39話目 双子がバイトにやってきた
四月末、ゴールデンウィークが始まり、客商売は繁忙期である。
それは、にゃんこ様と遊べて、可愛らしい猫耳と尻尾を着けた女の子達に健全な御奉仕をしてもらえる『29Q』も例外ではない。
あまり遠出をしたくない猫好きファミリーや、連休中のイベントの為に上京してきたヲタ戦士達で店内は大変な賑わいであったのだった。
「いやはや……メイドカフェをググって偶然見つけてから来てみたかったのですが……可愛いメイド様ばかりで素晴らしいですな同志よ!」
「誘ってくれて圧倒的感謝!メイドは勿論ながら、自分はリアルにゃんこも大好きです!モフモフは正義!」
「しかしながら、けしからぬ!くつろぎスペースにいる双子っぽいロリ巨乳メイド!……明らかに、他のメイド様より露出度が、肌色面積の割合がっ!」
店内ルールを守れる行儀の善いヲタ戦士達の凝視する視線の先には、長い黒髪をツインテールにして、猫耳カチューシャを装備した、通常の『29Q』メイド服よりもかなり胸周りが大きく開いた特注品を身に着け、背格好に不釣り合いな、服から零れてしまいそうな見事な曲線を描く二つの胸脂を揺らしている、全く同じ顔をしている二人の美少女が、来店されているお坊っちゃまやお嬢様を相手に、猫との正しく上手な触れ合い方を御教授していた。
「猫さんは怖がりなので、走って追いかけたら駄目ですにゃぁ~。みなさんも、知らない大人に追いかけられたら怖いでにゃん?」
「同じように、正面から頭を撫でようとするのも止めてあげてにゃん!目の前がいきなり暗くなったらびっくりするにゃ?始めは背中から撫でてあげてね。仲良くなったら、頭も撫でさせてくれるんにゃ!」
二人の説明が正しい事を証明するかのように、猫達は二人に軽く撫でられただけで、仰向けになって寝転んでいた。
弱点であるお腹を晒して撫でられているのは、大半の動物にとって完全にリラックスして敵意がゼロの証しである。
その様子を眺めるヲタ戦士達。
「ああう!自分もお腹をサスサスされたい!」
「あの豊満なお胸でギュッとしてもらえるなら、一生猫になる呪いをかけられても構わない!」
「来世は、美少女のペットに転生キボンヌ」
そして、店内を忙しく動き周りながら、横目に二人の美少女メイドの働きぶりを確かめるハルにゃんは……
「アイツ等……すっかり馴染みやがって……」
少しばかり御主人様に見せられない程度に顔を歪めて、誰にも聞かれないように愚痴を溢していた。
二人のネームプレートには〝見習い〟と共に『キャバサ』『のぞみゃん』と表記されている。その正体は言わずもがな、ハルにゃんの義妹である翼と希の双子である。
「いやぁ~、臨時バイトお願いして大成功にゃん!にゃんことお子様のお世話はお手の物にゃんね。その上キュートなルックスに我儘ボディ!そしてプロレベルなサービス精神!あくまで臨時なのが惜しいんにゃ~!」
さにゃえメイド長はホクホク笑顔で千客万来な店内をスイスイ動きまくっていた。
高さ40㎝はあるゴールデンウィーク限定のゴージャスなパフェをトレイに三つ乗せて、それを両手にそれぞれ持っているのに、バランスを崩さず、淀み無い流水の如き優雅な仕種で御主人様に配膳してゆく。
見た目子供なメイド長の怪力無双振りが、或いは『29Q』最大の人気要因なのかもしれない。
「お母さん!あのメイドさん凄いの!ちっちゃいのに、おっきいデザート沢山運んでるの!」
「あらそう?……えぇ!?あんな小さな娘が?ど……どうなってるの?小学生じゃないの?」
どうやら一見さんらしい。騒がれる前に、ハルにゃんはすかさず更なる驚愕をもたらす真実を御説明した。
「あの方は当店のメイド長ですにゃあ。因みに小学生ではなく、あれでも三十代半ばにゃんです。設定ではなくトゥルースですにゃあ」
「嘘でしょ!?私より年上?……あんなにお肌ツヤツヤしているのに?メ、メイドさん!是非、メイド長さんの美容法を教えて下さい!」
「……本人は「可愛いにゃんこと女の子達に囲まれたストレスフリーな生活が美容と健康を保つコツだにゃん!」と申されていましたにゃあ」
「……ここに通えば、私もアンチエイジング出来るかしら!?」
「……保証は、出来ませんにゃん」
猫でもメイドでもない、第三の客層が出来そうである。
……さにゃえメイド長が特別なだけだろうと思うハルにゃんであった。
「あっという間に昼休みだね」
「二時過ぎだけどね」
「……バイト初日で緊張してないとか考えられねーよ……」
昼休憩中、賄いの『29Q』特製猫まんまチャーハンをいただきながら、三人は雑談していた。
「鰹節がいい風味出してる」
「ギョニソ使ってるのが裏メニューな感じ」
本日のメイン具材は魚肉ソーセージだが、ツナ缶やカニカマの日もある。鰹節は猫まんまである以上外せないそうな。葱が入っているのでリアルにゃんこは食べられないが。
「てか、いきなりだもんなぁ……バイトするなんて、一言も聞いちゃいなかったのに」
開店準備中に、さにゃえから突然臨時のバイトが従業員に紹介されてみると、双子の義妹だったのである。
春休み以降、度々店に来てはいたが、バイトをするなんて遥は全然知らされていなかったのである。
「それは単純」
「言ったらつまらないから」
「だろうとは思ったけどさ……メイド長も教えてくれなかった訳だし、いや、高一とグルになって悪戯するとか、心まで若過ぎるわメイド長……」
双子が現れた時のハルにゃんの動揺を見て、さにゃえが〝してやったり!〟な表情をしていたのをハルにゃんは見逃していなかった。
「つか、本当に入り浸るようになったよな?こないだもバンドのメンバーだったか連れて来やがったし」
「その事なんだけど遥ちゃん」
「姉御達が店を気に入ったので、今後は打ち合わせで多用する事になるかと」
「……あー、うん。もう今更だわ。好きにして」
最早、知り合いにメイド姿を見られても気にならない。ハルにゃんは羞恥心を克服したのだ!
「そういや、明日中には母さん達帰る予定だったな?」
敏郎の負傷により仕事が遅延した為、少し遅れての帰国である。
「お父さん、まだ足が治りきってないらしいけどね」
「この時期に信州行くの、楽しみにしてるから」
行き先は敏郎の二人目の妻である夕樹の実家である。夕樹との再婚後から長期休みに度々帰省で訪れているのだが、夕樹が亡くなってからもそれは継続していて、美鈴との再々婚後も、ゴールデンウィークには家族全員で訪ねるのが聖家の恒例行事なのであった。
「ま、何気にアタシも楽しみだけどな。初めてん時は場違いで邪魔者なんじゃねーかと思ってたけど、ジーさんもバーさんも……なんつーか、アタシの事を孫扱いしてくれっし」
照れながら、ツンな感じを醸し出す遥に、翼と希はニヤニヤ顔で追い撃ちをかける。
「むしろ、可愛い孫娘が増えたと喜んでる」
「御近所さんに自慢しまくってた」
「いや!可愛いのは実鳥でアタシじゃねーだろ!?アタシなんか、目付き悪いメイクしている不良だし!」
慌てふためき否定する遥。どうにも、素で『可愛い』扱いされるのは苦手なのである。
それに対して、双子は胸の前で腕を組んで、コクコク頷きながら、遥の言に納得しているような素振りを見せながら。
「私も以前はよく解ってなかった。おじーちゃんが遥ちゃんの事を「無理に突っ張ってる感じが可愛い」とか言ってたのが」
「おじーちゃんが本質を見抜ける人だと最近気付いた。何故なら、私達は『ハルにゃん』に出会ってしまったから!」
現在の遥は、自身の『可愛い』を否定していい姿をしていない。何処からどう見ても、可愛い猫耳メイドさんだからだ!
「そ……それ言ったら、お前等の方がよっぽどだろうが!」
「それは知ってる」
「可愛いですけど、何か?」
双子は互いに、自分達が驚異的に可愛いと自覚している!可愛いと言われて謙遜なんてしない!只の客観的事実でしょう?としか思っていないのだ!言われて当然、そこに喜びもなければ照れも無し!
「因みに、メイド服(改)を着用しているのは、こっちの方が私達の魅力をより発揮出来るから」
「カチューシャなのは、臨時なのでウィッグが間に合わなかったからなのと、黒髪ツインテに黒猫耳が至高の組合せだから」
「可愛さアピールいらんから……いや、だからな?アタシが可愛いかなんて、どーでもいいことだろっての」
「?自慢出来る身内が多いのに越したことはない」
「遥ちゃんは、もう少し身内自慢の楽しさを知るべき」
それは無理な相談である。何故なら遥は友達がいないから。学校では、ぼっちだから!
「悪いな、自慢なんて出来ない家庭育ちなもんで。むしろ、身内の所為で小学生の頃はクラスでハブられてたもんで。いや……まあ、言ってもどうにもならねんだけど」
遥は、美鈴が敏郎と再婚する以前の事を多く語った事がない。不幸自慢は格好悪いとゆう考え方をしているからであり、なにより、自分だけでなく実鳥の心の傷を晒す事になるからだ。
それに加えて、話せていない理由がある。
美鈴が再婚する少し前に知った聖家の経済レベルから、かなりの引け目を感じていたり、敏郎の子供達を苦労知らずのガキだと内心馬鹿にして敵視してもいたからであった。
それが誤解であったと、生活を共にしてゆく内に気付かされた訳ではあるが……つまりは、今更過去を話すなんてバツが悪いと思っているのだった。
「……ま、なんだ。ジーさんがアタシなんかを自慢して喜んでるなら、お役に立ててなによりだな!血が繋がってる訳でもねーのに、孫扱いしてくれるなんて申し訳ねー気にもなるが……」
「……それこそ今更だよ遥ちゃん」
「てゆーか、十人中七人が繋がってないから」
実孫なのは、梓・桜・小町の三人だけである。
「まあ、私達にとっておじーちゃんとおばーちゃんは、あの二人しかいないんだけどね」
「実の祖父母は、お姉ちゃんが生まれるよりも前に全員お亡くなりでしたので」
「それは、アタシもだな。母さん、実家から勘当されてるらしいし。アイツも……似たようなもんだったしな」
苦々しい顔をした遥に、流石に双子も察して、話題を変えるべきだと判断した。
「遥ちゃんは、あっち行ったら何する?」
「私達は、例年通り川遊びするけど」
「……のんびりしたい。畑や水田を眺めつつ、アイスをかじりながら散歩出来たら最高」
「二十一世紀JKとは思えぬ色気ゼロな連休にゃ」
いつの間にか、足音もなく忍び寄っていたさにゃえメイド長。遥は勿論、双子も気配すら感じていなかったので、体がビクッと反応した。
「ふっ……猫耳メイドたる者、忍び足は固有基本スキルにゃ」
「メイド長しか会得していませんにゃ!てゆうか、気配遮断系のスキルも発動させてないかにゃあ?」
咄嗟の突っ込みでも、猫語の語尾を付け忘れないハルにゃん。さにゃえメイド長の教育の賜物である。
そして、そんな見事な突っ込みをスルーしちゃえるのがメイド長クオリティー。
「ニャバサん、のぞみゃん、昼前は見事な御奉仕でしたにゃん。この後もいけますにゃん?」
双子は表情をキリッと正し、胸を張って答えた。
「当然、給料分は働かせてもらう」
「メイド服(改)のお礼も含めて」
メイド服の礼。そのワードにハルにゃんはふと、あることに思い至った。
(そういや、あの際どい改造メイド服は、メイド長が用意したんだったな。こないだの誕生日パーティーに、メイド長が来てたら狂喜乱舞してただろーな……!?いや待てよ、何の為に、誰が着るかを知ってた訳だよな?)
「そう言えば、副報酬がどうとか……翼、希、まさか……パーティーの写真とかを……メイド長に?」
双子は、シンメトリーな見事な動作で、プイッとハルにゃんから顔を反らした。その動作だけで、ピクチャーの横流しを自白しているのは明白だった。
更に問い詰めようとハルにゃんが立ち上がると、背後からさにゃえがハルにゃんの肩に、ポンと手を置いた。
ハルにゃんが振り向くと、さにゃえは菩薩のように慈愛に満ちた微笑み顔で――
「安心するにゃ、個人的な趣味のアルバムに保存して、ネットの海に拡散なんてしてないにゃ。……ええもん、見させて戴きましたにゃ。後日、スタッフ皆と鑑賞会の予定にゃ!」
「皆って……キッチンスタッフの男も含めて?……やめてー!」
取り抑えようとするハルにゃんを、さにゃえは野良猫の如くひょろりと避けると、あっという間に休憩室のドアまで待避していたのであった。
「姉妹水入らずに邪魔したにゃーん。あ、信州のお土産物は生蕎麦と安曇野のワサビとイソゴローの七味なんかだと嬉しいですにゃ!」
土産の催促だけして、さにゃえは去っていった。
「……イソゴロー、善光寺にあったね」
「最終日に、寄る?」
「長野県なら何処の土産屋にもあんだろ……てか、お前等がここに来るようになってから、ずっと弄られキャラだよアタシ……」
ボヤきつつも、忙しい連休中に三連休を取らせてくれるメイド長や先輩スタッフに感謝しかないハルにゃんなのである。
「それはそれとして、実鳥や小町の写真まで横流しした件については、じっくり話し合うべきだな?」
「いや、それこそ妹自慢なだけなので」
「出来の良い妹は誇りでしかないから」
明らかに正当性は遥にあるのだが、悲しいかな凡人である遥は天才的な双子に口では敵う筈もないのである。
そもそもな話。双子には『遥との会話の時間を増やす』とゆう目的もあったりするので、遥は目論見にまんまと嵌められていたりするのであるが……
遥はそれに気付かず、休憩時間一杯を双子との会話に費やされるのであった。
休憩室外の廊下、そのドア脇にて、さにゃえは室内の会話に聞き耳を立てていた。去った振りして、得意の忍び足で直ぐ様リターンしていたのである。
「ハルにゃんは本当に、良い家族に恵まれたんにゃあ」
可愛い子ほど弄りたくなる。いい歳なのに、まるで思春期の困ったちゃんな性格である。
「天の声、五月蝿いにゃ(怒)」
……えーと、失礼しました。
よーやく四月終了。
一年分書ききるには、約五百話……
考えるな、落ち着いていこう。
次回からゴールデンウィーク帰省。




