3話目 商店街
「光ちゃんいらっしゃい!あら?もしかして彼氏連れ?光ちゃんに、とうとう春が?」
「やだなぁおば様。これ、剣ですよ。弟の剣。小さい頃は一緒に来てたでしょう?」
「え?剣ちゃんなの?暫く見ない間に、こんなイケメンさんになっちゃって……」
こんな会話が、もう何度も繰り返されていた。剣はむず痒い気持ちで、ずっと苦笑いを浮かべていた。
一方、光はずっと楽しげな表情で、店のおばちゃんや買い物中のお母様方と愛想よく会話をしている。出来た弟が褒められるのが、堪らなく嬉しいようだ。
「弟さん高校生でしょう?ウチの子なんて中学生になってから全然買い物に付き合ってくれなくなっちゃって……羨ましいわー」
「本当よねー。ウチの旦那もたまーに付き合ってくれても荷物持ちなんてしてくれないわよ」
「いえいえ、今日は偶々なんですよ。二つ返事で付いて来てくれましたけど」
謙遜しながらも自慢しちゃう光お姉ちゃん。されど、お母様方はそれを嫌味には感じていない。
光が幼い頃から、彼女達は光の事をよく見知っている。その家庭事情も多少なりと。だから、光がいつもより楽しそうにしていれば、彼女達も嬉しくなってしまうのである。
剣は現在、両腕と両肩に計四個のパンパンになったエコバッグをぶら下げている。合計30㎏は軽くある。亀○流の修行か。
買い物も井戸端会議も終わりそうにないので、剣は光に一言断り空き店舗を利用している休憩所で待つことにした。
「多少恥ずいのは構わないけど、荷物もったままあの空間で待たされるのは、結構キツイな……」
とりとめのない内容で盛り上がる井戸端会議。それに順応している光の主婦力。……まだ、今年二十二歳である。
(本当、今のままじゃ駄目だよな。もっと、姉さんの負担を減らさないと。いつまで経っても恋人出来ないよな)
剣は今迄、光から恋愛絡みの話を聞いた覚えがない。
身内贔屓しなくとも、光が美女である事は世間的に証明されている。中学から高校時代、毎年二月十四日になると大量のチョコレートを持って帰ってくるのである。少なくとも、女子からは絶大な支持がある。
大学生になってから数回読者モデルをやったのだが、ファンレターがダンボール一箱一杯届いた。ほとんど女子から(女子向け雑誌なので当然でもあるが)。
そんな訳なので、容姿がハイレベルである事に疑いはない。だから、家事に時間を割きすぎなのではと剣は思う訳である。(モデルは敏朗と美鈴の再婚後、少し家事分担が楽だった時期にやっていた。またすぐ、燕が生まれて忙しくなったので止めた)
モテない訳がない。それとも、余程理想が高いのだろうか?
「けんちゃん?こんなところで珍しいね」
「兄様、その荷物から察するに光姉様のオトモでありますか?」
休んでいる剣を見つけ、梓と桜が近寄ってきた。どうやら買い物先は同じだったらしい。桜はリュックサックを背負っていて、みっちり膨らんでいる。
「まあな。見たトコそっちは買い物終わった感じか?」
「はい!夏イベ用の素材を揃えてきたのであります!兄様の分もありますので、完成を楽しみに御待ちください!」
「また今年もやらされんのか……。暑苦しいのは勘弁だぞ?」
桜が言う夏イベとは、言わずと知れた日本最大級の同人イベントの事である。桜は十歳になってから毎回(冬も)参加していて、その度に剣と梓は付き添い、及び監視をしている。時に、ファン○ルとして利用されたり。
桜はコスプレ姿でのダンス動画を投稿したり、ブログで写真をアップしているので、それなりに支持者がいる。イベントへ行けばそういったファンと直に会って生会話を楽しめるので、それを楽しみの一つとして欠かさず参加するのである。
剣までコスプレをするのは、桜を近くで見守るのに都合がいいからである。レイヤー撮影大好きマンな方々の九割九分はマナーを守れる紳士であるが、何処にでも例外は存在する。
際どいポーズを要求したり、過度なローアングルからの撮影を強行しようとする困ったちゃんを、過保護なお兄さんは許しはしない。容赦なく運営様に通報したり、悪質ならば直接突き出す。桜のコスキャラと同じ世界観のキャラになっていれば背景として優秀なので、撮影を理由に距離を離される事は少ない。桜にそう説明され、梓共々コスプレをしているのである。
「さっちゃんの趣味に懸ける情熱は、姉妹の中でもトップクラスよねー。協力している私が言うのも何だけど」
「ほっとくと暴走しがちなのは梓によく似ている。方向性違うけど、小町は頑固で思い込み激しいトコあるしな。夕樹義母さんの血じゃねえかな?」
「母様は底抜けにポジティブな方でしたからなぁ。思えば、ボクが前世のヒッキーヲタからオープンヲタへとクラスチェンジしたのも、母様の影響がなきにしもあらずであります」
桜が前世云々を絡めて話をするとき、剣が否定する様子を見せないので、梓は話半分で聞いている。正直「だったら何?」程度でしかない。面白くて可愛い妹であること、その事実以外は些末な問題でしかないのである。
「私は、さっちゃんが前世の事とか言ってもピンと来ないんだけどね。ちっちゃい頃なんて元気過ぎて、男の子ぽかったくらいだし。あの頃から厨二なのは確かだけど。眼帯なんか自作したりして」
「隻眼キャラと隻腕義手キャラは格好いいの代名詞でありましょう!?戦国大名では伊達政宗公が大好きなのです!片手三本、両手で六本の刀を持っての戦闘スタイルは最高であります!」
そのBASARAな政宗さん、史実じゃありません。
なんて、無粋なツッコミをするほど剣も梓も子供ではない。むしろ、乗ってやるくらいの優しさを見せる。
「機動○士みたいでいいよな本多さん。ロマンの塊」
「私は真田さんと御館様のやりとり大好き」
聖家で桜と深く関わる以上、その影響は受けざるを得ない。剣達も、一般的な同年代と比べるとヲタ文化にかなり詳しい。
で、今朝の疑問が浮かぶ訳である。
「桜は、遥とアニメみたりゲームしたりしないよな?」
「そうですな。外見的に取っ付き難いですし、遥義姉様の方が交流を避けてらっしゃいますから。一体何処でヲタワードを知り得たのか……謎ですな!」
「やっぱり、バイト先なんじゃない?何やってるかすずママしか知らないって、どりりんも言ってたし」
三人共に腕組みして思考を巡らせる。身内であろうと嫌がる事は追求しないのがマナーだと三人共骨身に染みている。
だからこそ、当人のいない場で意見を交わしている。正解を確認出来ない、不毛な推理大会である。
「ボクは兄様達と無駄な会話するの楽しいでありますが、答え合わせ出来ませぬからなあ。男性が少ない職場だとは思いますが」
「ある意味どりりんよりも男の人苦手だもんね。でも、学校帰りや日曜日に、サービス業以外で高校生に出来る仕事ってあるかな?女性客専門店?」
「…………やめるか。意味がねえ」
「ですな。それにしても、光姉様はまだでしょうか?」
「私、探しに行って来るね。二人はここでまっててね」
梓が光を探しに行き、休憩所に剣と桜が残された。
「梓って、鈍いようで鋭いよな。男だもんな、桜の前世」
剣の言葉を受け、桜はカラカラと笑っていた。
「なっはっは。幼い頃は童心に戻ってはしゃいどりましたからなあ。前世や転生を時折口にはしてますが、男であった事は兄様方転生者以外には伏せていたのでありますが」
「まあ、姉妹の中身が元おっさんなんて知れたら、心穏やかじゃいられないかもだしな。それで前世の記憶だけど、どの程度戻ったんだ?」
剣や双子と違い、桜は前世の記憶を断片的にしか覚えていない。
ある日、気づいた時には聖家のベビーベッドで寝かされていて、その時点で日本語の聞き取り・読み取りが可能であった。しかし、自身の名前や暮らしていた場所、年齢等の個人を特定するような情報に関しては、かなり朧気であった。辛うじて、男性でしかあり得ない行動をしていた記憶はあったのだが。
そして、聖桜としての人生を狂わす。もとい、混乱する彼女にとって行動指針となる記憶が、残っていた。
それは、前世の彼の趣味嗜好。
漫画・ゲーム・アニメ・ライトノベル。それ等に存在する、二次元ヒロインである。
つまり桜は、生を受ける以前からの、美少女ヲタであった。
そして現在。
「最近は、なんとも。死因らしき事故を思い出して以来、大したことは思い出さぬでありますよ」
それを思い出したのは、今生での母親の死の瞬間。奇しくも、その死因は同一だった。
「あの頃は、とてもつらかったであります。母様と前世のボク。二重の死の衝撃を味わったのでありましたから。兄様姉様方に、大変迷惑懸けてしまい至極感謝しておるのですよ」
拝むように剣に頭を垂れる桜。その仕草に、剣は若干わざとらしさを感じた。少しイラッとしつつも、おどけた調子で話せるようになった事に安堵もした。
剣は、桜の頭に軽く手を置き、髪をクシャクシャした。
「そんな事は何度も聞いた。あん時一番辛い思いをしたのは桜だって事は間違いないんだ。お前まで死ななくて、本当に良かったって思ってんだからよ」
夕樹が交通事故でなくなった時、家族で桜だけが居合わせていた。正しく言えば、桜もその事故に直接巻き込まれた被害者だった。
命に別状こそ無かったものの、脚の骨折等の重傷を負った。その上母親の死と、甦った前世の死に至る迄の記憶。
悪夢で目を覚まし、母の死と自身の死の記憶に恐怖し、狂ったかのように泣き叫ぶ日々。今の桜からは想像も及ばない時間が確かにあったのだ。
「……兄様の優しさには、時々困らされるのであります。梓姉様が惚れっぱなしなのも納得なのですよ。ボクが男子を好きになる事があるとしたら兄様の所為なので、その時は責任取ってボクの初めてを奪って戴くのであります」
「待てい。何故そうなる?流石に日本人の倫理から外れている俺でも、それはないわーって思うぞ。エロゲ脳も程々にしろ」
「駄目ですか?子供さえ作らなければ問題無いと思うのでありますが。正直、脳と身体が女性なので思考と嗜好に影響出てる感が否めないのであります。平面美少女好きは変わらんのでありますが……」
午前中から絶好調で問題発言乱れ射つ、見た目は美少女な桜ちゃん。周りに聞き耳立てる他人がいなくてなにより。他人は。
「あ」
僅かに、剣が声をあげた。しかし、桜はそれに気づけない。
「中学入った辺りから、胸周りの成長に著しいものがあるのです。いや、勿論翼姉様方には及びませぬが、梓姉様まで後一歩でありましょうか?触れて、比べてみて下さってもよろしいのですよ?少なくとも光姉様よりもずっと」
「私より、ずっと……何なのかしら?聞かせてくれるかしら……桜」
ギ、ギ、ギ、と潤滑油が切れた歯車のように、桜が青冷めた顔で振り向く。そこには、名前と反対の漆黒のオーラを纏った長女サマが、菩薩のような微笑を浮かべて(但し、額に青筋アリ)らっしゃいました。
光の後ろで梓は苦笑いを浮かべ、片手で顔を覆っている。
剣は無表情でそっぽを向き、誰とも顔を合わせない。
「お姉ちゃんが、身体的特徴で人をディスるの、大っっ!嫌いだって、忘れちゃたのかな?……かな?」
謝る隙もなく、顔面を掴まれる桜。アイアンクローと呼ぶには生温い握力(光は左右とも60㎏あります)で頭蓋骨がミシミシするほど締め付けられました。
その後、10㎏の米二袋を荷物持ちする事で許して貰いました。
書いてる内に、桜メインで梓が薄くなった(汗)
思ってた通りに書けない未熟者です。
次回は八女予定。