97話目 墓参りから始まる誕生日
今回から双子の誕生日編です。
六月の第二日曜日。
聖家では六月八日が誕生日である翼と希を祝う日なのであるが、この日ばかりは他の姉妹達の誕生日とは大きく違う意味合いも在る。
午前中、家族が揃って出掛けた先は、霊園。
翼と希を産み、程無くして亡くなった実母――芽生と、育ての母親である継母――夕樹が共に眠るこの地に、墓参りをすることが聖家の恒例行事なのである。
『おお~、綺麗に整備された健全な墓地ですねぇ。幽霊の気配が全然しません』
「ぶふっ!?……げほっ、ごほっ!」
「けんちゃん?どうしたの、いきなり……」
服の内側に隠してあるヒナの感想染みた呟きに、剣は思わず笑い声を溢しそうになり、誤魔化そうとして咳き込んだ。
「剣、風邪じゃないわよね?今の時期だと長引くから気を付けなさいよ?」
「だ、大丈夫だから。ちょっと噎せただけだから」
視界が墓石で埋まる霊園で、幽霊の気配がしない……高性能関知能力を有するヒナがそう言うのであれば真実なのだろうが、墓参りに来た側としては、なんとも微妙な気分であった。
「ホントに気を付けろよ剣。アネさん薬飲めない体なんだから、感染したら大変だぞー」
「だから風邪じゃないから……遥こそ、病は気からって言葉もあるんだからな?」
「アレを思い出させるな!今日はバイトも学校も休みなんだから、ノビノビさせてくれ!」
そう、ハルにゃんは本日オフなのである。双子と仲良くなったことで、聖家の内情をすっかり熟知しちゃったメイド長から、バイトのシフト申請前に休みを言い渡されていたのであった。
「お姉ちゃんが日曜日おやすみなんて久々だよね。本当、さにゃえさんって優しい雇い主さんだよね」
「……優しいだけじゃ、ねぇけどな……」
散々からかわれているので、ハルにゃんはさにゃえを〝優しい〟と表現するのには抵抗があるのだ。勿論、恨みに思うような嫌らしさはないのだが。
「ハルにゃんは~さにゃえちゃんの~お気に入り~♪」
「からかいを~嫌がりながらも嬉しくて~♪」
そして、からかいの達人たる双子の悪魔が傍らに!
「つ、翼!希!適当言うな!そして何故、五・七・五のリズムに乗せている!?」
少々照れが入って、顔を赤らめている遥に、双子は声を揃えてこう答える。
「「……流行りだから?」」
特に、深い意味は無い!
「強いて意味を上げれば、本日は母とおかーさんにノーメイクの遥ちゃんを御披露目するから」
「様々な表情を見て戴きたい。私達にとって、大事な義姉だと思えばこそ」
想定外の真面目な返答に、尚更表情を紅潮させて、言葉を詰まらせる遥。とっても照れ屋さんである。
「まあ、単純に照れる遥ちゃんが可愛いからでもある」
「ギャップは萌え。口の悪い美少女とか完全に萌えキャラ……プフッ!」
「お、お前ら~!」
逃げる双子と追う遥。しかし、双子の身体能力は圧倒的に遥を上回っている!捕まえようとする遥の腕を、翼と希は飄々と余裕で避け続ける!
「遥義姉さん……完全に遊ばれてる……」
「ばめもー!ばめもおにごっこするー!」
呆れる小町に、意欲満々で参戦する燕。
「あっはっはっ!家の子達は、今日も元気で仲好しだなあ!」
「本当、遥も最近は皆と打ち解けて……」
呑気に娘達が戯れる様子を眺める敏郎と、荒んでいた遥がはしゃいで(?)いる姿に涙ぐむ美鈴。
「いや、止めろってそこの夫婦。墓地だぞここは」
少ないとはいえ、他にも墓参りに訪れている人はいるし、中には喪服の人もいる。そんな中で楽しそうに巫山戯るのは……深く考えなくてもマナーが悪くて罰当たりである。
剣からの至極真っ当な注意に対し、敏郎は父の威厳を見せようとでも思ったのか、引き締めた表情で剣に向き合った。
「いいか剣。人が墓地を訪れる目的は……何だ?」
「そりゃ……墓参りか納骨だろう?だから、通夜とか火葬とか葬式を終えたばかりの人から見たら……不謹慎だし腹立たしく思うんじゃないか?」
「そうだな……だが、私達も墓参りに来たんだ。つまり、大切な家族を喪っている……しかし、今ではこうして笑い会えている。私達がそういった姿を見せる事で、今は悲しみに暮れていても何時かは笑って過ごせるのだと教えてあげられるのだと思わないか?」
子供を諭すような、とても優しい顔で剣に主張を投げ掛けた敏郎であったが……剣は全然感銘していなかった。
「……何を〝自分、良いこと言った!〟みたいな顔してんの?母さんが死んだ時、夕樹義母さんが死んだ時も……無気力で役立たずだった人が、よくもまあ悲しみを堪えている人に対して偉そうに言えるよね……」
どんな尤もな言であろうと、実績が伴っていないのである!
「だよねぇ……パパりん、今のがさっちゃんに聞こえていたら、全力で顔面パンチされても仕方なくないかなぁ……?」
桜は霊園に到着すると、誰よりも足早に聖家の墓石へと、脇目も振らずに向かっていた。普段、誰よりも明るく騒がしい桜であるが、墓参りの時だけは別である。
桜にとって母・夕樹の死は、未だ癒えきらぬ心の傷であり、後悔なのである。
桜は未だに、前世の記憶を完全には取り戻せていないが、それでも確実な事実を思い出していた。それは、親よりも先に死んでしまった事である。
現世で家族に恵まれたからこそ、前世でどれだけ親不孝であったかを思い知り、その償いを今の家族を大切にすることで……そう思い始めた矢先に、夕樹を目前で失ったダメージは、途方もなく大きかった。
剣に師事して本格的に身体を鍛え始めたのも、母を目前で亡くした悲しみと悔しさが根底にあったのである。
桜は我先に墓前に立ち、両手を胸元で組んで目を閉じ、祈りを捧げた。
「……母様。お久し振りです。母様が護って下さった桜は、今も、元気です……」
普段の、心の底から楽しんでいるような笑顔ではない、哀しみをも含んだ、憂うような微笑を浮かべた桜が、そこにはいた。
「やはり……母様方に会いに来ると、しんみりしてしまいますね……ここで普段通りのボクになるのは、まだ、早いみたいです……」
我ながら辛気臭い……そう思いながら、桜が目を開くとほぼ同時に、その背中に大変柔らかい感触(×4)が押し付けられていた。
「ママ~ズ、ごきげんよ~」
「私達、十六歳になったよ~」
桜の肩越しに、本日の主役が母親達に御挨拶した。
「ね……ねねね姉様方!あたって……じゃなくて、あててますよね!?」
「当然。桜の慌てふためく元気な姿をママ~ズに見せるには、これが一番効果的」
「中身がチェリーな桜たん。美少女姉二人に密着されて、どんな気分?」
「は……はわわ……」
言葉にならない程、感無量であった。
「ゆっきーママ、御覧の通り、桜は幸せらしいですー」
「私達は~、言わずもがな~」
背中からスライドし、左右から柔らかな幸せに挟まれた桜は……今にも昇天して母親の元へ旅立ってしまいそうである!
「……な、何やってんだ……お前ら~……つか、何だよその体力は……?」
ゼェハァ息を切らせて、遥がやって来た。双子とおいかけっこを繰り広げていたのだが、坂道や階段で大きく引き離されてしまっていたのである。
遥はバイトで料理や食器を沢山運んでいるので、並みの女子よりは腕力と体力には自信があったのだが……この世の理不尽に絶賛憤慨中である!
「一流ボーカリストの心肺能力、嘗めないで戴きたい」
「人知れず、体力作りのトレーニングしてるし」
双子は前世で得られた知識によって、学校生活で勉強に割くべき時間が殆ど必要なく、その時間を美容と健康の為にフル活用しているのだ!……羨ましい限りである。
更に、体力が向上するにつれ前世での生体兵器としての勘が戻ってきており、肉体的疲労を軽減する無駄の少ない体捌きが可能となっており、一般人からすれば底なしの体力を実現しているのである!
「あ……あの、姉様方……ボクのシリアスタイムが……不本意なのですぅ~」
双子に挟まれ密着されたままの桜が声を漏らした。嬉しいシチュではあるものの、墓前でコレは、マジ勘弁だと訴える!
「桜がシリアスとか生意気。ボクっ娘卒業してから言うべし」
「姉妹仲好しの何が悪い?冥土の母達も安心して見守ってくれよう」
「……いや、芽生さんも夕樹さんも、娘達がこんな風に育ったのは、想定の範囲外じゃねぇのかな……?」
遥ちゃんの至極真っ当なご意見を、双子はとってもご都合的に解釈した!
「想定外に、可愛くなりすぎた?」
「あの世で鼻高々?」
「……どんだけポジティブだよ?」
まぁ、からかう対象が桜に移ったからいいか……と、遥が呆れ半分に自分を納得させていると、他の家族達もようやく追い付いてきた。
そして、全員で墓石周りの掃除を行い、花や菓子を御供えし、線香に火を灯して、芽生と夕樹の冥福を祈り、或いは言葉に出来ない想いを伝え、或いはかつての誓いを新たにしたのであった。
皆が黙祷を捧げる静謐な空気で包まれる中、その沈黙を最初に破ったのは……じっとしているのがまだまだ苦手な末っ子の燕、ではなく。一家の大黒柱たる、敏郎お父さんが嗚咽を漏らしたのであった。
「うう……芽生……夕樹さん……うあぁぁ~!」
大の男が大号泣……それも、娘達を差し置いて……墓参りをする度の光景に、剣と姉妹達は「またか……」と、やるせない表情で一歩引き、敏郎が泣き止むのを待つのである。
敏郎の横に並んだ美鈴が慰めるように背中を撫でると……更に泣く。
……コレがあるから、桜は一足先に墓前に一番乗りして夕樹に想いを告げているのである。……この後だと、そんな雰囲気になれないから。
兄と姉達が泣きじゃくる父親を見守る姿に、燕は訳が判らず、正直な疑問を口にした。
「パパ~、なんでないてるの?」
燕はマトモに言葉で意志疎通が出来るようになってから、初めての墓参りで、その意味も解っていない。まだ、生死の概念も理解していないのだ。今日は皆でお出掛けするとゆう事しか事前に教えられていなかったので、敏郎が泣いている意味がちんぷんかんぷんなのであった。
誰もが説明する言葉に迷う中、剣はしゃがんで燕と目の位置を会わせ、誤魔化さずに説明を始めた。
「燕、ここには……俺達家族にとって、とても大切な人達が眠っていて、目を覚まさないんだ。家で……写真で見たことあるだろう?」
「めぇママと、ゆぅママ?」
「……あぁ。二人とは、こうして話したり、触れたりするのが、出来なくなっちゃったんだ。それは……とても悲しい事だと思わないか?」
「……だから、パパないてるの?」
剣が黙って頷くと、燕は姉達の顔を見回し……納得したように顔を上げると、その表情はキリッとしていて決意に満ち溢れていた。
そして、敏郎の元へと歩いてゆくと……その背中を、ベッチーン!と立派な音を立てる平手打ちをしたのだった!
「痛ぁっ!?な……燕ちゃん?」
「パパ!ないちゃだめ!なきむしなパパには、おしおき!」
「ちょ……ちょっと燕!パパをどうして……!?」
傍らにいた美鈴も止められなかった燕の一撃。そして、驚きの表情を浮かべる敏郎と美鈴。その理由は……燕が本気で怒っていたからであった。
「ねぇたちだれもないてないのに、パパがなくのはおかしいの!がまんしないと……だめっ!がまんしないと、よわむしさんだから!」
燕は剣の話を聞いて、パパが悲しんでいる事には納得したのだが、お姉ちゃん達が誰も泣いておらず、それどころか嗚咽を上げる敏郎に同情しながらも見守る姿に……納得出来ずプッツンしちゃったのである。
「パパはママやねぇたちにあまえんぼさんで、かっこわるいの!ばめよりよわいの!そんなパパは……きらい!」
幼さ故の残酷さ。お姉ちゃんズが気を遣って言えない事を、いとも容易く言ってしまった燕ちゃん。姉八人と母親が揃いも揃って〝やっちゃったぁ~……〟な気分で苦笑いをするしかなかった。
そして当然、敏郎パパは涙を流したまま白く固まっていた……
「……まさか、燕が怒りだすとは思わなかったな……父さんもこれに懲りて、娘の前で情けない姿を見せないように意識してくれるといいんだけど……」
無駄だろうなぁ……とは、思っても口には出さない、分別のつく大人な剣であった。そして、未だにプンスカしている燕を抱きかかえると、頭を撫でて怒りを宥めたのだった。
「よしよし燕~。お姉ちゃん達が我慢してるのに、パパだけ我慢しないで泣いてるのが許せなかったんだな?燕はお姉ちゃん想いの良い子だな~偉いぞ~」
「……にいたんも、なきたかった?」
「……そうかもな。でも、兄ちゃんは強いから簡単には泣かないぞ~。燕より先には絶対泣かないからな」
「ばめ、なかないもん!」
「そっか~……じゃあ、勝負だな!」
「うけてたつ!」
トントン拍子に、燕の怒りを鎮めてしまった剣の話術に、姉妹達は息を巻いた。
「兄さん……悔しいけど、流石」
「剣さんって、世話上手ですよね……」
「ボクは兄様に育てられたと思っております」
「泣いてる子をあやすの、私より得意なのよね……」
「実質的に、パパりんよりお父さんしてるし」
「誰が見ても、親父さんより頼れるからなぁ……」
「普通なら、父親を叩いた事を叱るトコ。でも……」
「その行為に及んだ心を察してくれる。不思議と気持ちを解ってくれる」
姉妹からの、掛け値なしの評価に照れ臭くなったのか、剣は燕を肩車して、母親達の墓石に背中を向けたのであった。
「さ~てと、隣の公園に行って遊ぼうな、燕」
「あい!めぇママ、ゆぅママ、バイバ~イ!」
振り向いて義母達に手を振る燕。その時、剣と接触している為に、燕の視覚とも同調していたヒナが、異変に気付いた。
『え?……嘘でしょ?……まさか!』
(どうしたよヒナ?)
『……燕様の視界には……その……私より高性能……』
ヒナから伝えられた事実に、剣は大きく動揺しながらも、嬉しそうに笑みを溢したのであった。
「ったく……心配性な母さん達だ」
なんか、ばめたんが変な能力に目覚めてた……
深く考えない!
次回は公園でピクニック気分なバーディーです。
 




