64話目 相談する相手を間違えている 前編
前話のラストに繋がるお話。
聖翼と聖希。今年度の清央高校一年生の中で、全校生徒から最も注目を集めている双子の女子である。
二次元世界から飛び出して来たかのようなルックスとスタイルに美声。そして、学力優秀に加えて部活説明会で披露したアクロバティックなダンスを可能とする運動能力を兼ね備えた才色兼備なロリっ娘(しかも巨乳)とゆう、男子を魅了する要素が盛られすぎなモテ女である。
しかしながら、男子生徒からの性的興味の視線に晒されまくっていながら、女子生徒から嫉妬の対象として妬まれ、嫌われていたりは……殆んどされていない。むしろ、常に他人の目を気にせず我を通す超然とした振る舞いが、好感すら抱かせていた。
男女問わず人気を集める双子であったが、あまりにハイスペックである双子に、周囲は近付きたくとも畏れを抱き、必要最低限な接触しか出来なくなっていた。
それは双子にとって、とても寂しい事……ではなく!とても都合の良い事であった。
相思相愛な双子にとって、無意味な干渉をされず、二人でじゃれあっていられるのは至福でしかないのだからだ。そして、双子美少女が仲良く笑顔を浮かべる姿を眺めるのは、周囲のクラスメイト達にとっても心暖まる光景であったので、誰にとっても得でしかない空間を形成していたのである。
その平穏で尊い日々に、突如として小さな波紋が発生したのは、五月の連休が明けて間もなくの事であった。
「あの……聖さん達に、尋ねたい事があるんですけど……」
双子に声を掛けてきたのは、クラスの中でも、物静かな印象の三つ編み女子。菱守錫羽であった。
「菱守さん……だっけ?」
「要点は簡潔に」
二人とも顔には出さないが、尊い時間を邪魔されてプチ不機嫌になりかけている。
それに気付かない錫羽は、緊張した面持ちで、唇を震わせ、懸命な様子で言葉を発した。
「お、お兄ひゃんの好きな食べ物って何ですか!?」
精一杯勇気を振り絞ったが……噛んだ。
だが、教室内はそれどころじゃない。
「お……おい、聖の兄って……あの人だよな?」
「そんじゃ、菱守って……正気か!?」
「菱守さん……見掛けによらず度胸パない」
「望み無いだろうに……何があってそうなった?」
外野が無責任に言いたい放題してざわめく中、翼と希は錫羽を値踏みするように、頭の上から足の爪先まで何度も視線を往復させていた。そして――
「……特に好き嫌いは無い」
「変な味付けでなければ、何でも食べる」
二人は素っ気なく答えた。
「ま、待ってください!漠然とし過ぎです!」
当然、「何でも」は質問の解答として受け手が困る解答の最たる物である。「何でも」とか言う奴に限って、いざ入った店で「食べたいメニューが無い」とか文句を言ったりして始末が悪かったりするのであるから。
だが、双子は剣の好物を意地悪して教えなかった訳では無い。
「自分が、美味しいと自信を持っている物を出せばいい」
「食の好みが違う者に合わせるのは、苦痛でしかない」
食べ物で印象を良くしたいなら、好物に拘らず、自分が最高に美味しいと思える料理を出せば良い!そう言っているのである。それで味の好みが合わなければ、縁が無かったと諦めた方がいいんじゃない?とも、遠回りに忠告してあげたのである。
実のところ二人とも、先日剣がラブレター的な怪文書により呼び出され、それが見習い霊能者達からの悪霊退治への協力要請であったこと、その中に錫羽もいた事を剣本人から聞いているので、剣から聞いた話の内容と照らし合わせ……何処に惚れる要素が!?と、現在進行形でプチ困惑もしているのだった。
※ここよりテレパしる。
「お兄ちゃん、人でなしにも会話の途中でトンズラしたって言ってたよね?」
「報酬ふっかけた挙げ句にね。まあ、便利屋扱いされたくない気持ちは同意する」
「それで、どうしてこうなってる?」
「その会話以外に接点……無い筈」
「だよね。その晩お兄ちゃん、先回りで悪霊退治に行ったけど、鉢合わせしそうだったから止めたって言ってたし」
「……イミフ。本当に、何処に惚れる要素があった?」
「しかし、赤面しながら実の妹に兄の好物聞くとか……まさか仕返し?求愛行動に見せかけて毒を盛る気か?」
「ふむ、一理あるね。いや、お兄ちゃん相手にそれは自殺行為そのもの。思い詰めてる様子は無いし、社会的な死を覚悟してたり、自暴自棄とも思えない……」
「成る程、確かにクラスメイトの注目を集めるようなこの行動。お兄ちゃんへ好意を抱いていると公言しているようなものだし……その勇気は賞賛に価する」
「その意気や良し!しかしながら、そう簡単に、お兄ちゃんに侍らせる程、私達は甘くない!」
「そう……そして!こんな面白イベントを私達が放っておくものか!」
※脳内通信終了。この間0.2秒。
翼と希は顔を見合せコクリと頷くと、錫羽の腕を一本ずつガッチリ抱え込むと、そのまま有無を言わせずダッシュで強制連行していった。
クラスメイト達にとっては、突発的に発生した竜巻が過ぎ去っていったかのような虚無感が漂うのみであったそうな……
「ひゃうんっ?」
屋上に到着するなり、錫羽は双子のアームロックから解放され、コンクリートの床に転がされた。そして、錫羽の眼前には、腕組みして仁王立ちし、錫羽を見下ろす双子の姿があった。
三人以外誰もいない屋上で、双子は階段入り口のドアの前に陣取り、邪魔者の侵入防止をすると同じく錫羽の逃走阻止を態度で意思表示して見せたのである。
「さて……聞かせてくれるかな?お兄ちゃんに惚れた経緯」
「聞かせてくれないと、私達としては邪魔するしかなくなる」
双子にとって、最も大切な存在は半身とも呼べるお互いであるが、その次に大切なのは剣である。剣にとって害悪となる存在かどうか。場合によっては、この場で引導を渡すのも厭わないつもりである。面白くなりそうなら、とことんまでプロデュースしてみるのも悪くないとも思っているが。
そんな双子に左右から立ちはだかられている錫羽の目には、双子が半月状に吊り上げた深紅の瞳で睨んでいる。風神・雷神のシルエットを背負っているかのように、畏れ多い存在に見えていた。
「わ……わた、私は……その、惚れたなんて大それた事じゃなくて……そう!お礼です!お礼がしたくて!」
あたふた焦りながら、どうにか言葉にした錫羽に対し。
「つまり、お礼参り?」
「そう……やはり目的は毒殺と」
「ち、違いますよぉ!本当に!感謝の気持ちをお伝えしたいんですぅ!」
「はて……感謝とは?」
「……惚れる以上に不可解な感情の発露」
双子が剣から聞いた話では、直接顔を合わせたのは一度のみ。その上、自分の聞きたい事だけ聞いて放置してきたとの事だから、酷い奴だと思われこそすれ、何処に感謝の気持ちが生まれるものか?……まだ、外見に惚れたと言われる方が納得できるものである。実際、外見だけでなら、剣は全校男子でもトップクラスの人気者なのだから。
「お兄ちゃん、感謝されるようなこと……してない筈」
「菱守さん……ドM的な、ありがとうございます……かな?」
「そ、そんなんじゃありません!私、ノーマルですから!」
「……では、何故に感謝を?」
「包み隠さず、真実を要求する」
双子の圧力に気圧される錫羽であったが、言うべきか言わざるべきか、口をモゴモゴさせて視線をさ迷わせている。まるで、口にするのが躊躇われる内容であるかのように。
なので、双子は一段ハードルを下げてあげる事にした。
「守秘義務なら、心配無用」
「私達は、お兄ちゃんが異能者であることを知ってる。貴女達が、何の目的でお兄ちゃんを呼び出したかも周知済み」
こっちはここまで知ってるぞ~と。だから遠慮せずなにもかもゲロッていいんだよ~……と。
「そ、そうだったんですか……なら、普通に話してもいいんですね……異能者の方って、家族にも内緒にしている場合が多いですから、下手に話すと先輩に不利益がと……」
「成る程、お兄ちゃんに気遣いしてた訳。グッジョブ」
「お兄ちゃんの能力知らない姉妹もいるから、迂闊に口を滑らさないように」
「そ……そうですか。あの、参考までに、御二人は何故、剣先輩の霊力の事を」
「「質問してるのこっち!」」
四つの瞳がギラッと輝き、その矢の如き鋭い視線が錫羽の瞳孔を貫くと、鏃の先端が心臓の表面まで到達したかのような、恐ろしいイメージを錫羽は幻視したので、空かさず平謝りした。
それから、錫羽はポツポツとあの晩何があったかを説明し始めた。
「悪霊と対峙した私達でしたが、やはり力及ばず、撤退のタイミングも逃してしまって……絶体絶命の窮地に……あ、絶体絶命と言っても、悪霊の攻撃は物理的な物ではなくて、精神に作用して接触した対象に強烈な恐怖を伴うリアルな幻覚を……」
「要するに、心をぶっ壊しにくるタイプね」
「接触と同時に対象から霊力、つまり魂を構成するエネルギーを吸収して衰弱させると」
「は、はい……最悪、悪夢に囚われたまま、意識を取り戻すことも出来なくなり、廃人として一生を終える可能性もあるのです。肉体的に生きていても、人間としては……終わる寸前まで、私達は追い込まれていたのです」
しかし、その時である。
「もう駄目かと、自らの未熟と浅はかさに涙を流して恐怖にすくんでいた……そこに!白い光が降り注ぐように私達を包み込んだかと思うと……光を浴びた悪霊が私達の目前で、消滅したのです。不思議な事に、私達が悪霊から受けた霊障まで癒されていて……すぐに悟りました。剣先輩が助けてくれたんだって!」
別に、剣に助けたなんて意識は皆無であったのだが。そもそも、探知目的で、そのついでに嫌がらせ程度のダメージを悪霊に与えられたらいいなと、気紛れに光属性で探知魔法を放ってみたら、想定以上に威力があったのか、悪霊のレベルが剣の予想より低すぎたのか……成仏?させてしまったのである。
それに加えて意図していなかったのが、錫羽達が負った霊障を除去してしまったことである。光属性は魔力に干渉する魔法であり、物質に影響を与えるには相当強烈に収束させたり、魔力を大量に消費して放つ必要がある。
なので当然、剣は人体に影響しない威力で魔法を行使したわけだが、それが霊障――錫羽達に纏わり憑いていた悪霊の霊力を程よく削ぎ落としてしまったのである。
悪霊を必殺したことも、見習い霊能少女達を治療してしまったことも、それを成した本人は全然知らんのだが。
そして、なんとなくどころか、助けたとゆう意識すらなく偶然助けられてしまっただけの錫羽は、うっとりとした表情で語り続けていた。
「剣先輩はなんて素晴らしい殿方なのでしょう!報酬を要求して突き放しておきながら、私達を危機から颯爽と救って下さった上、恩を着せようともせず、何も告げずに去って行かれたのです……なんて奥ゆかしい方なのでしょう……」
錫羽の中では、剣は敢えて幻滅させるような言動で錫羽達を危険から遠ざけようとした思慮深さに加え、突き放して尚、姿を隠して見守ってくれていた……まるでヒーローのような存在にまで昇華されていた。現実は、適正な報酬を用意していなかった時点で見限られていたとも知らず。
「いやあ、恍惚と語るねぇ」
「お兄ちゃん、他人にそんなお節介しないのになぁ」
言うまでもなく、双子は錫羽よりも正確に剣の性格と、それから導かれる行動原理を理解している。故にほぼ確実にどうしてそうなったかを推測できる。ここで出た結論は……「お兄ちゃん、うっかり人助けしちゃったなぁ……」である。
見事なまでに御都合主義で美化されている兄の人物像に、双子はその誤解を懇切丁寧に解きほぐしたりなんかせず、もっと面白おかしく曲解した上で現実を知らしめた方が楽しそうだと結論した。つまり、高校初のラブコメ要員ゲットだぜ!であった。
「そう言えば、あと二人いた筈」
「菱守さん、今呼べる?てゆうか、呼べ」
「え?あ、はい!今すぐメールします!」
僅かな時間に、確固たる上下関係が出来上がっていた。
数分後、耀と南耶が屋上に到着し、尋問が再開された。
書いてて面白くなって無駄に前後編に……
後編では三人組を双子が弄りまくる予定です。




