62話目 いいえ。不幸の手紙のようです。
人を呪わば穴二つ……かは、相手によるって話。
「……ああ、いたのか?」
恐らく、剣が通って来たのとは反対側の体育館の壁に隠れていたであろう手紙の送り主への、剣の第一声がそれであった。
気なんて一切遣わない、無体で無機質で無慈悲な言葉である。
容赦なく理想と幻想を打ち砕くつもりで剣が放ったカウンターパンチであった。
「ひ、酷いですよ先輩……ちょこっと確認しただけで帰っちゃうなんて……」
「やはり、噂通りの鬼畜属性なのでは……?」
「この人、大丈夫なのですか?」
出てきた女子は三人で、やはり、剣には見覚えがなかった。少なくとも、印象に残るような出合いやら会話をした覚えは一切合切なかった。初対面で酷い言われようだが、それは剣もなので、お互い様とゆうことでスルーした。
「それで、用件は?待ってるとしか書いてねえじゃねぇか」
後輩達の不満なんて全く意に介さない。さくさく済ませてお家に帰りたいのである。
「そ、それはスミマセンでした!どうしても、邪魔の入らない場所でお伝えしたい事が……」
「……名前」
「は、はい!私は相馬耀です。えと、こっちのショートの娘が伏美南耶。三つ編みの娘が菱守錫羽です」
連れの紹介までした当人は、額を大きく開いた真ん中分けの長髪で利発的な感じである。美少女揃いの姉妹を見慣れている剣にとっては驚くほどではないが、世間的に美少女に分類されておかしくない整った顔をしている。連れの二名も同様に、南耶は活動的な、錫羽は知的な印象を見る者に抱かせる容姿をしている。
普通の男子高校生であれば、そんな三人を前にして、愛の告白を受けるかもしれない状況で心拍数が上昇しない訳がないのだが、剣は無表情で平然としていた。表情変化が乏しいだけでなく、心の底から揺らいでいないのである。
「ふーん。それでコレを俺に出したのは、相馬でいいのか?」
剣はポケットから手紙を取りだし、ヒラヒラさせた。
「次から人に手紙を出すときは、待ち合わせの日時や用件を明確に記した方がいいな。ハートのシールなんて貼ってあるから、単純な奴だったらラブレターとしか思わないぞ」
言外に「ラブレターだと認めてない!」と、剣は伝えてみた。それで反応を確認してみたのである。
「それじゃあ……どうして、来てくれたんですか?」
耀が上目使いで剣に近付いてきた。剣の鼻孔を、若干の甘い香りがくすぐった。その香りに剣は少なからずの違和感を覚えた。
「……過去に、無視されたとかって逆恨みされたりしてるんでな。面倒だから、確認だけはしておく主義なだけだ。これがラブレターだってんなら、返事はノーだ。知ってると思うが、女には不自由してないんでな」
優しさの欠片も感じさせず、徹底的に突き放す。応える気持ちが皆無な以上、希望を抱かせる余地は残さない。それが剣なりの優しさなのだが、傲岸不遜な態度に見えるので、そりゃもう誤解されることも多い。
「……そうですか。でも、私は別に剣先輩に梓先輩と別れて、私だけを恋人にしてほしい訳ではないのです。……都合のいい遊び相手……それで構わないのですよ?オプションとして、この二人も漏れなく付属します!」
……これには流石の剣さんも、ぞわっと鳥肌を立てて後退りした。初対面のJKを三人も一辺に愛人にする発想は持ち合わせてはいなかった。剣の脳内で警鐘がグワングワン鳴り響く。脳内画像ではマッチョな上半身裸の弁髪修行僧が銅鑼を挟んで交互にフルスイングで間断なく打ち鳴らしていた。
珍しく本気で顔を引き攣らせてドン引きしている剣に、小悪魔スマイルでジリジリ迫り来る耀。ふと、剣が耀の後ろに控える二人を見ると、南耶は額に手を当て空を仰ぎ。錫羽は困り気味に苦笑いを浮かべていた。
(ん?なんか、二人は相馬に振り回されてる感じなのか?)
三人の意思が統一しきれていないと剣は捉えた。そして、先程感じた僅かな違和感。そこから、剣が導きだした推論は、剣と親しい仲になることが目的ではなく、それは目的の為の手段に過ぎないのでは……?そう思い、カマをかけてみる事にした。
「この香り……フェロモン剤の類いか?冷静な判断力を奪って、強引にでも既成事実を作ろうとでも?小娘が随分と手の込んだ事をするもんだな?」
「……嫌ですよ先輩。普通の香水ですってば」
「そうなのか?梓がここ一番の時に使う香水にとても似た匂いなんだけどな……まあ、慣れちまって効き目もそんなになくなっちまったんだがな」
因みにこれはハッタリである。そんな小細工、必要とする仲ではないからして。
「ま、お前らが俺にどんな印象を持っているか知らないが……俺はけっこう用心深いんでな。遊び程度の関係で、欲に任せて女を抱いたりはしねーんだ。それに……怪しすぎて逆セクハラで通報したい気分だわ。もう、俺に関わらないでくれないか?なんつーか、お前キモい。そして痛い」
「はぐっ!?」
JKの心に真っ直ぐ突き刺さる言葉の刃。自信満々に迫りながら、その実マイナスイメージしか抱かせられなかった現実に、耀は虚しくも崩れ落ちるしかなかった。
「この、女子に対しても情け容赦皆無な断言……これが噂のエクスカリバーかよ……」
「だから、色仕掛けは止めようって忠告したのにぃ……」
残り二人の様子を見る限り、剣に対する恋愛感情は無さそうであったので、剣は今度こそと改めて踵を返した。
「ま、待ってください!まだ、話は終わってません!」
「驚いた……けっこうタフなハートしてんだな」
再び、耀が剣を呼び止めた。かなり苦渋に満ちた表情ではあるが。
「何言われても、付き合うつもりなんてねーぞ。それとも……俺を利用するつもりなら、あらゆる覚悟をしておけよ?」
敵意を含んだ目を耀に向けた剣であったが、耀は一瞬体をビクッとさせたものの、怯みはしなかった。それで剣は確信した。耀には、明確な目的があるのだと。薄っぺらな恋心だけでは、剣の威圧に耐えられはしない筈だから。
「それは、残念ですね。先輩が好みのタイプであるのは嘘ではないのですが……こうまで態度を硬化されてしまったのでは、このままでは逆効果にしかなりませんね……ちゃんと、親しい仲になってから説明したかったのですが……」
「やっぱり裏があんのかよ。つまり……誰にも知られたくないから、手紙に用件を書かなかったって事か?」
「そうですね。ちょっと、大っぴらにしたくはありませんし、頭の痛い娘だと思われたくなかったですし」
「……既にそう思っているが?」
南耶が思わず吹き出し、錫羽は必死に笑いを堪えている。三人の関係性が見えてきて、剣は少しだけ和んだ。自信過剰で猪突猛進な耀を二人がフォローしているのだろう。残念な性格をしていながら、仲間に見限られていない辺り、仲間に対して酷い奴ではなさそうである。
「……私は痛くないもん。そんなことより!先輩に協力して戴きたい事があるのです!」
すると、耀は周りをキョロキョロ見回し、南耶と錫羽へとアイコンタクトを交わし、互いに頷くと、真っ直ぐ剣に向き合い、真剣な表情で口を開いた。
「剣先輩……異能者ですよね?」
「…………………………え?何だって?」
それは流石に予想していなかった問い掛けだったので、剣は思わず難聴系恋愛物主人公のテンプレートな返答をしてしまった。本人的にも「この返しはないわぁ~」と、速効で絶賛後悔中である。
「惚けないで下さい!言葉の意味が解らないなら、霊能者!超能力者!スタ○ド使い!錬金術師!Xラ○ンダー!……兎に角、普通の人ではありませんよね!?」
はい。魔法使いで前世は聖剣です。とは、素直に答える気はありませんけど。
「そうか、厨二病なんだな。残念ながら、その病気はエグ○イドさん達にも治せない不治の病だ。奇跡的に自然治癒するのを待つしか治療例は存在しない。悪いが、俺は力になれそうにない」
ぽかーんと、剣の返答を理解出来ていない耀の背後で、南耶は腹を抱えながら壁に背中を預け、錫羽は哀れむように耀の背中を見つめて涙を流していた。
「ヤベ……先輩がマジで面白すぐる……」
「耀ちゃん、なんて滑稽な……」
友人二人の反応から、耀は取り敢えずマトモに相手にされず、からかわれたのだと理解が追い付いた。
「剣先輩!真面目に話を聞いて下さい!隠したって無駄ですよ!ネタは上がってるんですから!」
「……本物の警察にも、そんなこと言われたことないのに」
南耶が壁をガンガン叩き始めた。またしても、剣の台詞がツボを刺激してしまったらしい。
「まじヤッベ!最高!先輩、マジでスバラっすわ!」
「南耶!どっちの味方!?」
「わ、悪ぃ……けど、先輩の方が耀よりずっと上手なんだから仕方ないじゃん。いや、酷ぇには違い無いけどさ、呼び出し方からしてこっちも無礼だった訳だし……てか、耀が自信満々で「色仕掛けで落とす!」とか言って失敗したんだからな?私も錫羽も言ったぞ、成功率低いって」
「シーッ!それ言っちゃ駄目な奴でしょ!……はうわっ!?」
ほんの一瞬、南耶に振り向いていた間に、耀の背後に剣が立っていた。と~っても、不敵な笑みを浮かべながら。
「どうゆうつもりなのか、詳しく聞いてやろうじゃないか。詳しくなあ?」
そして、耀の首根っこを猫を持ち上げるように、つまんで持ち上げた。服の襟首越しにではなく、首の皮を直接親指と人差し指で挟んでである。
「ぎゃひぃっ!?痛い!千切れる!千切れちゃうぅ~!?」
号泣しながら手足をジタバタさせる耀と、その背後から人でなしな殺気を放って睨み付けてくる剣に、南耶と錫羽は「あかん。生半可な覚悟で関わっちゃいかん御方やった」と悟り、土下座して許しを乞うたのであった。
「うう……絶対紫色になってる……」
仲間の懇願によって、どうにか剣のツマミ折檻から解放された耀であったが、うなじの皮にはズキズキとした痛みが残っていた。
「で?お前ら何なんだよ?」
剣は耀を放置し、物分かりの良さそうな二人に問うた。
「え~と、一応、これから話しますが……他言無用ってことでお願いしますね?ホント、不躾で申し訳なく……」
「……その方が、俺に都合良ければな。ま、手間取らされた以上無理矢理にでも吐かすから、痛い目見る前に自白するよう忠告しておいてやる……どうする?」
「南耶ちゃん、こっちから条件出せる立場じゃないよ……やっぱり、最初から正直にお願いするべきだったんだよ……」
「……だな。殺気とか尋常じゃなかったし。しゃあね、単刀直入でいくか!……剣先輩を見込んでお願いがあります!自分達の悪霊退治に協力して下さい!」
「は?……いや、そーゆーのはエクソシストか陰陽師にでも頼んでくれない?頼む相手を間違えてるって……」
「そんな事ないっす!剣先輩が時折濃密な霊力を発しているのを自分達は知ってます!どうか、御助力お願いします!」
(霊力?……魔力と霊力って同じ物なのか?でも、濃密って……前世の頃ほど強力な魔法は使ってないのにな……なんにしろ、こいつらには魔力を察知する能力でも有るって事か……)
「仕方ねぇな。話すだけ話してみろよ。協力するかは、内容次第だけどな」
やってきた厄介事に、剣は冷静に、テンションダダ下がりで後輩達の話に耳を傾けるのであった。
ファンタジー襲来!と、残念少女と愉快な仲間達の登場でした。
次回は彼女達の素性を説明します。
エグゼ○ド→名前に新とか神とか付けて自称しちゃう方は誰にも治療不可能(そもそも治療しようとすらしてなかったけど)だったなあ。




