20話目 剣と梓のバースデー 午前中
今回の前半部分の一部、実体験に基づきます。
剣と梓のバースデーパーティー当日の朝。
パーティーの主賓二人は、追い出されるかの如く、外出していた。パーティーの準備が終わる迄は帰れない。それが祝って貰える側の礼儀であり、お約束であるからして。
そんな事は二人も承知済みである。なので、昼頃から夕方迄は一朗達と遊ぶ約束をしている。待ち合わせまで時間があるので、今はゆるゆると移動している最中である。
本日、剣は飾り気のない長袖シャツにジーンズと、シンプルな出で立ちをしているが、梓は淡い緑のワンピースを着て、髪は普段と異なり、纏めていないので背中半分までのストレートにしている。その為か、少しだけ大人びている。
「その髪型も、悪くないな」
「そう?えへへ、今日は少し気合い入れて、おめかししたから嬉しいな!なにしろ、特別な日だからね♪」
くるっと回転して、裾を翻す梓。
「うん。可愛い仕種だけど、かなりあざといな、おそらく、桜が監修してるだろ?」
「ををっ?一発でバレたよさっちゃん!」
桜プロデュース、スタート早々に見破られる。
この日の為、桜から色々と男受けする仕種や台詞を指導されていた梓であったが、剣は既に見透かしていたのだった。
「うむむ……この先の作戦を練り直さないと」
「んな気張らなくてもいいのに。さてと、どうすっか?まだ時間空いてんだよな」
「それじゃあ、早めに行って、待ち合わせの周辺でブラブラしようよ!あの辺、見所いっぱいあるし」
剣に異論はないので、取り敢えず待ち合わせ場所へ向かう事にした。本日の集合場所は、お台場で一番インパクトのある立像、ユ○コーンさんの前である。
剣達は海浜公園を散歩する事にした。剣も男の子なので、一旦ユニ○ーンさんを見に行きたかったのだが、梓が断固反対したのだ。理由は「変態がもう待ってる気がする」からであった。
剣も「それはない」とは言えなかった。
冗談混じりに「始発から来てたりしてな」と返したが、言ってから、あるかも?と、本気で考え直した。
変態さんはさておき、二人は公園にあるビーチ沿いの道を歩いていた。海風が心地良く、潮の香りを運んでくる。日曜日なので家族連れも多く、和やかな雰囲気に包まれている。のんびり散歩をするには悪くない環境である。
だが、ここは一部の人間に【聖地】と呼ばれる場所の一つでもある。
「ながらスマホ多いなあ」
「まあ、聖地だもんね」
一部の人間、ポケ○ントレーナーである。老若男女問わず、世界中で活動している彼等彼女等であるが、日本では度々、お台場でレアポ○モンが出現した際の、交通法に違反するような、マナーの悪いトレーナーの様子が地上波のニュースで流されたりする。その主な現場が、お台場だったりする。
「最近は、あまり報道されなくなったのに、けっこういるなあ」
「さっちゃんが言ってたけど、今はリリース初期よりレア物を捕まえ易いんだって。出現率アップするイベントやったりとかして。あれ?トレーナーさん達の様子が?」
突然、ながらスマホの人達が方向転換して、一方向へと向かって行く!明らかに早足で!
「うわ!?完全に人の波だな」
「きっと、レアポケ○ンが出たんだね。凄いなー。幼児からお年寄りまで、全年代が誰にも指揮されずに行進してるよ。全然オワコンじゃないねー」
トレーナーの波に飲み込まれぬよう、二人は道の端へと移動して様子を伺った。少々、散歩を楽しめる状態ではなくなってしまっていた。
「なんか、間食でもしに行くか?確か、色んなたこ焼き食えるとこあったよな?」
「たこ焼き、イイネ!ソースに青海苔、鰹節……およ?」
「どうした?」
「けんちゃん、あの子なんだけど……」
梓が指差した先はトレーナーの列。その中に、帽子を目深に被った小学生くらいの……女の子?短パンの下にピッチリした黒いレギンスを穿いているから、多分女の子だ。当然、ながらスマホで歩いている。なので、長い前髪が垂れ下がっている。
「ずめちゃん?」
「え?あ、アズちゃん?剣くん?も、もう来てたの?」
「まあ、見てのとおりな。そっちも……見たまんまかな?」
「まだ、たっぷり時間あるし、私達は気にせずゲットしておいでよ」
「……うん!また後でね!」
雀ちゃんは、そそくさとトレーナーの列へと戻っていった。
「案外、ガチ勢なのかも。VRMMOなんて単語も知ってるみたいだしな。ガチゲーマーかも」
梓は、ここで、雀に出会ったことで、確信した。
「確実ね。ずめちゃんが来てるんだもの。奴がいるのも確実ね」
「○ニコーンさんには、待ち合わせギリギリに会いにいくか……」
一方その頃、開店時間を迎えたばかりの、猫とメイドな喫茶店『29Q』
「やっぱりハルにゃん可愛いよねー」
「素顔の方が、いいのにねー」
ハルにゃん、必死で営業スマイルを保ってます。
「お待たせしましたお嬢様。御注文のコーラでございますにゃん」
コーラを配膳しつつ、ハルにゃんは双子にヒソヒソ声を話し掛けた。
「何で、ここに来てるんだよ!パーティーの準備してるんじゃなかったのか?」
尤もな疑問である。双子が来るなんて、ハルにゃんにとっては想定外もいいとこなのだから。
「勿論、これも準備の一環」
「さにゃえちゃんに、お願いしたもの取りに来た」
「メイド長に?……って!連絡先交換してたのかよ!?」
「ハルにゃん、声おっきい」
「仕事中だよ。注意して」
ハルにゃんの様子が妙な事を感じ、他の猫耳メイドの皆さんが近寄って来た。まだ、他のご主人様が帰宅前なので。
「ハルにゃーん。どうしたにゃあ?」
「にゃんと!?とっても可愛いらしい双子のお嬢様にゃ!」
「親しそうにしてたけど、ハルにゃんとどういう関係かにゃ?」
みんな猫語なのは当たり前!
「そ、その……義理の……妹です、にゃ……」
ハルにゃん、あっさり観念して、先輩方に義妹を紹介した。往生際が悪いと、変に拗れる事は学習済みなのである。
「ハルにゃん!どーしてこんなプリチーな義妹がいること黙ってたにゃあ!けしからんにゃあ!」
「他にも、なにか隠してるにゃ!?」
「家は、一男九女です」
「翼!?」
「おとーさんが三回結婚してます」
「希!?」
双子にさっくりバラされ、ハルにゃんはオタオタしている。先輩達からすれば「こんな面白い事、今迄黙ってやがったのかー!」である。
自分達のすぐ傍に、こんなラノベ人生している後輩がいる事に気付いていなかったのは痛恨の極みであったのだ!
「ハルにゃん、家で一番シャイなので」
「家では実の妹のみどりんにしか、素顔を見せない」
「それを、バラすなー!」
「「「ハルにゃんかわいー!」」」
サービス精神旺盛な双子は、ハルにゃんが隠していた事を二つ返事で明るみに出してしまう!
「コレ、ハルにゃんのリアル妹のみどりん。中学校の制服バージョン」
「末っ子の燕を抱っこする遥ちゃん。不良メイクなのにデレデレ」
「いつ撮ったあー!?やーめーてー!」
双子はもう、止まらない!家族構成から人間関係、求められたら即答する!
ハルにゃんを包んでいたミステリアスなヴェールは、猛烈な勢いで引っ剝がされてゆく!ハルにゃんの防御力は紙耐久どころじゃない。豆腐耐久である。絹ごし豆腐だ!
「こらー!みんなして仕事さぼるにゃー!暇があったら、にゃんこ様のお世話をするんにゃ!早く散れにゃ!」
さにゃえメイド長のお怒りに、ハルにゃん以外の猫耳メイドはササッと散っていった。自重の三倍以上の巨漢を軽々持ち上げてしまうさにゃえメイド長は、『29Q』の絶対的ルールなのだ。
「ウイングちゃん、ホープちゃん、お待たせ!頼まれてたブツをお持ちしたにゃ!」
ドサっと、大きめのスポーツバッグがテーブルに置かれた。
「ありがとう、さにゃえちゃん」
「忙しいのに、迷惑かけちゃったね」
「にゃんの、にゃんの!こっちこそ相談されて嬉しかったし、いい仕事させてもらえましたにゃ!」
胸を張って、ふんすっ!と、満足ドヤ顔さにゃえメイド長。
双子はバッグを開き、ブツを確認する。
「……いい仕事してる」
「報酬はスイス銀行に振り込む」
「副報酬も、よろしくですにゃ」
そーっと、ハルにゃんもバッグを覗いてみた。
「こ、これって……パーティーで、コレを!?」
「ハルにゃん、それは後のお楽しみ」
「バレバレでも、言わぬが華なり」
またまたその頃、此方は聖家。
キッチンには、甘い香りが漂っている。その源は、オーブンで焼かれているスポンジケーキだ。そのオーブンの前では、エプロンとミトンを装備した小町が、ジーっと、オーブン内のスポンジを睨んで見張っている。絶対、焦がしてなるものかと。
そして、タイマーが切れると同時にオーブンのカバーを開く。
「あつっ!」
一気に熱気が、そして甘い香りが開放され、キッチンに充満する。スポンジに混ぜたバニラエッセンスの香気が食欲を擽る。
小町は甘い誘惑に耐え、手早く鉄板ごとオーブンから取り出し、慎重に型枠を持ち上げ、ふっくら焼けた丸いスポンジケーキを丁寧に枠から取り外した。
「やったー!成功!」
嬉しさのあまり、思わず歓喜の叫びを上げた。
当初の予定はロールケーキだったが、遥の忠告に従い、普通のホールタイプのケーキにしたのである。何事も、基本が大事なのだから!
「おお!見事な狐色でありますな!さて、後はどうデコるのでありますか?」
香りに誘われ、桜がキッチンにふらふらやって来た。
「デコはまだです!こんな熱々に生クリーム乗せても溶けちゃうから!しばらく冷ましてからだよ!」
「そうでありますか……しかし、よく出来たでありますなあ。大変だったでありましょう?」
「メレンゲと小麦粉を混ぜるとこだけ注意すれば、他はそんなに難しくないよ。メレンゲの泡立ても、ハンドミキサーを使えば疲れないし……でもね」
小町の瞳が光を失い、単一色となる。闇堕ちしている、
「光姉さんの誕生日にも兄さんがケーキ作ったでしょ?その時、メレンゲ作ってるのを見たんだけど……普通の泡立て器で、私よりも短時間で仕上げちゃうんだよね。それも雑どころか、とってもふわふわでキメ細かく……どうやったら、あんなの出来るのかな?」
「あー……兄様は器用ですからなー。どうしてでしょうなー」
桜はその理由を知っている。だが、それは剣にしか出来ない。
剣のメレンゲ作りが異常に速い。当時、剣を手伝っていた梓からそう聞かされた桜は、後に剣に訊ねてみたのだ。「身体強化魔法を使ったでありますか?」と。
それに剣はこう答えた。「それに加えて、高速回転するだけの低威力の風魔法を泡立て器に纏わせてみた」と。
そりゃ、速いよね!
(よく、殺伐世界出身な方が、魔法を家電みたいな平和利用する発想に到るでありますなあ……)
魔法の華は、攻撃魔法!広域殲滅魔法、最高!……な、価値観だった桜には、低威力な魔法利用ばかりを思い付く剣に、驚かされる事、多々なのであった。
「さてさて、リビングの飾り付けは済ませたでありますよ。何か手伝える事はないでありますか?」
「……桜姉さんに料理を手伝わせるの、不安しかないんだけど。買い物は光姉さんと実鳥義姉さんが行ってるし、翼姉さんと希姉さんは闇取引とかワケ解らない事言って出てっちゃうし……うん。ない!」
「戦力外通告!?」
「ん……まあ、午後には忙しくなるから今の内に休めばいいよ。それに、本番で一番はしゃぐの桜姉さんでしょ?」
「お見通しか、妹よ」
桜、意味なく眼鏡クイッしてキラッとレンズを光らせる。眼鏡キャラの必須スキルは習得済みだ。
「……この姉が、一番私に近いDNAとか、悪い冗談だよ……」
マジで、フラッシュモブみたいに大勢が一斉に同じ方向へ歩き出す……
たまたま遊びに行って遭遇した現象。
地方民には衝撃でした。当然参加した。
次回は、お昼時の話……と関係なく、
ガ○ダムで無駄話してる未来しか見えない……




