1話目 聖剣くんと九人姉妹のある朝
本編開始です。プロローグの世界観は、当面置き去りです。
まだまだ肌寒い四月の早朝五時前、ジャージ姿の少年が、柴犬と共に歩道を走る。朝の日課としてランニング兼犬の散歩をする健康的な少年。彼の名は聖剣。現代日本へ逆異世界転生を果たした『無銘の聖剣』である。
現在の彼の容姿は黒髪に中性的な顔立ち、引き締まった細身ながら、ぱっと見で170㎝以上はある中々の美少年だ。
基本的に好印象を持たれる容姿に加え、早起きして犬の散歩をする彼の姿は、同じく散歩中の愛犬家にとって、とても気持ちの良いものである。顔が会うたび擦れ違うたびに挨拶を交わしあう。清々しい朝の光景が、そこにはあった。
途中、公園でフリスビーで遊んだりもして一時間程で散歩を終え家に戻る。聖家は地上三階、地下一階の大きな近代的建築だ。これは、裕福であることも当然だが、必要に迫られてという理由もある。聖家は現在一男九女の12人家族。世間一般的にテレビで特番が放送されても違和感のない大家族なのである。
家の中では、朝食の準備が進行中であった。キッチンでは長女の光が手際よく調理を進めている。
「姉さん、おはよ」
「おはよう剣。こだちもおはよー♪」
とびきり笑顔でお迎えした光に、嬉しそうに尻尾をふって応えるこだち。こだちのなつき度は、家族内でも毎朝散歩に連れていってくれる剣と、ごはんをくれる光が飛び抜けて高い。多分、Z○ザとか発動するくらい。クリスタル無いから無理だけど。
光は大学四年生。姉弟だけあり剣と似た顔立ちだが、より女性的な切れ長の目付きで、凛とした雰囲気のあるスレンダーなスタイルで高身長。家事仕事中はシュシュ等で髪をポニーテールに纏めているが、外出時には腰までのばした黒髪をロングストレートにしている。その美貌から、ティーンズファッション雑誌で読者モデル経験もある同性人気の高い『御姉様』な美女である。
剣が自室に戻ると、ベッドの上で誰かが毛布にくるまっている。因みに剣は一人部屋である。散歩に出かける時に、この部屋は確実に無人となっていた。だが、剣の表情に困惑する様子は無い。
何故ならば、これがいつも道理だから。
強引に毛布を剥ぎ取ると、そこには幸せそうに、だらしない寝顔を晒す聖家次女梓の姿があった。
剣と梓は義姉弟(一週間しか誕生日は違わない)であり、剣の父親である敏郎と梓の母親の夕樹が再婚したのが十四年程前。その頃に出会い、梓は剣に一目惚れしてしまい、現在までずっとその想いを貫いているのである。
その愛情表現はとてもストレートで、情熱的で、……年齢を重ねる毎に過激さと変態性がプラスされている。その一端が、剣の残り香を求めての二度寝であり、あわよくば、おはようチッスを狙ってさえいるのである。ちなみに、成功例はゼロではない。好意度に薄幸な少女のマッチの火と、光の巨人さんを倒した宇宙恐竜の火球ぐらいの温度差はあるが、剣は決して梓を嫌ってはいないのである。
普通、血が繋がっていなくても一つ屋根の下で暮らしている姉弟である以上、不純異性交友的な行為は赦されるべきではないのだが、弟を絶対的に信頼する光の長女権限により「なにもかも禁止にすると、梓はストレスで壊れると思うので、剣の匙加減にすべて任せます!」と、丸投げ……もとい黙認が家庭内で認可されている。
それはさておき、梓を起こす方法なのだが、これには剣も悩まされている。普通に声を掛けたり体を揺すったりしても中々起きないし(毛布を剥ぎ取った時点で起きていないので察して戴けている事だろう)、身体の敏感な部分(性的な意味で)を刺激するといった手段は効果抜群なのだが、期待に応え過ぎるのも癪であるので多用したくない手段でもある。暴力的な起こし方は趣味ではない(梓が別の意味で目覚めたら面倒臭いのもある)ので、暴力ではないが極めて痛みを伴う手段が、最近多用されている。
肉体的にダメージゼロどころか、むしろ健康的になるのに耐え難い激痛が発生するマッサージ。その名は『足ツボ』
「……ぎにゃぁぁぁぁ!!?」
一撃必殺。プニプニ素足の土踏まずに、オレンジの皮を剥くが如く突き立てられた親指によって、梓は夢の世界から強制退場させられた。
「よ、目ぇ覚めたか梓?」
「お、おはよ、けんちゃん。あうぅ~痛すぎるってばぁ!あ、でも、前よりは気持ちいいかも……」
「マッサージなんだから痛くても気持ちいいのは正常だな。うん、問題ない」
決して、アブノーマルなプレイをしていた訳でも、自分がドSな訳でもないと剣は心の中で反芻した。
「それより、さっさと着替えて姉さんの手伝いでもしたらどうだ?後二、三日で皆新学期始まるんだから、生活リズム戻さないとしんどくなるぞ?」
「ん……!ここで、着替えていいかな?それとも、けんちゃんが脱がせてくれても……いいよ?」
女の子座りで、パジャマの一番上のボタンを弄りながら上目遣いで、どちらにしろ剣の部屋で裸になる選択を迫る梓。実にあざとい。梓は光ほど飛び抜けた美人でも美少女でもないが、充分に可愛くはある。女子が二十人いる学級で、上から七番目くらいに。
まともな性癖の男子高校生であれば「マジっすか!?」と、叫びたくなるほど嬉しいシチュエーションだが、剣には通用しない。
何故なら、こんなのよくある日常だから。
「いや、自分の部屋行けって。朝からいちゃラブする気ないから。……最近、小町の視線がたまに冷たくなるの、兄的にけっこう痛いんだよ……」
「あはは……、それは、うん。私も同じかなぁ。ま、私の場合自業自得だけど。少しは自重しなきゃと思ったりもするけど、後悔はしてないので!」
てへペロされ、流石に剣は少し怒った。神速のデコピンが炸裂し、涙目となる梓。が、直後に頭を撫でられると途端に上機嫌になり、大人しく剣の部屋をでて行ったのであった。
梓に部屋から退室してもらった後、剣は軽くシャワーを浴びて汗を流した。聖家には一階のバスルームの他、二階と三階にもシャワールームがあり、トイレも各階にある。そうでないと、割りを食うのは十二人中二人しかいない男共である。
シャワーを浴び終え、シャワールーム前の脱衣室兼洗面所で髪を乾かしているとドアノブがガチャリと鳴った。当然だが、内側から鍵を掛けてある。何故なら、家庭内の女性比率が高いから。ラッキースケベが発生すると、真実がどうであれ男が悪いことになるから。日本のラブコメの基本ルールだからして。
「あれぇ~?ドア開かないよぉ?」
「ふあぁ~あ。お兄ちゃん中にいる~?」
ドアを挟んで聞こえる声が二つ。二人の声は全く同一と言える程に差異がない。
「あー、髪を乾かしてるとこだ。今、開けっから」
剣がドアロックを開けると、そこには寝惚け眼の同じ顔をした二人の少女。この春高校入学を控えた四女・翼と五女・希。双子である。
「「おはよ~、お兄ちゃん」」
「おは……、いや、少し待て」
剣は目を閉じ、眉間を手で覆うと、ドアを再び閉めた。
光、剣、翼、希の四人は同じ両親から生まれた実の兄弟、姉妹である。光と剣がそうで在るように、双子も当然、光に似た顔立ちをしている。差異を挙げると目付きに丸みがあり、幼さを残している。体型は光と逆に同年代の平均よりも低い……が!二人共出るトコは出ている。平均よりも、ずっと。
それで、剣がドアを閉めた理由だが。
「どうして、……ちゃんと着ていない?」
二人共、パジャマのボタンが全開で、地上波アニメならば光源を無視した謎の光線が差し込むレベルではだけていた。
下はパンツを履いているだけ。まるで、事後である。
ドアの反対側で、翼と希は顔を会わせて数秒黙考すると。
「希に愛されてたから?」
「翼にもとめられたから?」
事後でした。
「……それは、まあ、そうなんだろうけどさ……。前に約束したよな?兄ちゃんが困るような格好で、部屋の外出んなって」
双子は恥じる様子も無く。
「全裸じゃないし」
「パンツを履き忘れなかったのを評価してほしい」
「…………そーだな。ドア、開けても問題ないか?」
双子の了承の返事に再びドアが開く。パジャマのボタンは一つも閉じられていないが、二人共腕で胸を隠している。まだ眠そうな顔をしていて、羞恥心は一切無さそうである。
とりあえず、剣は二人の頭を軽く小突いた。
「ったく、気ぃ抜き過ぎだっての。これでよく、今まで学校とかでバレなかったもんだと兄ちゃん思うわー」
「家の中なら、いくらでも誤魔化せるし」
「みられても、お兄ちゃんなら問題無い」
反省した様子も、全然である。三人のこんな会話も、今に始まった事ではない。双子がガチ百合している事は、他の家族には秘密となっている。因みに剣が知っているのは、双子から打ち明けられたからで、現場を目撃したからではない。
双子が生まれてすぐに、実母の芽生が亡くなった為、当時の聖家は不安定であった。元々家事能力がゼロに等しい敏郎が、気力低下し面倒事を増やし、敏郎の妹、叔母の響の協力もあったが手の回らない事も多々あり、それが、当時六歳で、母を亡くしたショックから立ち直れていない光にも否応なく負担となっていた。
家庭崩壊寸前だったのである。剣がいなければ。
当時二歳でありながら、前世での記憶を持つ剣は誰よりも精神的に大人だった。当然、身体が小さいので出来ることに限りがあったが、響と光の負担をさりげなく減らし、疲れている時には静かに寄り添った。そして誰よりも長い時間、双子の傍らにいた。
その事実を、双子は記憶している。彼女達も転生者であり、前世の記憶と知識を有していたから。
彼女達もまた前世が地球の人間ではなく、前世での境遇が剣の前世に近いものがあり、共感したが故に、とても信頼しているのだ。
そして、記憶していたからこそ知っていた。剣が幼さ故に母親の死を理解出来ずにいたのではなく、悲しみに耐える姿を誰にも見せないようにしていただけであった事を。
母親が亡くなる前に、家族を守ると約束した事を、物心ついていないであろう双子に語り聞かせ、瞳に涙を溜めていたことを。
双子が喋れるようになって、その事を告げられた剣が羞恥心で悶絶したのは、また別の話である。
さておき、言いたい事は多分にあるが、あられもない姿の妹達を暖房の無い廊下に立たせたままにも出来ないので、剣は苦虫を噛み潰したような表情でシャワールームを後にした。
最後に一言。
「程々にな」
と、言い残して。何が程々なのか?それは、双子が一緒にシャワーを浴びに来た事から、察して戴きたい。
剣が身仕度を整え一階に降りると、朝食の準備は終盤に差し掛かり、七女の実鳥と八女の小町が光の手伝いをして、食卓に料理やら食器を並べていた。キッチンでは光と並んで義母の美鈴が料理を盛り付けている。
「おはよう。美鈴さん。実鳥ちゃんと小町もおはよう」
「おはよう。剣くん」
「おはようございます。剣さん」
「兄さん、おはよう」
剣が声を掛けた順に挨拶が返された。と、そこへパタパタと小さな足音が駆けてきた。
「にーたん!ハヨー!」
声の主は、駆けて来た勢いのまま、剣に飛び付いた。
「こらこら、走って飛び付いちゃ危ないだろ?前にも言ったろ燕、メッだぞ!」
自分にダイビングして来た妹であり、末っ子の九女燕を、危なげ無く上手く抱え上げると、優しく諭すお兄ちゃん。
「えへへ、ごめー」
燕は、今年三歳になる行動全てが無邪気その物な可愛い盛りである。まだ物心が付いているのか、善悪の区別が定かでもないので相当危険な事でもしない限り、誰も強くは叱らない。聖家の教育方針である。が、それに胃を唱えるのが一人。
「兄さん、燕に甘くない?もう一寸ちゃんと叱った方がいいんじゃないの?」
「何言ってんだ小町。お前が小さかった頃もこんなだったぞ?」
「でも、小さい頃から躾をしないと将来的に問題が」
「家の教育方針で育って、生徒会長やってるお前が言うか?」
八女小町。今年小六の、真面目優等生な生徒会長。現在、プチ反抗期である。それと言うのも、聖家内において特殊な育ち方をしたことが影響している。
燕が生まれる迄の九年間、小町は末っ子だった。これは、聖家の末っ子期間最長記録であり、当然のように兄姉達に可愛がられていた。
実母の夕樹が早くに亡くなった(七年前、交通事故で)為、兄姉達に対する感謝や信頼を厚く抱いており、とても尊敬もしている。
しかし、成長してゆくうちに、感じ始めていた。
自分は、役立たずなのではないかと。
小町から見て、兄姉達はチートスペック集団だった。小町が物心付いた時には、光は既に家事万能となっていた。梓は裁縫が得意で、姉妹みんなが彼女の作品を日常的に愛用している。翼と希は学校の成績が常にトップクラス。それも、家で勉強している様子など見せる事も無く。
そして、何事も卒なくこなし、常に冷静な態度を崩さない剣。
そんな、兄姉達を誇らしく思えばこそ、コンプレックスを抱かずにはいられなかった。
それからの、父親の再婚と初めての妹、燕の誕生。
小町の中で『立派な姉になる!』と、感情が爆発した。それは、家族の誰もが認める程の、努力を積み重ねた。その結果が『努力型真面目優等生生徒会長』の誕生に繋がったのである。
追伸
小町本人は自覚していないが、端から見れば小町も充分チートである。現在の小町は、小学生当時の光にそっくりな美少女である。
何故本人にその自覚が無いかというと、学校で『真っ直ぐ正義感委員長キャラ』をしている為、男子達から(表向き)嫌われ、悪口を言われまくっているからだったりする。
それはさておき、成長して知識が増えるにつれ、普通だと思っていた自身の家庭が、かなり特異である事にも気付き、それを良しとしている家族に不満を感じていたりもしているのだ。
その代表が、剣と梓の家庭内恋愛である。
「大体、兄さんと梓姉さんの関係性が教育に悪影響だと思うけど?」
「それだって、今更感が有るんだが……。イ○ノさん家みたいなモンだと思えば、問題無くないか?」
「その例えは……!卑怯よ……」
国民的長寿アニメの円満家族を引き合いにされ、小町は返す言葉が無い。反抗心で文句を付けてはいたものの、本心では小町はお兄ちゃんの事が大好きなのである。
ここで剣とマ○オさんを比べて反論してしまったら、兄よりマス○さんを信頼しているみたいになってしまう。小町は、悔しそうに黙るしかなかった。
「にーたん、こまねぇと、けんか?」
剣の腕に抱かれた燕が、哀しそうに問い掛ける。
「いや!喧嘩なんてしてないよ?」
「うん!小町は兄さんと仲良しだからね?」
男女関係云々以前に、幼子を抱えたまま言い争いをする方が、余程教育的に宜しく無い。燕が笑顔を取り戻すと、二人共胸を撫で下ろし、苦笑いで頷きあった。末っ子思いなところは、似た者兄妹なのであった。
「本当、良いお兄さんですよね。剣さんって」
「そうなのかな?俺としては意識してはいないんだけど……。実鳥ちゃんこそ、毎朝姉さんを手伝ってくれて、ありがとな」
「いえ。私、光さんに料理を教えて貰うのも、一緒に家事をするのも楽しいですから。本当に、毎日が奇跡みたいです」
大袈裟……、とは、剣には言えなかった。
「確かに、奇跡かは兎も角、俺も相当滅茶苦茶な人生歩んでいるからな~。実の姉妹が三人、義理の姉妹が三人、腹違いの妹が三人。ウチ以上の大家族は在るけれども、女ばっかで男が一人なんて、そうそう無いだろうな~。家族構成説明するの、マジでしんどい。実鳥ちゃん中学入ったら大変だぞ~?」
「あはは……、どうしましょう?考えてませんでした……」
家族の話とか、新しいクラスメイトとの会話の定番の一つである。それを話せないでいると『家庭に問題あるんじゃね?』みたいな疑いを持たれ、SNSで噂として拡散され、腫れ物扱いされてぼっちとなり、本当の問題児に目をつけられ…………。
「現代社会、コワイです……」
本気で青冷めた顔をする実鳥。過去に、本当に問題を抱えた家庭で育ったが故に、人の怖さを知っているのだ。
「ま、在るがままに、本当の事を言っときゃ良いさ。一個上には桜もいるし。いざとなったら頼ればいい。学校なんて、無理して行く必要無いしな」
実鳥の気持ちを察し、剣は軽くフォローを入れた。
「そう言ってもらえると、楽になります……」
実鳥は姉妹の中で、唯一弱気な性格をしている。その為か、遠慮がちなところもあり、敏郎と美鈴の再婚から四年近く経つが、未だに義兄姉達を名前で呼び、『兄さん』『姉さん』とは呼べずにいる。
剣達もその心情を察してか、呼びすてに出来ずにいた。
それでも、その距離感は年月を経て縮んでいた。
「オイ、コラ剣。美鈴を困らせてんじゃねーよ」
咎めるような、威圧的な声。剣が振り向くと、機嫌が悪そうな表情をした金髪の少女。実鳥の実姉、聖家三女遥だ。
普段から濃いメイクをしていて、とても目付きが悪く見える。昭和の不良女子高生みたいである。
「お、お姉ちゃん!剣さんは、悪くないよ!」
「そう、なのか?……勘違いか。ワリィな剣」
「いや、気にしてねーから。それより、ほい」
剣は、抱っこしていたままだった燕を、遥に差し出した。
「るかねぇ、ハヨー!」
本来、幼児が泣いて怖がりそうなメイクをしている遥を前にしても、燕は全然物怖じしない。遥のメイクは、燕にとって、むしろ自然な事なのであった。
「おっはよ、燕!お前は今日も、元気だなー」
燕を抱っこして、たかいたかいして、頬擦りして、とても機嫌良さそうな遥さん。全然不良じゃない。
因みに、遥も剣と同い年で高三である。但し、通っている高校は別。
剣の通っている高校は、通学区内で上位に位置していて、光はそこの卒業生で、双子もここに入学する。梓は、学力不足だったのだが、必死に頑張って入学した。
遥は、もっと学力が足りていなくて別の高校へ進学した。学力に問題がなかったとしても中三当時の頃は、まだ聖家に馴染んでいなかった為同じ高校を選びはしなかったであろうが。
「遥は、今日もバイト?」
「まあな。ガッコが休みの内が稼ぎ時だからよ。どしたよ?」
「いや、何のバイトしてるか知らないけど、そのメイクのままで?と思ってさ」
バイトで、と言うより遥の素顔を剣は見たことがなかった。
実鳥が弱気であるのとは逆に、遥はとても攻撃的で再婚当時は些細な事で手を上げていた(基本的に剣相手限定で)。それも四年の間に色々あって、直接的な暴力を振るうような事は無くなった。
しかし、金髪に染めるのも、濃いメイクをするのも止める様子はない。警戒心故に外見を強く見せようとしているのでは?剣はそう考えていたので、少し遠回しに尋ねてみた。
「えっと……、それは、その、雇い主が理解のある人でな。問題無いんだ。うん。問題ない」
明らかにキョドっているが、これ以上追求するとキレて誤魔化しそうなので、「ふ~ん。そうなんだ」で済ませる事にした。朝食前に空気を悪くはしたくない。剣はこの四年で、遥との間の取り方が絶妙に上手くなっていた。そうなるまでに、色々苦労は有ったのだが……。
そうこうしているうちに、翼と希も一階に降りて来た。双子は燕を豊満な胸で挟みこんで愛でている。朝起きたら家族みんなとハグをするのが燕の日課である。
朝食の準備も大体片付いたのだが、まだ、起きて来ないのが何人かいた。
「美鈴さん。父さんは?」
「起こしたんだけど、二度寝しちゃったのよ。筆が乗っちゃって、ベッドに入ったの四時過ぎらしいわ」
「それは、起きませんね」
敏郎の職業は芸術家であり、絵画を中心に手広く活動していて、国内よりも海外での評価が高く、合計すると年間半分以上の日数を国外で過ごしている。かなりの気分屋であり、創作中に集中すると時間を忘れ、作品が完成するか耐えきれないほど眠くなるまで作業を止めない。典型的なクリエイターである。
その創作物が売れる事で一家が養われているわけなので、寝かせておいてあげる事になっている。
「剣、梓は起こしたのよね?」
「うん。まさか三度寝はしてないと……あ、来た」
ようやく、全員集合(父親を除く)である。
だが、梓は普段着に着替えていたが、もう一人は、髪は寝癖だらけでヨレヨレのパジャマ姿で眼鏡の奥の瞳は半開きである。
聖家六女、桜。春休みを謳歌し、だらけまくっている。
「また深夜アニメか?桜」
「あ、おはようであります兄様。いやはや今季も良作揃いなもので、中々寝させて貰えぬでありますよ~」
可能な限りリアルタイム視聴を好む、桜は生粋のヲタである。
「趣味をどうこう言う気は無いけどさ、自分の身体は労れよ。お前はダイレクトに肌に出るタイプなんだから。ソバカス、また増えてるんじゃないか?」
「御気遣い痛み入るであります。しかし、ソバカスがチャームポイントなヒロインもおりますし、ボクはそんなキャラも大好きなのでありますよ。だから需要はある筈であります」
「いや、需要の話はしてない。ま、いいや。席に着け。朝飯にするぞ」
桜に対して、剣はある程度諦めている。趣味に時間を費やし夜更かしが多いとはいえ、それで成績が悪い訳でなく平均はキープしている。
ニートをして家族に迷惑を掛けている訳でもなく、姉妹仲も良好なので、口五月蝿く説教をしなければならない理由もない。現に、時間ギリギリでも起きてはきたのだ。
「ハヨー!ずさねぇ。さくねぇ」
「おはよ。ばめたん」
「ばめたぁん♪おはようでありますぅ♪」
訂正。良好ではなく、桜は姉妹萌えである。特に燕にデレッデレなシスコンである。
燕を抱っこして、頬が桃色に染めながら。
「あうぁぅ~!我が家は姉様達も妹様達も美少女揃いで最高でありますぅ~!この家に転生して、本当に幸せでありますぅ~」
なんて宣うのである。
「厨二病とか、頭痛ぇんだけど」
呆れた表情で呟いたのは遥だった。その瞬間、多くの視線が遥に集中した。
「な、なんだよ?」
「いや、遥の口から厨二なんてワードが出たことに驚きを禁じ得ない」
「遥ちゃん、ヲタとかサブカルチャーに無縁な格好してるし」
「ラノベどころか、児童文学も読んだことなさそうだし」
「燕をア○パ○ンマンの映画に連れてった事もないよね?」
剣、翼、希、梓の順である。
「梓、顔が歪むと言い訳をするヒーローに厨二要素は無いと、お姉ちゃんは思うんだけど」
「光姉さん!それは幼児のいるとこで言っちゃダメだから!自然に気づく迄、知識として与えちゃダメなヤツだから!」
燕が目を丸くして、何言ってるか理解していない様子を見て、小町はホッとすると同時に、戦慄した。
桜の口が愉しそうに、口角を吊り上げていたから。
「確かに、あの作品は、穿った見方をすると教育上悪影響在りまくりですからな。無論、『お腹をすかせている人を助けるヒーロー』とゆうコンセプトは、無条件に素晴らしいテーマだと思うのであります。ですが、『自分の頭を千切って与える』とゆう方法が実にスプラッタなのです。もし、頭がローストビーフなヒーローがナイフで自分の頭を削いで与えようとしたら、ボクなら全力で阻止したいと思うのであります。見ていて痛いのです。痛覚が無いのだとしても、気軽に「僕の頭を食べなよ」なんて言って欲しくないのです。食べ物を分け与えるのがアイデンティティーなら、珠には自分の頭以外も持ってパトロールして頂きたいと思うのであります。そんなだから、「顔が欠けてて力がでない」とか言う羽目になるのです。常に悪さをするヤツがいるとゆうのに、危機管理意識が疎か過ぎるのです。あの世界の住人全体で。まあ、基本的に事件の発端が食べ物か女の我が儘であることは真理とも思えるのです。悪人は物理さんで懲らしめられても犯罪を繰り返すのです。「やめるんだー」を何度言われてもやめないのです。改心すると作品を存続させるために、より悪い新悪役を出さねばならないので、本気で説得して貰えないのです。悪事のレベルが線引きされているのです。そう考えると『必要悪』の存在すら内包している、幼児向けとは思えないスゲー作品なのです。放送局もスポンサーも視聴者もほのぼのしたキャラクターに騙されてるかもしれないのです…………」
桜ちゃんはヲタなので、自分の考察を語る事が楽しくて仕方ない。但し、作品の楽しみ方が人それぞれであることも尊重する主義なので、燕が○ン○ン○ンを頭空っぽにして楽しんでいる為、一応、作中のキャラクター名称は使わないよう配慮した。
「えっと、みんな?……ご飯、さめちゃうわよ?」
桜の語りが途切れたタイミングで、話にちっとも追い付けずにいた美鈴が発言した。
そしてようやく、全員で声をそろえて「いただきます」をした。
春休み中の、聖家の何でもない朝の始まりであった。
いきなり詰め込み過ぎたと反省してます。
でも、1話目で姉妹全員出したかったのです……。
スマホで入力馴れてないのでしんどいです。
ペースを掴むまで、焦らず続けるつもりです。