57話目 意外に広い交遊関係
予告どおり小町回です。
さて、ツンツンをどう料理するか……
信州より帰宅して翌日の早朝。規則正しく品行方正な生活を送る聖家の長男であり、異世界より転生した聖剣にして魔法使いでもある青年、剣は、いつも通り愛犬のこだちと散歩に出掛けようとしていた。
だが、三階の自室から一階へと下りる途中で、珍しくこだちが剣に先んじて玄関へと走っていった。
その変化に、剣自身も普段との違いを感じ取った。僅かに、姉妹が洗顔後に使っている乳液の匂いが漂っていたのだ。
(もう、誰か起きてるのか?)
わざわざ連休中に、特別何処かに出掛ける訳でもないのに早起きする物好きは……多分、自分だけだと訝しみながら、剣が玄関に向かうと、そこにはジャージ姿の小町がいて、こだちを撫でながら、困ったような、無愛想な、不機嫌そうな、なんとも言えない渋苦な表情をしていた。
「お、おはよ……兄さん」
「小町、おはよう。どうしたんだ?こんな早くに」
「そ、その……目が冴えちゃったから、少し外の空気を吸いに行こうかな……とか思って」
それにしては、ジャージに着替えている辺り、一寸外へ……にしては気合いが入ってないかと剣は思ったのだが、口には出さないことにした。細かい指摘をして、不用意に反感を買っても意味などないからだ。
「たまには、そんなこともあるか。でも、女の子が一人で出歩くにはまだ早い時間だな……小町さえ良ければ一緒に散歩するか?けっこう歩くけど」
「そう、ね……兄さんがそう言うなら……一緒に行ってあげてもいいけど?」
……分かりやすく、素直になれない妹であった。とはいえ、妹大切な剣兄さんとしては、一緒に散歩してくれるのならば異論など有りはしないのであった。
家を出発して二十分を過ぎた頃、いつも通りに公園に到着したが、小町の息が若干荒くなり、額に汗が浮かんでいた。剣とこだちは平然としているが。
「ちょ……兄さん……ペース早い!散歩って言うか……既にジョギングでしょ……いつも……こんな?」
「まあな。ダラダラ歩いたって、こだちには運動にならないからな。散歩の時ぐらい、目一杯走らせてやらないと」
そう言いながら、剣はこだちからリードを取り外すと、人がいないことを確認し、広々としたグラウンドにフリスビーを投げ放った。こだちは猛然とそれを追い駆け、勢いそのままにジャンピングキャッチ!ならぬ、ジャンピングバイトを見事に決めてみせた。
「……久々に見たけど、こだちって、何気に芸達者だよね」
「そうか?こんなの遊びの範疇だし、世の中にはサーフィンする犬もいるんだから、それほどでもないと思うが……」
「それほどだと思うよ?基本的な『お手』『伏せ』『おあずけ』だけじゃなくて『毒見』で甘噛みしたりするし、燕が背中に乗っても怒らないし……とても利口だよ」
「……『毒見』は、俺が知らない間に桜が仕込んでたんだよな……余計なことをしてくれたもんだ」
自分が知らないだけで、姉妹からトンデモ芸を仕込まれているのではなかろうか……利口で覚える余地があるのが逆に問題ではなかろうか?……剣は内心、本気で心配している。
小町との会話中、剣がフリスビーを投げる→こだちがパックンちょ→嬉しそうにお持ち帰り。そのローテーションは何度も繰り返されている。
「本当、こだちは体力あるなぁ……羨ましいよ」
「机で頑張らなきゃならない事が多いから仕方ないだろうが……最近、あまり運動してないんじゃないか?」
「それは分かってるよぉ……でも、成績落とすと生徒会長としてどうなの?ってプレッシャーがね……あまり、運動には時間が割けなくて……」
「そっかぁ……あまり、無理すんなよ」
どう言ったらいいものか、剣は考えあぐねる。小町は努力家で、既に頑張っている。頑張っている人間に「頑張れ」を言うのは、あまりに残酷であり、考え足らずであると剣は思っている。逆に「頑張らなくていい」と言うのは、どうしようもなく無責任である。相手の立場をあまりにも理解していない台詞であろう。故に、掛けられる言葉は……
「無理して体調崩したら、小町が嫌だっつっても看病するからな。身体中の汗を拭うぞ……主に桜が」
「絶対寝込まないから!」
本人が本気で体調維持を心掛けるよう、意識誘導する程度だ。
「何がそんなに嫌か。誰より小町の事を愛しているのに……そりゃもう、汗を一滴残らず舐め……拭きとってくれるだろうに」
「今、舐めって言った!兄さん、私が何を嫌がってるか完璧に理解しているよね!?」
「大丈夫だ!桜もそこまで変態じゃない……と思う」
「そこは断言してよ!」
「……きゅう~ん……」
兄妹の楽し気?な言葉の応酬に加われず、フリスビーを咥えて帰ってきたこだちちゃんが、悲しげに哭くのでありました。
「さてと……俺に相談したい事があるんじゃないのか?」
ひとしきりこだちを運動させたところで、剣は唐突に小町へ問い掛けた。
「!……相談なんて、別に……」
「……本当に大根だよな。小町は真面目過ぎるんだよ。焦りとか、直ぐ表情に出るから気をつけないとな」
「そ……そんなこと、ない」
やはり、素直に認められない小町であった。
「ま、ポーカーフェイスが得意な小学生なんて可愛いげないけどな。翼と希が特殊で、桜は昔からキャラづくりに慣れててオンオフの切り替えが得意なだけだからな……小町は年相応なだけだな。問題ない。」
「結局、姉さん達が凄いって話なんだよね……」
剣が挙げた三人は、前世での経験を引き継いでいる為、実年齢より経験豊富で、腹芸なんてお手のものだ。梓の意思の固さはオリハルコンとかアダマンなんちゃらレベルの硬度で、こうと決めたら絶対に折れず曲がらない。そして、比類なき主婦力により一家全員から頼られている長女の光。小町の実姉は、誰一人として平凡ではないのだった。
「凄いっちゃ凄いが……そりゃ性格とか特技とかはな。でも、小町は生徒会長だろ?姉妹の誰もやんなかったことをやってんだから、ある意味一番凄いかもな」
「本当に、そう思ってる?」
「二人きりなのに、嘘言ってどうするよ?わざと小町を怒らせるほど悪趣味じゃないって」
「なら、いいけど……」
剣の言葉に、小町は納得しきれていない様子である。剣は表情を崩さずにいるが、そんなに信用されてないのか……と、少しばかり落ち込んでいた。尤も、実際にはそんな事はなく、小町が照れ隠しに無愛想なフリをしただけで杞憂だったのだが。
拗ねたり怒ったりして照れ隠しする分には、剣にバレない程度に役者な小町なのであった。
「話が逸れたけど、学校で何かあったか?」
「どうして、そう思うの?」
「だって、家でのことなら遠慮せずに文句言うだろ?そうでなきゃ、学校以外にあるか?」
「ない、けど……」
小町は習い事をしていないので、家庭以外のコミュニティは小学校しかない。そして、人の悩み事など大抵は人間関係なのである。相談を躊躇しているのならば尚更だ。人間関係でないのなら遠慮せず、もっと気楽に相談出来るであろうし、その相手も剣でなくていい筈だからだ。
「姉さん達には話辛い内容か……男子を傷心させずに振る方法なんて聞かれても知らないぞ?振ったことしかないから」
「いいえ、そっちは期待してないから」
「そっか……」
小町は一度咳払いし、改めて口を開いた。
「えっとね、兄さんに、翼姉さんと希姉さんを止めてもらいたくって……このままだと、取り返しが付かなそうな……」
小町は、昨日の長野でのやり取りを詳細に説明した。すると……
「ま、二人がやると言ったら、やるだろうな」
剣はあっさり、肯定した。まさかなんて微塵も思わず、素振りも見せず。
「安心しろ、あいつらなら証拠を残すようなマヌケはしない」
「不安しか湧かない答えだよ!証拠と届けがなければ犯罪にならないってスタンス駄目!絶対!」
小町ちゃんはとっても常識人である。たとえ世間にバレなくとも、身内に犯罪紛いの行為をさせる訳にはゆかず、未遂にも至っていない何処かの誰かを社会的に抹殺させるのは、良心的にアウトなのだ!
「いや、しかしなぁ……実際調べてみて、それで小町に危害が及ぶ可能性があった場合、俺には止めるべき理由やら根拠が存在しないんだが……」
剣も双子同様、外敵排除は当然の考え方をしている。敵であるなら相手が人間であろうと、命に価値など見出ださない。そこに、良心の呵責は存在しない。
だが、このまま何もせず問題を放置しては、折角相談してくれた小町を失望させてしまうし。開礼小から誰かが謎の失踪や転校をしてしまったら、優しい妹が無用な責任を感じて苦しむ事になるかもしれない……考えている内に、剣はだんだん腹が立ってきた。顔も名前も知らない小町を悩ます何処かの誰かを、現行犯であれば、肘と膝の関節を全て有り得ない方向に曲げて砕いてやれるのにと。
「翼と希を止めたいなら……先に問題を解決するしかないな。自主的に学校からいなくなってくれれば最良なんだが……」
「無理あるって……私としては、干渉されないだけで充分なんだし。学校からいなくなっても、逆恨みされたら意味ないよ」
「そうだな。事故死の方が最良だな」
「命が軽いよ!」
剣は思った。つくづく、小町は模範的日本人だと。恐らくは、嫌悪感を少なからず抱いているであろう相手に対してまで、最低限の配慮をしているのだから。
「小町の言い分は解った。でも、正直心配だな。月並みだけど、小町に何かあってからじゃ遅い。もし、これで何も手を打たなかったら、それこそ犯罪者になることも辞さないだろうな。少なくとも、俺は絶対に」
「兄さん……」
「だから、小町はしっかり考えて決めろ。何を優先して守りたいのかを。残酷だけど俺には、多分翼と希にも、小町の敵にまで気遣いしてやる優しさは、無い。もし、小町が大怪我させられたり、心に深い傷を負わされたりしたら……」
とてつもない殺気が、剣から放たれていた。それは、昨日の翼と希の比ではない。当然だ。やらされていただけでなく、自らの意思で殺人を犯した者が放つ殺気なのだから。
殺気に耐えられなくなり、小町は剣の言葉を遮った。
「わ、解ったから!自分で、何とかしてみるから!」
途端に、剣の殺気が治まってゆく。
「そうか?まぁ、穏便な手は打つとして……こだち?」
「クゥ~ン……」
剣の殺気の余波を浴びてしまったこだちは、地に伏して、頭を前足で覆って震えていたのだった。
「……さっきの兄さん、凄く怖かったもの。怒られると思ったんじゃない?」
「殺気が漏れてたか……俺も修行が足りないな……」
「修行って……何?どこのジャ○プ主人公よ……」
「あれ?帰るんじゃないの?」
公園を出て間もなく、もと来た道から剣が逸れて行った。
「ああ、善は急げってな。効果があればいいなって程度だけどさ」
「穏便な手って奴?まだ六時前なのに?」
小町の疑問もお構いなしに、剣は住宅街を勝手知ったる感じに迷わず進んで行く。小町にとっては見知らぬ道なので、置いてかれぬよう剣の上着の裾をつまんで歩いた。
「確かここ……あ、いた!嶋倉センセー、おっはようございま~す!」
「おや?おはよう剣くん。家の前で会うなんて珍しいね」
剣が声を掛けたのは、丁度立派な日本家屋から出てきた、スーツ姿の恰幅の良い老紳士だった。
その老紳士には、小町も見覚えがあった。
「前の……校長先生?おはようございます!」
そう、小町が通う開礼小学校の先任の校長先生であった。三年前、定年退職している。剣とは、時々早朝散歩を共にする仲でもある。
「君は確か……小町さんだったね?生徒会長をやっているそうだね?あまり無理はしないようにね」
「は、はい!頑張ります!」
嶋倉は小町のハキハキした様子に、目を細めて微笑んだ。
「それで先生。実は妹絡みで少し相談がありまして」
「ほう、なんだね?」
剣は、卒業生が元校長にするには、とても不躾で馴れ馴れしくお願いをしに来たのだった。
「どうやら、家の妹を困らせている転校生か新任教師がいるらしいんですよ。でも、優しい妹は相手の事を慮って、それが誰かを教えてくれないんですよ。まぁ、何かあったら俺や双子なんかは、やり過ぎちゃうかもしれませんから」
半分以上、脅迫でした。後に小町はそう語った。
だが、嶋倉は落ち着いた声音で。
「やれやれ、それは困り事だ。そうだね、連休明けにでも注意を促してみるよ。それで済めばいいんだけどね」
「ありがとうございます。嶋倉先生の忠告を真摯に受け止められない愚か者には――仕方ありませんよね」
深々と頭を下げると、剣はこだちを伴い家路に着いた。
しばし、小町はその場で茫然自失としていたが、気を取り直すと、元校長に慌ただしく質問をぶつけた。
「ど、どどどうして兄が!兄さんと前の校長先生が?目上の方に慇懃な態度なのに!どうしてスッキリ頷いてるんですか!?どうして対等な空気感なんですかぁ~!?」
「ははは、落ち着きたまえ。そうだね……剣くんは、私にとって生徒なだけでなく、恩人でね。我ながら恥ずかしい話なんだが……オヤジ狩りって知ってるかな?」
「えと、集団でオジさんを襲うって……あれですよね?」
「そうなんだよね。もう、六年前かな?いや、今思い出しても恥ずかしいんだが、相手は三人、高校生だったか、もう、袋叩きにされてしまったんだ。そこへたまたま剣くんが通りがかって助けてくれたんだよ。信じられなかったね、あっという間にやっつけてしまったんだから」
「な……なにそれ?六年前って……今の私と同じ歳じゃない……」
高校生を苦もなく一蹴する小学生……小町の脳裏に、先日の桜がフラッシュバックした。あれは、仕込みじゃなかった……
「はは……彼は功績を誇るタイプじゃないからね。彼自身「目立ちたくないんで、通りすがりの仮面さんがやっつけた事にしてください」とか言って走り去っちゃったんだよ。あれから、剣くんは私にとって正義の味方、ヒーローでね」
「正義の味方……ですか?ピンと来ません(悪夢です)」
「そうかい?でも、不思議だよね正義の味方って。正義は暴力を否定するけど、その正義を守る為に暴力で『味方』するんだ。正に、剣くんの在り方だと思わないかな?」
「思ったことも、ありませんでした……」
「ははっ、まあ年寄りの戯言程度に受け止めておきなさい。ただね、剣くんは手の届く範囲なら正しいと思える方を助けるだろうし、妹だったら尚更じゃないかな?正義以上に、家族の味方なんだろうしね」
「それが、問題なんですけどね……」
「そうだね。それでは、小町さんのお兄さんを犯罪者にさせない為に私も少し頑張るとしようかな。全く、厄介なお願いをされてしまったなぁ」
「その割りには、楽しそうですね?」
「楽しい……いや、嬉しいの方が正しいかな?ヒーローが私みたいなジジイを頼ってくれたんだ。応えてあげたくなるじゃないか。それに……何も知らない、しない内に悲しい結末を迎えてしまったらと考えたら、悔やみきれないだろう?ならば、厄介事大歓迎だよ」
小町は、言葉にならない、信じられない思いで一杯になっていた。どうして、剣はこんなに信用されているのだろう?どうして、剣はすぐに人に頼ることが出来るのだろう?どうして、迷惑をかけるのに平然としていたのだろう?無数のどうして?が、際限なく繰り返し、小町の頭の中で反響した。
「……ふむ、解らないなら、ちゃんとお兄さんと話したらどうだね?人の心なんて、自分ですら正しく理解出来ないものだよ」
「!?し、失礼します!……ありがとうございました!」
見透かされた?小町はそう思い、恥ずかしさから誤魔化して、剣の背中を追った。一瞬、振り向くと嶋倉先生は笑顔で手を振っていた。それが何故か余計に恥ずかしく、小町は剣を追い越すと、そのまま家まで全力疾走を続けたのであった(それでも交差点や三叉路では一時停止する真面目さんでした)。
通りすがりの仮面→ディ○イドさん。
正義の味方論→国内初?の仮面ヒーロー月光さんからの引用……だったと思う。凄くうろ覚え。
正義の味方=正義とは限らないんですよね。
今後どんな戦いをしようと、剣さんは正義を口にはしないと思います。
ただし、作品のテーマ的に妹は正義ですけどね!
次回も小町がメインです。内面的な話になるかなぁ……




