41話目 トラブルホイホイ
素晴らしき哉、日本の鉄道会社。
事故や悪天候がなければ、ダイヤが乱れる事なく電車が進む。
「外の風景、鮮やかな緑が増えてきましたね」
東京育ちで、自然に触れる機会が少ない環境で育った遥と実鳥にとっては、車窓から山の木々や澱んでいない河川を眺めるだけでも物珍しく、気持ちが上がるらしく表情を綻ばせている。
「ぐをおぉぉ……日光が、紫外線がぁ……灰になりそうなのですぅ……」
五月の紫外線レベルは、年間最強クラスだ。二十一世紀の日本の五月は新緑の季節ではなく初夏である。気温が三十度近くになるのもザラである。現役コスレイヤーで日焼け対策万全な桜であっても、悶え苦しむ強さの陽射しだ。
だが、景色を楽しむ事に夢中な遥達は気にならないらしく、桜は窓の遮光をしたくとも出来ずに我慢しているのであった。
「ま、まあトンネルも増えるでありますし……それまでの辛抱なのであります」
ブツブツと、遥と実鳥に聞こえぬように独り言の桜であった。
「さてと、桜姉さん御希望の冷凍みかんはなかったけれど、移動中のお菓子は旅行に必須だよね!」
小町は、自分のリュックの中から、上手に詰め込んでいた箱菓子を、窓際に次々と積み上げてゆく!驚異的な収納技術だ。
「定番押さえ好きな桜姉さん的には……不毛なきのこたけのこ論争したい?」
「いや、始める前に不毛とか言ってやるなよ小町。まあ実際、どっち派かになるほど、こーゆー菓子食ってねーからなアタシは。そもそも論争に参加無理」
「あれ?お姉ちゃん、どちらかと言えば甘党だよね?」
「バイト先でな、商品にならないロールケーキの端っことか、新メニューの試食とかさせて貰えるから、スナック菓子を買い食いする習慣ないんだよ」
実は、質の高い甘味を食べる機会が一番多かったりするハルにゃんでした。
「そうだったんだぁ……高校生になったら、私も喫茶店かファミレスでバイト……えと、私もあまり、お菓子は買わないかな?きのこもたけのこも、気にして食べた事ないや」
甘い物目当てにバイトを選ぶのは、動機が不純だと気付いたのか、実鳥は言葉を濁したのであった。
積まれた箱菓子の中には、きのことたけのこ両方ある。なので、小町は当然どっちも派である。
「ボクはなにかしら作業しながら摘まむ事が多いので、きのこ派なのですが……これだけ面子がいても議論にならないのであります……念の為、兄様と梓姉様はどちら派でありますか?」
ボックス席の四人とは対称的に、剣と梓は静かに……うつらうつらと半分夢の中であった。
剣さんは今朝も五時起きして愛犬のこだちちゃんと普段通りの散歩をしていたのである。その上、昼食を済ませて程よく腹も膨れて、電車の振動が心地よく身体を揺らし、睡魔さんが大勢仲良くしに来てくれているのであった。
梓は剣のその様子を幸せそうに眺めていたのであったが、釣られて眠くなってしまったのであった。
「……桜、何?」
「お休み中に申し訳ありませぬ。兄様は、お菓子のきのことたけのこ。どちらがお好みでありますか?」
「チョコの?……どっちも買わないなぁ……アル○ォート派かな、俺は……」
別の派閥が登場した。確かにチョコレートとビスケットだけれども!
「さっちゃ~ん、あずねえは……サンダー派です~」
それもチョコビスですね!
「……こまたんに言われるまでもなく、議論にすらならない不毛な議題であったのです……」
「でも、結論は定番通りのでしょ?どっちも美味しい!で」
「で、ありますな……まあ、一番好きなチョコ菓子を語るのであれば、ボクは小技が好きなのであります」
桜の発言に、小町達三人の頭に、?マークが浮かび、キョトンとしている。
「桜ちゃん?えーと……技じゃなくて……枝、だよね?」
「またしてもジェネレーションギャップ!平成二桁ガールズには通じぬネタだったのであります!」
そりゃそうだよね!転生前にやってたCMだからね!
「……まあ、アレだな。桜が変なこと言うのは逆に普通だな。てーか、こんなトコ置きっぱにしてたら溶けちまう。さくっと食べ比べしてみっか?」
「どうぞどうぞ、旅行の時くらいカロリー無視しましょう!」
「小町ちゃん、いただきまーす。アーモンドチョコ開けるね」
「ボクはじゃが○こを提供するのであります。これで甘味と塩味の無限循環なのであります!」
「……車内販売来たら、コーラだな。これが宴……」
和気藹々な干物妹パーティーが、ここに開催された。
過保護なお兄さんは空気を読み、文字通り目を瞑って夢の中へと埋没するのであった。
一方その頃、自家用車チームは昼食休憩に立ち寄ったSAにて、二時間経っても出発できずにいた。
その理由は、光の具合が悪くなってしまったからである。どうにも吐き気が治まらない為、現在日陰のベンチで休息しているのであった。
そして、美鈴が介抱に付き添っていた。
「ごめんね光さん。少し目を離したら……」
「謝らないで下さい。美鈴さんの所為じゃないですから……」
光が現在ぐでっている原因は、敏郎である。
食後、トイレに行くと単独行動した敏郎は、売店に立ち寄って購入した甲州ワインを、真昼のギラギラ輝く太陽の下で、つい立ち呑みしてしまったのである。
口からアルコール臭を放つ父親が助手席に座った途端、光は即座に体調不良を訴えたのであった。
取り敢えず、敏郎は翼と希に車から引き摺り降ろされ、前後からのラリアット……クロス○ンバーでお仕置きされたのである。
そして、敏郎は陽当たりの良いベンチに放置されている。
「まったく、困った父親だよね」
「嫌がらせなのか、素なのか……どっちにしても迷惑」
「おひるからおさけは、だめです!だめおとななの!」
双子と燕は、暇になってしまったのでSA周囲を散歩しているた。翼はシュバルツを、希は姫を抱っこして、燕はこだちのリードを握っている。こだちは剣にしっかり躾られたお利口さんなので、ちゃんと燕の歩くペースに合わせている。欲求に負けて駆け出し、人を引き摺るようなバカ犬ではないのだ!
シュバルツと姫も、車外に出て風を感じて気持ち良さそうである。二匹共、一応逃走防止にハーネスを着けられているが、抱かれ心地が最高なので、逃げるどころか、むしろ寝てしまいそうになっているのであった。
おもちだけ車内で留守番中である。熱中症防止に置かれたタオル巻き保冷剤をベッドにして御満悦な様子である。
「ばさねぇ、ぞみねぇ、おやつたべたい!」
末妹のリクエストに、翼と希は快く応えた。
「そだね、そこそこ歩いたしね」
「建物に入れないけど、外のワゴンかテントで買おう」
そして、翼と希はクレープ屋のワゴンで、とあるメニューを発見した。
「……信玄餅クレープ、だと?」
「見つけたからには、避けて通る訳には!」
信玄餅とは、一般的に小さな四角い容器に餅ときな粉が詰められており、付属の黒蜜と絡めて食べる山梨県のお土産物No.1銘菓なのである。
双子は迷わず、コレにした!
「やはり……和菓子に生クリームは……合う!」
「クレープ生地とも良き相性」
「くにゅくにゅ、うまー!」
一つのクレープを三人で仲良くわけあった。
「銘菓スイーツ、侮りがたし」
「イロモノかと思いきや、普通にいける」
「もっとたべたい!」
更なる甘味を求め、意気投合した姉妹達。だが、双子の前には現れてしまうのだ。空気を読まない連中が!
「おーっ!可愛い娘発見!君達どっから来たの?」
「何処までいくの?俺らと一緒しない?」
五人ばかりの若い男の集団に囲まれた翼達。もしかしなくても明らかにナンパである。
「しまった、気が抜けていた」
「どこでも湧く……G?」
ナンパ男に慣れっこな双子は、こんな場所でも?と辟易していた。
※ここから久々の脳内会話です。
(まず、死ねばいいと思う)
(格好から見てライダーだし、初対面相手の単車のケツになんて乗るとでも?)
(ちっちゃい妹とワンコとにゃんこが見えないんか?)
(それらを放っぽってホイホイ連いてく軽い女がお好みとか、程度が知れてる)
(そもそも、連休中に男だけでツーリングしてる時点でモテない宣言)
(尤も、どんなイケメンでも興味ない訳だが)
(こういったクズメンは相手しないに限るんだけど)
(楽しい時間を邪魔してくれた報いは与えねば)
(なにより、燕を怯えさせた罪は)
(万死に値する!)
※脳内会話終了
燕は双子お姉ちゃんズの背後に隠れて様子を伺っていた。普段怖いもの知らずなやんちゃお姫様であるのだが、知らない大人の男に囲まれる経験はなかったので、流石に強気ではいられなくなってしまったのである。
そう、双子の目前で妹を怯えさせてしまったのである。もし、この場に剣がいたとしたら、男達は問答無用で救急車のお世話となる身体にされていたであろう。
それは、男達にとって幸いであったかもしれない。
双子は男達をまるっと無視して背中を向けて、おどおどしている燕の頭を、二人でしゃがんでナデナデし始めた。
「怖かったかな~?だいじょぶだよ、ばめた~ん」
「やだよね~。あんなにくっさい人、家にはいないもんね~」
とっても透き通った、周りの人々に聞き取り易い大きな声で、平然と野郎共をディスッた翼と希。ボーカリストとして培った技術と実力の無駄遣いである。
突然、怖い人やら臭い人扱いされた男達は、当然ながら怒り心頭である。……実際、とても臭かったりはするのであるが。
「いやもう最悪だよねー!煙草吸ったままヤニ臭い口臭撒き散らしてナンパするとか不快でしかないっての!」
「しかもこっちは幼児に動物連れなのにね!受動喫煙が体に悪いなんて日本人として知ってて当たり前の常識だろっての!」
そして、双子の怒りは男達の比ではない。聖家に転生してじきに十六年、その間二人はずっと剣を見てきた。何があろうとも妹の敵に対して妥協せずに叩き潰す生き様を。だから双子も当然抱く、妹の敵に対して情け容赦無しの怒りを!
「更に何?男だらけのツーリングで女を現地調達?最初っから連れてこれてない時点で負け組なんですけど!」
「ヤダヤダ!バイクに夢見すぎだよ。きっと、女の子と二人乗りして背中におっぱい密着する妄想をバイクに乗る度してるんだ!……ダサッ!」
「ナンパするなら明らかに待ちしてる娘を狙えっつーの!あぁゴメン。それが解らないから非モテなんだね!」
「精々良いバイクに乗るがいい。どうせ、お前達のような下らないオスは安っぽいメスにしか乗れはしない」
「てかさ、二人を五人でナンパとか絶対輪姦目的でしょ。お巡りさーん!ここに性犯罪者がいまーす!」
「もしかして、燕までナンパの対象?変態!近寄るな!」
反論を許さぬ言いたい放題毒舌乱舞に、周囲に集まって来た野次馬が、双子のわざとらしい言い分に笑い半分共感半分で、変態性犯罪者扱いにされたオス共を憐れみや蔑みの視線で貫いている。
公衆の面前で、事実無根……かどうかは定かでないが、不名誉なレッテルを千社札の如く貼られて、五人組は今すぐこの場を離れたい者と、こうまで言われて黙ってられるかと怒りを露にしている物とに二分されていた。
「や……やべえって、これ以上関わっても碌な事にならねえよ。もう、行こうぜ?」
「こ、こんだけコケにされて、引き下がれってか!?」
「だからって、こんなに人目があったら腕ずくって訳にも……」
どうやら、人目が無ければ強引な手段にでる輩であったらしい。
「燕~、将来あんなタイプのクズのお嫁さんになっちゃ駄目だからね~」
「難しいけど、おにーちゃんみたいな強くて優しくて格好いい婿を見つけるんだよ~」
「あい!ばめはにーたんだいすきです!」
最早、三下野郎共は双子の眼中にない。野次馬を召集した時点で、勝利は確定したも同然なのである。
とゆうか、シュバルツと姫がずっと大人しく抱っこされていたり、こだちが吠えたりしていない時点で、こんなのはピンチにもなり得なかったのである。
動物達は解っていたのだ。コイツ等、ご主人様より格下だと。
ガン無視されて、五人組の中でも一番マッチョな男が、溢れる怒りを抑えられずに腕を振り上げた。
……それが、男達の運命を決定付けた。
「私の妹達に、何してくれようとしてるのかしら?」
振り上げられた腕は、背後から手首を掴まれて動くことを許されない。それどころか、骨が粉砕されそうな握力で締め上げられ、男は激痛により涙ながらに泣き叫んだ。
驚くべきは、大の男を臆面もなく悲鳴を上げさせているのが、長身で黒髪ロングの、涼やかな笑顔をしたスレンダー体型の目を見張るような美女であったことである。
事実、ギャラリーの目は、その美女――聖家の最強お姉ちゃんである光サマに奪われていた。
「あの人……凄く綺麗……」
「妹達って言った?……なにこの超美姉妹」
「あれ?あのお姉さん……何処かで見覚えが?」
騒ぎが大きくなれば、当然近くで休んでいる光達もそれに気付く、双子が大声で男達を罵ったのは、物理的最強兵器を召喚する為でもあったのだ。もし、光が気付かなかった場合は、自分達で排除する算段ではあったが……光を呼ぶのが、現状で安全確保の為の最善であり、報復手段だと判断したのである。
「燕!」
「あ、ママ……どしたの?」
光と共に騒ぎを聞きつけやって来た美鈴の表情は、娘を心配して青ざめていたが、当の娘の方は、既に全く危機感を持っておらず、反対に母親を気遣う始末であった。
その様子に野次馬達からは、ほっこりした空気が漂ったのだが、家族に不安を抱かせた暴力男には、長女様からの報復が与えられることとなった。
光は男の腕を、じわじわと捩りあげてゆく。見る者を魅了する素敵な笑顔を崩さずにいるが、その心中では憤怒の嵐が吹き荒れている。
ただ、最近の自身の行動を反省している為、あくまで冷静に、静かにキレていた。可能な限り穏便に、妹達の安全を確保した上で、これ以上旅行の行程が遅れないように思考を巡らせていた。
だが、体調が完璧ではない光さんは、とある理由で握力を緩めてしまい、男を拘束から自由にしてしまった。
「うっ……酷い臭い……これだからヘビースモーカーは嫌なのよ……ああもう!手がヤニ臭くなっちゃったじゃない!」
つわり中で、普段は平気なアルコール臭にまで拒絶反応してしまう状態では、煙草の臭いは異臭でしかない。そういった生理的に、ニコチンで燻されたジャケットを纏っている男との近距離接触は限界だったのである。
かくして、腕の骨を粉砕される寸前、筋肉を捻切られる寸前の激痛を味わった男は、解放されたのをいいことに、そそくさと逃げ出し……てれば良かったのだが、見た目が明らかに弱々しい細身の女に公衆の面前で情けない姿を晒されたことによって傷つけられた自尊心からか、言ってはならない負け惜しみを口にしてしまったのであった。
「ち、畜生!よくもやってくれたな!この貧にゅ」
最後まで言わせて貰えず、男の体が宙を舞った。
「……セクハラは言葉の暴力。だからこれは正当防衛……異論は認めない」
NGワードを発してしまった男に対して、情状酌量の余地は一切ない。断じてないと言わんばかりのアッパーカットが炸裂した。恐らくこの一撃で、男の歯並びは崩壊したことであろう。
光の表情は、穏便に済ませようとする考え何処行った?な感じで、冷酷な鬼女の如く鋭い目付きに変貌していた。その、獲物を探すような視線に射ぬかれたナンパ男達は、完全に怯えきり、顎を砕かれ気絶した仲間を抱えると、一目散に光から逃げ出したのであった。
「流石お姉ちゃん。一撃必殺」
「胸への蔑みが家族愛を上回った……解せぬ」
「いや、色々重なったからよ?断じてコンプレックスだけが原因じゃ……てか、貴女達でどうにか出来たでしょ……」
「燕とアニマルズの安全第一」
「故にこれが最善策」
目的達成の為には、姉を利用することも辞さない双子に、光は苦笑いするしかない。結果的に、聖家の誰も怪我一つしていないのだから。……むしろ、光が頭に血を昇らせて敵一名を負傷させてしまった事だけが、双子にとっての計算外だったのだ。
本来は、大衆の面前での罵倒による自尊心崩壊と、圧倒的な武力による恐怖を植え付けての戦意喪失を狙っていたのだが、光の堪忍袋の緒が、想定以上に細かったのである。
余談
善意の市民による警察への通報があり、光さん達は事情聴取の為に、お祖父ちゃん家への到着が更に遅れる事になりました。
しかし、お咎めは一切無く、むしろ後日感謝状まで贈られる事になった。
どうやら、件の五人組は傷害や強姦で訴えられていたそうな……
図らずも、犯罪者の逮捕に協力してしまったのであった。それが元人気モデルであったりしたので少々話題になったりするのであるが……それはまた別の話である。
ご都合主義ばんざーい……な回でした。
旅したくなってきた。
次回は目的地到着します。




