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36話目 聖家の狂戦士

光の瞳から光が失われ、しばし経った頃、更なる混迷がやってきた。


「「ただいまー」」


天然ステレオの声が玄関より木霊した。予定よりもずっと早く帰ってきたのだ、事態を掻き回すのが大好きな双子が。


「おっじゃましま~す!」


「おじゃまします……」


双子に続いて、活発そうなのと物静かそうな若い女性の声。その声に、実鳥以外の全員に聞き覚えがあった。


「おー!いたいた、ひかりん!デキ婚だってなおめでとう!」


「まさか、難攻不落のミス・キャンパスを撃墜したのが童顔ボーイだったとは、意外性有りすぎて笑える……ぷくっ!」


やって来たのは、光とは大学の同期であり、翼と希が所属するロックバンド『トリオス・ジェミニィ』のメンバーである雪華と月華だった。


「ゆっきー?つっきー?なんでここに!?」


「風原先輩達?ど、どうして?」


雪華と月華の背後から、翼と希がひょっこり顔を出した。


「バラすなと口止めはされていない」


「故に、うっかり漏らしても問題ない」


ドヤ顔で親指をぐいっと立てる聖家の双子。


「……人、それを確信犯と呼ぶ。……で、あります」


面白い事になると思えば、躊躇わずに実行するのが翼と希の行動原理である。空気?読めるよ?読まないけどね!が、信条なのだ。


「いや、水くさいぞひかりん。子供デキて婚約したなんてめでてー事を黙ってるなんてよー……?目、腫れてね?」


「嬉し泣き?……とは違うカンジ……」


「雪ねえ月ねえ、実は、かくかくしかじかな事情がありましてぇ」


梓がザックリと、風原姉妹と双子妹に現状を説明した。梓と桜は『トリオス・ジェミニィ』のライブに時々行くので知り合いなのである。


「にゃるほど、まあ決着ついてんならアタシらから言うこたねーわな?」


「だね。私達は、ひかりんを友人として祝いに来ただけだし」


そもそも責める気なんてなく、いつもお堅い光を冷やかして、意外な一面でも見れたら満足なのであった。


「ありがと二人共~!私、一生で一番友達の有り難みを感じているよぉ~」


人の優しさが、骨身に染みる光さんに、祝福に来た二人はいつもと全然違う光の弱々しさに「うぉふ」と息を吐いて、けっこう引いた。


状況が推移する中、実鳥だけが来客の素性が判らず困惑した様子であった。


「あ、みどりんは初顔だった。二人は私達のバンドのヒト」


「そしてお姉ちゃんとは大学の友達」


ああ、それでと納得した実鳥。


「とと、そういや祝ってやろうとケーキ買ってきたんだった」


「ウイングとホープのオススメなカフェで買ってきた。ひかりんにも馴染みの店だって」


風原姉妹はホールケーキが入るサイズの箱をテーブルの上に置いた。箱は包み紙とリボンで可愛らしくラッピングされている。その包み紙には、猫のイラストが描かれている。主に、メイド服姿の猫のイラストが。


「お前等……身内がバイトしている店に行き過ぎ」


一目で理解した剣。猫+メイドなら『29Q』以外の答は無い。


「今日もハルにゃんはラブリーでした」


「流石にもう馴れたもの。照れもしなくなった」


もう何度も見られているし、家族に公開情報とした時点で、ハルにゃんの家族に対しての羞恥心は死んだのである!


とは言え、気にするのを止めただけで精神には着実に疲労がたまっている筈。帰宅後の実鳥によるリラクゼーションは遥にとって不可欠になりつつある。


「ああ、あのメイドさん、ひかりんの義妹なんだってな。いや、メッチャ可愛いじゃん!なんで紹介してくんなかったんだよー?」


「それは、遥がバイトでメイドさんやってる事、私も最近知ったんだもの。普段は……金髪に目付きの悪いメイクでなんちゃって不良しているのよ。あまり積極的に人付き合いしたがる娘じゃなかったし……」


「お姉ちゃん、恥ずかしがりやなので、実の妹の私にもバイトの内容を内緒にしてたんですよ……あ、ケーキのお皿用意しますね」


「実鳥たま!手伝うのであります!」


実鳥と共に桜もキッチンへと皿の用意に向かった。その背を見つめ、月華が小さく溜め息を吐いた。


「SAKUTANの動画、ウチの何倍も閲覧回数あるのよねぇ……もっと頑張らないとねぇ……」


月華が漏らした言葉に反応したのは、以外な事に明良だった。


「SAKUTAN……?月華先輩、今、SAKUTANって……何で?」


「ほう、SAKUTANを知っているのか童顔後輩?何でと言われても、そこに元カリスマJSコスプレダンサーな御本人様がいるからだが?」


「……え、ええ~っ!?それじゃ、桜ちゃんがSAKUTANで、光さんの妹?ど……どうなってんの!?」


明良の取り乱した反応に、光が白目を剥いて、少女漫画の古典的驚愕の表情を浮かべている!


悲劇を未然に回避すべく、剣は身体強化魔法を全開で発動!誰にも視認出来ない速度で光の背後に回り込むと、そのまま全力で光を羽交い締めにしたのだった!


一瞬前までソファーに座っていた剣の、人間離れした動きの速さに、一般人である明良と風原姉妹は驚きで声も出ない。


翼と希は剣が魔法使いだと知っているので、梓は剣ならば何をやろうと納得するので平然としているが。


「な、何するの剣!?離しなさい!」


「いや……今離したら、姉さん何するか判らないから。冷静に後先考えような?」


「何するって、桜が明良くんに近付かないように念押しするだけよ!間違いがあってからじゃ遅いんだから!」


「だから、それが冷静じゃないっての!桜が何したってんだ!彼氏の好きなネットアイドルがたまたま実の妹だったからって取り乱すな!釘を刺すなら男の方だろが!」


「明良くんは浮気なんてしない!」


「桜が姉の旦那を奪う真似なんてするかっ!うわっ?止め!暴れんな!」


(ちょ、一寸待て?俺今身体強化してんのに、取り押さえんので精一杯!?まさか……無意識で()()()やってんのか?そういや、こないだ女神様が意味深な事を……)


――知ってるだけでも、他に三人


剣が知ってる三人の転生者。翼と希と桜。女神は暗に、姉妹の中に他にも転生者がいることを示唆していた。


(前世の記憶が無くても……能力だけ無自覚で使用している?)


等と余計な思考に気を割く余裕はほとんど無い。気を緩めて関節への締め付けを疎かにしては、直ぐ様振り解かれてしまいそうなのだから。


「だ!誰か手を貸せー!」


明良はオロオロするばかりで、風原姉妹は面白そうに眺めるばかり。翼と希は――既に光の足にしがみついていた。


「……助力、及ばず」


「お姉ちゃんが鯖召喚されたら、クラスはバーサーカー……」


なんと言うことか、光を止めるのに三人がかりで互角だったのである。間違いなく、光には常人ではないナニカが宿っている。


パァーーンッ!


肉が打ち据えられる音が響くと共に、光の動きが止まった。


光の頬に、真っ赤な手形が浮かび上がっていた。光の真正面には、平手を振り抜いた梓が、瞳を涙で潤ませて立っていた。


「あず、さ?」


「お姉ちゃん……あんまり心を乱したら、胎教に良くないんじゃないかな?自分の感情ばかり優先していい体じゃないよね?妊婦さんの自覚が足りてないんじゃないかな?」


室内が静まり返る。


ここに来て漸く、光を含めて全員が気付かされた。お腹の子への配慮が足りなかったと。


剣達からの拘束が解かれると、光は梓を包み込むように抱き締めた。


「ありがとう梓。そして、ごめんね。お姉ちゃん、本当にどうかしてた……」


「もう!本当にメッだよ!……私もゴメン。初めて、お姉ちゃんをビンタしちゃったよ」


光を、と言うよりは梓が姉妹に本気で手を上げたこと自体が初めてであった。普段は剣への愛情第一の行動が目立つ梓だが、光がマトモに思考出来ない異常事態に於いては、しっかり〝お姉ちゃん〟化するみたいなようである。


「梓ちゃん……でかした」


「腕の筋力、限界寸前だった……」


光の脚を手放してから、翼と希は起き上がる気力もなくカーペット上で寝転んでいた。


「つばたんとぞみたんもご苦労様だったね。正直……三人で取り押さえててくれても、お姉ちゃんの前に立つのは恐かったんだけどね」


だが、涙を堪えてまで光をビンタしたのはファインプレーだった。あの時、剣には光を無傷で止める術が、決め手が欠けていたのである。最悪、腕か脚の骨でも折るしかないと考えすらしていたのだから。


なので、剣も惜しみ無く梓に称賛を贈り、感謝を示す。


「梓、今のはマジで助かった。ああしてくれなかったら、姉さんに怪我をさせてたトコだった。……普段は巫山戯てるのに、ここぞで頼りになるイイ女だよ、お前は。全く俺は幸せ者だな」


「んもう❤けんちゃんてば……言葉で誉めるよりも行動で示し……ふえぇ!?」


「おお?」


「あらら?」


「お兄ちゃん、珍しく大胆」


「そこに痺れる憧れる……確か、元々はこんなシーン」


「うぁ……」


「つ、剣!なんて羨ま……じゃない!ひ、人前で破廉恥よ!」


梓への感謝と愛情を行動で示した剣。基本的に他人の目がある場では、剣は過度な愛情表現はしないのだが、今回の梓の実績には、こうでもしなければ報えないと思ったのである。


※何をしたのか判らない方はジョ○ョの第一巻を読んで下さい




小町と桜がケーキ皿やフォークを持って戻って来る頃には、リビングは平静を取り戻していた。梓の剣への甘えっぷりが平常の五割以上増しとなり、それに対抗するかのように光が明良にしなだれている事態に小町達が目を白黒させたりはしたが。


「とても甘ったるい空間なのであります」


「一寸、あてられちゃうね……」


程よく甘くて食べやすい筈のケーキが、中学生コンビの口の中では、空気に比べて薄味に感じられる程の桃色甘々空間が形成されていた。


「はい。明良くん、あ~んして」


「は、恥ずかしいです光さん……」


初々しいカップルな光と明良。


「ん~美味しっ!けんちゃんに食べさせて貰ったから、通常の三倍美味しいっ!」


「赤いのは梓の方だけどな」


普段とは逆に、剣が梓にあ~んさせているベテランカップル。役割が逆になっても、ごく自然な振る舞いだ。そこらの同年代の恋人と比べたら年季が違うのである。


「……絆のレベルが桁違いだな~」


「ひかりん、対抗しても虚しいから。童顔ボーイには人前でのいちゃラブはハードル高いってば」


因みに、翼と希はケーキを速攻で食べ終えると、着替えると言って自室へ行ってしまった。多分、嘘は言っていないが着替えに相当の時間を費やす事であろう。


……二組の恋人のラブラブを見せつけられては、心と身体を鎮める為に、相応の愛情(性的)行為が必要なのは必然なのだ!


其れはさておき。光が剣達に対抗心を持っているのは事実である。


光は今まで、剣の梓への態度が素っ気なさ過ぎると感じていて、梓がそんな剣に対して不満を抱いている様子が無い事を不可解に思う事もあったのだが……自分に実際恋人が出来てみると、剣と梓の絆が想定していた以上に強かったのだと気付かされたのであった。


「剣って、素っ気ないフリして梓の事をよく判ってるわよね。今も、頼まれる前に梓にあ~んしてたし」


「?……こんくらい、普通じゃないのか?十四年も一緒にいるんだから、互いに喜ぶ事や嫌がる事は大体判るだろ」


「時間……その差は埋められないかぁ……」


絆の強さがどれ程羨ましかろうとも、それが時の積み重ねで裏付けされた物である以上、どうにもならない物ねだりである。


「大丈夫ですよ、光さん。時間なら……その……僕は一生、光さんと一緒に……ずっと好きですから!」


今日、これ以上ない赤面で明良が光に思いの丈を吐き出した。


「明良くん……私も一生大好きっ!」


そして、この日一番の桃色オーラが光と明良から放出された。


「……ひかりんが幸せそうで何よりだな~」


「才女がこんなにバカップルと化してしまうとは……」


風原姉妹は、百光年ばかり彼方を見据えて呟いた。


「桜ちゃん。『リア充爆発しろ』って、こういう時に使えばいいのかな?見てて、凄くモヤッとしない?」


「これはもう『お願いですから爆発して下さい』レベルでありますな。……小町たまがここにいたら、うさたんのヌイグルミにボディブローをオラオラブチ込みまくってると思うのであります。本当に、いなくて正解なのであります」


中学生視点では、アツアツ振りが不快らしい。


「……なんかさ、中学の頃、初めて恋人出来た奴とか……あんな感じだったよな?」


「初めてじゃあ浮かれても仕方無いけどね。周りが見えなくなっちゃう感じ……あの頃私は若かった……」


「園児だったからな」


「早熟だねぇ。恋愛脳チートだよ、私」


四歳の時の一目惚れが、一時の気の迷いでなく今も続いているのだから、梓にはどれだけ人を見る目があるのか。先見の明があったのか……結果論で語るのならば、聖家で誰よりも失敗していないのは梓なのであった。


その梓が語る。


「お姉ちゃんには、これからのんびり新しい家庭作りを楽しんで貰わないとね。その間にちゃんと繋がり確かにしないと、赤ちゃん産まれてから破局しそうだし」


「不吉だな、オイ」


勿論、この会話は光と明良には聞こえていない。


「だって、お姉ちゃんって旦那さんと子供なら、絶対子供優先するでしょ?芽生義母さんもそうだったんだし。お姉ちゃんにとっての一番が明良さんなの、あと八ヶ月って解ってるのかな?お互いに」


剣は光と明良を見て思う。


(互いの事しか、瞳に映ってなさそうだな……)


「……ま、破局したって人生トータルで幸せになればいいんだし。一応、そうならないように助言と忠告はするけど。姉さんには苦労させてたから、人並みの幸せは掴んで貰わないと」


梓は剣に微笑み頷いた。


「私達にとって、たった一人の大切なお姉ちゃんだもんね。これから先、弟や妹は増えるかも知れないけれど!」


「……甥や姪より年下の弟妹は……微妙だなぁ」


下手すると、自分の子より年下の弟妹が……そう考えると、早く敏郎に連絡しなければと思う剣であった。


……心底気が重いが。




次回から新展開。

中学校が舞台になります。


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