35話目 姉<妹
私事で更新遅れました。
これからも更新頻度下がると思います。
毎回読んで下さってる方、申し訳無く……
最低でも週一は更新します。
「光さんて、案外独占欲強かったんですね」
桜への教育的指導(体罰ではない)から戻った光への、実鳥の率直な感想であった。
言い訳出来ない指摘に、光は羞恥心のあまりソファーの上で体育座りして膝に顔を埋めた。
「ひ、光さん……その、あの……」
敵地に独り残された新兵のように、あたふたする明良。実鳥は思った、実に頼りないと。
「……なんか、父さんと似ているタイプな気がするな」
気を持ち直した剣が、実鳥の隣に腰を下ろした。
「剣さんも、そう思いました?」
「今のところはね。にしても……姉さん!」
怒気を含んだ呼び掛けに、一瞬ビクッと反応した光は、恐る恐る顔を上げて剣をチラ見し、剣が怒っているのを感じとった。
「桜に、何を怒ったのかな?桜の行動が、姉さんの為を思っての事だと判らなく成る程、色ボケしちゃっているのかな?」
「だ……だって、梓も桜も、明良くんを誘惑するような……」
「はあ?あんなのただの品定めに決まってんでしょうが。……マジで色ボケしてんな。梓が簡単に心変わりする女かよ。桜が姉妹より大事にする物があると本気で思ってんのか?翼と希がいたら、もっと過激な試し方してると思わないのか?」
剣の意見に実鳥も同意する。
「御二人なら……水着でおもてなし……程度はするかもですよね」
とてつもない凶器をこれ見よがしにして。
「普段の姉さんなら、その程度の予想はしてたよね?ハッキリ言うけどさ、本当に目が曇ってないか心配だよ」
「そ、そこまで言う~?」
弟のマジ説教に本気で凹む姉。
「で、明良さん。まあ、男なんだから女性的な部分に視覚的に反応したり、手を握られて緊張したりは仕方ないことだと俺にも判ります……ですが、あれで姉への気持ちが揺らぐようなら、二度と家の敷居を跨がせる気はありません。姉とのこと、何処まで本気なのか聞かせてくれませんか?」
漸く、今日、剣達が一番確かめなければならない本題である。ここまでは、全て前フリでしかなかったのだ。
剣の問いに、明良は膝の上で拳をギュッと握り締めると、決意を込めて目を見開き、剣を真正面から見据えた。
「ぼ……僕は!光さんが大好きです!一生、僕が光さんを守ってみせます!」
明良の言葉に、光は感激を隠せず瞳を潤ませた。
実鳥は、明良の光への真っ直ぐな気持ちに、顔を赤らめている。
剣は――
「ナニソレ?正直、赤点」
無表情を崩して、とてもガッカリした顔になっていた。
明良は絶句して固まり、光と実鳥は信じられないモノを見てしまった的な驚愕の表情をしている。
「……いや、うっすい言葉だな。守る?笑わせんなよ。どう考えたって、アンタが守られる側だろ?」
核心を突いた台詞であった。光の強さを知る剣からすれば、光を(物理的に)守れるような男には、到底見えないし、事実明良は荒事とは無縁な人生であった。
「……あのさ、姉さんから話聞いてて、姉さんを守れるような強い男なんて期待してなかったんだよね、俺は。むしろ、一生守ってもらいます!……ぐらいプライド捨ててくれてた方が、余程信用に値したって話だよ」
やれやれだぜ。……と言いたげに特大の溜め息吐いた剣に、唖然とする三人。
「えっと……剣さん、論点そこですか?」
「他に何かある?」
「……その、頼りない人に光さんを任せられない……でなく?」
「そんな事言ったら、姉さんの好みに合う男で、姉さんを守れる程度に強い奴なんて、そうそういると思う?」
光と明良をジ~~っと見比べ、実鳥は……
「そうですね。いませんね。そう言えば、弱いとか頼りないとかが論点だったら、話すらしてませんよね」
実鳥は納得した。つまり剣は、明良を〝つまらない奴〟と評したのだと。
「あはは~。けんちゃんってば、清々しいと思えちゃうレベルの酷評だね~。お姉ちゃんの婚約者に対しても忖度しないその姿勢、素敵です❤」
「あ、梓さん……と、桜ちゃん……」
戻ってきた梓は、寛ぎ用のジャージに着替えていた。で、桜はTシャツ短パン姿で、梓の胸に顔を埋めてメソメソ中であった。
「どうせ……どうせボクは損な役回りばかりなのです……光姉様は私欲と色欲に溺れて変わられてしまったのであります……」
「なっ!?……い、言うに事欠いて色欲とは酷いわよ!」
「いや、色欲をコントロールし損ねたから、そんな事になったんだろ?梓の方が、よっぽど抑制してるぞ」
「だよねぇ、妊活は計画的にしないとだよ。ゴム無しの方が気持ちいいとはいえ、それならそれで危険日はしっかり意識してないとだよね」
小学生がいないので自重しない剣と梓。実鳥はアワアワしているけども。
「そもそも桜がこの前口にしてたけど、ヤったの合格前だよな?合格発表まで我慢出来てない時点で完全に色ボケだろ」
「お姉ちゃんは勿論だけど、彼氏さんも大概ですよ!目先の欲が膨大なエネルギーになる事もありますけれども!こうして大学生で子供出来ちゃった事実をどうお考えですか?」
ベテランカップルは新米カップルに容赦しない!何故なら、表情に出してはいないが光に対して怒っているから!それは桜が泣かされたからである。
剣と梓の考え方的には、光の桜への教育的指導はやり過ぎだったのである。桜が明良を誘惑して寝とったのなら正当だろうが、桜がしたのは人間性チェックでしかないのだ。
普段の思慮深い光であれば気付けた筈の事を、今の光は気付いていない。これを色ボケと言わずして何を言うのか?
そして、色ボケ等という不当な思い込みの所為で妹が泣かされたとあっては、過保護なお兄さんは実の姉が相手であっても黙ってはいない。そうなれば当然パートナーもだ!
「てか、我慢出来ないってなんだ?初めてエロ本拾った中学生か?エロ姉貴」
「そ、そこまで言う?」
「母性本能とか聴こえはいいけど、突き詰めると結局お姉ちゃんはショタコンさんだよね?」
「はぐぅ!?」
恐らく、生まれて初めてであろう弟と義妹カップルからの連続口撃に、光はかつてない精神ダメージを受け、敢えなくリザインした。
「ごめんなさい~。お姉ちゃんが悪かったですぅ~。お願いだから許してぇ~……」
「光さん、しっかり!その……光さんの性癖がなんであれ、僕は光さんが大好きですから!」
明良がフォローしているが、光の心には更にグサッと刺さるモノもあった。恋人として以前に、明良の方は人付き合いが未熟なようである。
「……剣さん、梓さん。見ていて憐れなので……止めてあげられませんか?」
実鳥が見るに見かねて、仲裁……むしろ救済に入った。
「実鳥ちゃんが、そう言うなら」
「どりりんの頼みじゃね~」
拍子抜けするほど、あっさり退いた二人。
何故ならば、実鳥は桜より下の義妹だからだ。特別理由が無ければ、より下の妹を優先するのが剣のスタンスであり、梓はそれを尊重しているのだ。
剣が光への口撃を止めて桜をあやすのに加わった為、実鳥は光を慰める事にした。実鳥目線では、正直不毛な争いでしかなかったのだが……
「光さん、もう終わりましたよ。大丈夫ですか?」
「うん、もう……平気……」
涙でメイクが崩れる程泣いていたので、とても平気には見えない。だが、実鳥は、実鳥だからこそ言える事を、今伝えるべきだと思った。
「でもね、光さん。剣さんと梓さんが言った事って、光さん達に個人的な関わりのない世間の人達が、近いトコだと、友達の友達なんかが抱くイメージそのものですよ。判ってました?」
「え……」
「二人がそこまで考えてたか私は知りませんけど……他人の悪口や陰口が好きな無責任な人達からすれば、格好の標的ですよ。この先直接的にだったり、SNSとかで間接的にだったりで嫌がらせされるの、充分有り得ると思います。そうゆうの……とても、辛いですよ」
どんより暗い表情で訴える実鳥。かつて、働かず家で飲んだくれている父親に暴力を振るわれ、家計を支えるため幾つものパートを掛け持ちしていた母親。そんな家庭で育っていたが故に、風評被害の恐ろしさを身を以て体験していた少女の言葉には、聞き流せない重みが宿っている。
「光さんは強い人だから他人に何を言われても気にしないかもしれませんけど、そうゆうのって、身の回りの人にも被害がくるんですよ?小町ちゃんや燕。お腹の子は、光さんみたいに強いでしょうか?周囲への配慮が足りてないんじゃありませんか?子供を生むって決意しているのは尊重しますし、剣さんが話してくれた亡くなられたお母さんの決断は素晴らしいと私も思いますが、それに至る過程が全然違いますよね?水を差したくなかったのでこの前は言いませんでしたけど。私が言うのも生意気かもしれませんけど、今回の件が発覚してからの光さん、かなり浮かれすぎです。言っときますけど勢いに任せて付き合ったり結婚したりしても、良い事ばかりなんて保証はありませんよ?むしろ、失敗しそうで私心配です。聞きたくありませんよね?でも、親身になってくれる身近な人からの忠告を無視した人が不幸になるなんて話は世の中にありふれていますよね?私、光さんに不幸になって欲しくないです。こうゆう話、本当はお義父さんがしないといけないんでしょうけど……今はいませんし、感情的に反対するだけでしょうから、私達が言ってるんですよ?判ってます?」
「は……はい……本当に、すみませんでした……」
この日、光を一番泣かしたのは実鳥からの〝忠告〟であった。
「改めて言っとくけど、俺達は姉さんが子供を生むのも、結婚するのま反対なんてしちゃいない。ただ、状況がアレなもんだから、凄く心配しているだけだ。……なんつーか、今の姉さん、父さんの悪いとこに行動が似てるんだよ」
「そー言えば、ママとパパりんが結婚する切っ掛けって、さっちゃんが出来たからだったよね」
今度は剣と梓からの、百パーセント悪意なき単なる真実が、光の精神をザシュザシュ切り刻む。
「そうだったのでありますか?……確かに、結婚記念日とボクの誕生日を計算すると……納得であります」
「しかも、その時父さんに猛抗議してた姉さんがなあ……いや、あれは再婚自体にだったか?でも……なんだかなぁ」
「も、もう責めないで……女として駄目な気がする……」
光の人生で間違いなく、最もダメダメな一日である。
「で……こんな駄目な姉さんを見てどうですか?考え直すなら今の内ですよ?」
「……試してるのかな?これでも、僕は簡単に心変わりなんてしないよ。むしろ、光さんの新たな一面を知れて、惚れ直したぐらいの気分だね!」
どうやら、明良は少しもぶれていないらしい。怒ったり怒られたり、泣かしたり泣かされたりと、かなり取り乱していた光を見ても、気持ちが変わらない姿勢には、剣も若干ながら好印象を持った。
そんな明良だからこそ、光に対して辛辣な態度をとる剣達に対して敵意を抱くのは当然であった。
「……まあ、俺達に対して悪感情持つのも当たり前ですけどね。でもね、俺達全員姉さんの事を尊敬してるんです。姉さんが泣くまで追い詰めるなんて事をしたのは初めてなんです。……そうせざるを得なかった理由が、姉さんが狂っている原因が貴方だって自覚……ありますか?」
「た、確かに光さんが家族を悪く言う事なんてなかったけど……でも、狂ってるって……」
「いや、マジで狂ってるんです。家の姉は小学校入る前から主婦やってて、ずーっと自分を二の次にして家の事ばっかやってて、外見スペック高過ぎる所為か女の子にばかりモテて、恋愛なんて縁の無い人生だった反動か、妊娠を切っ掛けに滅茶苦茶はっちゃけてんですよ。クールで知的だったのが見る影もなく……」
「そう言えば、会ったばかりの頃の光さんは、そんなイメージだったっけ。確かに教え上手だけど、会う度にドジっ子な面が多く見えてたからすっかり忘れてたよ」
『ドジっ子』のワードに、剣達四人の視線が、バッと光に集まる。四人どころか他の姉妹にとっても、光とドジは結び付かない言葉なのである。
「砂糖と塩を入れ間違えた事もないのに?」
「洗剤と漂白剤を間違えたりもしませんよ!」
「シャツを後ろ前で着たのすら見たこと無いのであります」
「こまたんには聞かせられない事ばかりだよ……本当、逃げててくれてよかったよぉ……」
姉の威厳は、奈落の深淵よりも尚暗き闇に落ちた。
剣は立ち上がると、明良の両肩をバシッと掴んだ。
「ポンコツと化した姉ですが、末長くよろしくお願いします。てゆうか、潔く壊した責任とって下さい……損害賠償を請求してもいいですか?」
剣は悟ったのだ。光の修理には、明良の存在が光にとってごく自然になるまで、時間を費やすしかないのだと。そうして緊張や浮わついた気持ちが無くなるのを待つしかないと……
「ポンコツ……私、壊れてたんだ……」
漸く自覚したのか、光は涙も枯れ果て虚ろな瞳で虚空を見つめている。
この状況を招いた原因として、明良はより一層、責任を取らねばと決意を新たにしたのであった……
……光さんが全然惚気けてなかった。
もう一回(?)続きます。このままだと、お姉ちゃんにちっとも良いとこないので。
 




