Who
初めてやったのは11歳の友人だった。
その頃住んでいた街はカルテル達の重要な密輸のルートとして日々抗争が行われていた。
銃声が止む日など無く、音が途切れる時には決まって人の叫び声が鳴り響いていた。
飢えと寒さとに震え、1日中どこかぼんやりと天井の隅を見上げているような生活だった。
母との二人暮らしではあったが母の稼ぎだけでは生活は苦しく、私も8歳から本格的な出稼ぎに行くようになっていた。
私は毎日変わらぬ布を身にまとい、少しばかりの賃金を稼ぎに近くの店に通っていた。
もっとも抗争がたびたび起こるような場所、まともな店ではなかった。
タトゥーを入れた男どもは酒と女を抱き、それ以外は私のように奴隷として働いていた。
そんな店で知り合ったのが私の初めで最後の友人だった。
彼女は私にいつも楽しい話を聞かせてくれた。青く光り輝く海というもの、「ケーキ」なる甘い食べ物、「らいおん」なる恐ろしい化け物、彼女は博識だった。今の自分がその場にいたら笑っていたであろう常識の数々を、私が知らなかった常識の数々を彼女は知っていた。
そんなある日、私は唐突に帰ってきた父だった男に突然殴られた。いや、殴られた、という表現では生ぬるいだろう。右目は見えなくなるまで殴られ、左足は折れ、全身には無数の痣がのこっていた。何度も何度も何度も何度も壁に頭を叩きつけられた。最後に見たのは私のと同じように血を流して倒れている母の姿だった。
次に私が目を覚ました時には父だった男とここらの住民では着られないような高価な服を着た十四、五ぐらいの男たちが四方をコンクリートで固められた部屋で私を取り囲むように立っていた。
そしてその奥には木で出来た背もたれが砕け散っていた椅子に縛り付けられた彼女の姿があった。
男たちが言うには、彼女は男たちの仲間に何かしでかし、私が呼ばれたらしかった。
そして男の一人が懐を漁ると銃を取り出し、私に持たせた。
そして、お前が死ぬかあいつが死ぬかどっちか選べ、と彼は私に言ってきた。
わけがわからなかった。
なぜ私が呼ばれたのか。なぜ彼女か私が死ななくてはいけないのかはいけないのか。
目を見開いていると銃を渡して来たのとは別の男ーー彼女の隣に立っていたが懐から取り出してきた銃を私に向けて来た。
そして、十、と一言だけ呟いた。
初めは何のことかわからなかった。ジュウ?じゅう?銃?目を覚ました時とはまた別の意味で目を見開いていたことだろう。
だが次第に呟かれる言葉に血の気が引く感覚がした。九、八、七...と次第に呟かれる声は小さくなり、代わりに男の口が釣り上がっていった。
体の震えが止まらなかった。どうしたらいいのかわからなかった。ただただ全身の穴という穴からは体液が漏れ出し、震えながら、彼女に銃口を向けることしかできなかった。
気づいた時には銃口から煙が上がっていた。
周りの男たちはゲラゲラと腹を抱えて笑い、父だった男を愛想笑いをして必死にゴマをすっていた。
そして銃口の先には頭かまるで寝ているかのようにうつむいた彼女がいた。
頭からは赤い液体が滴り落ちていた。
あの頃の私でもわかった、死んでいると。
そして今考えると彼女の頭に当たった弾は私が打った弾ではなかったのだろう。
12歳の痩せ細った少女の弾が10メートルも離れた彼女に当たるのであろうか。
恐らくは秒数を数えていた男が打ったのだろう。だからこそ彼らは笑っていたのだ。友人を殺した女、ではなく、友人を殺したと思い込んでいるバカな女、を。
そしてやつらはご褒美だ、と泣いている私に何かが注射した。
それがなにかは、産まれながら知っていた。
だけどそれは気持ちよく、幸福で、幸せで私が持っていないものを得たような気がした。
それから彼らは私を気に入ったのか事あるごとに似たような仕事を私にやらせて、同じように褒美を与え続けた。
褒美のために仕事を続けた。気がつけば家族と呼べるものがいつのまにか消えていた。それでも褒美のために仕事を続けた。
あの時彼女を打った時のように、自分の幸福のために。
名前などはとうの昔に失った。何人もの友人を裏切った。幸福のために色々なものを壊した。
あの寒さで凍えていた少女はどこへ行ったのか。
あの家族のために身を粉にして働いていた少女はどこなったのか。
そしてここにいる女は誰なのか。
私は一体誰でしょう、私は一体誰でしょう...。