34話目 姉の彼氏にこんにちわ
新展開です。
来るべき日がやって来た。
本日は聖家に、光が初めて婚約者を連れてくるのである。
現在家に居るのは、剣・梓・桜・実鳥の四名である。
遥はバイトへ。翼と希はバンドの練習と、元々予定が入っていた為に不在。小町は、生徒会で臨時の案件が発生したとか言い訳をして先程外出していった。
「……小町を責める気にはならないな。俺だって、どうしたものか判らねーし」
人に転生してから十八年、姉妹が恋人を……すっ飛ばして婚約者を家に連れて来て紹介するなんてイベントは初めてなのだ。剣はリビングのソファーに腰掛け、その時が来るのを緑茶を啜りながら待っているのであった。
「こうゆうのって、剣さんでも落ち着かないものですか?」
テーブルを挟んで向かい側に実鳥が座った。ふと、剣の湯呑みが空になっていたのに気付いて、急須からお茶を注いでくれた。気の利く娘である。
「ありがとう。……まあ、こんな経験初めてだしね」
「ですよね。私も、どうすればいいのか判らないです」
実鳥は持参してきたミルクティーを啜る。緑茶も飲めなくはないが、苦味が得意ではないのである。
「そういえば、梓さんと桜ちゃんは?」
「……多分、何か悪巧みしてるんじゃないかな?翼や希に、相手の男をしっかり品定めしとくように頼まれてたし」
苦笑いで応えるしかない剣。なるようになれな心境である。
「悪巧み?……なにするか不安なんですけど。でも、それで光さんとの仲が拗れたりしたら……」
「そうなったら……土下座して謝るだけだろ。梓と桜が」
「え?……それだけですか?」
「いや、梓と桜が悪巫山戯して拗れて駄目になる程度の男なら、翼と希の悪戯に耐えられないと思わない?」
「そ、それは……そうかも」
「それに……家の姉妹は個性が強くて魅力的で可愛いからな。そんな妹がいきなり八人も出来るんだから、姉さんに対して本気なのかを見せて貰わないとだし……どうかした?」
剣が話している間に、実鳥の顔が突然真っ赤になっていた。
「……剣さんて、平然と言えちゃいますよね……」
頭に?マークを浮かべる剣。今少し、自身の台詞を思い返すと……ピコン!電球マークが閃いた。
「事実なんだから仕方がない。俺の姉妹は全員魅力的な女の子なんだから!実鳥ちゃんも、その辺り自覚した方がいいと思うぞ?」
「だ……だからっ!ストレートに魅力とか可愛いとか言わないで下さい!照れますからっ!」
とりま、ミルクティーをがぶ飲みし、深呼吸して心を整えた実鳥。一方、剣はどこ吹く風である。
「そもそも……私の何処が……」
褒めるところがあるのだろうか?実鳥はそう思っている。
剣の言う通り、実鳥も姉妹がとても魅力的で美しいと思っているが、自分には当てはまらないと感じている。
光のように綺麗ではないし、梓みたいな素直さもなく、翼と希程な自信などあるわけもなく、桜の男女を問わないコミュ力には足元にも及ばす、小町みたいに向上心を持ってもいない。そしてずっと、遥の勇気に支えられている。
「剣さん……私って、長所あるんですか?」
実鳥は、つい、聞いてしまった。自覚すべき事があるのか気になってしまって。問いかけられた剣の方は、何言ってんの?と首を傾げているが。
「あるよ?沢山。そうゆう控えめなトコとか。さっきもなにも言わずにお茶を注いでくれたり気が利くし。家の連中は前に出る性格ばかりだから、大人しいだけでも立派に長所に見える。何事もコツコツ努力してるし、家事の手伝いも嫌な顔しないし、謙虚なのもいいと思うな」
「も……もう、いいです……」
実鳥は思った。剣の長所は、人を誉め殺す事だと。
(剣さん……梓さんが傍にいなかったら、天然のタラシさんになっていたんじゃないかな?)
「ふむ……ま、謙虚も過ぎると嫌味に感じられたりするから、あまり自分を卑下する必要もないと思うよ。普通以上に可愛いのは事実なんだから」
「そ、そうゆうこと、学校でクラスメートの女子とかにも言ってたりしませんか?」
「いや、学校だと、基本的に女子には恐がられてるから、あまり話す機会もないしなぁ……梓の友達ぐらいとしか話さないし」
その内一人は、完全恋愛対象外の変態さんである。
「まあ兎も角、姉さん以外の女の子に、簡単に浮わつくような男だったら困るよなって話だ。……話聞いた限りだと、姉さんの方が、かなり強引に攻めた気がするから不安なんだけど……」
「……流されやすい人でなければいいんですけどね……」
剣と実鳥は、茶を啜りつつ、その時が来るのを待つのであった。
「ただいま~♪」
光が帰ってきた。とても明るく朗らかな声で。
「来たか……!」
「……来ましたね」
じっと、リビングで待つ剣と実鳥。足音が二つ、リビングに近付いて来る。
「あら?剣と実鳥ちゃんだけ?」
「梓と桜は部屋でなんかしてるよ。他は出掛けてる」
「そう……あ、入って頂戴。紹介するわ、弟の剣と義妹の実鳥ちゃんよ」
光の背後から現れたのは、スーツ姿の、黒髪に眼鏡の……少年?だった。緊張しているのか、とても縮こまっている。
「は、初めまして!光さんと、交際させて戴いております。浅見 明良と申します!よ……よろしくお願い致します、」
とても、ご丁寧な挨拶であった。かなり、余分な力が籠っていたが。
「「……中学生?」」
剣と実鳥から思わず心の声が漏れ出た。
そう思ってしまうほどに、明良の身長は低かった。どの程度かと説明すると、実鳥の身長が148㎝なのだが、目線の高さがほぼ同じだったのである。
「ひぐ!……スーツ着てきたのに……やっぱり、大人っぽく見えないのかな……」
ファーストコンタクトから涙目になる明良。
「大丈夫だから、気にしないで明良くん。……剣、一寸……」
光姉さん、目が笑っていない笑顔で剣を凝視する。本気で怒る一歩手前である。剣の顔を、一筋の汗が伝い落ちて行く。
「す、すいません。ま、まあ座って下さい」
さて、何を話したものかと剣は考える。光が『可愛い』と評していたが、正直想定以上が来てしまったと意表を突かれてしまったのだ。座らせはしたものの、ビクビクした様子は変わらずハムスターの類いの小動物的な印象である。何を言っても、脅えさせる未来しか予測出来ないのだ。
剣が向かい側に明良を座らせ、その隣に光が座ったので、実鳥は剣の隣に座る事となった。実鳥から見ても、剣が次の言葉を発するのに考えあぐねているのが見てとれた。
無表情が基本で変化に乏しい剣の顔が、思い詰めている為に少しずつだが険しくなってきている。実鳥もまた、場の雰囲気をどうにかしようと考え、一先ず、お茶でも出そうと思い付いた。
「え……と、お茶、淹れてきますね。紅茶か緑茶……コーヒーの方がよろしいでしょうか?」
「え?……あ、こ……コーヒーで、お願いしま」
「お待たせしました。お客様、コーヒーをお持ちしました」
………………?
実鳥が席を外すよりも早く……とゆうか、腰を浮かせたタイミングでコーヒーが明良の目前に配膳された。メイドによって。
「あ……梓さん!?」
メイドの正体は梓であった。ピコピコ動くネコミミ尻尾付きのけっこう際どい、件のメイド服である。実はずっとキッチンに隠れて期を伺っていたのである。
「な……なんでメイドがあぁぁ?」
明良くん、前触れなきメイドの登場にプチ混乱である。
「それ……こないだ誕パの時のだよな?」
極めて冷静な反応の剣さん。むしろ、この手の悪戯は梓と桜であればやって当然であろうと予想していた。身近な変人の行動は、初見の常人よりも読み易いのであった。
「うん、そう!こないだは、饗される側だったから私だけ着てなかったでしょ?どう?けんちゃん似合ってる?」
「うん。いいと思う。……でも、サイズ合ってなくないか?」
そう、凄くムッチリしていて肉感的で、敢えて言うなら艶っぽくもあるのだ。
「はるるんが着てたの借りたんだけど……私の方が太ってるからなぁ。でも、その分服がピッタリ体にくっついてエロ可愛でしょ?義兄さんはどう思いますか?」
「え?……僕は……なんと言うか……」
前屈みの姿勢で明良に尋ねる梓。胸元が大きく開いているので、前傾姿勢を前から見れば、当然、胸の谷間がくっきり見える。二つの柔らかそうな膨らみが、震える様子が――
「梓~、借り物の服を無理に着て破けちゃったら大変よね?……着替えてらっしゃい」
「ら……らじゃ」
梓は脅えた瞳でそそくさと去っていった。品定めの為とはいえ、かなり体を張ったものである。
「ひ、光さん……今のメイドって……」
「義妹の……梓。その……場を和ます為に、あんな格好してくれたのよ!うん!」
「そう、なの?」
「いや、梓は日常的にあんな感じです。世間様の一般常識からすると、変わったのが多い家ですよ」
基本的に包み隠したり、取り繕いはしないのが剣のスタンスである。
「剣さん……それ、今言うことじゃ……」
光が凄い目で剣を睨んでいる。雑魚モンスターが近づけないレベルの威圧スキルが発現しているかもしれない。
だが、剣はお構い無しに言うべき事を言う。
「姉さん、何か、誤魔化す必要あるの?」
「……いえ、その……誤解されたくはないなぁと……」
「じゃあ、尚更じゃないか?てかさ、明良さんは、あんな程度の事で揺らぐ程度の気持ちなんですか?」
剣は視線で明良を射ぬいた。
「そんなことはない……です」
「剣!貴方の顔、わりと怖いんだから明良くんが萎縮しちゃうでしょうが!」
「……」
剣は無言で立ち上がると、部屋の隅っこで体育座りした。自身の表情に自覚はあれども、実姉に咎められるように言われるのは、心にグサッときたのだ。
「……あんな剣さん。初めて見た……」
「う~む。由々しき事態になったものですなあ。衣装選びに手間取っていたら、こんなことになっておりますとは……」
「桜ちゃん?……うん。……桜ちゃんだもん。だよね~」
実鳥が振り向くと、そこにはさ○らがいた。カー○キャプターな桜が。変身ではなく、コスプレで事件解決に赴く平成随一の、国営放送魔法少女である。
「な、何?コスプレ?」
「さ、桜……あんたねぇ~」
頭痛を堪えるように頭を擦る光。初めて彼氏を連れてきたのに、姉に一切気を使わない妹達にキレそうになっている。
「光姉様、今キャラを作るので少し待たれよ。……あー……うー……うん!はじめまして、私、桜!こんにちわ、明良さん!」
コスプレ時には、外見だけでなく仕種や喋り方、内面までも寄せてゆく、それがキャラクターへのリスペクトであり、レイヤーSAKUTANのスタンスであり、プライドなのだ!
「え、あ?こ……こんにちわ?」
梓を前にしていた時よりも、明らかに顔が赤くなっている。
「あれ?顔が赤い……具合悪くないですか?」
「だ……大丈夫!なんでもないから!」
「そうなの?よかったぁ~」
さりげなく、明良の手を両手で包み込む桜。明良の目が、グルグル回っている!
すくっと立ち上がる光。
「や……やり過ぎだよ桜ちゃん!逃げて!」
その時、桜は見た。光から猛々しい闘気が、宇宙最強の戦闘民族に匹敵するレベルで沸き上がっているのを……
「ほ……ほえ~~~!!!」
光に首根っこをシャイニ○グフィンガーされ、桜は何処かへと連行されていった。
「……あの、僕は……どうしたら?」
「……光さんを、怒らせないでくださいね」
彼方より、桜の断末魔が哀しく響き渡ったのであった……
惚気までいかなかった……
次回に続く。




