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44話目 店先でする話じゃない

実鳥が誕生する少し前、かつて遥と実鳥の父親であった男は、職を失った。


それがどんな事情によるものかは、遥の知るところではない。


だが、それが契機であったのだと、遥は後に振り返った時に思い出した。


それまで優しい面もあった父親が、それきり酷く荒れて冷たくなり、暴力的になってしまったのだった。


当時、父親の豹変ぶりに訳が分からず理解も追い付かなかった遥であったが、ごく一般的な教育を受け、幼児向けのアニメ等から善悪を学んで、明るく真っ直ぐに育っていた彼女は、父親の変化の原因や理由を考えるよりも先に、自身にとって一番正しいと思える事を選択した。何があろうと、妹を守るのだと。


そう、決意してから、遥は父親の暴言や暴力に耐え続けた。そして、涙ながらに訴え続けた。


優しかったお父さんに戻って、と。


だが、父親は元に戻らず、むしろ時が経つと共に、より凶悪に変わっていった。遥が憧れていたアニメのヒロインが起こしたような、数多の悪人を改心させるような奇跡は、遥には起こせなかったのだ。


だから、半年も経つ頃には遥は父親を諦めてしまった。無抵抗で耐えるのを止めて、力及ばないまでも反撃し、口汚く反論する事も覚え、暴力の矛先をとにかく自分へと向けさせた。そうする事でしか、実鳥を守れなかったから……


こうして、父親と遥の間に修復不可能な亀裂が刻まれた一方で、美鈴はまだ、夫が元に戻る事を信じていた。美鈴は夫と娘達のどちらも愛していて、どちらかを選択する事が出来なかったのだ。


しかし、美鈴は積極的な行動をする訳ではなく、信じて耐えるだけであった。家計を支える為にパートを掛け持ちした上に、家事に育児にと目の回るような忙しさに追われ、夫を立ち直らせる余力までは無かったのである。


そんな家庭環境の中で育った実鳥にとって、愛情を一切感じさせない父親とは『怖い人』でしかなく、いつ、訳も分からず怒鳴られたりするのかに怯えている内に、無気力で臆病な性格に育ってしまっていた。


いつ終わるとも知れない劣悪な生活は、遥が十歳の頃、前触れもなく、唐突に終焉を迎えた。


その日、遥は小学校を勝手に早退して帰宅した。家庭の事で同級生からからかわれたり……有り体に言えばイジメに遭っていた遥は学校に馴染めず、遅刻や早退・サボりの常習者であった。だが、その理由はイジメ等以上に、実鳥を父親と二人にしておくのが心配でならなかったからであった。


そんな、他人から見れば悪癖のようなサボり癖が、遥の人生において最大の奇跡とも呼べる幸運にして悪運を掴み取らせた。


いつも通り、遥は静かに家のドアを開いた。酔っぱらって眠っている父親を起こしても、何一つ良いことは無い。それに、起きていたとしても顔を会わす事すら不愉快なので、数年マトモに会話もしていないのだ。もう、血の繋がり以外に、父親とは親子でなくなっていた。


遥は玄関で少しだけ違和感を覚えた。珍しく、父親のサンダルが無かったからだ。まあ、珍しくはあっても、いないのならばその方が気楽なので喜ぶべき事柄ではあったのだが……だが、違和感はそれだけでは無かった。妙な臭いがしたのである。元々、掃除不足でアルコールや煙草の臭いはしているのだが、それとは異質の、血生臭さを感じたのである。


そして、部屋の隅に()()を見つけると、遥は否定したい一心で立ち尽くした。


紅く染まり、倒れ伏している実鳥の姿がソコにあったから。




「……あん時程、肝が冷えたのは他にねえな……急いで救急車を呼んで……実鳥の意識が戻るまでの一ヶ月、毎日不安で気が狂いそうだった。119番への通報がもう少し遅かったら手遅れだったとか医者に言われても気休めにもならなかったな……むしろ、こうなる前に帰ってればとか、どうしてアイツを殺しておかなかったのかとか……自分を責めたな」


梓と受け応えをしている内に、遥はいつの間にか、これまで話す事を控えていた過去の出来事を、あらかた話してしまっていた。遥から引き出した情報から、梓が的確に質問して上手く誘導した結果でもある。


その梓だが、遥の過去話に共感してしまい、嗚咽を漏らさないように唇をキュッと引き締め堪えているが、涙を隠すことは出来ず、両の瞳から大量の雫をぽろぽろ溢していた。


剣は相変わらず無表情であるが、手にしたジュースを口に含ませる事もせず、真剣に遥の話に聞き入っていた。


「一ヶ月も……永かったね……てか、父親どこ行ってんの!?通報したのはるるんなんでしょ?娘に瀕死の大怪我させて、何してんの?腹立つ!」


「さあな。どっかへ遊びに行ったのか、自分がやらかした事に動転して逃げちまったのか……殺人未遂容疑で、その晩には逮捕されたらしいってハナシだ。アタシは施設に保護されて、実鳥が入院している間に全部終わってた。母さんも、そこが耐えれる限界だったみたいでな。細かい事は知らねーけど、ちゃんと離婚は成立してて、あの野郎の顔は、あの事件前に見たのが最後になるな……もし、恥ずかしげもなく現れやがったら、殺意を抑えられる自信がねぇ……」


「……それは、私も無いね!はるるん、殺るときは言ってね。鉈でも斧でもスコップでも持って駆けつけるから!」


「お、おぉ……なんか、意外なんだけど?なんつーか、そこは体を張ってでも止めるとか諌めるトコじゃね?……なんか、頭冷めたわー」


だが、もし梓がありきたりな〝殺人、ダメ絶対〟的な、他人事な道徳論で諭そうとしたのだったら、遥はガッカリしていた事であろう。所詮、甘ちゃんだったかと。


「はるるん……死体の隠蔽は殺害よりも重労働だよ?善良な人を殺したら正当な罪を背負って罰を受けるべきだと思うけど、害虫以下のゴミクズを殺して罪に問われるのは、つまらないし、間違ってると思わない?死体が見つからなければ殺人犯にはならないし、捜索願いがなければ行方不明にもならないんだよ!」


「……ぐ、具体的な助言をどうも……って違うわ!どーして殺る気満々なんだよ?そして発想が怖いわ!普段の恋愛脳全開キャラとギャップが有りすぎだ!」


「何言ってんの、はるるん?どりりんが理不尽に殺されそうになって、今でも怒りとか憎しみとか忘れられないんでしょ?私にもよーく解るよ。だって、私はママを殺されてるんだから」


「殺され……?事故……そうとも言えるのか……」


遥は、梓達の実母である夕樹が交通事故で亡くなっている事はそれとなく聞いていたが、それがどんな事故であったか迄は、詳細を聞いてはいない。薄々ながら、日々の会話の中で、その事故には桜も巻き込まれて大怪我をしたこと程度は知っていたが、自身の内情を話せずにいるのに、聖家の過去の事情を一方的に尋ねるのは、何だか気が引けていたからである。


「そうとも、じゃないよ全然!飲酒運転だよ、歴とした交通法違反で凶悪犯罪で殺人事件だよ!しかも、犯人は勝手に死んじゃってんの!死んでたら殺せないじゃん!……負の感情の行き場の無い感じ……はるるん解りますか!?」


遥には、即答出来なかった。


遥は父親の事を長年に渡り憎み、怒りを抱いていて、実鳥が瀕死にされた時には、間違いなく殺意に溢れていたのを覚えている。しかし、もし今その父親が死んだと聞かされても、自分で殺したかったと思うか?そう問われたら……恐らく答えは、NOだ。きっと、清々したと思う程度か、どうとも思わないか……今の遥にとっては、実の父親なんて今後の人生において、必要無い存在だとしか思えないのであった。


だから、梓の殺人犯に対する感情に対しては理解出来るのだが、怒りをぶつけるべき相手がいない無念には、正直考えが及ばない気がしたのである。


「ん~……いや、事情が違うしな。でも、梓って……アタシが思ってたより、脳ミソお花畑じゃないんだな。案外……実鳥のこと言えねーぐらい闇あるじゃねーか?」


「そこは、ホラ。全部受け止めてくれる人がいるから❤」


剣が、「あ、もういいや」とばかりに、温くなったジュースを一気に飲み干した。


「……御馳走様だよ、全く……けっこーマジな話してたのに、いまいち雰囲気が沈みきらねぇし……ま、深刻に考える必要がなくなってたって事なのかもな……」


とても気が抜けた表情をして、遥は溜め息を吐いた。梓が巫山戯ていないのは解りつつも、何とも締まらない気分にさせられてしまったからだ。


「私は至って真面目なのですが……ちと不本意」


「日頃の行いを省みろってこった。てか、涙と鼻水拭っとけよ?ジーさんバーさんビックリしちまう。それに、んな顔してたら嫁の……もう貰われてんの同然だったか……」


梓は顔面から水分を拭いきると、ビシッとキメ顔で応えた。


「フフフッ!身も心も既に既婚者だからね!はるるんも、いい男を見つけたら猛烈アピールしないと駄目だよ!」


「いや、アタシは別に男に夢見てねぇから。彼氏作りたいとか思わねーし」


「そうなの?……まさか、クズ親父の所為で男性不信とか?」


「無い。……とは言えねーかもな。基本、裏切られっかもって考えちまうし。だから……アレだな。アタシが将来結婚するとしたら、惚れより馴れだろーな。勢いとか情熱よりも、なんとなくな関係がいーな」


「わだかまってるね~。ま、自然に一緒にいられるってのが、はるるんの理想なんだね?……例えば、フラッシュモブ的なサプライズプロポーズとか」


「止めてくれ!されたら鳥肌立つぐらいキショい!ぜってー逃げる!」


「そっかぁ~……それじゃ、日常の会話の中での方が、はるるんの好みなのかな?」


「好みっつうか……派手や大袈裟に比べりゃましだろ?いや、恋愛トーク苦手だから、ホント止めてくれね?」


恋愛経験皆無で、学校生活ずっとぼっちの遥と、十年以上同棲していて、それなりにやることやっちゃってる梓とでは、恋愛レベルが、スタート村とラストダンジョン前程度の差があるのである!


「はるる~ん、苦手じゃなくて、経験ゼロでしょ?駄目だよそれじゃあ。そりゃ、無理にしなけりゃいけない訳でもないけど、この先どりりんに相談された時に、それなりのアドバイスが出来る程度にはしておくべきだよ、恋愛」


「大きなお世話だ!てか、お前だって剣以外とは経験ねーんだろーが!?」


「ふっ、1と0の間には容易に越えられない柵があるのさ!」


「サクッと蹴破れそうだけどな、柵だけに」


「上手いこと言う。でもさ、この場合、表現的にレイプな感じがするんだけど?はるるん……まさかの凌辱願望!?」


「だ……誰が!んな変態趣味は無い!」


「因みに私は、けんちゃんが望むなら、そんなプレイもOKです!」


「ドヤ顔でキメんな一途ビッチ!」


「それは誉め言葉だよ~。女の子がエッチで何が悪い!」


最早、深刻な話をしていた雰囲気は何処へやら。卑猥な話に耐性の無い遥を、梓が一方的にからかう流れになっていた。


だが、それも長くは続かなかった。


「もうじき日が暮れるし……帰らね?」


遥が両手で耳を覆う仕草をしたと同時に、剣が立ち上がり、そう提案を口にしたからだ。実際、西の空は紅く色付き始めている。


「あと、梓、あんまり遥を苛めんな。ファンタジーの世界じゃ百年物の処女なんて珍しくもない」


「はう、叱られた……」


「遥、梓が済まなかったな。珍しく遥とじっくり話せて嬉しくなっちまったんだろう……嫌わんでやってくれ」


「……へ?」


遥にとって、想像の範囲外な事象が起きた。あまりのことに、間抜けな声を出すくらいに。


とても意外だったのだ。剣が梓を諌めて、自分を庇うのが。


「い、いや、まぁ……別に嫌わんけど……」


「そっか、ま、無理はすんなよ」


剣にしてみれば、()()を庇うのはごく当たり前の、信念通りに行動したに過ぎないのだが、遥にとっては不可解な行動だった。梓を止めるだけならまだしも、叱る必要があったのだろうかと……


自身が剣に妹としてカテゴライズされているとは思考の端っこにも思い浮かばない遥なのであった。




三人が森岡家に帰宅すると……光達は、まだ到着していなかった。




どっちの意味でもサブタイ通りでした。

次回は、皆で夕食!

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