24話目 剣のバースデー 夢の中にて
存在だけ仄めかしていた方の降臨。
バースデーパーティーを終えた夜のこと。
剣は今日一日の賑やかでやかましくも、楽しかった思い出を胸に、健やかな眠りに着いていた。
「はっぴーばーすでー!」
突然の来客が、何処からともなく現れるまでは。
剣的には、あまり相手にしたくない神物である。とても疲れるから。
「なんだよー!久し振りに会いに来たんだぞー!相手しろよー!『無銘の聖剣』!」
「……前世呼び、やめてくれません。女神様?」
この女神こそ『無銘の聖剣』を、異世界転生させた張本人(神)である。
剣は観念して、ベッドから起き上がった。困った事に、とても眠い。リアルに眠い。これは、夢の中なのに。
「うんうん。素直な子が、女神様は大好きです。一年ぶりだね、元気にしてた?剣ちゃん」
「ええ、そこそこに。女神様は、相変わらずですね」
「いやあ、ちょこちょこ苦労してるよ?こないだなんて、偶然見つけた世界でちょろっと奇跡を起こしてやったら祀り上げられちゃってさあ。私を主神とする宗教なんか生まれちゃってー………あー、ダルい。信仰されたくねー」
神にあるまじき発言である。信仰されたくない女神は、男子高校生に愚痴を溢している。
「それと言うのも剣ちゃんの所為だ!剣ちゃんが私をこんな美少女神な外見にしたからだ!責任取れ!」
「いや……貴女、その外見気に入っていたじゃないですか?嫌になったなら、変更すれば良いでしょう?」
女神の外見は、桃色ゆるふわウェーブの長い髪。控え目装飾の白いドレス。手首と足首に浮かぶ細い金色の環。銀色の瞳。
かつて【世界の狭間】で、『無銘の聖剣』が持つ女神のイメージから創造された外見なのである。
「それは断る!良い感じに偉そうでなく、エロス過ぎでもない!一度捨てた外見には戻れないのが神様ルールなので!」
「じゃあ、愚痴らないで下さいよ」
「そこはそれ、人の子に無理難題押し付けるのが神様だから?それにぃ、剣ちゃんは友達だから!愚痴聴いてくれるの、剣ちゃんしかいないしさぁ」
「まあ、珠にの事だから良いですけど……ああ、そうだ。わざわざ御祝いしていただいて、有難う御座います」
「いやぁ……遅いやんっ!もっと早く言おうね!もう、何しに来たのか忘れるところだよ!って訳で、えいっ!」
女神が突然、何もない空間に正拳突きを放つと、パリンッ!と、ガラスが割れたような、乾いた音がした。そして、拳が戻されると、空間に蜘蛛の巣みたいな放射状の亀裂が生じ、ビキッ!ビキキッ!と、亀裂が広がり空間を侵食してゆく。
「まだるっこしい!」
女神、空間が割れるのを待ちきれず、ドレスが捲れるのも構わず、上段回し蹴りを放ち、亀裂を蹴り裂いた!
途端に、剣の部屋が碎け散り、見渡す限り、巨大なお菓子だらけの空間へと変貌した。
「何処かで見たような童話の世界……相変わらず、俺の夢の中だとしても出鱈目な……」
当然夢の中なので、女神を除いて全ての物が、剣の記憶で構成されている。無論、味もだ。
「あ~美味しい~!地球のお菓子、特に日本はレベル高い!」
「自分が食べたかっただけですね?そうですよね?」
「剣ちゃんも食べなよ!ここでどんだけ食べても太らないから!」
「……この夢空間、現実の肉体に影響しないのに、なにもかもリアルに感じるんだよな。地球の仮想現実は、ここまで行けるのだろうか?」
「そんな下らない事言ってないで、食べないなら近況報告でもしてくれない?剣ちゃん家、おもしろいからさあ」
巨大なケーキに頭ごと突っ込み、全身生クリーム塗れで貪る女神。本日小町が作ってくれたバースデーケーキである。
「それ、妹の小町が作ってくれたケーキです」
「それはなんとも……とても美味しゅう御座います。神の舌を唸らせるとは、やるね!」
「神自身が言うと、途端に安っぽくなりますね、神の舌。囲碁も神が指せば一手目から神の一手ですよね?強いとか弱いとか関係なく神ですもんね?」
「神の耳に、下賤な戯れ言は届きません」
「そうですね。神の言葉なので真実味ありますね」
「……いいなあ、こうゆうやりとり。剣ちゃんだけだよ。私を神と知りながら遠慮なく話してくれるのは」
「まあ、初めて会った時に、逆らっても無駄な力の差を感じて開き直っただけですけれどね。魔力だけでも勇者や魔王の万倍どころじゃありませんし、それ以外の未知の力も感じましたから。……死んだばかりで、失う物もなかったですし」
「みんなが剣ちゃんみたいなら、いいのにさー。力があると、ソレだけで恐がる連中のなんと多いこと。そんなに馬鹿じゃあないんだから、滅多やたらに大それた殺戮や破壊なんてしないってのにさー」
「それ、たまーになら殺るって言ってますよね?まあ、俺も今は自重してますけど、前世じゃ大量殺戮武器だったから女神様の事を非難出来ませんけど」
「どーしても我慢するの無理な事ってあるよねー?まあ、それでも地球時間で何万年単位でやるかどうかだけどね私は!下位次元の生命体を舐めてないから。気付いているかな剣ちゃん?私達神だって、生きているから死ぬんだよ?」
「?いえ……唐突ですね?まあ、貴女はいつも唐突ですけど」
「うん。そろそろ教えておいても良いかと思ってね。ほら、君ん家ってかなり特殊じゃない。剣ちゃんが知ってるだけでも、他に三人も転生者がいるくらいだし。歪んだ神格の輩にとっちゃ、面白いゲームの駒だろうから、目をつけられる可能性は普通の人間よりずっと高いんだよ。私もその辺り注意しているから、現実でなく、夢に干渉する形で会いに来てるんだからね」
「目をつけられる?……異世界召喚の類いですか?……自分が経験者だから、有り得ないとは言えませんが……」
「だろう?まあ、そんな訳で、無理矢理玩具にされた場合に備えて、腹いせに神殺しをする方法を教えてあげよう!」
女神曰く、上位次元存在である神を下位次元存在が殺傷する事は不可能だったらしい。
そんなのは、創作物のキャラクターが、作者や視聴者に直接干渉するような荒唐無稽な話だと。下位次元存在には上位次元存在を認識する事自体が不可能なのだから。
だが、地球でも各地に神・上位存在との邂逅を果たした人物の逸話は存在し、剣も夢の中でこうして会っている。
それは、上位存在が下位次元に干渉した結果である。方法は様々あるが、神が人間に存在を認識させる事は容易なのだ。
だが、下位次元への干渉は、そのまま下位次元の現象となり、世界の理となる。神秘性は観測される度に現象として確定され、法則として解き明かされる。
下位次元で力を行使する程に神秘性は失われ、存在自体が下位次元の理に組み込まれてゆく。
「つまり……世界に干渉し過ぎた神は、その世界の住人に殺されることもある?」
「そ!つまり、世界に顕現した神に、力を無駄遣いさせる程に弱くなるのさ!まあ、物質化してさえいれば、確実にダメージは与えられるね。再生能力はえげつないだろうけど!」
「……死ぬまで、何度でも殺せと?」
「そのとおり!しぶといだろうけど、削る程に弱くなるから!でもまあ、上位と下位じゃあ基本的な能力が段違いだからねえ、余程油断でもされなきゃ殺すのなんて無理だろうけどね!」
「……ほぼ無理なんですね。……まあ、敵として相対した場合の心構えにはなりましたよ。何にせよ、俺の姉妹に危害を加える馬鹿野郎が現れたら、命を賭しても億倍返しですけどね」
「剣ちゃん……立派なシスコン兄さんになったねえ!ま、下位次元に干渉する連中は弱いものイジメして優越感に浸りたい低脳神ばかりだから、油断している間にソッコーで畳み掛ければワンチャンあるから!本当にすっげえ神は、滅多に下位次元に関わらないから大丈夫さ!」
「因みに、女神様は神ランク的にどの程度?」
「ん~と、下の中かな?」
「絶望的な答えを有難う御座います」
「あっはっは!まあ、本当にどうしようもない相手は、戦いにすらならないからねぇ。例えばだけど、酸素を常温ぐらいで凍結するように世界の理を書き換えられる奴を敵にして、地球の人間には勝ち目どころか生きる目すらもないだろう?」
「それ……どんなレベルの神ですか?本当に起きたら、誰も生き残れないですよ……」
「まあ、頂点クラスの神でなきゃ無理だろうね。昨今、下位次元で多少技術の進んだ文明の権力者とかが、成長の遅れた文明相手に神気取りしてるけど、本当の神が笑って見ているとも知らず、滑稽なんだよねー」
「まあ、神の定義って曖昧ですからね。俺の前世も、日本なら神様ですから、九十九神ですから」
「まー、時々下位次元の生命体が上位存在に昇華する事もあるからね。剣ちゃんも転生せずにあのまま【世界の狭間】にいれば、百万年後には神になってたかもしれないし」
「初耳……別になりたいとは思いませんが」
「なったところで、上には上がいるからねー。多分、私達が神を名乗る事をおこがましく感じている更なる上位存在とかさー。会ったことないけど」
「そんなの、どうにもなりませんよね?リセットボタンを押すまでもなく、ちょこっと〝消えろ〟と思うだけで世界を消せるレベルですよね?」
「そーゆーモノは、気にするだけ無駄なモノだよ。消された時にはどうしようもないんだし。そういった〝どうしようもないナニカ〟こそ、本当の神なのかもね、知らんけど!」
「身にならない話だなあ……」
「ならないかな?じゃあ、即物的で現実的な話……とゆうか、本題に入ろうか?今日来たのはその為なんだし」
女神が指をパチンと弾くと、百円玉サイズの金色のメダルが出現した。……女神がアイドルばりのキラッ☆している顔が刻印されていて、かなりウザったいと剣くんは思いました。
「私からのバースデープレゼントだよ!肌身離さず持っているように!どうにもならない事が起きたら、それを使えば私を喚べるよ!そして願いを一つ叶えてやろう!」
何処ぞのドラゴンみたいな事を言い出した。
「あの、女神様?もしかして実体化して人間のフリして、けっこう地球で遊んでませんか?」
「遊んでるけど?三ヶ月程度の間隔で一週間ぐらいリゾートで寛いだり、観光したり、ネットカフェを梯子したり?いやあ、地球の娯楽は神をも魅了するよね!」
「いや……それ、どうなんだろ……?」
「何言ってんの?人が創造した娯楽を楽しむ神がいておかしいかい?人間はさぁ、神に高尚さを求めすぎだと思うんだよね。神絶対!とか思いすぎ。信心深い奴が不幸になったとするじゃん?そしたら「神よ!何故護って下さらないのです!?」って、知らねーし!嫌な事こっちの所為にすんな!神は便利屋じゃねーぞ!……だから崇められたくねーのよ私は……」
「それも、まあ解らなくもないです。俺も『無銘の聖剣』なんて、人間側の都合で呼ばれてましたからね。意志が芽生えてからってもの、気に入らない奴等に持たれた場合、魔法で焼いたり感電させてたら〝選ばれし者だけが使える〟なんて、逆に神聖視されちゃったり……本当嫌になりますよね、御都合解釈押し付けられる側は」
「だよねえ!本当に剣ちゃんは話が解る!いや、本当に愚痴りに来て良かったよ!気ぃ晴れたー!」
それから、女神は思う存分地球産スイーツを貪ると、満足して去っていった。
月曜日。午前四時四十五分。
目覚まし時計のアラームが鳴り響く五分前、剣はパチッと目を覚ました。長年の習慣で、大体アラームよりも先に起きてしまうのである。
「全然寝た気がしない……」
意識上では、ついさっきまで女神様の無駄話に付き合っていたのだ。体は兎も角、精神は休めていなかったのだ。
それでも、自分の体調などワンコの都合には関係ない。朝の散歩は飼い主の義務であるからして。
身体を起こすと、床に何かが転がり落ちた。それは、金色の小さなメダル。女神からのプレゼントであり、女神が来ていた証でもある。決して、剣の妄想ではないのである。
「……使わないで済めばいいんだけどな。一応、財布にでも入れておこう」
散歩用のジャージに着替えながら、剣は女神との会話を思い出していた。
――剣ちゃんが知ってるだけでも、他に三人も転生者がいるくらいだし。
「翼・希・桜、他にもいるのか?……やれやれ、盛大にフラグをプレゼントしてくれたもんだよ」
しかし、思わせ振りな女神様には振り回されるしかない。剣は答え探しは保留として、愛犬との散歩に出掛けるのであった。
これにて剣と梓の誕生日まわりの話は終了。
次回は、光さん中心の話。
 




