38話目 鼻血はギャグキャラの証明
「確か、そこの教室の筈だけど……」
昼休み、食事を終えた実鳥達三人は、二年生の教室前までやって来ていた。現在、廊下の角に隠れながら桜の教室付近の様子を伺っている。
「やっぱり、上級生の教室へ入るのって、勇気がいるよね?」
「でも、ここでこうしてても時間がなくなるだけだし、案外目立ってるかもよ?」
「せやね~。都合よく、桜ちゃんセンパイが出てきてくれたりはせぇへんやろし、今のウチら挙動不審者やんなぁ。こんなん、憧れの先輩を出待ちする気弱な恋する乙女キャラやん」
夏彩の例えに、それはそれでモブキャラ的で目立たなくていいかもと実鳥は思った。
「……こうしてても、意味無いよね。いこう」
こそこそと忍び足で教室の入り口へ近づくとゆう無意味な行動をする実鳥達。
そして、音を立てないように教室の引き戸をゆっくりずらして、室内の様子を伺ってみると。
「ですので!漫画・アニメの実写化は原作への理解度が重要なのであります!ストーリー改変は尺の都合上涙を呑むとしても、キャラの性格や関係性を弄られるのは我慢出来ないのであります!まぁ、実写がどれだけコケても原作には影響しないから良いのです。問題は、ラノベ作品のアニメ化がコケた場合なのでありますよ!原作ファンよりも多くの人間が作品にマイナスイメージを抱く事になってしまうからであります!」
通常稼働している桜がそこにいて、男女織り混ぜなクラスメイト数名に囲まれていた。
「うん。いつも通りの桜ちゃんだ」
「家でも学校でもあのテンション?」
「裏表無い方なんやな~。堂々としてはるわ」
三人縦並びで扉の隙間から教室を覗いていたのだが、夏彩と星和が前のめりになり、実鳥の背に二人分の重量がのし掛かり、勢い余って戸を開いてしまい、そのまま三人うつ伏せでホットケーキのように重なり、滑り込むように倒れこんだ。
「きゃんっ!?」
「わわっ?」
「あやや~?」
入り口付近の机を巻き込んだ為、教室内に、ギギギィ!と、机や椅子の足が床と擦れた音が鳴り響いた。
生徒達が異音の源を確認すると、床に三段重ねでJCがうつ伏せで倒れている希少な光景が出来上がっていた。
実鳥は、有り得ない登場をしてしまった羞恥心から精神的に、女子とはいえ二人分の重量によって物理的に起き上がれず。
星和も緊張から固まってしまい。
夏彩は……キョロキョロと教室内を見回した後、どういうわけか星和の背中の上で正座をすると、恭しく御辞儀をした。
「お騒がせして申し訳ありません。何分、中学入って初めての上級生の教室への訪問ですんで、おっかなビックリなってしまいましてん。どうか、堪忍してな~」
なんとも、場違いに落ち着いた謝意の表現に、教室内の二年生達の間に〝ヤバイ下級生が来た!〟空気が漂い始めた。
「いや、上に乗ってる子マイペースがパネェ」
「なんだろ……あんな感じの……亀の上に亀が乗ってる置物見たこと無い?」
「つか、スラ○ムツリーじゃん?」
「いっちゃん下の子生きてる?」
「腕で顔ガードしてるから生きてるでしょ。きっと、恥ずかしくて動けないんじゃない?」
「やれやれ……何はともあれ助け起こすでありますよ……」
誰よりも先に、ジェット○トリームアタックに失敗したみたいになっている下級生に手を差しのべたのは桜であった。
夏彩、そして星和を立ち上がらせ、その下でうつ伏せている人物の背格好が露になると、桜の表情が激しく戦いた!
「み……実鳥たまー!?な、何故?だ、だ、だ……大丈夫でありむぁすくわぁー!お気を確かにー!救護兵わいずくおぉ?」
「……」
激しく取り乱す桜に、クラスメイト達はガチで引き、実鳥は羞恥心から泣けてきて、余計に顔を上げられなくなった。
実鳥の生存確認を終えると、桜はゆら~りと立ち上がり、桜の剣幕に緊張して固まっていた夏彩と星和を見据えると、眼鏡を怪しく光らせた。
「……実鳥たまを下敷きにした罪、数えやがれであります」
半熟探偵の決め台詞をオマージュすると、実鳥はスルッと眼鏡を外して背後へ放り投げた。眼鏡は上手い具合にクラスメイトの女子がキャッチして傷一つ付きはしなかった。
「眼鏡を取ると、視界がぼやけて間合いが上手く取れなくなり、手加減や寸止めが出来ないのであります。……ボクの偉大なる兄様の教え……『妹の敵に容赦するな』を実行するのであります。罪は……数え終わったでありますか?」
「ちょ……桜センパイ、目がマジだよぉ……」
「あわわぁ……眼鏡無いと手加減でけへんて鳥○さんかいな?幅広い年代の作品カバーしてはるわぁ」
「なっちゃん、なんで嬉しそうなの!?」
「だって、桜ちゃんセンパイ思とった以上の方やと解ったもん。まさか中学で○~るを知っとる人に出会えるとは嬉しい誤算言うやっちゃなぁ。……同志の手で逝けるんなら、悔いはないなぁ」
「いや!悔いは持とうよ!痛いの嫌だよ!」
どうにか夏彩と二人で謝り許しを乞いたい星和と、潔く覚悟をしてしまった夏彩では、言葉を交わしても平行線であった。
「罪は……数え終わったでありますか?ボクも同志を討たねばならぬのは心苦しくありますが、妹を傷付けた者は全て敵である信条の許に、私情は挟まぬのであります。……せめて、一撃で意識を刈り取ってあげるのであります」
桜が右足を振り上げようとした刹那。
「桜ちゃん!駄目ぇ!」
「ほげぇっ!?」
ズベッた~ん!!
桜を止めようと実鳥が桜の右足に飛び付いた結果、桜はバランスを崩して……前半身を床面へ強かに打ち付けた……
当然、顔面着地したので、盛大に鼻血を噴き出し、保健室へと救急搬送されたのであった。
「神よ……笑いの神よ……何処までボクをストーキングして下さりやがるのでありますか?」
「桜ちゃん!しっかりー!」
「それじゃ、後はよろしくね妹ちゃん」
「はい。ありがとうございます。御迷惑お掛けしました……」
不幸中の幸いにも、桜の鼻骨に損傷は無さそうだったが、大事をとって保健室で少しばかり休息してから早退することにした。顔に幾つか擦り傷があり痛々しい。現在家には誰もいないため、実鳥も付き添いで帰宅する事にしたのであった。
「……いやはやなんとも、情けない姿をお見せしたものであります。まあ、結果的にはベターでありましたが。もう少しで、実鳥たまのご友人を冥土送りするところでありました」
「もう!物騒だよ桜ちゃん。私のために怒ったんだって判るけど……早とちりだよ!」
嗜めようとした実鳥に、桜はキョトンとした顔で応えた。
「あの場にいたのがボクでなく兄様だったら、最後通告もなく瞬殺していた筈でありますが?」
確信に満ちた答え。桜は世界中で誰よりも剣の事を尊敬している自信がある。リアルに魔法が使えたり、トンデモ前世な転生者だったり、ガチで強くて優しい兄は、最早生き神様であり崇拝していると言っても過言ではない。
その剣が、妹が押し潰されているのを目撃したら、考える迄もなく加害者を排除する筈だと、桜は1%の疑いも抱いてはいないのであった。
「ど……どうかなぁ?桜ちゃんや小町ちゃんだったらそうかもだけど……私なんかの為に、剣さんが怒るかなぁ?」
実鳥には、剣が義妹の為にまで……とゆう気持ちがあったのだが、桜は『意味が解りません』と首を傾け唇を尖らせた。
「怒るのが当然でありましょう。家族なのですから当然なのであります!血の繋がりとかみみっちいのであります!……あまり言いたくも聞きたくもないのでありますが……実鳥たまは、実の父親が心を入れ替えたとして〝親子〟をやり直したいと思うのでありますか?」
実鳥は考える素振りもなく、即答した。
「それはない!私にとってあの人は、一瞬でも家族だった事なんてないもん。……そっか、血が繋がってるだけの人を、家族なんて呼ばないよね。家族って、血だけの繋がりじゃないよね」
「そうなのであります。それに現代の大半のお国の法律的に、夫婦なんてものは元々他人なのであるからして、血の繋がりよりも心の繋がりの方が大切だとボクは思うのであります!なので、兄様が義妹である実鳥たまを守る事に躊躇いなどある筈が無いのであります!」
台詞の中に、実鳥にとって理解の範疇にない情報が混ざっていた。
「剣さんの事は納得出来たけど……その前のは何?元々が他人じゃない夫婦っているの?」
「今の法律的にアウトなだけで、歴史的にみればけっこうありますですよ?昔々の王族なんぞは、血を濃くする為とかで兄弟姉妹で結婚するなんて普通だったみたいでありますし。ギリシャの神様なんて相当爛れているのです。神話創作当時の世相を反映しているのでありましょうなぁ……」
「桜ちゃんにとっては、神話も風刺なんだね……まあ、真実じゃなければ創作物だし、ギリシャ神話が真実だったら、嫌な神様ばかりだもんね……」
「おや?実鳥たま、いつの間にギリシャ神話に造詣が?」
「星座の事を調べてみたら少しね……やりたい放題だよね、ゼウス様。人間の女性と遊びすぎで子作りしすぎ。そう言えば、正妻さんがお姉さんだったっけ……」
実鳥たまが遠い目をしてしまったので、慌ててフォローにはいる桜ちゃん。
「ま、まあ過去にはそんな時代もあったと言うだけで、現在では生物学的に宜しくないと判明している訳でありますから。余所の国では解りませぬが、日本の法では近親者で夫婦になれませぬな。確か、従兄弟であれば可能でしたが」
「従兄弟……一人もいないよね」
「ですなあ。響様、まだ独り身でありますし。他に叔父も叔母もおりませぬし……我が家が子沢山な所為でしょうなあ、響様が結婚しないのは」
「格好、良すぎなのかも」
敏郎の妹である響は現在、聖家近くのマンションで一人暮らしをしていて、颯爽としたスーツ姿がよく似合うキャリアウーマンである。
「父様の妹とは思えないしっかりさんですからなあ。そう言えば最近、遊びに来られませぬ……あ」
何かを思い出したように、言葉をつまらせた桜は、とても青い表情になっていた……
「あ?あって何なの桜ちゃん」
「いえ……その……光姉様、響様に報告……したでありましょうか?ボクはスッカリ忘れていたのであります……」
「……私も……帰ったら、剣さんに確認してみよ?こうゆう時こそ、お兄さんを頼りにしないと!」
「……ですな!兄様ならば、上手いこと確認して下さるに違いないのであります!」
そうこう雑談している内に、夏彩と星和が保健室にやって来た。教室まで、実鳥のカバンを取りに行ってくれていたのであった。
「桜ちゃん紹介するね、友達のなっちゃんとせっちゃんだよ」
「ヨロシクです!桜センパイ。藤間星和です」
「浜乃夏彩です~。よろしゅう~」
畏まった感じの星和に、あくまで自然体を貫く様子の夏彩。先程、危うく抹殺しかけた相手に対し、桜は一切悪びれない態度て話しかけた。
「実鳥たまに礼を言うのでありますよ?下手すれば二人とも、異世界で雑魚モンスターとしての新たな生を、今頃享受していたかもしれないのであります」
「ウチ、スライムやったら大歓迎やなぁ。最弱から最強目指すの、浪漫やわ~」
「なっちゃん……そこは論点じゃないから。センパイ、マジて私達を殺すつもりだったみたいじゃない?」
「今更何言うてんせっちゃん?ウチは本気で死ぬの覚悟してたえ?桜ちゃんセンパイ、言葉は巫山戯とったけど、目ぇは迷ってなかったもん」
「ほう?解っておりますか、なっちゃんたま。どの辺りで気付かれましたか?」
「眼鏡が光った辺りかなぁ?あの光り方は、眼鏡キャラ特有のモードチェンジの合図やもん。そして眼鏡キャラが己の命同然の眼鏡を放り投げるんは、最終奥義の前振りやん?」
「ク……ククククククククッ!素晴らしいであります、なっちゃんたま!……否!なっちゃん氏と呼ばせて戴く!そう……眼鏡はボクの魂だ!」
「なんや……眼鏡のレンズから、緑の光が溢れ出そうな素敵な台詞やな~。ロボアニメも好物ですなぁセンパイ。うふふ……」
怪しい笑みを浮かべながら、ガッチリ意気投合した桜と夏彩。ほんの少し前、殺すか殺されるかの状態だったのに……
「みっちゃん……私の幼馴染みヤバイ。自分を殺そうとしていた相手に、一切わだかまりが無いどころか、相互理解度が半端なく高いレベルになってるよ……」
「……まあ、桜ちゃんだから。敵意を以て攻撃しようとしたのは、私に危害が及ぼされたと思ったからで、別になっちゃんの人格が嫌いな訳じゃなかったからね。攻撃する理由が無くなれば、平気で仲良くもなっちゃう人だから」
「桜センパイ、器が大きいんだね。とゆうか、そのセンパイが偉大とか言っちゃう、剣お兄さん?は、どんだけって話よ……」
「家では優しいお兄さんだよ。ただ……怒らせると……さっきの桜ちゃんが問題にならないぐらいの怖さ……かな?」
「鬼神かな?」
「私は怒らせたことないから解らないけど……梓さんの話だと、剣さんを怒らせて、態度が変わらなかった人はいないって。怖いだけじゃなくて、凄く強いみたいだよ」
「魔王様?」
魔王殺しの聖剣です。
「桜ちゃん、そろそろ帰ろっか?午後の授業始まるし」
「およ?そんな時間でありますか……それではなっちゃん氏、名残惜しいでありますが、話の続きは又後日に」
「さよか~。桜ちゃんセンパイおもろかったでしたぁ。今度、お家に取材行かせてくださいなぁ~」
夏彩は後ろ髪を引かれつつも、星和に手を引かれて去っていった。
「いや、良き友人に恵まれましたな実鳥たま」
「失うピンチもあったけどね」
「それは謝るでありますが、妹優先は譲れないのであります」
「……はぁ……そうだね、私も、燕や、お姉ちゃん達の為なら、我が身可愛さは……無いかもだし」
「そうでありましょう。さて、体よく午後の授業をサボタージュする理由も出来ましたし……帰宅したら少しばかり遠出してみましょうか?」
「いや、けっこう出血大サービスだったよ?大人しく休んで栄養補給しようよ。私が何かおやつ作るから」
「実鳥たまの手作りおやつ……役得であります!ホイップたっぷりのをお願いするであります!」
最近、人災続き(主に光絡み)だった桜に、やっと巡って来たハッピータイムであった。
その晩。
剣からの連絡によって、姪の初めての妊娠を知った響御姉様が来宅し、報告するのを完全に忘れていた光に対し、泣くわ怒るわ説教するわ。徹底的に叱った後に、アルコールが入ると明良との関係を根掘り葉掘りと下世話混じりに問い質し、最終的には朝まで上機嫌で絡み酒を続けたのであった。
明くる朝より、光は初めてのつわりによる激しい嘔吐感を味わう事となった。
健康体で、大病を患った事もなく、強靭な三半規管であるが故に乗り物酔いの経験も無い光にとって、吐き気は遭遇すらした覚えの無い……難敵であった。
「溜飲下がるどころか、気の毒になるレベルであります……」
散々酷い目にあわされた桜がそう漏らす程に、光はやつれ、憔悴した姿を晒し、浮かれて桃色オーラを撒き散らしていた様子は見る影もなくなっていた。
赤ちゃんが出来たことに浮かれていた光に、最も有効な五寸釘をぶっ刺したのは、お腹の赤ちゃんだったのでしたとさ。
次回は猫耳さんの話。
それが終わったら五月に入ります。
 




