59話目 小町の部屋 後編
今回も小町視点の会話だけです。
頭がぐるぐるするような謎を残し、ポテチの袋が空になったところで、翼姉さんと希姉さんは私の部屋から出ていった。
そして私は、二人が食べこぼしたポテチの欠片を拾い集めている……だらしのない姉さん達だ。
「自分の部屋じゃないのに、遠慮しないんだから」
……私も、遠慮しない方がいいのかな?いや、遠慮しないのと礼儀は別問題だよね!親しき仲にも、だよ!
「小町、今、入っていい?」
「光姉さん?うん、どうぞ、鍵開いてるよ」
光姉さんは、ミルクティーを持って来ていた。私の分も。やはり、光姉さんは気遣いが違います。
「で、どうしたの?そろそろお昼ごはんの支度じゃない?」
「それなんだけどね、一昨日のお昼、剣がお蕎麦を打ったの知ってる?」
「うん。話だけは」
本当、妙なスキルレベルが高い兄さんだ。
「それで、梓が食べ損ねちゃったでしょ?だから……」
「おねだりされて……なのね?」
甘々だなぁ~。兄さん、お外で本当に無双キャラなのかな?
「そうゆう訳。今日はお蕎麦じゃなくて、うどんだけどね。楽させてもらっちゃった」
「器用にも程がある……私も絶対、手打ち麺マスターしてみせるんだから!」
そう、こと料理に関しては負けたままでいたくない。毎日光姉さんを手伝っている私より、美味しくて手間暇かけた料理を作っちゃうとか納得出来ないし!
「負けず嫌いなの、悪いことじゃないけど程々にね?小町って、むきになることあるから……こないだもね、ほら」
「うぐ……」
確かに、私は怒りっぽいし、その為に冷静さを欠く事がある。こないだ、うっかり公衆の面前で遥義姉さんがメイドカフェのバイトをしているのを暴露してしまった……凄く負い目。
しかしながら、遥義姉さんはギャップが凄いよね。普段は不良さんな外見なのに、メイドさん姿はとても可愛いし、バイトではちゃんとした接客をしているらしい。あんなに恥ずかしがりなのに……忍耐強さが半端ないと思う。見習わなければ。
「ま、まぁ遥義姉さんには悪いことしちゃったなって反省してるし、何度も謝ったもん……てゆうか!梓姉さんが私の神経を逆撫でするんだもん!」
「まぁ、ね。梓としても、わざと言わせようとした訳じゃないのでしょうけどね……むしろ私は、ぶっちゃけるのは梓だと思ってたわ」
良かれと思って……とか言って、やっちゃいそうなイメージではあるよね、納得。でも……
「なんで私が口を滑らしちゃったかなぁ……普段から、梓姉さんにはイライラさせられてるからかな?」
私がこの世に存在する前から、梓姉さんは兄さんへの愛情が振り切れているようで、私にとっては兄さんを好きではない梓姉さんを想像すら出来ない。それが普通な環境で育った為に、それが如何に特殊な事例であるかを理解した時には愕然とした記憶がある。それに私が気付いた頃には、梓姉さんは小学校高学年で、性的な情報が意識しなくても入ってくる時期であり……兄さんへのアピールが露骨に、情熱的に、激しくなるのも必然的で……私が羞恥心を完全に自覚したのはその頃に違いない。
二人は、中学生の頃から、腕を組んで歩くのがデフェルトになっていた。それを近所の奥様方がヒソヒソと噂話するわけで、二人の妹である私を見かけると、思い出したようにクスクス笑ったりするので……私が怒りっぽくなったのも仕方ないでしょ!?
「あはは……良くも悪くも、梓は裏表無いし、正直者だからねぇ。気持ちを素直に表現しちゃうから……最近、その姿勢が羨ましくもあるのだけどね」
あ、しまった。そうだよ……私、最近光姉さんを避けてたじゃん。こうゆう話になるのが嫌だったから。今日は朝から兄さんの事を考えてて、すっかり失念していたよ。部屋に籠っていたのが裏目った。
……仕方が無い。腹を括ろう。
「光姉さん……そうゆう話、したかったのね?」
「うん!」
ハンバーガーチェーンのゼロ円スマイルが霞みそうな、サンシャインスマイル……そんなに惚気たかったのですか……
「オーケー光姉さん。それじゃあ訊くけど、この前彼氏連れて来たとき、かなり低評価を兄さんから突き付けられた上に、姉さんも反省させられたのは本当?」
「……はい、徹底的に浮わつきを諌められました……」
土砂降りされたように沈んだ虚ろな表情に!?情緒が不安定過ぎるよ!
「えっと……兄さん達は結婚とかに反対した訳じゃないんでしょ?私も……反対する気はないから元気出してよ」
反対はしません。心底気乗りはしていませんけど。私個人の感情で、姉さんの赤ちゃんに不憫な思いはさせられないし。
「うん……頑張る……」
全然頑張れそうにないよ!思い出すだけで凹む程の駄目出しされた新人漫画家みたいだよ!
「それで結局、式とか入籍とかいつ頃にするか決まってないんでしょ?披露宴は後回しにするとしても、赤ちゃんが生まれる前には籍は入れた方がいいんじゃないの?」
「うん。私は今すぐでもいいんだけどね。明良くんがまだ未成年だし、ちゃんと私の両親に挨拶して了解してもらってからにしたいって……でも、父さんが海外行ってたし、なんだかんだで逃げちゃってたから……」
「……困ったお父さんだね」
お父さんの気持ちも分からなくはないけど……逃げるのは大人気なさすぎ。
「ま、ちゃんと納得して祝福してほしいし、気長にやるわ。お祖父様のお陰で多少は折れてくれたみたいだし、この子が無事に生まれてくれたら、それまでの苦労なんだった!みたいに解決しちゃうと思うんだけどね」
それは、容易に思い浮かぶ光景だね。親バカが爺バカにシフトするのは間違い無いと思う。
「孫にどれだけ甘くなるか……不安しかない」
「そうよねぇ……父さん、金銭感覚ズレてるから……ほっといたら本当に家の屋上にペンギンの住居が造られてたかも……」
それはそれで素敵かもしれないけど……誰が世話をするかまで、お父さんは絶対に考えなしだもんね。基本的に、可愛がっても世話を出来ない人だもんね……
「しかしねえ……恋って怖いわ。光姉さんが目に見えて浮わついてたもの。何と言うか……見ててハズいってのが正直な感想だったから。幻滅したし」
「うわ……妹からリアルに幻滅と言われた……私、そんなに浮かれてたんだ……」
かなり大きなダメージが入ったみたい。でも、その辺りは自覚してもらわないと!恋愛脳な姉は梓姉さんだけで充分!
「そうだよー。兄さんと一緒にいるときの梓姉さんより三割増しは色ボケしてる感じだったんだから!普段の知的で穏やかな光姉さんとはギャップが有りすぎ。遥義姉さんとは逆に悪い意味で」
遥義姉さんがメイドカフェのバイトをしていると知ったときは、正直「如何わしい!」とか思ったけど、冷静に考えてみれば高校生がバイトをするのに保護者の許可は必要な訳で、お父さんはともかく、お義母さんは知ってた筈な訳で、それなら風営法に違反しているような事はしてないだろうし……と思い至ると、むしろ高校生になってからずっとウェイトレスとして接客していた遥義姉さんに尊敬の念が湧いたのです!しかも、素顔が半端なく可愛いし!
初めてあったとき、ガチの不良さんだと思って印象最悪だったから、遥義姉さんの株価はずっと右肩上がりです。
「遥を引き合いに出さないでよ~。今のあの娘に、好感度で勝てる家族はいないってば~」
「頑張って好感度ナンバーワンに返り咲いてね」
心底そう思ってます!
「でも、ね……私も自分の理想を光姉さんに重ね過ぎてたかな……とか思ったりもするんだよね。思った通りの姉さんじゃないからって失望するの、心が狭いなって気もしたり……」
「そう……ありがとう、小町。でも……剣にもそれくらい素直になれたらいいなって、姉さん思うわ」
油断大敵!カウンター来たっ!
「べ、別に仲悪い訳じゃ無いし!」
「で・も・梓や翼に希、桜どころか燕が剣に甘えてベッタリしてるのを羨ましそうに見ていたわよね?」
ぐふっ!?更にボディブローされた気分……
「……し、仕方ないじゃない!今更素直になったって、照れ臭いだけなんだから!」
はぁ……参るなぁ。光姉さんには本音を隠せない。
「内緒にしておいてよ?」
「解ってるわよ。私は家族みんなの味方だから、本当に大切な気持ちを本人の許可なくバラしたりしないわよ。その辺りは、信用してもらいたいなぁ」
「……してなきゃ、話しませんよぉ」
どれだけ株価が暴落しようと、光姉さんは相変わらず家事万能の頼れる姉なのです。少し見損なったからって、信用が揺らいだりはしません!多分。
「それはそれとして……彼氏さんには私も相当なダメだしすると思うから覚悟しておいてね?」
まったく、結婚前に光姉さんを孕ますとか、文句の一つも言ってやらねば!これに関しては光姉さんも悪いけども!
「……誰も明良くんに好意的じゃない……」
未来の義兄が、気苦労で早々に老けないか心配になってきました。
「ま、みんな光姉さんを心配してるんじゃない?今まで恋愛と無縁だったのに、突然妊娠して婚約だもん。相手に用心深くなるのは当然だってば。もしかしたら騙されてるんじゃないか……ぐらいな気持ちにはなるって!」
「そうかなぁ……そっかぁ……私も妹が彼氏連れて来たらと思うとソワソワするし……連れて来そうな娘、いないけど」
?
「翼姉さんと希姉さん、凄くモテるけど?」
「……あの二人は、モテるかどうかの問題じゃないのよ」
余計に解りません。どうして、影のある表情に?
「それより、小町はどうなの?気になる男子いないの?」
「いないって。家で実兄と実姉の濃い恋愛を見てるんだよ?それでお腹一杯だよ。恋愛なんて、する気になれないって」
やっぱり、こうゆう流れになるよね。でも、私には本当に恋愛対象の男子はいない。勿論女子もですよ!……下級生の女子から「お姉様」とか呼ばれてる事に一抹の不安を感じたりはしてますけど。
「残念。姉さん妹と恋愛トークしたかったのですが」
「だったら適任がいるじゃない?」
二十四時間、年がら年中、十四年も一途な人が。
「……アレは、ハイレベル過ぎるので……」
「あ、もうタイマンした後なんだね……」
惚気ようとしたら、百倍返しされたって顔だね。
「でも、母親になるのは光姉さんの方が先なんだし……実質とっくに主婦やってるけども……たっぷり子供自慢すればいいよ」
「そ、そうね!絶対立派に育てるんだから!」
立ち直りはやっ!……まぁ、基本的にポジティブな人だし、最近の沈み方が異常なだけ……きっと。
「年末には、私おばさんかぁ……これから光姉さんのお腹がどんどん大きくなるんだね……そんな細い腰で無事に産めるか、けっこう心配だよ」
梓姉さんなら完全に安産型な骨盤だから心配しないけど。
「そうねぇ……あまりに難産だったら、堪えずに切開してもらっちゃおうかしら?」
「切開とかあっさり言い過ぎ!一生痕が残るんだよ!」
「でも、子供の命が優先だし。それに、もし私に何かあっても、頼りになる弟と妹達がいるから、ね?」
「軽く言っても重いからね!」
まったく……女性にとって一生の大問題である結婚や出産を軽々しく……私の悩みなんかより、よっぽど重要な筈……あれ?私……本来の悩みを、ずっと考えるの忘れてた!?
「なんだろう……この、圧倒的グダグダ感は……」
何も、身になってない……打開策の糸口すら見えてない……
「お姉ちゃんは、小町と一杯無駄話出来て楽しいけど?多分、剣も小町と散歩出来て楽しかったんじゃないかしら」
「そ、そうかな?兄さん、あまり表情変わらないから……」
「顔に出さないけど、あれでけっこう気にしいなのよ。だから……助けが必要な時は、遠慮しないでね。私にも、剣にも」
「……善処します」
結局、私は不安を態度に表していて、姉さん達に見透かされていたみたい。翼姉さんと希姉さんも、私の気を紛らわせようとしてくれ……たんじゃないかな?私を茶飲み話のネタにしに来ただけとは思うまい……思わない!
お昼に食べたザルうどんは、讃岐っぽいコシが強くてツヤツヤな茹で具合が絶品でした。燕がお手伝い(うどん生地の踏み込み)したとはしゃいでいたので、素直に美味しいと言ってあげられて良かったです。妹よ、感謝!
後編……でしたが、次回も小町視点で会話オンリーの蛇足編をやります。部屋の外に出るので。
次回のゲストは、遥さん!
 




