5話目 双子とロックバンド
翼と希が一緒にいる場合、基本的に先に喋る方が翼です。
歌声と楽器の演奏が生み出す大音響。
それに呼応して揺らめくサイリウムの光。
観客収容百人程のライブハウスだが、それ以上に動員されてるかのように、観覧スペースは客でひしめきあっている。
その室内の出入口付近の壁際、観覧スペースの最後部にレザーのロングジャケットを纏い、腕を組んで壁に寄りかかって立つ少年がいた。剣である。
一見すると周囲との温度差からライブに不満でも有りそうだが、よく見ればリズムに合わせて体を上下させている。けっこうノリノリで楽しんでいるのである。
剣がライブハウスにいる理由、それは当然音楽を聞く為……だけでなく、ステージ上で歌っている二人の過保護者だからである。
曲の間奏に入ると、ボーカルの二人はアクロバティックなダンスパフォーマンスを魅せる。このバンド『トリオス・ジェミニィ』の売りの一つである。
オーディエンスのテンションも最高潮。キレッキレに動きまくる二人へと歓声が飛び交う。
「ジェミニィ!ジェミニィ!」
「ウイングちゃんサイッコー!」
「ホープちゃんカッワイー!」
そう『トリオス・ジェミニィ』のツインボーカルは翼と希。剣の双子の妹達である。
ステージ上で翼は髪を右側、希は左側で縛りサイドテールにし、テールの反対側の頬に翼は羽根を、希は星をイメージしたペインティングをしている。
衣装は二人共バンド名入りのTシャツに、デニムのショートパンツと黒いニーソックスと至ってシンプルな格好だが、シンプルだからこそ、揺れる。か~なり、たゆんたゆんと。バインバインと。
身長150㎝に満たない美少女に似つかわしくない、凶器とよぶべき美しい曲線を描く肉と脂の塊。それが柔らかに揺れて、震える。双子だから、二倍になってゆさゆさと。
もしかしなくても、ソレ目当てな男性客もいる。最前列に陣取って、鼻の下を伸ばしている男達は言い訳のしようも無いであろう。
そんな輩が困った行動を起こした場合、他人の命なんて遊○王カードのモ○ンフェン以下だと思っている恐いお兄さんにボコされる事になるのだが、今のところマナーの良いファンだけなので、剣は犯罪者にならずにすんでいる。
一曲目が終了し、次曲までのインターバル中、バンド紹介と挨拶を兼ねたトークタイムが始まった。
「はじめましての方ヨロシクねっ!」
「そうでない方ありがとうっ!」
「「私達『トリオス・ジェミニィ』ですっ!」」
ノリノリで司会進行を勤めるのは、翼&希である。
「えー、それじゃメンバー紹介いくよっ!ボーカルは私ウイングと」
「ホープだよっ!続いてギターのブルー!」
ギターを掻き鳴らす長髪の青年、ブルー。身長180㎝越えの細身で端正な顔立ち。落ち着いた雰囲気を感じさせる。
「ベース!クリム!」
「応援サンキュー!一緒に盛り上がってこーぜ!」
ベースを爪弾く快活な青年、クリム。単髪でブルーとは対極な印象を感じさせるが身長体型は似通っていて、顔立ちもそっくりである。
「キーボード!ムーン姉さん!」
「ちぃ~すっ。ま、楽しんでってねぇ~」
ゆったりした喋り方からは思いもよらない速さで、流れるような滑らかさで鍵盤を叩く薄い金髪の女性、ムーン。
「ラストはリーダーの、ドラム!スノウの姉御!」
「姉御ゆーな!……以上がウチのメンバーだ。引き続きトークは頼むぜウイング!ホープ!」
ドラムスティックをバトントワリングのように回し、ヒュンヒュンと風切り音を立てる白銀の髪の女性。スノウ。ムーンと瓜二つな外見である。
「初見の方も御気づきでしょうが、バンド名が体を表していまして『トリオス・ジェミニィ』は、三組の双子で構成されてるバンドでーす!」
「はい、見た目と物珍しさ狙いで話題造りしている色物でーす!あ、ココ笑ってイイトコですよー!」
「ま、ここまではいつも通りのテンプレなので、常連さんからは失笑しか戴けなくなっちゃたねー。どうやら、観客の九割が常連さんみたいです」
「いや、多分面白くないだけだね。私達みたいな結成半年のぽっと出バンドに、百人も常連がいるわけない」
「そこは自信持っていこうよホープ。少なくとも、私達の巨乳目当てのおにーさん達は毎回来てくれてるよ?」
「はい。音楽そっちのけだねー。駄目だねー。ビジュアルよりも、歌で集客しないとねー」
「ま、今の時代地道なライブ活動だけでなく、誰でもインターネットで音楽も動画も配信出来ますから!今日のライブも数日中に公開されますので、アドレスは画面下のテロップを参照してくださーい!」
「出てませんよー。テレビじゃないですよー」
「配信された動画には、表示されます」
「見ている動画に表示しても意味無いじゃん!リーダーがブログやってますんで、バンド名で検索してみてねー」
「さて、下心だらけの告知はこの程度にしましょう。こっからは観客弄りしたいと思いまーす。質問ある人挙手してくーださい。但し、キモヲタ以外に限る!」
「ハイ。今手を挙げようとして下げた人。自覚が有るようで潔しです。そんな訳で、そこの手を下げた鉢巻きのおにーさん。
他のお客様がドン引きする空気を読まない質問をどうぞ」
「は、ハードル高ス!そ、そりでは……お、御二方に質問で、えっちぃのは好きでありますか!?」
会場中に「うわぁ」な空気が漂う。司会者からのリクエストとはいえ、完全にセクハラである。
とはいえ、このおにーさんも無茶振りされなければ「彼氏はいますか?」程度の質問にするつもりだったのだが。
「こっちで誘導したとはいえ、ストレートなセクハラいただきましたぁ~!通報しちゃっていいですかぁ~?」
翼が観客達にマイクを向けると、翼に同調して歓声が上がり「いいよ~!」が連呼される。客の中で一人だけオロオロしているが。
「通報はしないので安心してね♪おにーさん」
ほっとすると同時に、希からのウィンクを頂戴して、通報宣告以上に心臓が高鳴るおにーさん。むしろ、ハートを完全に撃ち抜かれた。
「そうそう、先のセクハラへの解答だけどぉ~」
「嫌いなら、えっちぃ衣装でステージに立ちはしない。それが答えってことで」
「じゃ、もう一人、今度は女性の方を選びましょう。ん~と、そこの貞○みたいな前髪のおねーさん。何が知りたいかな?」
「え、え……と……ウイングちゃんとホープちゃんは、同性愛とかアリ派?ナシ派?」
少し、声が震えていた。
「勇気を振り絞ってくれてありがとう!非常に良い御質問をいただきました!考える迄もなくアリ派です。愛の可能性は無限だと思っています」
「ウイング同様私もアリです。むしろ、肯定派です。但し、一方的に関係求めるのはゴートゥーヘルですよー。双方向なら同性愛でも近親愛でも異種間愛でも好きにしやがれ!ですね」
「あ、私達の事をBL趣味の腐女子と思った方々。それは違うと言わせてもらう」
「私達、ぶっちゃけガチで百合なので。そして愛しあってますので。えろえろな肉体関係してますので」
観客席が、ざわ……ざわ……している。「ネタだろ?」「まさかなー?」「ヤベ、マジなら余計に萌える」「美少女双子のガチ百合……本人達が公言してるんだから妄想していいのねっ?」「本当なら、俺にはチャンスすら無いのか?」「元々お前には無い。鏡を眼力で壊してから出直せ」等々、発言の真偽を巡り騒然とするなか『トリオス・ジェミニィ』のメンバーは(翼と希の舞台度胸スゲー)と呆けた顔をしていた。
唯一人、当人達以外で真実を知るお兄ちゃんは、表情を崩さずにいながらも、口角がピクピクしていた。出来る事なら、双子の首根っこを掴み上げて説教したい気分になっていた。
ほんの数秒、場内がざわついている間に、双子は笑顔で体を密着させ、正面から向き合うと――
「はむっ。んちゅ。んんっ」
「あっ。ちゅるっ。にゅにゅっ」
衆目環視の中、口付けを交わし始めた。艶かしい音を立てながら、舌をからませてのディープキスを。
会場中が静けさに包まれる。ぴちゃ。くちゃ。と、双子の唇と舌、唾液が交わり合う音が響き、所々から、ごくりと息を呑み込む音がしている。
お兄ちゃんは決意した。ライブが終わったら鉄拳制裁しよう。そして、恥ずかしさでかおを覆っていた指の隙間からステージを見た。
ブルーとクリムが驚愕の表情でステージの端まで後ずさっていた。
ムーンは口元を手で隠し、目を見開いている。
スノウは、顔を真っ赤にして、わなわな震えている。
……後でバンドメンバーに精神的フォローをしよう。そうしようと、剣は取り敢えず心の中でメンバー達に頭を下げた。
そんな兄からの怒気を感じたのか、それとも満足したからか、二人は自然と唇を離した。瞬間、粘った唾液が糸を引き、互いの胸元に垂れた。
火照った肌と、蕩けるように潤んだ瞳。とても十五歳とは思えない、妖艶な雰囲気を醸し出している。
誰もが(実兄除く)目を離せずにいるなか、翼と希の表情が、瞬時に年相応の無邪気な笑顔に変わった。まるで、悪戯成功!とでも言いたいかのように。
「サービスタイム終了!ビックリした?ドキドキした?」
「尚、このトークタイムは公式動画として配信されませーん!ライブを見に来てくれた皆さんだけへの特典だゾ!」
「ここで注意!スマホとかで撮影していたお客様。個人で楽しむのはご自由ですが、営利目的で売買したり、不特定多数への配信は駄目だよ!私達まだ十五歳だし、下手すりゃ未成年の猥褻動画扱いされちゃうよ!」
「防犯カメラもあるし、百人程度から個人特定なんて楽勝だからね!それでも無許可配信したら、遠慮なくポリスメンにもしもししちゃうぞー!」
「警告したよ!証人はここにいるみんなだよ?それでも流出しちゃったら……」
「証言して……くれるかなぁ~?」
「「「「「いいとも~!!!」」」」」
流石にロックバンドのライブを見に来たお客様。素晴らしいノリの良さだった。まるで、今はもう終了してしまっているお昼の名物番組を彷彿させるように、声が揃っていた。
次曲開始後、演奏のミスが目立った。バンドメンバーの動揺が治まっていなかったのは明白だった。なんとか曲の中盤以降は建て直し『トリオス・ジェミニィ』のライブは無事?終了した。少なくとも、観客は大いに盛り上がっていた。
ライブ終了後の控え室にて、『トリオス・ジェミニィ』のメンバー間に微妙な空気が漂っていた。
誰もが、翼と希にどう話を切り込むか計りかねていたのだ。今迄「こいつら仲いいなあ」程度の認識だったのに、ステージ上で突然カミングアウトされた挙げ句、濃厚なキスシーンまで見せつけられたのだ。
それに対し、事前に知らされていなかったとはいえ、ステージ上で動揺してしまって演奏ミスをしてしまった事。そのミスを帳消しにするパフォーマンスを翼と希が見せた事に、気まずさから誰も口火を切れずにいた。
当の本人達は、そんな空気を感じながらも「やったったぜ!」的な良い笑顔でじゃれあっていた。……控え室の、ドアがノックされるまでは。
「剣です。入ってもいいですか?」
バンドメンバーにとっての救世主が、双子にとっての地獄の獄卒が降臨した。
次も双子の話です。