6話目 SF前世と暗黒剣
「どうも、愚妹共が悪ノリしてすみませんでした」
ライブハウスの控え室にて、愚妹こと双子の妹、翼と希が所属しているロックバンド『トリオス・ジェミニィ』のメンバーに頭を下げる剣。
先程のライブ中トークタイムで、とんでもぶっちゃけした翼と希は、現在控え室の片隅で頭を擦って蹲っている。お兄ちゃんに鉄拳制裁された直後である。
「もう、いいから。頭を上げてよ剣くん。動揺しちゃった私達の方が情けないと言うか……年上なのに」
「アタシなんざ、うっかりスティック落としちまった。……マジ恥ずいわ~」
キーボード担当のムーンこと風原月華と、その姉でドラム担当のバンマス雪華は大学四年生。聖家の長女光と大学で知り合った友人である。
翼と希は光の紹介で雪華達と知り合い、バンドに参加したとゆう経緯がある。なので、光と直接の繋がりのある二人には、剣はなんとしても口止めをしなければならなかった。
「さっきの事、姉さんには黙っといて下さい。その……姉さんも知らない事なので」
「え……?ん?じゃ、さっきの、全部……ガチ?」
「ガチです。……まあ、あれが嘘なら、俺を騙してた事になりますね」
もしそうなら、拳骨だけじゃ済まさねえ!剣のそんな視線が妹達を貫く。とても鋭く、殺気すら感じさせる眼力に、穏やかな剣しか知らなかったバンドメンバー達は、若干引いている。
「剣、その、なんだ、結果的にライブは成功だったんだ。その辺で許してやらないか?」
ベース担当のブルーこと日乃蒼司が剣に物申した。少し、腰が引けているが。
「お、おう。考えてみりゃ、身を切って場を沸かせたようなもんだしよ!あんなんでビビるとか、こっちが未熟っつーか」
ギター担当クリムこと日乃紅士も剣に翼達への免罪を求める。剣の迫力に負けているのか、多少口の端がひきつっているが。
日乃兄弟は光や風原姉妹と同じ大学の後輩で二年生。剣とは年も近く普段はフレンドリーな間柄なのだが……彼等からしても、初めて見る『お怒りモードの剣さん』は、かなり怖かったらしい。
「……翼、希、兄ちゃんが怒るの判ってたよな?お前等、姉さんや妹達に、まだバレたくないんだよな?」
「「勿論であります!サー!」」
ビシッと姿勢を正し、敬礼で応える翼と希。桜の影響を受けているようで巫山戯が感じられたが、剣はイラッとしたので逆にスルーした。
「俺がカミングアウトされたの、父さんと美鈴さんの再婚前だったから……五年前だったよな?家族仲が拗れないように黙っているの、結構ストレスなんだがな」
「「ごめんなさい!感謝してます!」」
「で?どうして……やっちゃたのかな?」
「今日は、お兄ちゃんしか来てなかったので……」
「前々から、ウケると思ってたので……」
なんだその芸人根性。みんな、そう思った。
「確かに、客は楽しんでたし、ネタだと思って半信半疑だろうな。だがな、姉さんや梓が来てなかったからって軽率だ。常連の中には、姉さんと同じ大学の学生もいるんだぞ。個人で楽しむ為の動画を目にしたら、姉さん相当恥ずかしいと思うぞ?」
「か、帰ったら、ネタでやりましたと誤魔化しときます」
「思わず演技に熱が入った事にします」
「……ったく、頭いいクセに、時々迂闊だよな。ホント呆れちまうわー。で?今後も姉妹百合は公式設定にするのか?バンドの皆さんに許可は貰ったのか?」
「「その方向で、皆様お願いします!」」
綺麗に声を揃え、見事なシンメトリーで土下座を披露した翼と希。異常なレベルで息が合っている。
「……あ~、剣っちよ、ちと確認したいんだが」
「何ですか?雪華さん」
「アタシも月華も性癖ノーマルなんだが、害はないか?」
「大丈夫です。こいつら厳密に言えばレズじゃなくて、単に互いの事が好き過ぎるだけなので」
「そっか。ならオッケー!」
「それでいいんかよ!ユキ先輩!?」
「いんじゃね?女だからって油断してるファンの娘とかに手ぇ出してバンドのイメージ落とすワケじゃ無きゃよ。言っとくけど、紅、蒼もだかんな?火遊びするのは一人にしとけよ?」
「いや、してねーし。そもそも……」
なにやら口籠る紅士。そして、察しているのか蒼司が紅士の肩をポンポン叩く。
「ま、いいじゃないか。誰も、辞めさせたい訳ではないのだから、丸く収まったって事で。それより廊下に出ような、剣も。女性陣が着替えられない」
そろそろ控え室を空けなければならない時間が迫っていた。蒼司に促され、男達は控え室から出ていった。
「あー、俺ショックだわ~。翼っちと希っちの事、可愛いと思ってたのに、脈ナシかよ~……」
廊下の隅で、紅士が項垂れていた。その傍らで蒼司が同情してか、やりきれなさそうな顔で、剣はなに食わぬ顔で立っていた。
「なあ剣っち。ホントに、マジなん?」
「一片の偽りなく、マジです」
スッパリ一刀両断。可能性の無いモノに『頑張れ』とか『諦めるな』なんて言ったりしない。下手な慰めをしないのが剣の優しさでポリシーである。
「……落ち着いているな剣。妹に好意を寄せてる男の前で」
「慣れてますんで。あいつ等、中学入ってから年間合計で三十人程度から告白されてますから。で、その一切合切をフってます。それでもしつこい奴は、俺が引導渡してました。主に無属性物理近接で」
「それは……難儀だな」
「ま、実戦相手に事欠かなかったのは良かったですけど。御都合解釈糞野郎共は、幾らボコッても心が痛まないから良いですよね。クックックッ……」
前世で聖剣と呼ばれていたなど誰が思うだろう?とても黒い笑みを浮かべる剣さん。年下の友人が見せた暗黒面に、日乃兄弟は驚愕し、完全に引いていた。
「剣っち……おっかねぇ……」
「過保護者、恐るべし……」
(……心外な。後顧の憂いを断つ為、見せしめに一人二人は殺しておきたいのに、泣いて謝るまでボコる程度で我慢してるんだぞ。本当に、日本の法律面倒だな。つか、理性の足りない奴等が多過ぎないか?)
殺伐していたファンタジー世界で数えきれない命を断つ為に使われてきた聖剣さん。キレ易い若者に常々御立腹。
大量殺戮に使われた俺が我慢しているのにと、常々思っている。
「「お兄ちゃん、おまたせ~」」
「ん、それじゃソウさんコウさん。また今度」
着替えを済ませた妹達と、剣はあっさり去っていった。
「なあ、蒼司」
「どうした紅士」
「……俺、翼っちと希っちには、絶対手を出さない」
「……そうしてくれ」
本日翼と希が巻き起こした混乱は、もしかしたら『トリオス・ジェミニィ』のバンド寿命を伸ばした……かもしれない。
ライブハウスからの帰り道、時刻は午後六時過ぎ。剣達は夕食を摂る為、お財布に優しいイタリアンファミレスのサイ○リヤに寄っていた。
「えっと、私はミ○ノ風ドリア。半熟卵付きで」
「じゃ、パル○風スパゲティ。オン・ザ半熟卵」
「ハヤシを半熟卵トッピングで。それと人数分のドリンクバーをお願いします」
半熟卵最強。
「そーいえば、お兄ちゃん。梓ちゃんはどしたの?」
「今日は職人モードになってたから置いてきた。……完全に裏目ったわ」
「衣装作りに妥協しないもんねー。今度は何のコス?」
「マク○スFだってさ。どのキャラやるかは知らん」
「マジで?お兄ちゃんのア○トくんとかハマリ過ぎなんだけど」
「いや、桜は多分ラ○カちゃんでしょ。それならお兄ちゃん枠でブ○ラさんだよ。オ○マさんは、イメージ合わない」
「梓ちゃんがキャ○ーさんなら○ズマさんアリ」
「補佐官はない」
「暑いの嫌だから、アル○かミ○ェルで夏制服がいいなあ」
歌が好きな事と、桜の影響で双子はマクロ○シリーズが大好きである。カラオケでライ○ンをデュエットするのは定番化している。戦術音楽ユニットのライブチケットが抽選で外れると、床や壁を叩いて悔し涙を流すほど。
注文したメニューが揃っての食事中。
「?!……甘っ!翼、コーラに何をした?」
「ガムシロ二個入れてみた」
「入れんなっての……M○Xコーヒーより甘いぞ」
「お兄ちゃん、ドリンクバーでは遊ばないと。因みに希のは適当混合した炭酸全部入り。あらゆる酸味と風味が混在している甘いだけの炭酸になりました。不思議と不味くはない」
「……こうゆう遊び、本当に好きだよな。前世で自由が無かった反動ありすぎだろ……」
「お兄ちゃんと比べると、どっちらけだけどねー。私は奴隷みたいな前世だったけど、肉体はあったから。ま、心を持てたのは転生してからだったから、如何に自分が不遇だったか知って、自由を謳歌しようと思ったものです」
「その上、二人に分裂してたもんねー。完全同一な記憶と知識を持つ分身がいたから、遥かに遅れた文明世界でも、生まれながらに孤独と無縁なのは大きかったねー。ラッキーな事に、似た境遇のお兄ちゃんもいたしね」
「お前等が愉快犯な性格なのを、俺のせいにすんな」
翼と希は、前世で同一の個体であった。
地球よりも遥かに科学の発達した異世界で、機動兵器制御対応式汎用人型生体電脳装置……所謂、戦闘用サイボーグの、量産品の一個体として製造され、運用されていた。
兵器として最適化された遺伝子データより複製され、培養槽内での高速成長と並行して、各種兵器との神経接続用端子形成及び肉体強化ナノマシン注入。先行製造品から蓄積されている戦闘データのインストール。脳への投薬・外科手術による感情制御。それらを経て製造された生物としての尊厳を持たない、個性すら無い大量生産品が、翼と希の前世での姿であった。
そして、一切の感情を抱かぬまま、自らが戦っている事の意義さえ知らぬまま、あっけなく死んだ。
その後転生し、無理矢理抑圧されていた感情が覚醒したのだ。
欲望に忠実にもなろうものである。
「……これはまた、なんてありがちな展開か」
剣が会計を済ませ店を出ると、店先で待っていた翼と希が、如何にもチャラくてガラの悪そうな男三人に囲まれていた。
「いいじゃん、遊ぼうよぉー」
「なんでも奢るからさぁー」
「安心してよぅ。エッチなことしないからー」
視線がチラチラ双子の胸に行っている。下心丸出しなナンパ野郎共に、双子は明らかな嫌悪……どころか、不機嫌全開な敵意を剥き出しにした表情をしていた。
「……失せろ。不愉快」
「目障り、消えて」
明白過ぎる拒絶の言葉。しかし、その程度で心が折れるような男達であれば、そもそもナンパなどしない。ウザくしつこく、押し続ければなんとかなるとでも思っているのか、諦めようとしない。困ったことに。
「そこまでにしとけ、雑魚キャラ」
「ああ!?なんだテメー!」
「「お兄ちゃん!」」
ナンパ男達をすり抜け、剣の隣に侍る双子達。兄と妹達だと知らない者から見れば、非常にうらやまけしからん状態である。
「あー、妹達が不愉快そうなんで帰ってくれません?てか、俺達帰りますんで。じゃ」
「舐めた真似すんじゃねぇ!痛い目見な、ガハッ!?」
男が剣の胸ぐらを掴んだ瞬間、男の腹に蹴りが突き刺さった、三発。剣の膝が鳩尾に。双子の爪先が脇腹に。
三点同時クリティカルヒット!男は泡吹いて気絶した!
剣達は全速力でとんずらした!
現場から少し離れた公園で、剣達は身を潜めていた。
「あれじゃ、過剰防衛になるな。……死んでると面倒だな」
遠くから、救急車のサイレンが聞こえてくる。
「しばらく、あの周辺避けなきゃね」
「高校から遠いし、だいじょぶでしょ」
とりあえず、只一人犠牲となった男の仲間達が追ってくる気配は無い。
「向かえ討つ必要は無さそうだな。……チッ、運の良い連中だな。ここなら多少やり過ぎても、焼いて潰して粉にして池にバラ撒きゃ証拠隠滅可能だったのに」
「わー、お兄ちゃんが黒いー」
「闇が深いなぁ。来世はきっと暗黒卿だよ」
「誰がダースなんちゃらさんだ?……いや、こうすれば見えなくもないか」
剣が手を翳すと、掌から炎が発生し、棒状になって伸びた。
「ま、勇者と比べたら一割程度の威力だけどな」
二、三度素振りをして、剣は直ぐに炎を消した。
転生してからも、剣はある程度の魔法が使えていた。主に、基礎能力強化と性質変換放出に特化して。
どちらも、バリバリの前衛向き、攻撃向きな魔法である。
「私達も、前世の能力引き継げてればねー」
「計算得意なくらいだもんねー」
その計算力が、量子コンピューターレベルだったりするのだが。
三人が家に帰ると、玄関で光さんが仁王立ちしていました。そして、翼ちゃんと希ちゃんは首根っこを掴まれて連れてかれてしまいました。
……言い訳は、間に合わなかったのでした。
次回は三女のバイトの話。