40話目 帰省旅行に出発
五月編開始!
まったりいきま~す。
高速道路を西へ向けてひた走るワンボックスカーの助手席で、聖家の大黒柱?である敏郎は、ムスーッと不機嫌面で窓の外を眺めている。
「お父さん、そろそろ機嫌直してくれない?」
運転席に座る光からの問い掛けに、敏郎は振り向こうとしない。それは無理からぬ事。何故なら、光が不機嫌の原因であるからして。
理由は勿論、交際宣言すっ飛ばしの、妊娠及び婚約報告である。娘を溺愛している親馬鹿父さんとしては、娘に、それも最も長い時間を共にしてきた長女に蔑ろにされた気分で、腹立たしく悲しい気分で、拗ねるしかないのであった。
「こうなるのは、仕方ない」
「おとーさん、家で一番大人気ないし」
車の後列座席から、翼と希の冷やかな指摘が光と敏郎、各々の耳に刺さる。ほんの僅かに車が蛇行した。
「ひ、光さん!危ないから運転に集中して!」
「ひゃはー!たのしー!」
中列座席には美鈴と、チャイルドシートに固定されてる燕。現在車内には、他に聖家アニマルズが乗車している。こだちは双子と共に後列に、猫達は移動用バックの中だったりシート上や人の脚の上等で寝転んだり、車窓から外を眺めたりと、気ままに過ごしている。
車内にいないメンバーは、別ルートで目的地を目指している。
本来であれば車二台に分乗しての移動の筈だったのだが、敏郎の足が完治していない為、他に自動車免許を所持しているのが光だけなので、車が一台しか出せなかったのである。
二泊三日の家族旅行の間、家には誰もいなくなるので、当然ペット達も同伴である。知り合いやペットホテルに預けるといった選択肢は聖家には無い。なので、全員で数日間家を空ける際には車での移動が必須なのである。
「おねーちゃん、次のSA寄ってー」
「SAと道の駅はマイカー旅行の醍醐味だね」
旅行満喫中の双子に対し、光の方はそうもいかない。
先日、帰国した敏郎達を空港まで迎えに行った際、響への報告忘れを踏まえて、紹介するのは早い方が良いだろうと、明良を連れて行ったのだが、明良を一目見た瞬間から、敏郎はあからさまにむくれてしまい、光とマトモに顔を合わせようともしないのである。
しかも、現在ここには光が世界で一番頼りにしている弟がいないのである。翼と希は光の結婚に賛成してくれてはいるが、光が困っている状況を愉快犯的に楽しんでもいるので、敏郎との仲直りには協力してくれそうにはないのだった。
(こういうのを、身から出た錆びっていうのかしら?)
光は、感情任せに行動した結果については一切後悔してはいないが、周囲への配慮が欠けていた事は反省していた。特に、諸々の告白後から小町が笑顔を見せなくなったり、桜から避けられたり、その所為か実鳥に余計な気を遣われている気がしていたり……
初めてのつわりで、激しい嘔吐感と倦怠感を味わった事により冷静さを取り戻し、自身の行動や言動を省みると、家庭内での自分の株価が暴落しているのではないかと思ったのである。
(……何度も母親の妊婦生活を補助していたのに、つわり対策を怠っていたとか、明らかに呆けてたわよね)
食事を小分けにして摂るなどして対処したことで日常生活に支障はなくなったのだが、体質変化により食に対する嗜好の変化も困り事であった。
「それじゃ、私は車で留守番してこの子達見てるから、何かあっさりさっぱりな味と匂いなものをお願いね~」
昼過ぎ。山梨県のSAに到着し、一行は昼食休憩をすることにした。アニマルズを車内放置するのは紛れもなく動物虐待になるので光が留守番役を買って出た。
それと言うのも、SA内は今の光にとって鬼門だからなのもあるからだ。
売店からの中華まんや揚げ物の、フードコートからのラーメン等の香気は、光にとって吐き気を誘発する物に他ならないのである。
なので、猫が脱走不能な程度に窓を空けて、後列座席に移動してゴロ寝しながらアニマルセラピーで癒されているのであった。
「どうやって、お父さんの機嫌直そうかしら……?」
絶大な癒し効果を与えてくれるモフモフ達ではあるが、人間同士の問題に解答を与える事など出来る訳もないのであった。
「特急あずさに、梓が乗車した~」
「はいはい、お約束が済んだら、大人しく座ろうな」
光達マイカー移動組を除く六名は、新宿―松本間を結ぶ特急電車『あずさ』に乗車していた。通常聖家の旅行では自家用車を利用する事が多いので、ちゃんとした座席のある電車での旅に、若干テンション上がり気味な者もいる。
特に、今回初めて特急電車に乗った遥と実鳥は、ソワソワと落ち着かない様子である。逆おのぼりさんだ。
「そうだ、折角だし――あ、あった」
剣は、遥と実鳥の前の座席にあるペダルを見つけると踏みつけ、ぐるんっ!と座席を半回転させて向かい合わせた。
「えっ?」
「回転すんのか?」
基本的に、新幹線や特急電車は座席が進行方向を向いている。終点からそのまま折り返す事があるのも関わらず。それは、僅かな清掃時間内に清掃員の皆様が座席を半回転させて向きを反対側に向けてくれているからなのだ!
「席をこうしてボックスタイプにするのはグループで席を四つ使用している場合以外はマナー違反になるから覚えておいてくれよ。こっちには、桜と小町に座って貰おう」
剣はそう告げると、遥達と通路を挟んで反対側の、既に梓が窓側に位置取っている隣の席に座った。
剣が座ると、梓は空かさず身体を寄り添わせた。
「えへへ~、密・着!」
「……それは構わないが、周りに一般の方もいるから声に出すのは自重しような」
何時でも何処でも平常運転な梓ちゃんと、同様に冷静に対応する剣くん。周りの一般乗客(主に男性)視点では少々イラッとするやり取りなのだが、見慣れている家族にとってはむしろ逆なのであったりする。
「私、剣さんと梓さん見てると、ほのぼのするようになっちゃったな~」
「アレで、アネさんより現実見えてたってのが不思議でならねぇ……」
光と対称的に、梓の株価は上昇傾向にあった。……元々が低かったからでもあるが、暴走した光をビンタで諫めた件により、実鳥から伝え聞いただけの遥にも見直されたりしているのだった。
「……はるるん、私はずっと現実見てます!けんちゃんの傍で幸せに生きてゆける未来を常に模索してるだけだもん!」
「薮蛇った……つか、桜と小町遅くね?出発時間、そろそろじゃねーか?」
急な話題転換ではあるが、現実的に手元の時計で発車時刻まで一分を切っていた。
二人は、買い出しに行ったきりである。
「列車の旅、丁度昼時、駅弁を買うのは赤いのが三倍速い以上に当然の流れなのであります!」
とか言って、小町を伴って駅弁求めて三千里なのであった。
「こんな機会でもないと、駅弁なんて食べないからなあ。車内販売で買うのも旅っぽさがあって良いと思うんだが……」
「車内だと売り切れたらそれまでだもんね。それにしても……心配になる遅さだね。こまたんが一緒なのに、どうしちゃったんだろ?」
その時、発車を告げるメロディーが鳴り響いた。
「……戻ってこないね?」
「マジで乗り遅れたか?」
「さっちゃんらしいっちゃらしいけど……」
「切符は持たせてるから、最悪後発の自由席には乗れるが」
四人ともケータイを確認してみたが、何も着信してはいなかった。
「……何故、連絡が無い?」
「まさかと思うけど……誘拐?」
「こ、怖いこと言うなよ梓。小町は当然ながら、桜だって黙ってりゃ美少女なんだから、有り得て怖い」
「わ、私、桜ちゃんに電話してみる!」
事前に教わっていたマナー通りに、通話のため車両乗降口前のデッキへと向かおうと立ち上がると、客席出入口のドアが開いて、汗塗れでくたびれた顔をした小町が現れた。
「小町ちゃん!?」
「あ、実鳥義姉さん……遅くなって、ごめんなさい」
小町はそのまま、空いてる座席に身を任せるように腰を下ろした。……相当御疲れらしい。
「こまたん、さっちゃんは?」
「この電車には乗ってるよ。……ただ、自由席の混み方が半端なくて……お弁当潰さないように注意しながらだから……」
一同、取り敢えずほっとして息を吐く。どうやら、他の車両から乗り込んだはいいが、中々ここまで辿り着けなかったらしい。
小町から遅れる事数分。六人分の駅弁を抱えて、桜が無事(?)に到着した。眼鏡が斜めになっているのはお約束だ。
「も……申し訳ありませぬ、兄様……」
「まあ、乗り遅れなくて良かった」
「ボクには、電車旅の定番である『乗り遅れる』を実行する勇気と度胸がなかったのであります……」
「そっちかよ……ウケ狙いでそんなことしやがったら、お前のスマホを瓦割りして、ノートパソコン水に沈めて、P○4を売り飛ばして、ネット世界から遮断してやるからな?」
「ノーサンクスであります!絶対にやりませぬ!」
満員電車で揉まれた以上に、大量の冷や汗を流して、敬礼で返答した桜。リアル転生者で魔法使いである剣は桜にとって憧れそのもの。決して理不尽な命令などしない理想的な兄でもある。
そして、本気で怒らせると光よりも恐ろしいのだ。
故に、絶対服従なのである。
「桜ちゃん……そんな冗談ばっかり言ってるから、笑いの神様にストーキングされてるんじゃない?」
「うぐ!?……し、しかし、定番ネタを避けて通るのはヲタ道求道者としての誇りと使命感が……」
「いや、ワザと乗り遅れるのは定番じゃなくね?むしろ、定番に対する冒涜で邪道にならん?」
「ふぬぉ!?は、遥義姉様に厳しい指摘を頂く日が来ようとは……あまりに的確で口応え出来ぬであります……」
桜は荷物棚に駅弁の入った袋を置くと、やり込められた感を隠せない様子で、小町の隣にしょんぼりと座った。
そこに、実鳥から当然の疑問がぶつけられた。
「それで、どうしてギリギリまで遅れたの?お弁当屋さん、そんなに混んでた?」
「んーとね、混んでたのはあるんだけど……桜姉さんが欲張ったとゆうか……定番に拘り過ぎってゆうか……」
「冷凍みかんを探していたら遅くなったのであります。……見つかり、ませんでありましたが……」
「……さっちゃん、それって定番なの?」
真顔で質問した梓に、桜は苦悶の表情で頭を抱えた。
「ぐぼおぉ……平成世代とのジェネレーションギャップぅぅ!」
「いや、お前の方が若いだろっての?転生者キャラ、しつこくてウザい」
何はともあれ、電車組も無事に出発したのであった。これより、二時間半程の電車の旅である。
そして早速、駅弁の定番であるシウ○イ弁当を食すのであった。焼売でなくシ○マイである。ここ、大事なので繰返しました。
あずさなら、峠の釜飯も定番。
次回も車内の話。




