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42話目 到着した(電車ルートのみ)

車組が足止めを食らっているなど何処吹く風か、特急あずさは予定時刻通りに、終点である松本駅の一つ前の停車駅である塩尻駅へと到着し、剣達は何事もなく無事に降車していた。


「んーっ!やっぱ、都会とは空気が違う気がするな!」


「そうだね。なんだか爽やかだね!」


数える程しか東京を離れた事がない遥と実鳥にとっては、感じられる空気がかなり違うらしい。初めて降りた駅でもあるため、とても新鮮に感じるようだ。


「なんだありゃ?ホームに樽?」


「ワインが特産品だからかな?」


見る物全てが珍しい。まぁ、誰しも初めての場所ではこんな感じになるのだろう。


「さてと……一応、無事に着いたって姉さん達に連絡するか」


運転中かもしれないので、剣は翼に電話をしてみた。


「あ、翼?うん、こっちは塩尻に着いたトコ。そっちは?……は?……警察!?……そっか、判った。うん、俺から伝えとく」


漏れ出た会話の内容から、シスターズの表情に不安の色が浮かび上がっている。一瞬で、楽しい旅行気分が霧散していた。


「あぁ、気にする程大した事じゃなかったよ。誰も怪我とかしてないし、交通事故に遭った訳でもないから」


一先ず、家族が無事であると知り、緊迫した空気は雰囲気は無くなった。


そこで、翼からの情報が剣により伝えられた。


「……電車ルートで正解だったのであります」


桜から、心底からの本音が零れた。


「光姉さん……気持ちは解るけど、過剰防衛だよ……」


小町は驚愕。


「流石はアネさん。悪漢死すべし」


遥は光を敬い。


「良かったぁ、みんな無事で」


実鳥は、ほっと胸を撫で下ろし。


「つばぞみ、トラブル呼びすぎ」


そして梓は〝またか〟と呆れ顔である。


「てな訳で、近くの警察署で事情聴取に協力するらしい。ま、姉さんが殴り飛ばした男達が逃げちまったみたいだし、目撃者も多かったから罪にはならないだろ。但し、到着はかなり遅れそうだけどな」


そうした説明の後、剣は誰にも聞こえない程度に呟いた。


「ちっ、見っけたらぶっ殺してやる」


その場に自分がいなかった事を、とても悔やんでいたのでした。




剣達が改札前に出ると、そこには待ち人が首を長くして、今か今かとウズウズしていた。


「おじーちゃーん!きーたよー!」


梓が声を掛けると、待ち人――聖家の子供達にとって唯一の祖父である森岡 勇吾(もりおか ゆうご)(72)は、満面の笑みで孫達を両手を広げて迎え入れた。


「おお!よお来たあ!待っとったぞぉ!」


先ず、梓が最初に改札を抜けると、そのまま祖父に抱きついた。


「おじーちゃん、元気だった?」


「わっはっは!まーだ若い者には負けんて。そんにしても、梓は夕樹の若い頃に似てきたなぁ」


「それ、毎年言ってるぅー」


勇吾にとって、梓は初孫で特別に可愛い存在である。孫に優劣は付けたくなくとも、それでも亡くなった娘に一番似ていることもあり、どうしても特別扱いしてしまうのである。


「久方ぶりでありますじい様!」


「こんにちは、おじいちゃん」


「おう!桜も小町もよう来た!ますます別嬪に育ったのう!」


今度は桜と小町を両腕に抱え、慈しむように頬擦りをした。


「……チクチクするのです~」


「お、おじいちゃん、恥ずかしいってば!」


端から見れば、嫌がる美少女二人を抱えて過度なスキンシップを行うセクハラ老人であるが、断じてそんな事は無い!純粋に孫が大好きなだけのお祖父ちゃんである!


「ちいっす。また世話になります」


「どうもです。おじいさん」


「遥ちゃんも実鳥ちゃんもいらっしゃい!のんびりしてってくれな!」


遥達に対しては、肩をポンポン叩く程度に留めた勇吾さん。義理の孫には、多少の遠慮はしているのである。


「元気で何よりだね、じいちゃん」


「剣か……そろそろ曾孫の顔を見せてくれんか?」


出会い頭に、高校生の孫に言う台詞ではない!


「おじーちゃんってば、気が早いよぉ。今から妊娠してたら高校中退させられちゃうって!」


梓が代わりに応えたが、惚気ながら祖父にする返答でもない!これでお分かりでしょうが、剣と梓の仲は祖父も公認しているのである。


「ま、じいちゃん。曾孫の話は追々ってことで、それとは別の話なんだけどさ、俺、農大受けることにしたから」


「へぇ、そうなんかい?……は?のうだいって……農業の大学の?本気でかいな!?」


「うん。その農大で間違いない」


剣の突然の進路表明に、事前に聞いていた梓以外は、あまりにさらっとした宣言に度肝を抜かれた。


「に、兄様!ボク、聞いてないのであります!」


「まあ、言ってないからな」


「本気なの兄さん?どうして農大なの?」


「そんなに変か?農業やる為に、知識や技術を蓄えるのに越した事は無いと思うんだが……」


「いえ、ズレてるから兄さん。私の訊き方が変だったかもだけど……将来的に、農家やりたいの?」


「うん、そう。普通の企業に就職するより、性にあってると思うんだよな。人に命令されるの嫌いだし」


気が遠くなるほど長い前世で、ずっと使われる立場であったので、剣さんは今世では自分の判断で生きて行きたいのである。


「そんな訳で、大卒後はじいちゃん家で働かせてほしいんだけど。家を継がすかどうかは、じいちゃんの判断に任せるよ」


「お……おぉ。いや、そりゃ嬉しい話なんだが……あまりに突然なんでな……」


勇吾は、チラリと梓に視線を送った。それに気付くと、梓は一片の曇りなき、お日様のような笑顔で――


「当然あたしは、けんちゃんと一緒なので!海底二万マイルだろうと銀河の彼方でも、異世界召喚にも付いてく覚悟で!」


「そうか!増築せんとな!」


最愛の孫が同居してくれるなら、断る理由は皆無なのであった!孫と曾孫のいる変則三世代同居生活とゆう、輝かしい未来予想図が、勇吾の想像の中で膨らんでゆく!


「兄様~梓姉様~行かないでほしいのです~御二人のいない生活など考えたくないのであります~」


「いや、まだ五年は先の話だぞ?その頃には、桜だって高校卒業だろうし、自分の進路は自分で決めろよ。きょうだいだからって……だからこそ、ずっと一緒にいられる訳でもないんだし」


「そうでありますがー、うう……御二人に依存しまくっている身としては、自立出来るか不安なのであります……」


「依存て、自分で言うなよ悲しくなるから……コミュ力高いんだから、他に依存先見つけてくれ」


「嫌なのです!馬の骨な男に許す体なんてないのであります!兄様以外の男になんて抱かれたくないのです!」


「待てい。その言い方だと、まるで俺が実の妹を抱いてるみたいじゃないか?人聞きの悪い……通行人の皆様がギョッとしとるわ」


通行人どころか、実妹と義妹の三人も後ずさっているが……


「何を仰られますか?母様が亡くなられた頃、混乱して泣き喚いていたボクを、一晩中抱いて慰めて下さったではありませぬか?もう、あの一夜を忘れてしまわれたのですか!?」


悲劇のヒロイン染みた身ぶり手振りで、恋人に捨てられたかのような演技をしてみせる桜に、剣さんは少しばかりイラッとして、取り敢えずコブラツイストしてみました。


「桜、日本語って難しいよな?『抱き締めた』なら健全に聞こえるけど『抱く』とか『抱いた』だと卑猥な表現に聞こえちゃったりもするよなあ?そう思わないか?」


「ギブッ!ギブなのです兄様!その節は抱き締めて下さってありがとうございましたぁー!!」


周りが何事かとざわざわする中、梓と勇吾だけは、剣と梓を微笑ましそうに眺めていた。


「いんや、相変わらず仲ええなあ」


「さっちゃんてば~、けんちゃんに甘えんぼさんなんだから」


祖父にとっては、孫同士のじゃれあいに過ぎず、梓は余裕の正妻力を発揮していた。


こんな感じで、賑やかに勇吾の車へと歩みを進める中で、実鳥はふと、足を止めた。


「どした、実鳥?」


遥がそれに気付き振り返ると、実鳥は若干ながら寂しそうな顔をしていた。


「お姉ちゃん……一寸ね、さっき剣さんが言ってた事を、思い出しちゃって……」


ずっと、一緒にいられる訳でもない――


「当たり前の事なんだけど、ずっとみんなと居られる訳じゃ、ないんだよね……私も、先の事を考えないとなあ……」


「先、かぁ……ま、アタシは高卒で就職だな。大学行く気ないし、そもそも学が無いからな」


「具体的に、やりたい職種は?」


「特には……まあ、今のバイトで色々鍛えられてっし、生きてくだけならなんとかなんだろ」


遥にとって、張り詰めていた少女時代に比べれば、今の生活はぬるま湯に浸っているようなものである。生活を脅かす存在さえ身近にいなければなんとかなる……そんな思考に至ってしまってのは、幸か不幸か……


「に、してもだ。剣が農業志望だなんて考えもしてなかったわ。まあ、普通に就職して上司にへこへこしている姿なんて想像出来ねっけど」


「表情変わらないから、一般社会では生き辛いのかもね……個人事業主?的な性格だよね」


「奔放なだけって気ぃすっけど……あれで、世話好きで面倒見もいいから不思議だよな……だがシスコン」


「それ、剣さん的には誉め言葉だと思う」


遥と実鳥が足を止めて話していると、先を行く剣達からの呼び声が二人に届いた。


「シスコン兄さんが呼んでっし、行ってやっか」


「お姉ちゃん……私達も、一応妹なんだからね?」


義理とはいえ、その兄をシスコン呼ばわりはどうなのかと、実鳥は思ったりするのだが、遥には剣に対して兄と思う意識がまるで無いのだ。親同士が再婚したとはいえ、歳が同じで当時中学生にもなっていたのであるから、兄妹意識など芽生える筈も無いのだろうが。


だからと言って、恋愛感情も抱きようがなかった。梓の存在である。


梓が隠すどころか剣に対して感情を大っぴらにしていて、他の姉妹がその状況に順応していた事に、当時は大いに面食らっていたものである。


それが理由で当時はいざこざがあったりしたのだが、それはまた別の話である。現在ではむしろ安全牌扱いなとだった。




勇吾のワゴン車で移動すること約四十分。新宿駅を出発してから三時間過ぎ、目的地の森岡家に電車ルート組が到着した。


昔ながらの木造日本建築な家屋であり、近代建築である聖家に比べなくとも、レトロ感溢れる、剣達にとっては正に『実家』な趣である。


車が到着して間もなく、玄関から祖母である麻紀(68)が、出迎えに現れた。ふくよかでニコニコ笑顔のお婆ちゃんである。まだまだ腰も折れていない。


「みんな、今年もよく来てくれたね。お帰りなさい」


麻紀は、孫達をゆっくり一人ずつ頭を撫でて迎え入れた。


「……ひかちゃん達は、まだかねえ?」


「あー、少々アクシデントがあって遅れるみたいです。事故とかじゃないんで心配ないから」


「そうなのかい?そりゃ災難だねえ。まあ、みんなは好きに寛いでおくれ」


早速、家の中へと手荷物を置きに上がり込む一同。着替えやらその他諸々は光カーに積み込んである為、電車組は軽い手荷物程度しか持っていない(桜のみ、ノートパソコンとか動画撮影用の機材を背負って来た)が。


「そうそう、おばーちゃんコレお土産。他のはおねーちゃん達が到着したらね」


梓はそう言って、黄色い紙袋を麻紀に差し出した。中味は当然、バナナ味のクリームが入っているバナナ型のスポンジケーキである。東京といったらコレなのだ!


「おやおや、美味しいのよねえこのお菓子。丁度、お茶にするのにいい時間ねえ。早速みんなでいただきましょうか?」


「はい。俺もそれ、けっこう好きです」


「私もー!あれ?みんなどったの?」


剣と梓以外の四人は、何やら乗り気で無さそうである。それもそのはず、ついさっきまで宴をしていたのだから。特急の車内でダラダラ雑談しながらスナック菓子を炭酸で流し込んでいたのだから、わりと満腹なのである。


「ええと……日が高い内に遊びに行ってくるね!子供らしく!」


わざとらしい言い訳をして、小町は逃亡を図った。


「あー!小町ちゃん、こんな時だけ自分を子供扱いとか狡いよ!待ってー!」


とか言いつつ、小町を追いかけるフリをして便乗した実鳥。流石に、今は糖分を必要としていないのだ。


「ボクも、明日の撮影の為にロケハンするのであります。では失敬!」


桜もあさっての方向へと走り去って行った。


「おやおや、下の子達は元気一杯だねえ。おやつよりも、遊びが先なんだねえ」


到着した途端に、外へと遊びに行ってしまった孫達を、麻紀は穏やかに見送った。孫の元気な姿こそが、最高の土産だと言わんばかりに。


「そっか、あいつら電車で菓子を食いまくってたから腹一杯なんだな。遥、お前も運動しておかないと夕飯入らないぞ?」


「あ、アタシもこれから散歩しに行くとこだっての……」


「じゃあ、たまには私達と一緒にどう?はるるんとは、あまりじっくり話す機会ないからね~」


遥にしてみれば、梓の提案は意外であった。梓と剣の二人と一緒にいて、自分は邪魔者なのではないかと思うからだ。


「……まぁ、二人がそれで構わないってんなら」


高校三年生三人での、農村散歩が始まるのであった。





やっと祖父母が登場しました。

けど、次回のメインは高三ズ。

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