真実と脱出
ジジ
視界が歪む。今回は予想していたからふらついたりはしない。
再び戻った視界の中に死神の姿はなく、真っ赤なドレスを着た金髪の美少女――天上院アリスが立っていた。
冷徹な表情で、俺の顔をじっと睨んでくる。
先に口を開いたのは俺だった。
「もっと早く気付くべきだったんだろうな。そう、最初に死神が俺を無視して隣のオッサンを殺したときに。実際に俺が違和感を覚えたのは二回目に死神の姿を見て、その死神が壁をすり抜けた時だった。でもまだまだ確信は持てなくて、その後何度も気づくチャンスがあったのに、結局確信できたのは死神同士の殺し合いを見た後だ。その上、俺は欲張ってアリスを危険にさらしてしまった。本当に悪いと思ってる」
「謝罪などいらぬ。代わりに、お主が気付いたことを全て話せ。その上でこの次の行動を決める」
感情のこもっていない声。今アリスの心境がどんなものなのかは想像もつかない。何にしろ、今俺にできるのは話すことだけだ。
「じゃあ最初に一番大事なことから。
そもそも、死神なんてものは存在していない。ここに集められた人間がある条件を満たすと死神になれるんだ。
その条件とは何か? 残念なことに感情の薄い俺では確認できないのだが、死神になれたアリスなら分かってるよな。ある一定以上の殺意を抱くと、死神に変身できる。
人間が死神になる。そんな馬鹿げたことに気づけたのは三つの出来事からだ。
・死神が俺たちの目の前になかなか現れなかったこと。
・死神が壁をすり抜けたこと。
・死神がお互いに殺しあっていたこと。
この三つから、俺は死神に対する違和感を強く持った。行き当たりばったりでしか人を探せないけど、壁抜けはできる。その数は一体以上いるけど、死神同士で殺し合っていてなかなか人の前に姿を現さない。こんなの、考えるまでもなく無駄ばかりだ。そこでいろいろと記憶を巡らせてみたんだが、これ以外にもたくさん違和感があることに気づいた。
最初に死神と会った時、なぜ俺の前を通り過ぎてその先にいたオッサンを狙ったのか。なぜヨスガは俺の姿を見て気絶したのか。なぜ鎌持ちの死神は壁向こうにいた死神の首を正確に刈ることができたのか。
それらから俺はこの建物の重大な秘密に気付いた。
それは、この建物は見ている人により異なった見え方をしているということ。さらには、この壁や通路は固定されておらず時に消失したり広がったりするということだ」
いったん言葉を切り、アリスの反応を窺う。
おそらく、アリスはこのことを知っていたのだろう。特に動揺した様子もなく、冷めた表情のまま聞いている。まあそれも当然か。俺が見たものはほとんどアリスも見ているし、現にアリスは死神になれたのだから。
俺は話を再開する。
「これに気づくと、今の三つの疑問にも簡単に答えが出る。
最初に会った死神がなぜ俺を殺さなかったのか?
――俺の姿が見えていなかったからだ。
少し気弱な面があるものの、聡明で、決して臆病なだけの少女ではなかったヨスガが、どうして俺の顔を見ただけで気絶したのか?
――後ろにあると思っていたはずの壁が消え去り、そこから見知らぬ人が現れるという異常事態が起こったからだ。
なぜ鎌持ちの死神が壁向こうの死神を正確に狙えたのか?
――俺たちの目からは壁が見えていたけど、鎌持ちの死神の目には壁が映っておらず丸見えだったからだ。
と言った風にね。
こうして建物が常に変形を繰り返し、かつ個々人で建物への見え方が異なっているのだと気づいてからはあっという間だ。
何せ、死神にも俺たちと同じ条件が働いていて、違いは『見た目』と『触れた人間を消す力』だけってことが判明したんだから。死神っていう怪物がいると考えるより、人がある条件で死神になれると考えた方がしっくりくる。
ダメ押しの一手は、小太りさんが強い殺意を宿した目をしたとき。彼の体が一瞬歪んでるように見えて、俺の視界がおかしくなったことだ。まるで死神を見ているときのようにね。あれは殺意が一定値を超えて死神になりかけていたということだったわけだ」
相変わらずアリスの視線は冷たいまま。
その理由は分かっている。だけど、もう少し俺の話を聞いてもらおう。
「それにしても、腹立たしいくらいこのゲームはよくできてる。体力と知力、そして運の三要素によって生き残れるかどうかが決まるんだ。
まず体力だけど、死神になっても足が速くなったりしないということは、俺がアリスを抱えて逃げ切れたことから分かる。つまり、死神になって相手を消しに行くのは自由だが、死神になっても運動神経は変わらないからそこは自分の体力・脚力で補わないといけない。
次に知力。体力のない年寄りなんかは、油断した振りをして相手に接触しないといけない。常に死神化していたら避けられて終わりだから、うまく相手を騙し、油断させる必要がある。でも、ここでもう一つ頭を使うことが。それは、相手も死神化できるかもしれないってことだ。油断させて相手を消すはずが、油断させられて逆に消される場合だってある。このゲームでは、そういった駆け引きも問われていたんだ。
そして最後は運。単純な話、死神化できることも、死神同士だとただの殴り合いになることも、建物が時に変形してて、しかも人によって違って見えていることも――すべて運が良ければすぐに気付けるし、運が悪ければいつまで経っても気づけない。仮に死神になる方法が分からずとも、建物が変形していることを運よく知ることができれば、逃げ回ることはたやすいだろう。仮に自分が高齢の老人で、他全てがムキムキのボディビルダーだったとしても、運よく最初に死神化する方法に気づければ、全滅させることは容易いだろう。
と、この三つの要素が上手く絡み合い、誰でも生き残れるチャンスが巡ってくるのがこのゲームだ。
どうだ、すごいと思わないか? このゲームは誰かを贔屓するような仕組みには一切なっていないんだよ」
「お主が気付いたことはそれで全てか」
氷のように冷たい声。これはもしかしなくても怒ってますね。彼女が一番知りたかったことを引き延ばし続けているから、当然でしょうが。
俺はもう一度、謝罪の言葉を口にした。
「本当に申し訳ない、アリス。お前が怒っている理由は分かっている。最後の最後、俺は鎌を持った死神である佐藤陸とお前を二人だけにした。怒られて、いや、恨まれて当然だ」
「やはり、理解したうえでやったのか」
アリスが俯きながら呟く。
きっと、俺は彼女の期待を裏切ったのだろう。
その罰は甘んじて受け止めなければならない。
「確証があったわけではないんだ。ただ、ヨスガが陸の姿を見たとき、なぜ気絶したのか。その理由と、この建物の仕掛けを合わせて考えたとき、ある仮説が浮かんだ。それは、陸が死神化する姿をヨスガは見たことがあるのではないか、という仮説。この仮説を基に陸の行動を思い返してみると、怪しい点がいくつか浮かび上がった。
小太りさんが言っていたように、この世界で徒党を組むなんてリスクが高すぎる。というかリスクしかない。死神に会うまでやれることはないから、徒党を組んで何かをするにしても死神に遭遇した後だ。じゃあ死神に遭遇してから何ができるかというと、それぞれ全力で逃げることしかできない。強いて言うならバラバラに逃げることで死神を撹乱するって方法があるけど、これは誰か一人を囮にしているのと大差はない。要するに、徒党を組む利点なんて全くないんだ。
なのに、陸は心細いからという理由だけで俺たちと行動を共にすることを望んできた。これだけでも十分すぎるほどに怪しい。それに加えて、陸が俺に提案してきた死神を倒すという話。確かにこれなら徒党を組む意味もできるかもしれないが、なぜ自分の身を危険にさらしてまで死神を倒すという発想に至ったのか? これも怪しい。正義感がめちゃくちゃ強く『全員生きて帰る以外認めない!』なんて奴だったら最初俺たちと合流したときにその話をするだろう。そんな正義感の持ち主でないのなら、こんな危ない橋を渡る必要なんてない」
「奴が死神になれたというのなら、なぜすぐに儂らを襲わなかった。お主はその理由も分かっておるのか?」
「本人から聞いたわけじゃないから正しいとは限らないけど、想像はできる。理由の一つ目は俺たちが二人組だったこと。一方を消しても、もう一方に自分の正体がばれてしまう。それがいささか面倒だったから。理由の二つ目はヨスガが二重人格だったこと。仮にアリスとヨスガが別々の人間としてカウントされていた時、どちらか一方を消した場合どうなるのか。二人を同時に消したと捉えてくれればいいが、一方だけ消えて、もう一方は永遠に消すことができない状態に陥るのではないか。その可能性がちらついていたため、すぐに殺すことはしなかった」
陸からアリスの二重人格について聞かれたのは、そうした理由があってのことだったのだろう。他にも、死神化できるほかのプレイヤーと会った時に、その人物の油断を誘えるなどの利点もあったかもしれない。
眉間にしわを寄せて聞いていたアリスは、ふぅと息を吐くと、疲れた様子で言った。
「成る程の。そこまで分かっていたから儂と奴を二人だけにしおったのか。陸はすぐに儂を殺そうとはしない。そしてお主は感情が薄く殺意を持てないから死神になれない。だから儂に陸を殺させたと」
「いくら謝っても許されないことをしたのは分かっている。一歩間違えればアリスが殺されていてもおかしくなかった。いや、その可能性の方がずっと高かった。それでも彼を野放しにはしておけなかったから、アリスを信じてみた」
「信じる、の……」
「都合のいいことを言ってるのは分かってる。でも下手に打ち合わせをしたら、その些細な変化から陸にばれる恐れがあった。危険ではあるけど最も陸を倒せる方法を選んだつもりだ。恨むのなら、恨んでくれて構わない」
「別に恨んだりはせんよ。それより、今度こそお主が気付いたことは全て話したかの?」
ジジ
俺の目に映るアリスの体が歪み始める。
このまま、アリスを危険な目にさらした罰として消されるのもいいかもしれない。だが、まだ生き残りがいる可能性もゼロじゃない。
俺は意を決して、最後の話を始める。
「俺とアリスが一緒に蘇れる方法が、一つだけあるかもしれない」
「何じゃと?」
歪み始めていたアリスの姿が元に戻る。
しかしその瞳には猜疑の色が強く宿っており、虚言であると判断したらすぐにでも死神化しそうな気配だ。
この提案をアリスが受け入れるかは不明だが、受け入れてもらえなければ俺の命はここで果てる。仮に受け入れてもらったとしても、成功する保証はないのだが。
「今からする提案を受け入れられないと思うのなら断ってもらってもいい。はっきり言って受け入れがたい提案だと思うから」
「御託はよい。早くその方法を話せ」
アリスの目をしっかりと見つめ返しながら、俺は言う。
「方法は単純。死神に捕まらなければ蘇れるのなら、死神に捕まる前に死んでしまえばいい。つまり、俺たちが一緒に蘇る方法とは、自殺することだ」
「何を……馬鹿なことを言っておる。そんな話――」
「最初に死神の話を聞いたときからずっと考えていたことではあるんだ。ただ、今までは自殺の方法が思い浮かばなかった。ここには自殺できそうな場所も物もない。やりたくてもできなかったんだ。だけど、俺は一つだけ自殺できる武器を見つけた」
目を閉じて、ある物を強くイメージする。成功したという実感がわくのと、「なっ」というアリスの呟きが重なる。
そっと目を開けて、俺は手に持っていた鎌を見つめた。
「二度目に死神を見たときからずっと不思議だった。なぜ鎌を持っている奴と持っていない奴がいるのか。だけど、死神が俺たち人間であると分かった時、ある考えが浮かんだ。この世界では、死神の鎌だけはイメージすれば召喚できるのではないかということ。全く確証なんてなかったけど、さっき二人から離れたときに試したら成功した。ああ、この鎌を召喚できるかどうかも運だったんだろうな」
そういう意味では陸はとんでもなく運のいい奴だったわけだ。真っ先に死神化でき、しかも鎌まで召喚できた。単に殺人者としての資質が高かっただけかもしれないけど。
驚きのあまり口を半開きにしているアリスに向かい、俺は続けて言う。
「あとはこの鎌を使って自殺するだけだ。それで、次に目が覚めたときには病室のベッドの上になっている――かもしれない。さてアリス、お前はこの提案を受けてくれるか?」
険しい顔つきで、アリスは黙り込む。
悩んで当然。アリスはこのまま俺を消してしまえば、それで蘇れるかもしれないのだ。わざわざ危険な道を渡る必要もない。だが、もしこれが事実であった場合、俺を殺すということは無駄に人を殺したということにもなる。いくら強さを求めた結果生まれた人格とはいえ、実行するには荷が重いことだろう。
特に口出しをすることなく、俺は黙ってアリスの決断を待つ。
どれほどの時間が流れただろうか。不意に、ヨスガが口を開いた。
「私は、ミストさんの考えを信じます。ここまで私が残ってこれたのはミストさんが私を見捨てなかったから。ここで私がミストさんを見捨てることは――許されないことだと思います」
「……有難う」
俺は鎌を振りかぶって――




