61話目 これはラブレターですか?
久々に主人公メインの話です。
「ん?なんだこりゃ……」
「どしたの?けんちゃん」
連休明け、久々に登校した高校の昇降口で、剣は自分の下駄箱を開けると、自身の上履きに異物が置かれているのを発見した。それは、薄いクリーム色の紙製で、形は長方形。厚みは2ミリ程。ピンクのハート型シールで封をされている……封筒であり、表面には『つるぎセンパイへ』と丸っこい筆跡で宛名が書かれている。
「……果たし状?」
「けんちゃん……差出人が泣きそうなボケは止めとこ?」
勿論、剣も解ってやっている。どう見てもコレは……
「不幸の手紙」
「……あながち間違ってないかもだけど!」
多分、差出人にとっては、だけど。
「まぁ、ラブレター……だよな」
「こーゆー古風なアピール、珍しいよね」
剣は恐らくラブレターであろう物体を裏返してみた。差出人の名前は無い。
「炭疽菌とか入ってねぇだろうな?」
「日本の高校でバイオテロ!ラブレターに偽装し、標的は高校生?……ワールドワイドに謎と疑念が渦巻く見出しが新聞に載っちゃうね!?……ないわ~」
今度は振ってみた。封筒内で大きく動く異物は無さそうである。
「定番のカミソリも無さそうだな。封を開けると発火するトラップも仕込まれてはいないか」
「……惚れられるより、仕返しに心当り多すぎない?」
「モテようとしたこと、ねぇからなぁ」
通りすがりの男子生徒が、剣の背中を三白眼で歯軋りしながら睨む中、二人は我関せずと腕を組みながら教室へと向かったのであった。
「上様!奥方様!お早う御座います!」
教室のドアを開けると、変態が土下座待機していたので、取り敢えずドアを閉め直した。
「いやあ、学校来たの33話ぶりだから教室間違えちゃったね」
「そうだな。あんなナマモノを家臣にした記憶は存在しない」
意味不明な台詞を残し、剣と梓は数少な~い友人?をガン無視して廊下を適当に歩いていった。
「……椿ちゃん。私、やめよって、言ったよね?」
教室の中では、最大限の礼儀を尽くしたにも拘わらず、全力放置されてシクシク涙を流している変態……早瀬椿を、剣と梓にとって本当に貴重な友人(親友、否!真友である!)の舞原雀が、ほんのちょっと嫌そうな顔をして慰めていた。
「雀……だが、コレはコレでアリな気もする!」
「……剣くんに、Mの扉を開かれちゃったかなぁ……」
元々変態だったので、それにまた少々変態性がプラスされても友人を見限ったりしない。雀ちゃんはとても優しい女の子です。
「あれ~?ずめちゃんがいる~。私達の教室、ここみたいだよ~?」
「そうか……さっきは二人して同じ幻覚を見たのか~」
「……とっても棒読みだよ。まぁ、大名行列じゃないんだから、意味もなく土下座されたら引いちゃうよね」
「そうだな。そんな奴がこの健全な教室にいる訳がない」
実際には、いますが。若干息が荒くなってますが。
「そんなことより……おはよ、ずめちゃん。久し振り~」
「アズちゃん、おはよう。あれ?剣くん、それって……」
雀が気付いたそれは、剣が手で弄び続けていたラブレターであった。
「今年度入って初めてじゃない?……あまり、オモチャにしない方がいいんじゃないかな……」
きっと、勇気を出して送ったのだから、粗末に扱わないであげようよ……雀は哀れむような視線で、無言で訴えた。
「ん……あまりにご無沙汰なお手紙だったもので、本当に恋文なのか疑念が止めどなく沸き上がってしまってな……開けたら異世界に召喚される術式が起動しやしないか心配で」
「いや、ありえないでしょ……でも、剣くんならどんな世界に召喚されても無双しちゃいそうだよね」
「その自信はある!……ま、冗談はそこそこにして、と」
剣は自分の机に鞄を置くと、一息つかずにラブレターからハートのシールを剥がして開封した。待ち○イル、何ソレ?そう言わんばかりに溜めもなければドキドキ感もない、無機質なラブレターの開封であった。
ラブレターの中身は便箋が一枚のみで、剣はすぐに読み終えると、「どう思う?」とばかりに梓と雀に文面を見せた。
「これだけ?……奥ゆかしい娘なのかな~?」
「人から貰ったラブレター見せるのなんてどうかと思うけど……これじゃ、見せても仕方ないかなぁ……」
見せられた二人も、どう判断したものか困惑している。文面は「お話ししたいことがあります。今日の放課後、体育館裏で待っています」としか、書かれていなかったからだ。
「……凄く、罠っぽいんだが……」
「でも、この学校にけんちゃんに喧嘩売る度胸のある勇者なんているかなぁ?」
「魔王的な悪名は知れ渡ってる筈だよね。大勢で不意打ちすれば……なんて、一年生なら考えちゃうのかな?」
三人で顎に手を当て黙考している(椿は放置)と、グループ最後の一人、田崎一朗が滑り込むように教室に入ってきた。
「っしゃあ!今日も遅刻セーフ!お、皆さん既にお揃いで……どったの?揃って難しい顔して」
「いや、これなんだけどさ……」
「これって……ラブレターじゃんかよ!?剣、妻帯者のテメーがなんでそんなにモテんだよ!モテエナジーを分けてくれぇ!」
剣くんのお友達には、ラブレターにしか見えないようです。
「……俺も、単純にラブレターと考えてよかったのかな?」
「イッちゃんは将来悪女に騙されると思う」
「簡単に悪戯に引っ掛かりそう……」
「え?この空気なんなの?俺っち変なこと言った?」
三人との空気感の違いに戸惑う一朗に、ラブレターの内容と、それから推測された推論が説明された。
「あ~なるほろ。言われてみりゃ怪しいな。でもさ、テンパッて名前を書き忘れただけかも知れねーし、どっちみち確認はしに行くんだろ?」
「……まぁな。本当にラブレターなら誠意をもって丁重にお断りして後腐れ無いようにしねーとだからな。逆恨みされると面倒だし。その場で逆ギレされたら、二度と俺に関わる気が無くなるように心を折っとかねーといけねーしな」
剣は、自分が幾ら恨まれようとも気にしないが、その矛先が自分の周囲に向くのだけは看過出来ないのである。特に、妹達が迷惑を被る事態に陥らせるのは絶対回避したいのである。
もし、剣への復讐として、剣にとって大事な大事な妹に髪一筋でも傷を着けようものなら……現在進行形ですぐ傍にいる、土下座状態でシクシク涙を流しながら放置されている変態さんより見苦しくされるのは、想像に難くないであろう。
「上様~。奥方様~。そろそろ本気で寂しくなってきたのでござるぅ~……」
「……誰が上様か。たく、変な忠誠心に目覚めやがって……」
剣に恐怖を骨身に刻まれて以来、椿は時折、忠誠心スイッチが入るようになっていた。だが、その主従の設定は時と場合、椿の気分によってあやふやである。今は殿と家臣の設定らしく「上様」と呼んでいるが、日によって「閣下」「陛下」「社長」「聖上」「イエス ユア マジェスティ」等々、見たもの聞いたものに影響受けすぎてブレブレなのであった。
「……けんちゃんへの恐怖心で私への接触が減ったのはいいけど……こうゆう態度されると……精神的にキツい。過ぎた善意は、半端な悪意よりずっと害悪よ……」
「アズちゃん、椿ちゃんに容赦なさすぎ……」
しかし、梓に無視されるよりディスられる方がずっと嬉しい……ではなく、心底嬉しい椿にとっては逆効果なのである。先程までの泣き顔が何処へ行ったか、空いた口から涎を垂らして恍惚とした表情に転じている。誰が見ても……気持ち悪い。
「……知ってっか剣。アイツ、あれでも中学時代の後輩には今でも尊敬されてんだぜ?」
「清央高校七不思議が霞むほどに不可思議だなあ。七不思議があるのか知らねーけど」
「多分、半数以上に剣くんが関係してるんじゃないかな……」
「ずめちゃん、それは違うよ。けんちゃんの存在は神秘的だから!不思議程度じゃおっつかないから!」
どうやら、清央高校には七不思議ではなく、七大神秘が在りそうな気配がしますね。
「あ~ら~?今日も、聖さん達、の、グループは、賑やかです、ね~。早瀬さん、とても美しい、姿勢です、けど~。出席、取りますから~、席に、着いて下さい、ね~」
ゆったりテンポな口調のおっとり系女教師、羽佐和ゆかりが登壇すると同時に始業のチャイムが鳴り響いた。すると、それまで騒がしくしていた生徒達が、嘘のように整然と着席し無言になった。
これは、ゆかりの指導の賜物……だけではなく、大半の理由は、そう、授業態度は至って真面目なエクスカリバーさんがいるからである。人の話を聞くべき時に、騒がしくされるのを剣は好まない。むしろ嫌う。この教室では、私語で授業を乱した場合、消しゴム指弾を脳天に直撃されて、強制的に意識を刈り取られるのが暗黙の了解となっているのである。そのお陰か否か、テストの平均点は余所のクラスより常に高いとか。
クラスメイト全員、聖剣くんに躾られてしまったものである。
最後の授業が終了して十五分後、剣は一人で体育館裏へ向かった。手紙には放課後に待っているとしか記載されていなかったので、少し時間を空けてから行くことにしたのである。たかだか十五分待たせた(そもそも時間指定してない)だけで腹を立てる相手なら話す価値すらなく、遅れて来るようなら、それ以下である。意味の無い時間の浪費、それは剣にとって忌むべき最たるものの一つである。『無銘の聖剣』として永遠とも思える年月を過ごした記憶を持つ剣にとって、人間の肉体的寿命は儚く短い。『すること無くて暇』な時間は、剣にとって皆無に近いのである。
だから正直、待っているとだけの、何の用件で呼び出されたか判別しきれない状態であることが、かなり不快で面倒くさくなっていた。
(かったりぃ……さて、どうやってさくっと終わらせっかな)
既に、逆恨み等の二次被害防止しか剣は考えていない(ラブレターを送られた事が被害でしかなくなっている)。妹達の保護者として、危険に至る可能性の芽は、気付いたら可能な限り摘んでおく主義なのである。
そして、さっさと家に帰って、燕と一緒にこだちの散歩に行き、末の妹と愛犬が戯れる姿をのんびり堪能したいのだった。
体育館の側面に沿って角を曲がり、体育館裏を見通してみると……そこには誰もいなかった。剣はその場で腕組し、二秒ばかり黙考して、くるっと回れ右をした。もう少し待つなんて女子からの告白を期待するような真似などせず、漢らしく即断即決して『待ってられるか下校する』にカーソルを合わせたのである。
ある意味、バッドエンディングルートに直結しそうな選択であるが……ラブコメ主人公的な自覚無しの剣には関係ないのであった。呼び足しておきながら、待っていない方が悪いのである!
だが、あまりにもアッサリと踵を返した剣の背中を、呼び止めるような声が掛けられたのであった。
剣の耳に、記憶にない女子の声と、数人のバタバタとした足音が届いていた。
ダラダラ友達と喋ってるだけの話になっちゃた……
剣は椿から他にも「御館様」「丞相」「主上」とか呼ばれたりしてます。多分、統一はしない。
次回はお手紙の解決編




