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25話目 幸福のホーリーライト

四月のとある平日の夕方。


剣は桜・実鳥と一緒に、こだちの散歩に出掛けていた。


こだちの散歩は、朝は剣が飼い主の義務として、責任を持って実施しているが、夕方は手の空いている者がする事になっている。勿論、誰も暇がなければ剣がやる。


今日は、桜と実鳥が食材の買い出し係であった為、剣も散歩ついでに荷物持ちとして同行しているのであった。


「そういえば、こだちちゃんって、剣さんが飼うのを決めたって聞いたんですけど?」


「ああ、中二の頃に、クラスメイトから貰ったんだ。まさか、本当に無料でくれるとは思ってなかったんだがなあ」


「無料?こだちちゃん、歴とした柴犬ですよね?」


「んー……長くなるから端折って説明するけど、そのクラスメイトがイジメにあってた事があってさ、なんやかやで俺がイジメをやめさせた訳だ。そしたらソイツだけでなく両親からも感謝されたりして、散々頭下げられて、逆に居たたまれなくなってさ、無茶振りしてみたんだ。ソイツん家ブリーダーだったから、今度仔犬が産まれたら一匹くれって。いくらなんでも、それは無理だろうと思ったんだけど……」


「真に受けた……ですか」


「そうゆう事。家には既にシュバルツがいたけど、家は広いからまあいいかなと。俺が全面的に面倒見るって言ったら誰も文句言わなかったし」


「成る程ー、そんな経緯があったんですね。だから剣さんに一番懐いてるんだ。猫ちゃん達は、みんな光さんに一番甘えているけど」


「所詮、猫は自分本意な生き物なのです。結局、メシをくれる人に媚びる連中なのです」


捨て猫だったシュバルツを拾ったのは桜である。


その当時は、梓達の産みの母である夕樹が亡くなったばかりの頃で、本来なら動物を飼う精神的な余裕は聖家の誰にもなかったのだが、それは母の死を目の当たりにした桜が、それ以来初めて積極的にした行動でもあった。


「でも、桜が立ち直れた一因がシュバルツにあるのも事実だろ?持ちつ持たれつじゃないか?」


「否定はしませぬ。ただ、もう少し愛情よ伝われ!と思うのであります!」


シュバルツを飼うことにしたのは、動物と触れあう事によってストレスを軽減する癒し効果、即ちアニマルセラピーを期待したからであった。動物を飼う余裕がないと感じる一方、縋れるのであれば何にでも縋りたかったのも本音であった。


シュバルツの存在が聖家にとってプラスであったことは、今も家族の一員であることから明らかだろう。


「こだちを飼い始めてからは、トントン拍子に増えたよな。同じ年に姫が、一昨年にはおもちが。……どっちも父さんが相談もせずに買って来たんだよな。全然世話しないのに」


「おもちちゃんの時には私もいたから驚きましたよ。燕ちゃんの一歳の誕生日プレゼントでしたよね。温厚な性格で、体も大きくなるから子供の遊び相手向きと聞いて、衝動買いしたって」


「父様は、即断即決即行動な自由人過ぎるのであります。姫の時など、小町たまへの露骨なご機嫌取りでありましたし」


「ご機嫌取り……ですか?」


それが、何の為だったのか解らず、小首を傾げる実鳥。


「ああ、今なら笑い話になるんだが……父さんの再婚に、小町がかなり反対しててさ、それでって訳」


「そうだったんですか?全然気付きませんでした……一緒に暮らすようになってから、皆さんとても優しかったから……」


「注釈しますが、美鈴義母様が駄目な訳でなく、再婚そのものに小町たまが否定的だっただけなのであります。あの頃の小町たまは、本当に子供っぽくて可愛かったのであります!」


「実鳥ちゃんには想像つかないだろうけど、美鈴さんとの再婚前までは、小町は凄く甘えん坊だったんだよ。あ、今のはここだけの話な」


「確かに、昔のアルバムの写真を見せて貰うと、小さかった頃の小町ちゃんは、無邪気な笑顔が多いですよね。誰かに抱っこされてる写真ばかりで、とても微笑ましいです」


「今の小町たまは、頑張って背伸びしてる感が滲み出ていて、そのギャップもまた微笑ましいのであります!しかしながら、真面目過ぎて危うく感じることもあるのであります」


「だよなあ。学校での様子とか、とても気になる。清掃中巫山戯てる男子に「ちょっと、男子!真面目にやりなさいよ!」とかテンプレな注意して逆恨みされないか凄く心配。……姉さんから、注意を促してもらわないとな……」


「最近、光姉様の言うことしか素直に聞いてくれませぬですからなあ。およ?噂をすれば……では、ありませぬか?」


桜の指差す先、対向車線側の歩道を光が歩いていた。剣達に気付いている様子はない。


光はそのまま、道路沿いにある喫茶店へと入って行った。


「……光さんがこの時間に家に帰らない?珍しいですね」


「そういえば、夕食の下準備を小町たまが頼まれていたのでしたな。すると、これは計画的な?誰と待ち合わせているか……気になりますな!」


ちょこっと覗きに行ってみようとする桜であったが、剣に襟を掴まれ、即座に阻止された。


「買い物が先。食材買って帰らないと小町が困るだろうが。それに、姉さんにだって俺達に隠しておきたい事の一つ二つあって当たり前だ。どうしても知りたければ、後で直接聞けばいいだろ」


「兄様の意見はごもっともですが……気になるでありますよ!もしかしたら、光姉様のデート現場に遭遇したのかもしれぬでありますよ?兄様は気にならぬでありますか?」


「気になるから後で聞く」


「あ、気にならない訳じゃないんですね……」


「そりゃ、家族の事だから。家は関心無しでいられるような冷たい家庭じゃないからな。遥のバイトの事だって、本人が教えてくれなかったから追求はしていなかったけど、何をやっているのか皆気にしてたんだぜ?」


「あはは……お姉ちゃんのバイトの内容、私もずっと知らなくてビックリでした。本当に、想像すらしてなかったから。でも、お姉ちゃん、バイトの事告白してから、とても楽になったみたいで良かったです」


剣と梓のバースデーパーティーの翌日から、遥は出掛ける時以外はメイクを落とすようになっていた。素顔を見られるのは、まだ恥ずかしいらしく、よく表情を紅くしているが、それにも次第に馴れるのであろう。


「勿体無いのです……三年以上も、あんな可愛らしい素顔を見逃していたなんて……しかし!ヤンキーな義姉が実は美少女だった事実に、ボクはやはり幸運であると言わざるを得ないのであります!」


「公道で騒ぐなっての。あんまり騒いで姉さんに見つかったら互いに微妙になんだろ?ほら、行くぞ!」


未練がましい桜を引き摺りつつ、剣達は買い出しと散歩を続けたのであった。


「光姉様が、やたら上機嫌だったのが気になるのでありますぅ~!」




夕食時。


「光姉様、先程喫茶店に入る所を見掛けましたが、どなたと会ってらしたのでしょうか?」


興味津々だった桜ちゃん。思いきって、ドストレートに聞いてみた。対して光お姉ちゃんは……


「あら、見てたの?彼氏と一寸会ってただけよ?」


全く慌てず、さらっと返した。逆に、妹達全員がざわっとした。


「お姉ちゃん、恋人いたの!?いつから?」


「誤魔化し無しでありますか!?」


「そんな……光姉さんに彼氏だなんて……」


「アネさん、おめでとうございます!」


「大穴で、カレシという名の女子留学生」


「おもしろいボケだけど、それはない」


「どんな人なんですか?光さん」


姉妹達が一斉にざわつく中、剣は落ち着いて光の様子を観察していた。


ここ最近、光は精神を揺さぶられる事が多く、情緒不安定気味になっていると剣は感じていた。


なので、今迄黙っていた恋人の存在を自ら明かしたのは、他に隠している事があって、平静を装う為なのではないかと感じていたのである。


だが、光は妹達からの質問をのらりくらりと受け流して、肝心な事は話そうとしなかった。




夕食後。


自室で寛いでいた剣の元に、光が訪ねてきた。


「……やっぱり、何か隠してたんだね姉さん?」


「バレてた?剣だけ騒がなかったから、気付かれたかなーって、内心ヒヤヒヤだったんだけど……黙っててくれてありがとね♪」


隠している事は、浮かれるような事らしい。


光は部屋に入ると、ベッドに腰を下ろし、剣を隣に座らせた。


そして、ぎゅうっと剣を抱き締めた。弟成分(オトウトニウム)の補充である。妹成分(イモウトニウム)は人前でも補充可能だが、世間体や威厳を考えられる長女様は、外出時や妹達の前では高校生の弟を抱き締められないのだ。腕を組むのが限界なのである。


で、あるからして、チャンスの時にはたっぷりと弟成分を補充しておくのである。


「……それで、本題は?」


光の弾力も柔らかさも控え目な胸に頭を押し付けられながら、剣は光に隠している事を打ち明けるように促した。こうして抱き締められているのも嫌ではないが、光が何に浮かれているのか気になっていたので、そちらが優先なのである。


「それはねぇ~、どうしよっかな~?言っちゃおっかな~?」


「少なくとも、かなり浮かれてる事は判ったよ。……一応訊くけど、彼氏がいるのは確定情報でいいんだよな?」


「あら?お姉ちゃんに恋人がいたのショック?寂しい?それとも悔しいのかしら、剣?」


ニコニコしながら惚気て弟を弄る光。ウザ姉である。


「別に……ただ、そんな話が今迄なかったから少しは戸惑ってるだけだよ。まあ、姉さんがちゃんと恋愛をしている事が判って安心もしたかな?」


「弟がもう少しヤキモチしてくれた方が、お姉ちゃんは嬉しかったですぅ。反応が大人ぶっててつまらない!」


逆に、光の言動が子供染みている。


「姉の手一つで育てられた訳でもあるまいに。てゆうか歪ではあっても、こっちは恋愛事じゃあ大先輩だろうっての。ようやく恋人の出来た姉を、祝福以外なにしろってハナシ」


「……ぐぅ」


「ぐぅの音出すなよ……で?そんなに浮かれてる理由は何?プロポーズでもされたの?」


「う~ん。惜しい!凄く近い!」


「プロポーズが惜しいってなんだ……?もう、それすっ飛ばして、役所に婚姻届けでも出してきた?」


「少し離れたわね。正解は、()()プロポーズ()()。でした!」


プロポーズ()()()は確かに近かった。だが、()()()()()では結果が同じであっても、経過が大きく異なる。


「……それで、その機嫌ってことは、上手くいった訳なんだろうけど……正直、何で今?って思うけど」


「その理由は……コレです!」


光は、剣に一冊の手帳を手渡した。それは疑う余地なく手帳である。だって、表紙に手帳と書いてあるから。年金手帳?いや、そんなボケはいらないよね?この情況で出てくる手帳といったらアレだよ。手帳の前に、母子って表記されてる手帳しか有り得ないよね!?


「今日、産婦人科で検査して来ました。出来たみたい♪」


とびきり笑顔満面な光と、引きつった笑いを浮かべるしかない剣。当然、姉の幸せは喜ぶべきであるのだが、姉が妊娠したなどという経験は初めてなので……とゆうか!


今迄浮いた噂すらなかった光に彼氏がいたかと思えば、プロポーズした上に妊娠とか!


疾風怒濤な展開速度である。剣の気持ちは正に、油断ぶっこいてたら一気呵成に全力全開に畳み掛けられた神様とかの気分である。ス○ロボのラスボスか、暴走した魔導書なのかな気分である。


「姉さん……取り敢えず……家族会議な?」


一人では抱えきれない気持ちを共有してもらう為、剣は姉妹達を招集する事にした。来年どころか、年内中に『おばちゃん』になるかもしれない姉妹達を。



準備回でした。

次回は光の更なるぶっちゃけ回。

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