」


「むしろ、メイド長のイジリで精神磨り減らしてるみぃ」


フロアの隅っこで体育座りしているハルにゃんの背中を、店内のにゃんこ達が、憐れむように見詰めている……


そんなハルにゃんに、みやみゃーは滑り込むように接近し、再び手を握り締めた。


「聖先輩……いえ!遥お姉様!お慕いしております!どうか、私と義姉妹の契りを交わして下さい!」


「ん?義姉妹?」


やさぐれハルにゃんは、途中から完全に聞き流していた。なので、素で返答してしまった。


「……いらない。義姉妹は(戸籍上のが)六人もいるから間に合ってる」


「え?……ろ、六人?嘘、ですよね?」


ハルにゃんの手を握り締めてるみやみゃーの手が、ワナワナと震えている。


「いや?義姉が二人に義妹が四人。それから、義兄も一人いるけど?」


「義兄!?……お、お姉様の……浮気者~!不潔ですぅ~!」


盛大に誤解し、泣き喚くみやみゃー。その後、さにゃえメイド長が面白がっていた責任を取って、誤解を解いて落ち着かせるまで小一時間掛かったのでありましたとさ。




「……そんな訳で、どうにか穏便に事を済ませたい。なんか、良い知恵ないか?」


「俺が知りてぇわ」








なんだかんだで、遥の精神力回復速度がヤバい。

みやみゃーの本名は次回出します。

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