29話目 裏では黒い
開礼小学校六年生にして生徒会長でもある聖小町は、自室の学習机に広げられた原稿用紙を前に、作文のタイトルと名前を書いた時点で、かれこれ十分は動きを止めていた。
「……鬱」
そして、ポツリと呟いた。
学校では明るく凜とした雰囲気を纏い、授業態度は真面目そのもの、厄介事には首を突っ込み、教師が相手でも物怖じしない勇気を持ち、誰よりも率先して行動する生徒会長として人気者な彼女は今、そんなイメージとは真逆な、とても虚ろな目をして脱力していた。
何故、そうなっているのか?それは、宿題として提出しなければならないお題が『私の家族』だからである。
「おのれ新人教師め……許すまじ」
先生、生徒会長が先生の陰口言ってまーす。
……さて、こんな宿題が出された理由は、教師が新人であるが故と云えた。小町の学年ではクラス替えもなく、担任は五年生から引き続きの筈だったのだが、産休に入ってしまったのである。その為新人が一学期の間、担任代理となったのだ。
その新人、やる気はあるようなのだが当然未熟である。この作文も、生徒の家庭事情を知る為の一環なのであろうが、それを宿題とするのは、これ如何に?が小町の心情なのである。
「家族の内情なんて公表したくない子もいるのに……私だよ!」
小町と親しくしている友人には家族構成の事を説明しているので「小町ちゃんは、家族が多くて書ける事が多くていーな」とか言われたりして「そーだねー」と相槌打ったりしたが……
「確かにネタは一杯あるけど、そこから書けるネタを拾うのが大変なんだよぉ~!」
そう、宿題のノルマである四百字詰め原稿用紙二枚以上なんて簡単に埋められるだけのネタは豊富にある。しかし、書けないネタと、書きたくないネタも多く、そこから文章として構成しなければならないので苦心しているのである。
小町は一先ずノートに書き出してみる事にした。
両親――父さんについては仕事と三回結婚している事を書く。我が家の根幹なので避けられない。深刻にならないよう、さらっと。浮気者と思われないようにする。義母さんについては詳しく書かない。仲が悪くないのはアピール。
光姉さん――一家の大黒柱。とっても美人でモデルの経験あり。家事万能。優しいけど怒らすと一番怖い。最近結婚してないのに赤ちゃんが出来た……これは書けない。
梓姉さん――とても優しい。裁縫が得意で、作れない物は無いと思えるぐらい。兄さんを好き過ぎる。血は繋がってないから問題無い……本当に?どちらにしろ書けない。
遥義姉さん――外見は金髪の不良さん。でも、家庭内で乱暴したりする怖い人ではない。割りと常識的な人……そう思っていたけど、バイト先がメイドカフェな事が判明。しかもネコミミ尻尾付きで……世間的に如何わしいので書くわけにはいかない。
翼姉さんと希姉さん――双子でいつも一緒にいる。とても仲良しでケンカしたのを見たこと無い。外見、能力の差が判らない。私も時々見間違える。歌が上手くてバンド活動してる。ふざけるのが大好き。二人とも頭が良くて、受験勉強している様子がなかった……神様理不尽。
桜姉さん――アニメやゲームが大好きなガチなオタクさん。男の子より女の子が好きらしい変人。喋り方も変。趣味全開なのは困り物だけど、誰よりも生きている事に前向きだと思う。……小学校の頃の事はクラスの皆は知ってるから、書かなくて良し。
実鳥義姉さん――一つ年上の義理の姉。姉妹一大人しい子。私にとって貴重な癒し。義姉だけど、むしろ守りたい。いつか、実鳥義姉さんが昔の事を話せるくらい強くなって信用されたい。……これは、心の内に秘めておこう。
燕――現在我が家の末っ子。マジ天使。可愛い。元気ハツラツ。私をお姉ちゃんにしてくれてありがとう。最近、ペンギンに異様な執着があることが判明。……そんなに凄いの?是非、一度水族館に連れて行きたい。自分で確かめたい主義なので。
兄さん――我が家唯一の男子で、過保護者。見た目は、かなり良い。学校の成績も上々。幼い頃から利発だったらしく、頼り無い父さんよりもずっと姉さん達に頼られ、今も慕われている。梓姉さんとは……ほとんど夫婦。とゆうか、梓姉さんが時と場所を選ばずくっつきすぎ!そして兄さんは恥ずかしがらずすぎ!それに、翼姉さんと希姉さんと桜姉さんも兄さんに人前で平然とベタベタするし……普通、年頃の男の人って、妹を邪険にしたりするよね?なのに、全然恥ずかしがらない。駄目だ、つい反抗的になってしまう……まあ、過保護になった理由も、亡くなった芽生お母さんとの約束が大元だと知った今では理解出来る……だが、その話には、こうして冷静に振り返ると、兄さんの更なるトンデモが発覚したわけで……つばぞみ姉さんが生まれた時って、兄さん二才二ヶ月だよね?今の燕がもうじき三才なのに?利発って単語で済ませていいの?もしかして嘘だった?でも、光姉さんの反応的にそれはなさそう……駄目、兄さんが判らなくなってきた……
「……文章にしてみると、ウチの兄さん……異常だ。いや、悪い意味じゃないけど……これが桜姉さんが言う、チートスペックとかなの?」
剣が梓や妹達と仲が良い事ばかりに目を奪われていた為、小町は今迄、剣の精神的・肉体的スペックの高さに疑問を抱いていなかった事に、今更ながらに気付いたのである。
「……今考えるのは止そう。宿題優先!でも……今度じっくり観察してみようかな……?」
気にはなっても、優先順位は間違えない!小町は決断出来る生徒会長なのである
『私の家族』 聖 小町
私の家族は現在、両親と兄一人、姉七人、妹が一人。私を加えて十二人家族です。日本は本当に少子化してますか?とゆう大家族です。
父の職業は芸術家です。絵や彫刻等、幅広いジャンルに手を出しているらしく、海外での仕事も多く、家を空ける事も多くなります。その反動か、家にいるときは私や姉達にとても甘くなるので、少しうっとうしくも感じます。
その父ですが、三回結婚しています。今の義母は三人目です。誤解されたくないので説明しますが、父が浮気して離婚になったことはありません。最初の奥さんは病気で、二人目の、私の生みの母は事故で亡くなりました。保険金殺人でもないので絶対に誤解しないで下さい。
母が亡くなったのは小学生になるよりも前の事です。当時の私はあまり利口でもなく、末っ子だったので年相応に甘えていたので、姉達にかなり迷惑をかけていました。恥ずかしい思い出です。
そんな訳で、私の家では母親のいなかった期間もあり、長女の光姉さんが中心になり、家事を分担しています。ある意味、今の義母よりも光姉さんの方が私にとって、母に近しい女性なのだと思います。誰よりも尊敬している人です。
そしてもう一人、光姉さんが私にとって母がわりであるなら、不在がちな父以上に頼れる兄、剣兄さんは父以上の存在です。少々心配性が過ぎる気もしますが、常に私達妹を気遣ってくれている優しい兄です。私よりも料理が上手だったりするのが悔しいです。
他の姉達とも仲良く、妹は小さくて可愛いです。今、私の家族は、少なくとも私はとても幸せです。でも、今に至るまでには沢山の問題もありました。
母が亡くなった頃、自分より不幸な人はいないと思い込んだりもしました。今思い返すと、母を亡くすのが二度目だった兄と姉もいたことを想うと、申し訳ない気持ちで一杯です。
父と今の義母の再婚当時も大変でした。
新しい義姉達とは育った環境が大きく異なり、馴染むまでに時間が掛かり、些細な衝突も多くありました。それでも、ぶつかることで初めて分かることもありました。
よく、家族が多くて楽しそうとか言われたりしますが、まだまだです。兄や姉の事、一緒に暮らしていても、話さなければ分からないことだらけです。つい最近も、自分のちっぽけさを思い知らされたばかりです。
最後にもう一度。ぶつかったら応えてくれる。そんな家族がいてくれる私は、とても幸せです。
「ま、無難に纏まったかな?用紙三枚に収まったし……それほど当たり障り無いよね?これ以上は、用紙足りなくなっちゃうもんね」
小町は文面を再確認し、問題無いと判断してクリアファイルに挟むと忘れないうちにランドセルへと仕舞ったのであった。
翌日、小学校にて、小町は担任代理の新人教師に相談室へ呼び出された。
「先生、何の用でしょうか?」
「わざわざ済まないね聖さん。ま、座って」
促されるまま、椅子に座る小町。呼び出しの理由は察しが付いている。とゆうか、今日提出した宿題の作文以外に心当たりなどは無い。……つくづく新人なのだと思わされていた。
「それでなんだけどね、君の作文を読ませてもらったんだけど……」
やっぱりか~。と、うんざりした気持ちにさせられた小町。しかし、表情には出さない。会長スマイルは崩さない。断じてイメージは保守する!表情変化に乏しい兄を見て学んだポーカーフェイスは、他人の目では易々と見破れない!
「その、余りに想定外だったものだからね。まさか、嘘なのかなと思ってね」
「……嘘なら問題ありますか?」
「ええ!?」
当然、小町の主観的に嘘は書いていない。単に、新人教師に腹を立てていたが故の悪ふざけである。
「作文のタイトルが『私の家族』とゆう指定があっただけで、ノンフィクションを書くように指示はしませんでしたよね?だったら、国語の授業での宿題であった以上、問われるのは文章力や漢字の識字率ですよね?間違っていますか?」
「い、いや……その……」
にこやかな会長スマイルで、新人教師を抉る抉る。正論大好き小町ちゃん。正直、この新人教師は好きになれないタイプだったのである。
昨年赴任したばかりの若い男性教師で外見もそう悪くないので女子からの人気は高いのだが、デレデレしているのが目に見えていて気に入らないのである。まるで、生徒と友達感覚なのか、兄気分なのかと思えて仕方ないのであった。
「冗談です。大体本当の事しか書いてませんよ。ですが……国語の宿題を生徒の家庭事情を知る為に利用したのなら……職務怠慢なんじゃないですか?自分と積極的に話してくれない生徒は簡単に済ませよう……みたいなですか?」
「そ、そんなつもりは無い!私は真剣に……」
「そうですよね。でも、それだとどうして私が呼び出されたのか不思議ですね?私の作文を嘘だと疑ったから、それで家庭事情に問題があると思ったから呼び出したんですよね?でも、それじゃあ本当に当たり障りの無い内容で嘘を作文にしていたら、分かりませんよね?まさか、生徒全員が本当の事しか書かないと思っていたんですか?」
わざとらしく驚いた表情を作る小町。自分の時間が無意味に浪費されている事が、とても腹立たしくなってきたのである。
「もう用事が無いなら、失礼しますね」
「ま、待ってくれ!聖さん。先生に対して、態度が失礼じゃないか?何故、そんな無礼なんだ!?」
小町はカチンときた。この新人教師、挫折を知らないタイプだ。都合が悪くなって、教師であることを傘に来やがったと。
「無礼ですか?私、ずっと敬語で喋っていたつもりですけど?ああ!慇懃ではあったかも知れませんね?」
「このっ!」
椅子を蹴り倒して立ち上がる新人教師。怒りに歪んだ形相である。……キレやすい若者だ。
だが、小町は平然としている。
「クラスの皆、幻滅するだろうなあ。思い通りにならないと態度が激変するなんて。今ならまだ見逃してあげますよ?私、この部屋に入ってから、ずっと録音してるんですけど?」
「なっ?」
「作文にも書いておいたでしょう?私の兄さん、心配性なんですよ。でも、今日は感謝ですね。常備していて良かったですよ。ボイスレコーダー。っと、動かないで下さい。防犯ブザーは女子小学生の必携アイテムですよ?」
右手にボイスレコーダー。左手にキーホルダー型防犯ブザーをポケットから取りだしチラつかせる。
新人教師の顔色は蒼白と化した。教師生命を完全に握られてしまったのだ。生徒会長に。
「そ、そんな……教師を、全然信用していないのか……?」
「どの口で?……まあ、貴方に限らず教師……特に小学校教師は易々と信用しないように教育されてますので。姉の一人曰く『子供が好きで教師になるのはロリショタ予備軍』だそうですから。偏った考え方だと思いますが、あながち馬鹿に出来ないかもですね。さて……」
小町はボイレコとブザーをポケットに仕舞うと、とびきり会長スマイルで新人教師に向き直った。
「大人しく教師をしていてくれれば、今回の件は誰にも何処にも報告しません。ただ……女子人気に調子に乗って生徒に如何わしい事をしたら……覚悟して下さい。生徒会長として報復させていただきますので」
ぐぅの音も出ず項垂れる新人教師を放置して去ってゆく小町。
そのままの足で、女子トイレの個室へと早足で入り、便座に腰を下ろすと、途端に全身から汗が噴き出した。
(恐かった~!マジで襲われるかと思ったぁ!防犯ブザーは本物だけど、ボイレコなんてハッタリだし!咄嗟に作文を逆利用するのを思いついて良かったぁ~。兄さん有り難う!でも……逆恨みされるだろうな……対抗策、考えないと)
涼しい顔して、実はイッパイイッパイだった小町ちゃん。生徒の為なら職務を逸脱してでも、教師とも戦う!
あの兄にして、この妹である。
後悔先に立たないのはお姉ちゃん譲り。
次回は、伏せ字だらけの趣味回。




