53話目 サプライズ成功!
「あら?あららら?……凄いことになってるわね?」
森岡家に到着する直前、運転席の光が驚きの声をあげた。
「どしたの?おねーちゃん……うわぁ~」
「参っちゃうわね……どうしましょう?」
森岡家の庭が、人で溢れていた。老若男女……老と男の割合が多少多いが、和気藹々とした雰囲気で、既にバーベキューを始めていた。
「あ、姉さん達おかえりー」
「剣、これは一体全体どうゆうことなの?」
車から降りてきた光達に、剣は近所の若い(と言っても三十代がほとんど)男性に囲まれている翼と希を指さした。
「PR写真の撮影しながら辺りを散歩していたらしいんだが、その時バーベキューやることを二、三人に話したらしい……それで、こうなった」
田舎の御近所情報ネットワーク……恐るべし。食材だけでなく、わざわざ鉄板やカセットコンロまで持参してくる用意周到さ……それだけ聖家の姉妹は過疎地で注目を集めているようだ。
「おお!光さんが帰られたぞ!相変わらず美しい!」
「お願いします!結婚してください!」
「抜け駆けすんな!おめえアラフォーだろが!年の差考えろ!」
結婚適齢期な独身男性達が光に群がる。嫁不足が深刻すぎる。
「ごめんなさい。間に合ってます。彼氏と子供が出来ました」
一切躊躇わず、バッサリ切り伏せる光さん。事実だけ簡潔に、言葉を選ぶ優しさは持ち合わせていなかった。
「……憐れだな……何人もの大人が膝から崩れ落ちる姿なんて、そうそう見れるもんじゃない」
「おじちゃんたち……ひかねぇにふられた?」
「燕!本当だからって言っちゃいけません!」
ザクザクっ!純真な末っ子と無自覚な小学生のコンボによって、農家の若い衆はすすり泣きしてしまいそうな精神的ダメージを受けた!
「えげつねぇ……翼や希と違って悪意がねぇから余計に爆発力ありやがる……」
妹達に畏怖を含んだ視線を送りながら、遥はずっしり重たい買い物袋を家の中へと運ぼうとしていた。
「遥、それ、俺がやるから火を見ててくれないか?ついでに焼き上がった料理の給仕をお願いしたい。プロだろ?」
「……そりゃまぁ素人じゃねぇけど……ま、いいか、コレ重たいし」
剣は遥から袋を受け取り、役割を交替すると家の中へと消えていった。
「しっかし……ざっと四十人近くか?買いすぎだと思ってたけど、足りるかどうか怪しくなったな……賑やかでいーけど」
帰って来るなり、勇吾は友人達に孫自慢を缶ビール片手に始め、麻紀も奥様方と談笑している。祖父母が楽しんでいるのなら、サプライズは成功かと思う遥であった。
その間に、独身男性の夢と希望を打ち砕いた光も、購入してきた食材の調理準備の為に家の中へと入っていった。
「あ、光さんお帰りなさい!」
「ただいま実鳥ちゃん。……いいわね!とても上手に出来てるじゃない!」
「剣さんの教え方が良かったんですよ。それに、お義父さんにもアドバイスをもらいましたから。でも……どうしましょう?こんなに大勢来るとは思っていませんでしたから……」
「ん~……まあ、順序逆になっちゃうけど、先にだしちゃいましょう!皆集まったんだし、ネタバラシにも悪くないタイミングじゃない?」
「そう、ですね!それじゃあ……行きましょう!」
「え……と、皆さん!静粛にお願いします!」
盛り上がるバーベキュー会場と化した森岡家の庭先で、実鳥が声を張り上げた。御近所の皆様が、ざわめきながら実鳥に注視するなか、実姉の遥が誰よりも眼を見開いて驚いている。
過去の出来事から、他者との関わりや、目立つことが不得手であることを誰よりも知っているが故に。
遥がそう認識しているに齟齬なく、実鳥の声は震えているし、表情は真っ赤で、誰とも視線を合わせられずに目蓋をぎゅうっと閉じている。
「実鳥、一体何を……」
実鳥が何を話そうとしているか、遥には知るよしもなかったが、その様子から無茶をしようとしていると感じ止めようといた。しかし、その前に遥は梓に肩を掴まれ制止させられた。
「駄目だよ。心配なのは解るけど、頑張ってるんだから見守ってあげないと」
「梓……いや、でも……」
「それにね、多分このあと、はるるんの方がもっと頑張らないといけなくなるから」
「!?」
不穏を感じさせる梓の発言に、遥は鳩が豆鉄砲を喰らったかのキョドった表情で硬直した。その一方で、実鳥は集まった人々に言葉を届けるべく、大きく息を吸い込んだ。
「え!えと!今日は、ただ楽しくバーベキューをやろうってだけではなくて……私の……私のお姉ちゃんの!聖遥の、バースデーパーティーです!」
それは、肺から全ての気体を絞り出したかのような声量で、とても響く声であった。その証拠に、周囲の山に反響していて、山に住んでいる木の精霊が声真似をしてくれているようでもあった。
叫び終えても、実鳥は表情を真っ赤にして、胸の前で両の拳を握り締めて震えている。聖家の姉妹は森岡家の御近所さんに注目されている存在であり、その中でも実鳥は一際物静かな娘であると周知されていたので、突然のこの行動に、誰もが思考を止めて実鳥に意識を向けていた。
必然、誰も彼もが沈黙し、網や鉄板の上で爆ぜる食材の音がするのみの静寂な空間となり――
パァン!パァン!その静寂を撃ち破る二つの破裂音と共に、鼻孔を刺激する火薬の臭いが立ち込め、縮れ麺のような安っぽい紙テープが遥の頭に放物線を描いて放たれた。
「ハッピバー♪」
「おめでとー♪」
破裂音の正体は、双子が鳴らしたクラッカーだった。何処に隠し持っていたか?男子の夢の中である。
双子の祝福によって破られた静寂と共に、歓声と拍手の嵐が巻き起こった。
「え?うぇ?うえぇぇぇ!?」
その最中、あたふたする少女が一人。遥ちゃんだ!
「いや……だって……早くね?」
遥の誕生日は五月十日。確かにもう少し先であり、聖家では普通は当日か直近の休日や土日に祝うのが慣例である。なので、遥は完全に無警戒で誕生日を意識すらしていなかったのだ!
「えへへ……お姉ちゃんをビックリさせたくて、私から皆に頼んだの。その様子だと、成功みたいだね?」
「ぜ……全然気づかんかった……しかし、どう表現すべきか……」
遥の人生に於いて、数十人もの善意の祝福を受ける経験なんてコレまでに有る筈もなく、想定外にも程があった。とても嬉しくはあるが、それ以上に恥ずかしくもあり、正直逃げだしたいのが本音と言えたが、お膳立てをしたのは最愛の妹なので、その顔を潰す真似は、死んでも出来ん!……それが、遥の胸中であった。
その時である。何者かが玄関より疾風の如く駆け抜け、土煙を上げながらズザーッと滑り込んできた!
「皆さんお待たせ!遥義姉様のバースデーパーティー司会進行役を仰せつかりました……桜だにょ!」
はい。日本の元祖猫耳萌えキャラにして、某お野菜な名前をした会社が運営しているショップの看板娘ですね!
当然、遥のもうひとつの姿を暗喩してチョイスしたコスである。そして、好奇の視線も当然集まるが……桜にとっては賞賛でしかないので、ちっとも恥ずかしくない!そして、遥の頬はとても引き攣っているけど気にしない!
「さてさてそれでは~ケーキ登場ですにょ~」
桜の進行に促され、剣がバースデーケーキを持って現れた。苺と真っ白な生クリームでデコレーションされた、シンプルなホールケーキにカラフルな十八本の蝋燭が立てられている。
「このケーキは実鳥たまが一人で作ったんだにょ~愛情たっぷりで羨ましいんだにょ!」
「実鳥が?……ヤバい……ちょいとタンマ」
恥ずかしいやら嬉しいやらで、遥は目頭が熱くなり、込み上げてくる物を抑えようと手のひらで両目を覆った。
「ではでは~早速火を吹き消して戴くにょ~……と思ったら、まだ着火していなかったにょ!桜、迂闊者にょ!」
てへぺろで誤魔化す桜に、周囲から微少や失笑が漏れてざわめきとなった。そんな、生暖かな雰囲気が満ちる中、ケーキを持っている剣が右手を天に向け、人差し指を立てると、オーケストラの指揮者がタクトを優雅に振るかのような仕草で、ケーキの上で振り回すと……ケーキに等間隔で並び立てられていた蝋燭に、時計回りで火が灯された。とても、幻想的な演出である。
「なんじゃ!?どうやって点火したんじゃ?」
「い、今手に何も持ってなかったよね?」
「手品?粋なことするなぁ……」
ざわめく衆目。手品だ!トリック?綺麗だからどーでもいいじゃん!等々、大いに盛り上がった。
「にょにょにょっ!兄様、今のは何したんですにょ!?」
「魔法だけど、何か?」
当然、桜は種も仕掛けもない魔法であると事前に周知済みである。つまり、先程の慌てた質問は、仕込みだ。本当は1ナノミリも驚いちゃいない。
堂々と正直にしている方が、逆に嘘だと思われる作戦だ!
「剣……マジで、どうやったん?」
「それ、今重要か?皆注目してるんだから、さーっと吹き消しちゃえよ。それとも……ここにいる全員でハピバスデー合唱しながらが」
「消す!ソッコー消すから止めてくれー!」
遥は急いで空気を吸い込み、リスのように頬を膨らませると、唇をすぼめて蝋燭の火に息を吹きかけた。最後の一本が中々消えないのは、誕生日あるあるなご愛嬌である。
「き、消えた……」
焦って息を吹き続けた為に、遥の表情は赤く染まり、次いで割れんばかりの拍手を戴いてしまったので、赤面プラス汗だくとなっていた。
「はい、お姉ちゃん……あ~ん」
実鳥が手ずから切り分けたケーキを、更にフォークに一口載せて、遥に差し出した。
いい加減、羞恥心からの躊躇いも薄れ、遥は素直に食らいついた。ふんわりとしたスポンジと滑らかな生クリームの触感と程よい甘味。特に拘りや工夫のない、スタンダートなショートケーキの味わいである。
「……よく、一人で作れたな?その……ありがとな」
正直に言ってしまえば、カフェやケーキ屋の売り物と比べれば完成度は低い。しかし、このケーキは猫耳コスをしている義妹が宣っていた通り、実妹の愛情が込められている、遥にとって唯一無二のケーキなのである。
だからなのか、自然と瞳から煌めく雫が零れ落ちていた。
「お、お姉ちゃん?……泣くほどのこと!?」
「いや……なんか、色々と込み上げてきて……」
遥にとって、実鳥はずっと、守らなければならない、守ると決めた対象だった。幼女時代、泣くか、脅えて震えているばかりだった実鳥がこうして、遥の誕生日を祝い、喜ばせようとしてくれた事が、何よりのプレゼントに思えて仕方なかったのだ。
「もう……お姉ちゃんってば、泣きすぎだよ。涙でメイクが剥がれて目の回り真っ黒だよ……はい、おしぼり」
「ああ、ありがとな」
受け取ったおしぼりで、遥は顔を覆って涙を拭い去った。
「あ」
誰かが、何かを思い出したかの如く声を漏らした。
桜の今回のコスはでじ○です。アキバの顔。
次回は、公衆の面前に金髪美少女降臨、の巻。




