15話目 またツマラナイモノを斬った
ぐだぐだ登校する話です。
真新しいブレザータイプの青い制服を身に着けた双子の妹達と共に、剣と梓は通い慣れた通学路を歩く。
当然、家を出る前に桜主催で双子の撮影会が開催された。
双子はノリの良い性格をしている上、ステージ馴れもしているので、要求されるポーズ以上のサービスに自ら応えまくった。
その結果、何十回も桜の「ありがとうございます!」が木霊し、下着までチラ見せさせたところでお兄ちゃんに見つかり、強制的に終了(お仕置きデコピン)となった。
「予想はしていたが、モブの視線がウザい」
本日は、剣達が通う清央高校の入学式。新年度始まりの日でもあり、例によって新入生と、その保護者。春休み明けで登校する上級生。学校付近の通学路は、久々に賑わっている。
そんな中、本日より最上級生の剣は、無表情ながらも、内心ちょこっとイラついていた。
現在、梓が剣と腕を組んで、密着して歩いている。これは高校に入学してからずっとの事なので、在校生から見れば「またかよ……もう、嫉妬するのも馬鹿馬鹿しいよ……」な光景で、新入生がギョッとしたり、保護者が「風紀はどうなってる!」と教職員に怒鳴り込みしたりする程度の事なのだが。
しかし、今日からは梓だけでなく、翼と希も一緒に登校しているのである。双子は剣の背中や空いている方の腕に抱き着いたり、回りをうろちょろしたりしている。
現在の剣は、学園モノに登場する、女生徒を侍らしている、いけすかないモテメンみたいである。そんな訳で、剣は嫉妬や羨望の入り混じった多数の視線に晒されている。
「や、ヤベーよ……あの人三人も女子を囲ってるよ!」
「信じらんねー……しかも、あの子ら双子?どーなってん……」
「は、はうぅぅ、高校の恋愛は大人だよぉ」
耳障りに、ヒソヒソ話が聴こえてくる為、判りきっていた事ではあったが、剣のイラッと感はジリジリ上がってゆき、梓は逆に気分がどんどん高揚してゆく。大好きな彼氏を見せつけ優越感に浸っているのである。
そして、双子が剣に引っ付いている理由は、面白いから……だけでなく、面倒な男子避けとゆう意味合いもある。モブ男子が剣の事を双子の恋人だと勘違いしてくれればそれで良し。勘違いされなくとも、登下校時に〝お兄ちゃんが一緒〟である事をアピールしておくだけでも、憐れな自爆特攻者を減らす事が出来るのである。
「まあ、一月程度の我慢か。妹だって事実が知れ渡れば、多少は鬱陶しくもなくなるだろうし」
「それはそれで、逆も有るんじゃない?将を射んとすれば……みたいに、やたらとけんちゃんに取り入ろうとする人が増えたりするかもよ?」
「ありそうな話だよなー。ま、下心丸見えだったら速攻で物理説得するけど」
「つばたん、ぞみたん、けんちゃんが犯罪者になっちゃうから、あまり男子に愛想を振り撒かないでね?」
「善処はしますが」
「私達、可愛いから無理だと思う」
「うん。言ってみただけだから。可愛すぎるのも大変だよね。その気がなくても好かれちゃったりね」
「本当にメンドイ。告白ウザい」
「玉砕覚悟が本当に迷惑」
中学時代、告白してきた男子の屍で山を築いた双子は、本当に辟易していた。男子と交際する意思が無いのを公言していたのにも拘わらずにである。
「なので、高校ではブラコン設定にする」
「一年間、面倒事は、お兄ちゃんに丸投げする」
「……妹だと認知させる意味がねぇな」
「厄介事の解決役は、お兄ちゃんの仕事だねぇ。あ、その設定上で私を正妻にしとくの忘れないでね?」
「「らじゃー」」
新年度早々、指導室に呼ばれそうだなあと、剣は遠い目をした。だが、ここには剣以上に遠い目をしていた父親――――
敏郎がいた。当然妻の美鈴もいて、苦笑いで夫のことを困った人を見る目で見ていた。燕は光にあずけてある。因みに、剣達四人は光に燕をペンギンのいる場所に連れていかないように念を押した。必死に押した。フリだと思われないよう四人で土下座してしてまでダメ押しした。
「美鈴ぅ……娘達が、私の事を、息子の一割も構ってくれないよ……まだ、桜ちゃんに虐められてる方がマシかも……」
「敏郎さん……でもね、子供達の仲が良いのは……良すぎる気もしますけど、良いことでしょう?それに、高校生ぐらいになったら……親の事なんて……二の次なのが普通ですよ……」
遥に頼りにされない美鈴ママ。自然と視線が地面に墜ちる。夫婦揃って頼りがいがなく、弱気な似た者同士のネガティブ夫婦である。
「父さん……そう思うなら、少しはしっかりしてくれ。小町まではもう手遅れだから、せめて燕に対してだけでも、父親らしく威厳ある振る舞いをしてくれ……」
中の人が両親よりもずっと大人の剣さんは、家族への最低限の配慮は出来る、空気を読める男である。空気が読めていたので、昨日敏郎が桜に凹まされていた為、燕関連で抱いていた細やかな殺意は保留にしていた。そうでなければ、五十歳の父親が高校生の息子にこっぴどく説教される構図が出来上がっていた。
娘達が、どちらを頼りに思うか明白である。
「父親らしい威厳って、どうすれば?」
「それを俺に訊くか(怒)。……取り敢えず、嫌われたくないからって、お願いや我が儘を無闇に聞いたりすんな。例えば……ペンギンを家で飼いたいってお願いされても突っぱねろ」
剣の具体的な例え話に、キョトンな表情の敏郎さん。
「どうしてだい?鯨や鯱なら兎も角、ペンギンぐらいなら何羽か買えると思うよ?プールも屋上に増築出来るし」
「梓、お前の言ってた通りだ。ヤベーわ家の父親。庶民感覚なくなってるし、論点ズレてるよ」
「……冗談半分だったんだけどね。やっぱり釘刺しとかないとね。ロボットのパイルバンカーサイズのを」
「それをキャッ○ハンマーで打ち込む」
「足りなければゴ○ディオン○ラッシャーする」
「ちょ……四人とも目が怖いよ!?どうして!?」
救いを求めて、縋るように美鈴を見つめる敏郎パパ。しかし、美鈴は敏郎との再婚前、とてもお金で苦労していた一般庶民であり、今でも普段の買い物では安くて良いものを探す努力を怠らない主婦である。金銭感覚は普通な日本人のそれである為。
「敏郎さん……普通の家では、それ、出来ませんから。テレビとかで、二世芸能人が子供の頃の話をして、同級生との格差をネタにしてるの面白いけど……痛いって思いませんか?私は思います。娘にねだられて家でペンギンを飼う?日本国民の大半が呆れる馬鹿親エピソードですよね?勿論、お金は敏郎さんの稼ぎですから、家計を圧迫しなければ自由にしていただいて構いませんが、娘の我が儘に湯水のように使われてしまっては、教育上や躾に良くありませんよね?仮にですが、敏郎さんが趣味で高価だったり珍しかったりする動物を飼うとしても私は反対しますよ。敏郎さんは動物の世話なんて出来ませんよね?そう言う事です。自分で責任持てない動物を飼ってはいけないって事を、親は子に教えなければいけないんです。剣くんが言ってるのはそうゆう事です。ペンギン買ったよー。プール作ったよー。燕が喜んでるバンザーイ!……で?誰がペンギンの世話をするんですか?敏郎さんしませんよね?燕に出来るはずありませんよね?誰も世話のしかた知りませんよね?雇うんですか?飼育員を水族館からヘッドハンティングですか?それとも、子供達の自主性に丸投げですか?だとしたら、私でも怒りますよ」
声を荒らげず、諭すような穏やかさではあったが、美鈴からは凄みのある黒いオーラが放出されていた。間違いと失敗の多い人生を歩んできたが故、とても慎重で臆病でもあるが、娘の為に、言うべき事は言える人なのである。
「み、美鈴まで味方してくれない……」
対して、敏郎は大した失敗の無い人生であったと言える。なので、物事の後先を考えず直感的な行動をしてしまう事が多い。クリエイター向きな性格なのかもしれないが、挫折経験が少ない為、浮き沈みも激しい。芽生の病死や夕樹の事故死といった、自分でどうにもならない事での絶望を味わってはいるが、自分の所為ではない為、反省は生まれない。
見た目は大人。思慮は小五な敏郎さんである。
学校に到着し、翼達と別れ剣と梓は自分達の教室へ移動する。クラス替えは無いので、二人とも昨年度2‐Bだったので今年度は3‐Bの教室である。
二人が教室に入ると、大半のクラスメイトが既に登校していて春休みの思い出話に華を咲かせて盛り上がっていた。
「ちーっす」
「おっはよー」
剣と梓が挨拶すると、『待ってました!』とばかりに一斉に囲まれた。主に男子に。
「見てたぞエクスカリバー!あれが噂の双子の妹か!?」
「あんなロリでたわわな妹が二人も……うらやまけしからん!」
「待て!コイツには後五人妹がいる!しかも二人は義妹だぞ!」
「畜生!リアルエロゲー主人公め!爆発しちまえ!」
「更に優しくて超絶美人なお姉さんまでいるぞ!光さんにナデナデされたいっ!」
教室に入って早々、嫉妬の嵐に見舞われ、あまりに予想を裏切ってくれないクラスメイトの馬鹿ばっかに、剣は呆れを通り越して、ジト目で憐れむように見下していた。
「やっかむ暇があるなら、自分を磨けば?」
その切れ味や正に、約束された勝利の剣。妬み嫉みの暴風を、横薙ぎの一閃で一網打尽とする。心を抉られ、彼女のいないシングル男子達のライフ残量はゼロ寸前である。
「死屍累々だね、けんちゃん」
「クラスの女子が、どう見てるか考えられねぇのか?コイツらは……」
無論、虫けら扱いで見られている。少なくとも、誰も痛みに悶えるオス共に恋愛感情を抱いてはいない目をしている。
「正論で一撃必殺。カリバーくん、ぱない」
「容赦無いよね……でも、そこがイイ」
「梓が羨ましいねー。アタシもイケメン彼氏欲しいわー」
むっふっふ!と胸を張る梓。剣と梓の仲は校内で周知であり、教職員にも黙認されている。過度なスキンシップも義理の姉弟である事実を利用し、不純異性交遊してません!と梓は主張し続けたのである。端から嘘っぱちであったが、少なくとも梓の気持ちに不純な想いは全然無かった。
「あら、あら、みなさん、楽しそう、です、ね~。先生も、混ぜて、くれませんか~?」
教室内が騒がしくなっている間に、一年生からの担任教師である羽佐和ゆかりが、入室していた。
おっとりした性格で、それ以上にのんびりした口調の、ちょっぴりふくよか系美人で、二十八歳、独身である。
「あれ?先生、HRまだですよね?」
「はい~。久し、ぶりに、私の、生徒と、話し、たくて、来ちゃい、まし、た~。駄目、でした?」
このクラスに、駄目なんて言う奴はいない。
ゆかりは独特な癒し系の雰囲気で、男女問わず生徒からの人気が高い『当たり』な教師である。あまりにのんびりしているので、先任教師からは性格の歪んだ生徒から舐められそうに思われがちだが、それ以上に慕われている為、問題行動を起こしてゆかりに迷惑をかけた生徒は、校内で居場所を失ってしまうのである。
すると、ゆかりに諭され癒されて……上手く循環しているのだ。
このサイクルは、ゆかりが新任教師として着任した年に、入学した女子生徒の存在が大きく関わり、完成された。
現在、ゆかりはその女子生徒の弟と義妹の担任をしている。
「剣くん、梓ちゃん、妹さん達の、入学、おめでとう、ね」
「あ、ありがとう先生」
「ありがと、ゆっかりん!」
「他の、先生、達は、また、聖家か!って、言ってた、けど」
「「…………」」
剣も梓も、ペナルティを受けねばならない校則違反や悪事はしていないが、度々騒ぎに関わっていた自覚はある。
そして、在学中の光が、かなり羽目を外して数々の武勇伝を遺していたことも知っている。
……〝また聖家〟そう思われても仕方がない。
「今年のは、更にトラブル体質だからなあ……」
「先に謝っとくね。絶対謝る事になるから、謝っとくね、ゴメンねゆかりん」
「あは、はぁ~。今年も、楽しく、なりそ~」
中学でも〝また聖家〟は言われてたり。
次回はクラスメイトとべしゃるとこから。




