32話目 王国グルメ?
冬場のカレーポップコーンは暴力。
時間は十時半を少し過ぎた頃『○ーさんのハ○ーハント』のファストパスエントランス前で待っていた剣と梓に小町達が合流した。
「……まあ、二人きりにすると、そうなるわよね」
光が呆れたように呟いた。剣はその手に王国の名物スイーツである棒状ドーナツであるチュロスを持っていて、梓がそれに噛り付いていたからだ。少し目を離せば、周りの目など気にせずのいちゃラブっぷりである。
「一口、いただき」
「続けて、ゴチ」
合意を得る前に、翼と希もチュロスに食らい付いた。まだほんのりと温かく、ザクッとした食感と、油のコクと表面にまぶされた砂糖の甘味が口一杯に広がり、双子は満面の笑みを浮かべた。
「……まあ、いいけど一言断れよな?」
「美味でした」
「来る度に食すべき」
反省の色は無し。この程度で怒る剣でもないが。
「兄様、ボクも一口所望するであります!」
「あ、うん」
桜の目の前にチュロスを向けると、そのままパクッと咬み切った。そして、モゴモゴ咀嚼した。
周囲の視線が剣に無数の針となって掃射される。剣達の関係を何も知らず、会話の内容が聞こえていない人々から見れば、既に四人もの女の子と一本のチュロスを分けあって食べる仲である上、更に五人も、スレンダーなお姉さんから幼女まで一緒にいるのである。チラチラ見られるのも仕方がない。
「にーたん!ばめも!ばめにもちょーだい!」
剣の足にしがみついておねだりする燕に、剣は屈んで、チュロスを咥えさせた。
「美味いか?」
「でりしゃす!」
「なんと意外な単語が」
何処でそんな言葉を覚えたのか、幼児の成長は目を見張る速さである。
「兄さん……そろそろ入りたいんですけど?」
小町さんは、羞恥心で凄く御立腹でいらっしゃいます。思いっきり細い目でお兄様を睨んでいるのです。
「あー……うん、悪いな。あ!後、もう一個謝っとくわ」
剣からの、突然の心当たりの無い謝罪である。あまりに希少な事例に、小町は警戒感を露にした。
「……なんなの?」
「その、ファストパスの発券ついでにショーの着席観覧の抽選もしておちたんだが……ハズレた」
「それね……まあ、それは仕方ないもの……残念だけど」
【明日の世界】にあるステージで開演されるショーは、抽選で座席指定券を入手することが出来るのだが……基本的に当たらない。確率的には一割以下(憶測)である。抽選時にスキャンしたチケット枚数(グループ全員分を纏めて抽選可能。当選した場合並びの指定席が発券される)でも変動するであろうが。
「ま、そっちは外れる前提で考えてたから。ただ……抽選のドキドキ感は、皆で楽しみたかったけどね……」
「本当に悪い。良かれと思ったんだけどな……チュロスの残り……要るか?」
小町は差し出されたチュロスを剣から譲り受けると、軽く一口噛り、続けて実鳥にバトンリレーした。
「え?私も?……いただきます……!思ってたより揚げ感あるんだ……お姉ちゃんもどうぞ!」
「アタシもかよ!?……断れる空気じゃねぇな。呑まれてやるしかねぇか……まぁ、美味いな。じゃ、ラスト一口アネさんどうぞ」
遥は残り2㎝程度の欠片になったチュロスを手持ち用の紙袋から押し出すようにして指で摘まみ、そのまま光の唇へと運んだ。
光はそれを唇で受け取る。その際、若干唇が遥の指に触れたりして遥が顔を赤らめたりしたのを、義妹達は見逃したりはしなかった。
「ん、美味しい♪ありがと遥」
「い、いえ。元々は剣のモンですし」
「……正に義姉妹な関係であります」
「遥ちゃんて、お姉ちゃんに憧れてるよね?」
「あれだね。自分が男だったらほっとかないってアレだよね」
言いたい放題。わざと聞こえるように茶化したのは桜と双子である。
「な……なに言ってやがるのかなお前達は?えっと……その、アレだ!ポップコーンのワゴンからか?むせるくらいに胸焼けしそうな甘い香りが漂ってるから、それにあてられたんだ!そうに違いない!」
苦しい言い訳ではあるが、確かに近くのワゴンから蜂蜜の猛烈な香気が放たれている。しかもワゴンは二台並んでいる。
「遥義姉さん、あれは、トラップだから。ある意味、文字通りのハニートラップですから」
「小町?いや……ハニートラップって、色仕掛けで騙す事だよな?いや、蜂蜜の匂いはすっけど……」
「……すぐに、判るのですよ」
『○ーさんの○ニーハント』は、蜂蜜壺型のライドに乗り〝くまの○ーさん〟の世界観を楽しむアトラクションである。○ーさんの脳内妄想内や、仲間達と暮らす森の中をライドが回転しながらランダムなルートを移動したり、上下に大きく弾んだりと、予測不能性もあるため何度乗っても異なる発見が出来るのである。
そして、○ーさんの思考の大半を占める物は、蜂蜜である。○ーさんは、このアトラクション内でも蜂蜜を忘れたりはしない。○ーさんと蜂蜜は切っても切れない間柄なのだ。アトラクションの終盤は蜂蜜塗れとなり、ほんのり蜂蜜の香りまで散布されているのである。
ゲストは、視覚と嗅覚を蜂蜜で過剰に刺激された状態でアトラクションを体験終了する事となるのである。
「……確かに、ハニートラップだな。あんだけ暴力的にむせるようだった香りだったのに、今は魅惑的にしか感じねぇ……」
「でしょう?乗る前はキツく感じるのに、後だと丁度良く感じちゃうの。むしろ、凄く食べたくなるでしょ?」
遥はアトラクション体験前に小町から言われていた事を、身をもって噛み締めていた。当然の事ながら、この症状は遥だけに出ている訳ではない。
「あ、梓さん……ポップコーンいいですか?なんか、甘いもの欲しくなっちゃって……」
「いいよ~。食べたくなったら何時でも言ってね。私も摘まんどこっ」
梓がバケットの蓋を開けると、皆次々と手を突っ込んでポップコーンを奪い取った。蜂蜜味ではなくチョコ味だったが。
「やっぱり、ハ○ーハント乗った後は甘いの食いたくなるな」
「商売上手」
「出口横が○ーさんグッズ専門店なのも」
「そうゆうアトラクション他にも有るわよね?『カ○ブの海賊』とかは、出口がショップ内だったわね」
「チョコおいふぃ」
「燕たま。お口とお手手をふっきするです」
『ハ○ーハント』の感想そっちのけでチョコ味ポップコーンを貪る一同。食欲を刺激する演出が悪いのである。
「ところで兄さん、ファストパスは?」
「ああ『モン○ターズインク』の方が取れたけど、時間は二十時半からだ。多分、発券もう終わってるな。流石は春休みの混雑ぶりだな」
「すると、二十一時半までに並べばいいから……花火の後、帰り際に行けばよしと。……それじゃ、パレードまで待ち時間の少ないアトラクション巡りをしましょう!」
小町が盛り上がったところで、小町の袖を燕が引っ張った。
「こまねぇ、ばめ、おんまさんのりたい!」
おんまさん=お馬さん=メリーゴーランド
この王国にも、遊園地の名物遊具はある。名称は『キャッ○ルカルーセル』で、シンデ○ラの世界観を表現していて、天井にシン○レラの物語が描かれている。……ぶっちゃけ、それ以外は特徴の無いメリーゴーランドである。
小町的には待ってまで乗る価値なんて無いアトラクションであるが、幼児は何が起きるか判らないモノより、見た目で面白そうなモノに興味が惹かれるのである!
因みに『キャッス○カルーセル』のある【幻想の国】には同様に、余所の遊園地で言うところのコーヒーカップである『ア○スのティーパーティー』や、回転しながら空を上下するだけの『空飛ぶダ○ボ』等もある。『空飛ぶ○ンボ』は見栄え的にディズ○ー感が溢れているが、他の二つは余所でも乗れるモノなのである。
「……燕、そんなにお馬さんに乗りたい?」
「だめ?」
「それは……その……」
小町とて、こうなる事を予想していなかった訳ではない。他でと乗れるから――と説得するつもりでいたのだが、期待を込めたつぶらな瞳の上目使いでお願いされると……簡単に無下にはしたくなくなってしまったのである。
そして、ここにはそれを察する事が出来る、気配り上手な気遣いマイスターがいるのである!
「ねえ、小町ちゃん」
「実鳥義姉さん?えと……なんでしょう?」
「駄目かな?メリーゴーランド。私、乗ったことないから一度はって思ったんだけど……」
「……!いえ!今日は実鳥義姉さんの意向が第一ですから。何も問題ありません!」
「よかったぁ。燕、どりねえと、一緒に乗ろうね」
「あい!どりねぇとのるっ!」
実鳥と燕は仲良く手を繋ぐと『キャッ○ルカルーセル』へと歩き出した。その二人の背中を、遥は感慨深く見つめていた。
「どうしました?遥義姉さん」
「……いや、実鳥が、守られるだけじゃなくなったんだなと……何でもねぇ、忘れてくれ」
遥にとって、実鳥はずっと守るべき対象だった。そんな実鳥が義妹に気配りして妹を思いやり……遥は実鳥のそんな成長が嬉しくもあり、姉離れされたような感もあり、少しばかりの寂しさも感じていたのであった。
十四時過ぎ。
【開拓時代の国】と【幻想の国】の境界辺りの地べたに、レジャーシートを広げて、感情を読み取れない無表情で足を放り出して座る剣の姿があった。
剣の両隣と後ろにもシートを広げているゲストの姿があり、目前には細いロープが張られている。……そう、ここはパレードルートの直近、邪魔するもの無き最前列。剣は、絶賛場所取り中なのである。
『キャッス○カルーセル』から待ち時間の少ないアトラクション巡りに入った時点で、剣は小町から無言でレジャーシートを渡されたのである。
勘の良い兄さんなら、察してくれるよね?
そして、パレード待ちの場所を決めてから、一人直立不動でいること一時間。パレード開始一時間前となり、ようやっとシートを広げて座ったのである。え?何故もっと早くシートを広げないのかって?それがルールだからです。ちゃんとアナウンスされてるもん。
まあ、待っているのも悪い事ばかりではない。剣が動かずにいる間、梓が甲斐甲斐しく食べ物や飲み物を買って来てくれているのである。……食事にも行けないからね!
「けんちゃん、お待ったせ~。凄い行列だったよ~」
「ごくろ……ターキーレッグ!いや、よく並んだな……」
「いつ来ても行列だもんね。いつもはスルーしちゃうけど、今日は時間に余裕あったし、みんなの為に場所取りしてくれてるけんちゃんに御褒美あげたかったしぃ❤」
「うん。まあ、周りの迷惑になるから座って食おうな」
梓を大人しくさせ、剣は早速ターキーに喰らいついた。
「ザ・肉!だよな。この弾力は、普段家で食べてる鶏肉とは違うよなあ」
「ターキーって七面鳥だっけ?ここ以外だと、クリスマスシーズンにならないとあまり見ないもんね」
「でも、ここで売ってるの脚だけなんだよな。他の部分は何処に行ってんだろうか?」
「……ナゲットになってるとか?」
「本当の意味で謎肉だな」
王国と、隣の海の何処かで消費されている事を、願わずにはいられない二人であった。
「ま、こっちはコレでいいんだけど、みんなは昼メシ何食ってんのかな?」
「この辺りなら……ピザとかカレー?ワッフルサンドもあるし、大穴でラーメン!」
「いや、あるけどさ。小町がいるんだし、いくらなんでも初ディ○ニーでラーメンは連れてかないだろ?」
「でも、トゥデイガイドにも載ってるし、ばめたんが食べたくなっちゃったら……」
「……有り得るか。まあ、味はそれなりだけどな」
「こまたんがいたら話せないよね。王国の食べ物で真面目に味を論じたら酷いことになるもんね」
「味と値段が比例してないからな。後、男の意見として量がなあ。……まあ、味より見た目の楽しさを売ってると納得するしかないんだよな。でも、高い料理を食うほど、がっかり感あるんだよな……」
「私達二人だと、基本ファストフードになるもんね。パンとかピザは美味しいもんね。うん。ピザは値段的にも満足かな」
「だな。そこで売ってるピザ二種類。メニューの入れ替わりが激しい王国の中でも、ずっと変わらずにあるらしいからな。がっかりしない味で嬉しいわ」
「変わり続ける中で、変わらない物もあると、安心するよね」
でも――
「私のけんちゃんへの愛は大きくなり続けるけど、愛し続けるのは変わりません!」
「それ、言いたいだけだったろ?……本当に変わらないな梓は。……安心感が半端無いな」
他の姉妹が合流するまで、二人の放つ甘い空気に周囲の皆様は何を口にしても甘さで胸焼けさせられる気分を味あわされるのでありました。
ベーコン&パイナップルのピザよ永遠に。
次回で王国終わる予定。
 




