2話目 光とお出掛け
当然ですが、キャラの掘り下げしていきます。
今回は長女さんです。
朝食後、剣はリビングで寛ぎながら愛犬のこだちをブラッシングしていた。
聖家には現在こだちの他、三匹の猫がペットとして飼われている。雑種の黒猫シュヴァルツ。ロシアンブルーの姫。メインクーンのおもち。三匹とも、犬のこだちとも特に喧嘩もせずすごしている。
それぞれの名付け親は、こだちは剣。シュヴァルツは桜。姫は小町。おもちは梓である。理由は、自分の名前に肖って。黒猫なので、ノワールと迷ったけどシュヴァルツの方が雄っぽいと思った。見た目が高貴で女の子だから。白毛が多いし大きくなるから。である。
基本的に、猫は人間の子供が苦手である。それは甲高い声か、バタバタ足音を立てるからか、撫で方が下手だからか、理由は猫それぞれにあるだろうが聖家の猫達もその例に洩れない。シュヴァルツと姫は燕に見つかる度に居場所を転々としている。
おもちは逆に、剣にくっついてソファーで丸くなっている。大人しい性格で、燕から逃げたりもしないのだが、大きくて重いので燕の力では抱っこ出来ないので面白くないらしい。
幼児の好意が通じない動物、それが猫。
こだちの後、続けておもちのブラッシングもしていると、光が春物のブラウスにカーディガン、ロングスカート。そして肩掛けのエコバッグとゆう、『ちょっとその辺』といった出で立ちで現れた。
「あら?剣だけ?梓は?」
「さっき桜と出掛けたよ。コスプレ衣装の素材探しだってさ。昼飯には戻るって」
コスプレは桜の趣味の一つ。梓の趣味で特技は裁縫。とても相性が良いのであった。
「ふーん。私、今から買い物行くんだけど。剣、荷物持ちしてくれない?燕は、翼達に任せてあるから」
特に用事もないので剣は二つ返事で了承した。何せ、十二人分の日用品と食材だ。車に積むのも一苦労だし、光からの頼まれ事などそうはないのだ。
二人は、歩きで十五分程の距離にある商店街に向かう事にした。
光は当初、自動車でショッピングモールへ行くつもりだったのだが、優秀な荷物持ちが確保出来た為、予定を変更したのだった。
住宅地を抜け、大通りに出れば後は一直線。幼い頃から歩き馴れた道を二人で並んで歩く。
「そういや、姉さんと二人でってのは、かなり久し振りかも」
「……かなりどころか、二人だけで出掛けるのは父さんが夕樹義母さんと結婚する前以来よ?基本的に梓がくっついてたし、他にも誰かしら一緒だったもの」
「そうだっけ?あまり気にしてなかったなぁ」
「そうよぉ。お姉ちゃんはけっこう気にしてました。だって、それって剣が私に弱音吐いたり甘えたりしてないって事だもの」
「それは……ん、子供らしくない反応してたんだな俺」
「むしろね、私の方が剣に甘えてたって気がするわ。母さんが亡くなった頃も、剣はとてもしっかりしてたし」
「あの頃は……、父さんが一番頼りなかった」
思わず吹き出す光。
「それ、言っちゃダメ……。プフッ!剣も、そう思ってたんだ」
「仕事は出来る人なのになあ。沈むと浮き上がる迄、時間が懸かりすぎるんだよ。ま、嫌いじゃないけどさ」
「私も嫌いじゃないけどね。しかし、期待はしてない。なんてね♪」
光は普段意識的に長女として振る舞っている。幼い頃に母を亡くし、父親が頼り無い為、妹達の手本となるべく自分を厳しく律してきた。
その結果として、才色兼備・家事万能な姉として弟妹に慕われているのである。
だが、母を亡くす前迄はそうでもなかったのである。
光は初めての弟である剣を溺愛していた。それはもう、猫可愛がりしていた。とても、無邪気だった。
そんな面が、今の光しか知らない者がいない場では表に出てくる。普段の穏やかな微笑みとは違う、活発で元気な笑顔がここにあった。
「楽しそうだな、姉さん」
「そりゃ楽しいわよ。弟がこうして買い物に付き合ってくれてるんだから。友達の話とか聞くと、男の子って中学生くらいになると家族と行動するの恥ずかしがるって言ってたもの」
「あー、思春期になるとってヤツか。俺はそうゆうの、小学生になる前に、ぶっ飛んでた気がする」
「梓って、凄いわよねー。好意を示すのに一切躊躇が無いもの。あの子を受け止めてるんだもの、羞恥心耐性高くなるわよね」
「どうでもいい連中に冷やかされたり囃し立てられても、本当にどうでもいいからな。……ま、当時の対応については、もう少し穏便なやり方があったかと、ちょっぴり反省している」
「あくまで、やり方だけね?」
「当然。ま、最初に派手にやったから、小学校の六年間は割と平和だったけどな」
「家庭訪問で来る剣の先生って、みんな胃が辛そうだったわよね。生徒って言うより、重役上司に呼び出しされた……みたいな?」
「心外……だったな。俺はイジメを撲滅してただけだってのに」
主に、積極的(脅し含む)説得と直接的(無属性物理攻撃)説得で。
「そもそも、教育の方針が間違っているんだよな。イジメって、正しい表現すれば犯罪だろ?校内に警察が居れば検挙数と検挙率がガンガン上がるんじゃないか?」
「それ、安全だけど逆に殺伐な世界ね……。妥協案として、学校の横に交番置くとかどうかしら?」
「せめて、そのくらいしてくれれば、安心なんだけどな。姉妹揃ってトラブル体質だからなぁ」
「多分、剣が一番そうだけどね」
「否定はしないけどさ。俺はいいの。大概の事は自分で処理出来るから」
「駄目よ油断しちゃ。人は簡単に死んじゃうんだから」
咎めるようなきつい口調ではなかったが、その言葉には重みがあった。
二度も母親を喪った光は、姉妹の中で誰よりも家族の死に対して忌避感を抱いている。
それに比べると、剣は命を軽く見ていると言えた。
どんなに注意を払おうとも、油断などしていなくとも、常に死が隣合っている。そんな世界で生きた記憶が在る為に。
敵であれば殺して当然。そんな価値観は今でも変わっていない。法治国家日本で殺人をすれば面倒だと理解しているからやらないだけで。
「そうだな、気を付けないと。姉さんのストーカーにでも刺されかねないしな」
「あら?言うようになったじゃない。でも、今の私達って遠目からなら恋人みたいに見えるのかしら?」
「世間一般的には、そう連想するんじゃないか?姉弟って正解の八割増し程度は」
「八割って、そこまでいったら二倍で良くない?」
「あえて大袈裟じゃなく、微妙な数字を示されると根拠がなくても、なんとなく信憑性あるよな。そして何故か笑いになる。例えば、「百年早いわ!」って台詞が「九十九年早いわ!」だと、何故か具体的でおかしくなるから不思議だろ?」
「具体的なデータなんて無いのにね。……それでは少し、具体的な判断材料を追加してみましょう。こうして、腕を組んでみたらどうかしら?」
光は剣の腕に自分の腕を絡めて、身体を密着させてみた。二人の身長はほぼ同じなので、かなり顔が近い。
「……恋人、もしくは夫婦の回答が九割以上かな?」
「残り一割は?」
「ウケ狙いか大穴狙いのひねくれ者。てか、近い」
「剣が全然照れないので、お姉ちゃん面白く無いです」
頬を膨らませてムスッとした表情を見せる光。
「この程度で照れるような純朴男子じゃありませんので。梓は言うに及ばず、翼も希も桜もスキンシップ過多だからな。流石に遥や実鳥ちゃんに同じ事されたら驚くだろうけど」
「今更ながら、弟の妹ハーレムに驚愕」
「そんな事より、姉さんこそどうなんだよ?俺と腕組んでるトコ見られたりして、誤解する男とかいないのか?」
「いませ~ん。リアル弟と腕組んでるのを浮気と誤解する男なんてタイプじゃありません。もしそんな事があったら、サクッと捨てます。むしろ棄てます」
剣は思った。やるだろう、むしろ殺るかもしれないと。
光を怒らせてはならない。それは、光を除いた兄妹間での共通認識である。
過去の一例
よくある話。ケーキを誰かが勝手に食べて誤魔化した。犯人はすぐに判明。小町(当時小1)だった。
光が小町を部屋へ連れ込み、小一時間。
部屋から出てきた小町は、涙を流してガクブルしていた。
その後、小町はこう話した。
「お姉ちゃん、小町がごめんなさいしても「なにが?」「それで?」ばっかりで…。恐くなかったのに、小町がもう許してくれたと思って立ち上がったら……、パンチを寸止めされて……。笑ってたのに、とても怒ってたの……。全然、恐い顔してなかったのに、とても恐くなってたの……。小町が、ちゃんと、何が悪かったか、解るまで、許してくれなかったの……。小町は、もう絶対に、お姉ちゃんを怒らせない……」
それ以後、誰も光を怒らせてはいない。
余談
小町を厳しく叱ったその日の夜。
光は剣の部屋で、剣に慰められながら泣きじゃくっていた。
「うあぁぁぁぁん!小町に嫌われたかもぉぉぉ!絶対怒り過ぎたあぁぁ!剣も梓も翼も希も桜も、誤魔化しなんてしないもん!怒り方の加減を間違えたぁぁぁぁ!!」
躾の為とはいえ、やり過ぎになってしまったと後悔していたのであった。
因みに、光が他の弟妹を厳しく叱った事がなかったのは、剣は転生者で精神的に大人で、叱られるような子供じみた事をしなかった為。双子も同様である。梓は常に剣を意識して行動していたので、剣に嫌われないようにしていたのが功を為した。
桜は、しれっと言っていたが転生者なので剣と同様。剣達と違い転生者な事を公言しているが、厨二病的言動と思われて剣と双子以外には本当と思われていないが。
仲よし姉弟が、端から見れば美男美女のカップルが楽しげに歩く様子は、否応なしに周りの目を引く。
(何も、起きなきゃいいなあ)
買い物に訪れているであろう奥様方の視線を集めつつ、剣はフラグめいた事を考えていた。
商店街は、もう目の前であった。
次回のメインは次女と六女。