67話目 旅行は計画的に
旅行は行く前の方が楽しかったりする。
五月も半ばに差し掛かり、清央高校三年生の修学旅行まで、約二週間となった頃の事。剣と梓のクラスである3-Bでも、世間一般に漏れず、生徒達の話題の中心は当然、修学旅行であった。
その話題の中でも、特に盛り上がるのは、やはり自由行動の計画であるようで。
「二日目……奈良の宿から京都の宿まで、17時集合で自由行動……けっこう時間あるよなぁ」
「景色の良い場所歩いてぇ……やっぱり和菓子だよね!和風スイーツ三昧しないと!」
「吉野葛とか、宇治の抹茶が有名だもんね。食事の定番は湯豆腐や湯葉かな?」
「観光すんなら、嵐山辺りじゃね?清水寺は最終日だしなー」
「寺や仏像の何が面白いのか……判らん!」
剣達は、いつもの五人で自由行動を共にする予定である。梓は椿と行動するのを嫌がったが、マリアナ海溝よりも深く優しい心を持つ雀が「一緒にしてあげないと、椿ちゃんぼっちだし……ストーキングされるより、見張りやすい方が……」そう仰ったので、梓も渋々承諾しているのであった。
「俺は好きだけどな、寺。法隆寺とか、大昔の木造建築が現存してる日本ってマジ凄いと思う。仏像の造形への拘りとか、現代のフィギュアに通ずるモノがあるしなぁ」
「確かに、四天王とか格好いいよな。筋肉とかリアルだし。ただ、寺も仏像も見るだけだからなぁ……」
遊び盛りの高校生にとっては、貴重な文化財を観賞したりするより、楽しく遊べるテーマパーク等の方が、単純で判りやすい御様子である。
「イッちゃんの意見も一理あるかな?文化財とか見ても、基本的に退屈なのは私も同じ。でも、映画村は三日目のクラス別行動で行くでしょ?奈良と京都で、遊び重視な場所って他に知ってる?」
「大阪行こうぜ!関西つったらU○Jでしょ!」
「それはいいな!面白い乗り物が沢山あるからな!詳しくは知らんけど!」
一朗の提案に椿が乗った。しかし、剣はそれを冷徹に切り捨てる!
「却下。17時までに宿に到着しなきゃならねーんだぞ。遊べる時間が、入場料に見会わねー」
「けんちゃんに同感。ナイトタイムのショーも見らんないしね」
「え~?でもさ!大阪は良くね?食べ物だって、たこ焼き、お好み焼き、串カツとか、京都より若者向けじゃん!」
食い倒れの街を代表するガッツリメニューを並べ立て、全力で大阪推しする一朗。どうにも、奈良と京都に退屈なイメージしか沸かないようだ。
「……私も、大阪に一票。行ってみたいトコもあるし」
「舞原もかよ……ドコに行きたいんだ?」
雀は気まずそうに、剣から視線を反らして……
「えっとね……天保山」
「GOかよ!レアポケ目当てかよ!」
「で、でもね!近くに水族館とか、観光客向けのレジャー施設もあるんだよ!大阪の名物料理を食べれるお店もあるよ!」
「ずめちゃん、ガチで下調べしてたね?イッちゃんとは気迫がダンチだよ」
「どーせ俺っちは浅いっすよ……」
「まあ、○SJよりかは時間を有効に使えそうではあるな。ただ、歴史や文化的側面が……」
自分自身が文化遺産的存在だった過去があるので、歴史を感じさせてくれる古都に興味津々だった剣さん。古都の町並みを楽しみつつ散歩をしてみたかったのだが、生憎、グループのメンバーはそこまで精神的に落ち着く年齢ではなかったのだ!
「あ!観覧車とかもあるよ!けんちゃんと一緒に乗りたいな~」
「おお!マジで大阪の名物揃ってんじゃん!雀っちお手柄!」
「ここは確かに面白そうだな!水族館とか大好きだ!」
剣を除く、全員の気持ちが既に傾いていた。早速スマホで検索してみて、興味が引かれるに充分な情報で溢れているみたいであった。
(まあ、三日目のクラス別行動で平等院とかメジャーなとこには行くし、最終日には清水寺も行くしな……修学旅行で我を通すのも大人気ないか……)
のんびり旅は、自分で稼いだ金でしよう。それに、修学旅行は何処によりも、誰との方が重要なのである。数少ない友人との良い思い出作りを優先しようと、剣は決めたのであった。
「あ~ら~?聖さん、達はぁ~。自由行動、大阪です、かぁ?」
いつものほほんな担任の羽佐和ゆかりは、漂う雲のように、気の向くまま生徒達の会話に混ざっていた。
「あ、ゆかりん!まあ、話の流れでな~んとなくそんな感じ!集合時間に間に合えば、大阪行っても問題ないよね?」
「はい~。予定、が決まったらぁ、タイムスケジュールに、名前を添えて、提出して、下さ~、い。先生、誰が何処に行く、か、把握しないと、なので」
自由行動であるとはいえ、学校行事である以上、教師には責任が伴う。何かしらトラブルが発生すれば(特に迷子等)生徒の元に駆けつけなければならない。携帯電話のある現代であっても、生徒達の大まかな居場所を把握しておいて損はないのだ。
「やっぱり、自由行動で、御寺巡りする、子達は少ない、ですねぇ。まぁ、はしゃぎたい、年頃、ですもの、ねぇ」
困ったように、ゆかりは手を頬に添えた。教師の立場としては、歴史や文化に関心を持ってもらいたいらしい。
「まあ、私もあま、り、偉そうには、言えません、けどね」
「先生は……当日の行動決めたんですか?」
「はい。京都巡回、を名目に、聖地、巡礼です~」
『聖地巡礼』その素敵なワードに、サブカルチャーに関心の薄い椿以外が超!反応した。
「ゆかりん!作品何?やっぱり時代劇系?」
「アニメとは限らないよね……る○剣ですか!?」
「ゆかりちゃんの歳なら……ぬ○孫じゃね?」
「新撰組なら、PEACE○AKER鐵……か?」
椿だけ話についてこれず目を泳がせている。
「どれも、好き、ですけど~、残念。はずれ、ですぅ。今回、は。人と、狸と、天狗のお話しが、目的、なのです」
「「「「それだったか!」」」」
四人揃って「やっべぇよ。それがあったよ」と、現代の京都を舞台にしていた娯楽作品の存在を忘れていた事実に打ちのめされた。
「抜かった……京都全開作品なのに……くたばってしまいたい」
「アホウだ。肝心なの忘れてたとか、私達完全にアホウだよ」
「俺っち達が鍋にされるべぎなんだ……」
「私達の思考は、井戸より狭かったんだよ……」
打ち拉がれながらも、四人はネタに走っていた。当然、一人だけ置いてけぼりだ。
「何言ってるか解らんぞ!ハブられてるみたいで寂しいぞぉ!」
「うふふ、仲良き事、は、良き事、なり。ですね~」
聖チームの仲の良さに、名台詞をオマージュして、ゆかりん先生は次の生徒達へと、タンポポの綿毛のようにフワフワ去って行くのであった。
「いやあ、聖地巡礼は盲点だったね」
「まあ、学園物の多くが京都へ修学旅行に行ってるからな。言ってみりゃ、京都全体が聖地みたいなもんだからな……」
「わざわざ聖地と思う必要性を感じてなかったのかなぁ……?作品が被りすぎてたから?」
「……ま、修学旅行で聖地巡礼すんのもちょっち違うっしょ!やっぱ趣味は自腹切ってこそ楽しいみたいな?」
「どーでもいいが……会話に加わりたい……」
「仕方ないなあ……んじゃ、バキ子が議題出しなよ」
「やはり、三泊もあるからな!梓と一回くらいは添い寝を……」
「布団で簀巻きにして、押し入れに封印する。そして、翌朝置き去りにしてあげる」
抑揚の無い言葉づかいで、一切光を反射しない瞳で梓が返答した。
「え……えと、トランプやウノが定番だよね!大浴場もあるみたいだし楽しみだよね!?」
「そうだね、ずめちゃん。入浴中はバキ子を屋上で逆さ吊りにしておかないとね!コイツ、洒落じゃなくてガチで私を襲いに来るから!」
てめえの下心なんざお見通しだ!と、ばかりに、梓は椿を睨み付ける。梓もガチで、今言った対処方法を実行しようと検討している。……翌年の清央生徒は、同じ宿には泊まれないかもしれない。
「全然、梓からの好感度が上がらない……うぅ……」
「……そりゃ上がるわけねーべよ。……それでも、同室を許してくれるだけ嫁さんと雀っちは優しいわ。他の女子、マジで嫌がってんだからよ」
旅行中の宿舎では、男女別に四~五人で一部屋が割り当てられるのだが、梓達と同室になってくれる女子は、中々決まらなかったのである。
そこで、梓達との同室を引き受けてくれたのは、学級委員長とその親友であった。果たして、常人には不謹慎な行動・言動を日常としている梓や椿と三泊を共に過ごす事となる彼女達の精神はマトモでいられるだろうか?剣は割りと真剣に心配していたりする。
「舞原、当日は委員長達のメンタルケア頼むな」
「あはは……荷が重いなぁ。もしもの時はメールするから、その時は椿ちゃんに首トンお願いね?」
「任せろ。そん時は一晩目を覚まさない奴をぶちかましてやっから」
剣が地球のスタンガンを参考に開発した弱電撃魔法纏装手刀は、教室内でも度々、梓や椿が暴走した際に使用されている。放電量も少なく、発光もほとんどしないので見た目は普通の手刀と変わらない、便利で安全で平和な使い勝手の良い魔法だ。因みに、弱ではなく強で同様の手刀を繰り出した場合、首トンではなく、首コロンになるので取扱い要注意である。
「お……大人しくしますので、勘弁して戴きたいのです!ただ、一晩中王妃様の寝顔を眺められれば満足ですから!」
「……ずめちゃん。ガムテープ持っていこう。コイツに自由は与えちゃいけない」
「ガムテで巻かれた同級生が同室にいて、もがいていたら……委員長のSAN値がボロボロになりそう……」
「……やべぇな。この修学旅行不安要素が多すぎね?」
「椿が大半だけどな。まあ、いざとなったら俺がどうにかすっから不祥事にはならねぇよ。椿に限らず、羽目を外した馬鹿者には容赦なく……な」
「やっぱ、お前が一番ヤバイ。剣を怒らす馬鹿がいねー事を願うばかりだわ……ま、旅行に妹ちゃんがついて来る訳じゃねーし、そんなに導火線も短くならねーか?」
「まーな。妹達への土産を選ぶのを邪魔されたら、怒りを我慢出来るかわっかんねーけどな」
「出たよシスコン発言。しかしまあ、人数多くて土産選ぶのも確かに大変だよな。そういや、最近なにかとお前に構われたがってくる後輩ちゃん達には買ってやらんの?」
一朗の意見に、剣は「どうしてそんな質問すんの?」と首を傾げる。
「何でだよ?一方的に慕われて、迷惑してるだけの関係だっての。アイツら俺の事、ポジティブに捉え過ぎててマジでウンザリしてんだけど……」
「うわ~……クラス中のモテナイメンを全員敵に回したぜ。今更だけど」
そう、今更である。今更後輩が何人取り巻きになったところで、高校入学以前から彼女持ちで、今年度からは超絶美少女な双子妹を侍らせて登校している剣さんは、全校の男子生徒最上位のリア充である。とっくの昔に、クラスどころか全校の彼女いないマンからの妬みを一身に浴びているのだ!
「何故だぁ!?何故に聖ばっかり女子にモテる!」
「後輩ちゃん達、すっげぇ適当に扱われてんのにな……」
「彼女いるのにどうして……」
そこかしこからの怨嗟の声。それを剣は柳に風と受け流す。
ここ最近、昼休みになるとよく、後輩三人組が剣に自己アピールをしに来る姿が常態化していた。特に、耀と錫羽は日を追う毎に剣にメロメロになっている。南耶だけは方向性が少し異なり、恋愛感情よりも弟子入り希望の気持ちが強いようだが……ともあれ、見た目だけなら耀は利発。南耶は活発。錫羽は清楚な美少女なので、そんな三人から強烈に慕われているのに、邪険に扱っている剣に対して「リア充爆発!」を訴える視線も、日々強化増強されているのだ。あくまで視線だけだけど。
「けんちゃん、少しは遊んであげたら?」
更に男子達に血涙を流させる要因は、梓が複数交際に寛容だからである。なんと、うらやまけしからん!である。
「ヤダよ。無い袖は振れない」
それなのに!剣は後輩達を袖にして、全力でフラグをへし折ろうとしているのである。嫁の許可があっても他の女子に靡かない態度が周囲の女子からの評価を高めているのも、男子からのやっかみを買う要因となっていた。
因みに、靡かないのは剣が一途だからではない。それどころか、剣はハーレムを肯定する思考の持ち主でもある。なのに何故、梓以外の女子を無下に扱っているかと説明すれば、単純にその気が無いからであること。そして現在の自分には何人もの女性を囲える甲斐性が無いと考えているからである。
理由はどうあれ、現状剣は梓以外の女性と付き合う気は皆無であり、弟子入りされても教えられる事なんて無いし、第一面倒くさいし時間的余裕も無いのだが……諦めてくれない後輩達に、頭を悩まされているのである。
「そういや、遥も後輩とどうなったんだろうか?」
それは、つい昨日の事。
同い年の義妹から、初めての人生相談をされた事を剣は思い出していた。
有頂天な家族が大好きだー!
書いてて京都に行きたくなりました。
……さて、次回の主役はハルにゃんです!
どんな後輩が登場するのでしょう?
 




