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28話目 部活には入らない

四月。清央高校。


日本中の高等学校の多くに於いて、入学式を終えると始まる、生徒達が俄に活気付く風物詩。部活勧誘期間がここでも始まった。


朝も早くから、校門から昇降口まで、多くの部員や同好会員がビラ配りをしたりして、新入部員獲得に励んでいる。


「こーゆーのあると、高校って感じだね」


「まあ、何処にも入らないけどね」


誰よりも目を引く双子の新入生。翼と希は、ビラ一枚も受け取らずに歩いていた。何故なら、彼女達の背後にコワーイお兄ちゃんがいたからである。


だから、誰も近付けない。平然と女子高校生を泣かしてしまえる恐ろしい最上級生には関わりたくないのである。


だが、何事にも、物好きは存在するものである。


運動系部活動のユニフォームに身を包んだ部員達が剣達を見つけ……否、()()()()()駆けて来る。


「聖ぃ!今年こそサッカー部に入ってくれえぇぇ!」


「お前には剣道こそ相応しいっ!」


「聖がいれば、甲子園も夢じゃないんだ!」


その他諸々、剣目当てに群がって来たのだった。


「ヤダ。メンドイ」


箸にも棒にも掛けず、剣はスタスタ進んでゆく。だが、暑苦しいスポーツ脳筋達は、簡単に諦めない!


「何故だ!何処か部活に入られてしまえば諦めもつくのに、何故才能を生かそうとしない?日本一……代表だって狙える逸材なんだぞお前は!勿体ないと思わないのか!?」


「才能を無駄遣いするのは、最高の贅沢の一つだと思ってるから。勿体ないとか、最高じゃないか」


剣にとって、運動系の部活に入るメリットは一切無い。朝も放課後も練習の為に長時間拘束なんて冗談な話である。そんな雑事に使える時間があるなら、迷わず家族サービスに回したいのだ。


だがしかし、これで引き下がるようなアッサリしている連中だったら、諦めが良ければ、わざわざ三年生の剣を勧誘なんてしには来ない。高校最後のチャンスに全てを懸けている(傍迷惑な)筋金入りな脳筋さん達なのである!


「部活は楽しいぞ、聖!汗と涙の努力!仲間と支えあう友情!その果ての勝利!これぞ青春だろう!」


「ジャ○プ読めば充分だな」


「大会で結果を出せば、推薦貰えるかもしれないぞ!」


「推薦だと大学でも部活やんなきゃならなくならねー?」


「何故だ!お前なら本当にプロ野球選手にだって……」


「なりたくなったらプロテスト受けっから」


柳に風と、まるで相手にされていないのに、全然諦めないスポーツマンズ。彼等の脳内では『諦めたら、そこで試合終了だよ』がエンドレスリピートしているに違いない。名言の間違った運用方法だ。試合中だけにするべし。


とうとう疲れた剣さんは足を止めた。


「……何言われても、どんなメリットあっても入らねーから。てか、お前ら目先の欲に駆られて、俺を入れるって事のデメリット考えてねーだろ?練習しない奴を入れても部内の空気が悪くなるだけだろーが」


「いや、だから部員として練習にも……」


「あほくさ。なんで俺の貴長な時間をテメー等の都合に合わせて浪費しなきゃならねーんだっての。全国だの日本一だの、行きてー奴だけで行きゃいーだろが。……何度も言わすな」


剣が踵を返したその時。つい、手を伸ばしてしまったとても不幸な柔道部員が一人。


「正当防衛、成立」


「え?」


柔道部員の視界が、縦に三百六十度回転し、気が付くと地面に仰向けで転がされていた。


この柔道部員。歴とした黒帯の有段者である。だが、剣に道着を掴まれたどころか、触れられた感触すらなく、地に伏せられたのである。


「これで一本。そして――」


柔道部員の首筋に、剣の手刀が添えられた。


「本物の刃物なら、お前、死んだな。……さて、これは特定多数の運動部員による強引な勧誘への正当防衛なんだが……この事、生徒会に報告するか?それとも、世間様に公表して部活停止処分でも受けたいか?」


言外に、見逃してやる最後のチャンスだ。分かったら、さっさと散りやがれ。……と。


察しの悪い脳筋達にも、確かにそう伝わり、漸く諦めて去っていった。


「けんちゃん、ガチムチにモテモテだったねー」


「ちっとも嬉しくない。……才能と好きな物が一致している脳筋って、自分本位で困るわー」


剣は、昨年も新入生そっちのけな勧誘を一部から受けていた。


クラス対抗の球技大会や体育祭・マラソン大会等々で、明らかに手抜きをしながら、好成績を修めてしまったのが原因である。


「才能活かせって言われるの、本当に嫌だ。才能を活かすのが幸せだとしたら、俺の幸せって、生き物を斬殺する事になるんだよな。……全然楽しくねえ」


魔獣・動物・魔族、そして……人間。ありとあらゆる生物を屠る為に使われた前世の経験。異世界の伝説級剣士達の戦闘術が剣の魂には刻まれている。


それが才能なら。それを活かさなければならないのだとしたら、剣の夢である異世界(地球)農業スローライフとはかけ離れた一人軍隊的殺伐職業にでもなるしかないだろう。


「大丈夫だよ!もし、けんちゃんが将来殺し屋さんになったとしても、私が傍で支えて幸せにしてみせるから!」


「……いや、そこは、殺し屋なんかにさせないから!……じゃね?」


「けんちゃんに殺される人は、殺されるべき悪い理由がある悪い人なので問題ありません。間違いなく!」


梓の剣への信用と信頼は絶対に揺るがない!そして、愛情ゲージは既に銀河系を突破しているのである!


「梓ちゃん、嫁の鏡」


「そのゲージ、赤い巨神なら発動十回分」


銀河を十回滅ぼす愛って何だ?


「なんだかなぁ……梓、もし俺が本当に人を殺しても、引くなよ?」


「引きません!だって、そんな面倒な事をするとしたら、妹の為にしかしないでしょ?必要なら、私だって躊躇わないよ?」


……言い返せない剣さん。


「素晴らしきシスコン夫婦愛」


「二人は、出会うべくして出会った訳だよ」


言葉無く、身悶えることで肯定する梓さん。


少々のアクシデントはあったものの、普段通りの仲良し聖家の登校風景であった。


一般生徒にとっては、驚愕の事態であったが。


手首の返し程度の動作で柔道部員が軽々投げられて宙返りさせられる……そんな漫画のような現実が、悪夢のように脳内で繰り返されたりしたそうな。




さて、部活勧誘期間といえば、体育館での説明会がお決まりである。


基本的に新入生は全員参加なので、何処にも入部する意思の無い翼と希も、眠たそうな顔をしながら参加していた。


真面目に説明を受けるつもりもないので、クラスメイト達との適当な雑談に勤しんでいた。


「ねえ、聖さん達は部活入るの?」


「いまのところ、入る気無し。特に運動系は」


「嫌味と思ってほしくないけど、胸が邪魔過ぎて」


「……おっきいもんねー。正直、男子に注目されてるのって、どんな気分?」


「慣れてるから、どうとも思わない。エロい目で見るだけ程度なら、許す度量はあるし」


「逆に、実害には一切容赦しない。お兄ちゃんが」


「あの噂の先輩……今日も柔道部の人を放り投げて空中で回転させたって聞いたんだけど……?」


「放り投げてない。ちょこっと、柔よく剛をおちょくっただけ」


「果たして、柔道に真剣に打ち込んできた彼は、護身程度にも柔道を役立てられなかった事に、どう向き合うのだろう?」


「柔道部員を文字通りの片手間扱いって……」


双子を中心とした雑談により、剣の新たな噂が新入生に伝播してゆく。それがまた尾ヒレが付き、殺人未遂にまで拡大したりしたのだが……まあ、それが元で生徒会より〝聖剣への部活動勧誘行為禁止 〟が徹底される事となったので結果オーライである。


そうこうするうち説明会は進み、ステージ上では翼と希が唯一、入る気は無いが興味だけはあった――軽音部が準備を始めていた。


バンド活動をしている身の上。同年代のレベルがどのような物か、強敵ならば望む処なのである。


バンドの構成はギター・ベース・ドラム・キーボードの四人で全員女子で、ギターとベースがボーカルも担当している……うん!何処かでよく見たバンドに似てるね!


「あ、あ~テステス……こほん。わ、わたひ達、清央高校軽音部れふ!……です!あ、ば、バンド名は『登校スライディング』れす!」


ギターの娘がトークを担当しているが、明らかに人選ミスをしている。上がり過ぎの噛みまくりである。後、バンドのネーミングが明らかに意識的である。


「……まあ、放課後使ったら負けだよね」


「名は体を表してるかな?朝練無さそう」


まあ、演奏に入れば豹変するかな?頼り無いトークを前にしても、翼と希は気を緩めない。油断して度肝を抜かれたら格好悪いから。ロックじゃないから。


「え~と、私達、先輩が卒業しちゃって……部員が足らなくなって、焦ってます!その……目立ちたくないとか、楽器出来ない人でも大歓迎です!作詞とか、作曲とか……私達、ほとんど素人で……オリジナル曲もありません……ごめんなしゃい!あう……また噛んだ……」


「……駄目そう?」


「……期待ゼロ」


ハードル下げ過ぎにも程がある。ロックじゃない。


「え、えっと……それで、その……今日は、私達が好きな、インディーズバンドの曲を、演奏したいと思います」


「駄目だ……素人相手なら、コピーならメジャーでないと」


「盛り上げ方を判ってない……駄目な方へと選び過ぎ……」


双子だけでなく、周囲のほとんどから憐れむような雰囲気が漂い始めていた。公開処刑な空気である。


それでもめげずにトークを続ける先輩に、少なからず『頑張れ!』と見守る視線も増えてはいたが。……思わぬ方面に人気が出たみたいである。


「それでは、聴いてください。『トリオス・ジェミニィ』の『双子星(ツインスター)』です!」


「「ん?」」


翼と希にとって、よーく知っているバンドの名前と、ここ半年で一番歌っているかもしれない楽曲名だった。


演奏開始後、双子のストレスメーターは一気に振り切れた。


楽器は個々にはそれなりだったが、合奏として纏まりがなく、なにより、ボーカルがグダグダであった。


マイクを本当に使っているのかと罵りたくなるぐらいに歌声が小さく辿々しくて、はっきり言って聴こえない。ギターもベースも、ボーカルにまで意識を向けられずにいるのが、実力不足なのが一目瞭然であった。


観客の新入生達はげんなりし、教員達は苦笑いしていた。


「……希、私は限界!」


「翼、私も無理!」


ぷっち~ん☆




軽音部部長で二年生の初島吹(はつしますい)は、涙目で演奏していた。理由は当然、この説明会ライブがボロボロだからだ。完全に、練習不足の準備不足である。


これでは新入部員など望める訳もなく、同好会への降格は免れない。自業自得であるとはいえ、元来の上がり症も加わり、演奏は乱れ、歌詞は飛び飛びのしっちゃかめっちゃかである。


これ以上無様を晒す前に、演奏を止めるべきかもしれない……そう考えていた時だった。


突如、体育館の()()()()()から、とてつもない声量の歌声が、館内に響き渡った。


その一瞬、驚きの余り軽音部の演奏も途切れる。だが、歌声の主()はそんな事など気にも留めず、館内の注目が自分達に集中したのを見計らうと、肩掛けにしていたブレザーを放り投げた!


そこにいるのは翼と希……ではない!


自由の翼と希望の星をその身に刻んだ(ペインティング)トリオス・ジェミニィのツインボーカル、ウイング&ホープなのだ!


演奏が止まっているのも構わず、二人は躍りながら歌い続ける。機械(マイク)を通していない素の声量でありながら、その歌声は体育館を満たす。その上で跳び!駆け!廻り!激しいダンスを完全に同調しているようなコンビネーションで繰り広げている。スカートが翻って、パンツが見えても気にしない!


誰もが目を奪われ、息を吐く事すら躊躇う中、歌声が止まる。『双子星』の一番が終わったのだ。


すると、ウイング&ホープは体育館を真っ二つに割るようにステージへと駆け出し、飛び乗るとギターとベースからスタンドごとマイクを奪い取り、


「「間奏!」」


と、軽音部員に怒鳴りつけた。


「さあ!こっからが本番だあ!」


「大人しくしてんじゃねぇ!跳べ!叫べ!それがライブだ!」


「「トリオス・ジェミニィはこんなもんじゃない!」」


それから、正規メンバーには及ばない演奏ではあったが、更に声量が増幅された二人の歌声は、聴く者全てを熱く震わせた。


それは、体育館の周囲にいた生徒達までをも巻き込んだ熱狂を生み出した。この日を切っ掛けに、清央高校の生徒に『トリオス・ジェミニィ』のファンが増殖する程に。


だが、余りに盛り上がり過ぎて、この後の部活説明会は続行不能となってしまい、当事者である翼と希は職員室に強制連行されたのだが……


「また聖家かあっ!」


で、無罪放免となったのであった。


取り敢えず、結果的にライブで盛大な歓声と拍手を戴いてしまった軽音部員達はその感動が忘れられず、練習時間を増やすようになりました。めでたしめでたし。




今回は単発です。

次回は小町をメインで。

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