死神の殺し合い
「おい、もう十分じゃろ」
すぐ横からアリスの声がする。
俺は走るのをやめ、アリスを床におろす。
流石に……疲れた。
我慢できず、その場にぐったりと座り込む。ぜぇぜぇと息を整えていると、息一つ乱していないアリスが冷めた目で見ているのに気づいた。
「どうした、そんな怖い顔して。ああ、俺に抱き上げられたのが恥ずかしかったのか?」
「違う」
バッサリと俺の推論をぶった切る。だが、何か言いたいことがあるのか、口を開けたり閉じたりを続けている。
下手にこちらから聞いたら逆効果かと思い、アリスの準備が整うのを待つ。すると、
「なぜ見捨てなかった」
小さな声で、そう呟いた。
成る程、そんなことに悩んでたのか。今までのアリスの態度からするとちょっと不思議にも思える。
少し呼吸が落ち着くのを待ってから、できるだけ笑顔を浮かべて言う。
「そりゃあ俺が生き残るよりもアリスとヨスガが生き残ったほうがいいからさ。そこまで現世への未練とかないし、いろいろと大きなものを背負ってるアリスが生き残ったほうが都合がいいだろ」
「お主正気か? 会ったばかりの見ず知らずの少女のために自分の命を投げ出すと? いや、あり得ぬ。そんな人間がいるわけない」
「いや普通にいると思うよ。なんで自分が生きてるのかよく分かってなくて、そこまで自分の命を大切にしていない人。もちろん死にたいってわけじゃないけど、一生懸命生きている人を蹴落としてまで生きたいと思わない人。死んだからって不幸せになるとは限らないし、もしかしたら生きてるときよりも面白いことがあるかもしれないからね。だからアリスが気にするようなことじゃない」
「お主は阿呆か? 気にしないわけなかろう。あやつの知り合いにそんなやつは一人もおらなかったし、何より……いや、もうこの話は良い」
怒ったように顔をしかめつつ、アリスは一人歩き出す。
慌ててその後を追いかけながら俺は言った。
「あのさ、俺もただで死ぬつもりはないからね。もし生き残れるチャンスが転がってたなら見逃さずに掴み取るつもりだから。自殺志願者とかじゃないからな」
「分かっておる。いいから黙って歩け。死神を倒すには死神を見つけんと始まらんじゃろ」
「お、おう」
アリスは死神打倒計画反対じゃなかったか? まあそれ以外に俺の生き残る道はなさそうだし、手伝ってくれるなら歓迎だけど。
陸とはどうやらはぐれたようで、周りを見回しても人の気配は全くない。アリスはさっきの会話以降口を開かなくなってしまったので、無言で真っ白な世界を歩き続ける。
歩く、歩く、まだ歩く。
それにしても、見るもの全てが白色のため、今歩いている場所が既に歩いたことのある通路なのかそうでないのかさっぱり分からない。そもそもどの通路も幅が違うという以外差は何もない。最初にいた部屋にしても、少し大きなだけの通路だったのかもしれない。
まあとにかく、暇だ。
「止まれ」
曲がり角の先を覗いたアリスが、緊張した声音で呟いた。
理由を聞き返したりはせず、アリス同様曲がり角の先を覗き見る。
そこには、死神が二体いた。
恐怖からか、再び体の動きが停止する。アリスも恐怖からか、体を震わせつつ死神を見つめていた。
しかし、死神が二体。一体しかいないと言われてたわけではないが、二体いるとは思っていなかったため驚きは大きい。二体いたのなら三体・四体といる可能性だってあるわけで、そう考えると今まで生き残ってこれたのが不思議に思えてくる。
と、不意に一方の死神がもう一方の死神へと殴りかかった。殴りかかられた方も、ふわふわとした動きで攻撃をよけながら殴り返す。
あまりの奇妙な光景に、つい口から言葉が漏れた。
「なんだ、これ? 死神同士での殺しあい?」
「さての……。理解不能じゃ」
どこかボーっとした意識下での会話。
その間も、死神は殴り合いを続けている。しばらく見ていると、一方の攻撃が決まったらしく、もう一方の死神が壁に叩きつけられた。それを好機と見たのか更なる攻撃を加えようと腕を振りかぶった瞬間――壁に叩きつけられた死神の背後から鎌が出現した。壁をすり抜けて出現した鎌は、一瞬で死神の頭を刈り取った。頭を失った死神は、すぐさまその全身を消滅させる。
それに動揺したのか、生き残ったほうの死神はその場を離れようとする。だが、鎌に続いて壁を通り抜けてきた死神は、すぐさま鎌を振りかざし逃げようとしていた死神の頭を、刈り取った。またしても消滅。
二体の死神がいた通路(部屋?)には、後から登場した鎌持ちの死神だけが残ることとなった。しばらくの間その場でふらふらとしていた死神は、幸いにも俺とアリスがいるのとは逆方向へと進みだし、俺たちの前から消えていった。
どっと息を吐き出して座り込む俺とアリス。
ただ見ていただけで何もしていないというのに、異常なほど疲れた。
アリスも顔を青ざめさせつつ、深呼吸を繰り返して心を静めている。
死神が一体ではないということを知ったからだろうか。今までずっと歩き続けていた俺たちは、疲れが薄れてからもその場から動かず黙って座り込んでいた。
アリスは真剣な表情のまま何も話さない。
つられて俺も黙ってはいたが、頭の中はいまだかつてないほどフル稼働していた。
「おーい、誰かいませんかー」
不意に、何やら声が聞こえてきた。俺とアリスは顔を上げて耳を傾ける。
「霧切さん。アリスさん。いないんですかー。おーい」
陸の声。俺は立ち上がると、大きな声で叫んだ。
「聞こえるかー。俺たちはこっちにいるぞ」
うまく俺の声は届いたらしく、ほどなくして息を切らせた陸がやってきた。
呼吸を荒くし、顔が火照って赤らんでいる。かなり全力で走ってきたようだ。
陸は柔らかな笑顔を浮かべながら、安堵の息を吐いた。
「よかった。お二人とはぐれてから本当に心細くて、死神に遭う前に孤独死するかと思いましたよ。お二人も無事で本当に嬉しいです」
疲れた笑みを浮かべつつ、俺は首を振った。
「肉体的には無事でも精神的には無事じゃないよ。寿命を確実に減らす出来事に遭遇してさ。まあそのおかげで一つ希望も見えたんだけど」
「希望、ですか?」
「ああ。死神を倒せるかもって希望。陸が来てくれたのは都合がいい。それを少し試したいから、ちょっとアリスを見ててくれないか。あ、アリスにもこのことは話してあるから、その希望っていうのが何なのかはアリスから聞いてくれ。じゃ、宜しくね」
「は、はい」
陸が戸惑った声で返事をするのを聞いてから、俺は歩き出す。さっきいた通路から二度曲がった場所。そこで俺は立ち止まった。
「さて、成功するか……」
目を閉じて、俺はあるものをイメージする。数秒後、目を開け、成功したことを確認。
俺はふぅっと息を吐きその場に座り込む。そして、自分が歩いてきた通路へと視線を送り、じっと待つ。
――鬼が出るか仏が出るか。仏であることを心から望むけどさ。
ぞわっと、嫌な感じがした。見なくたって分かる。あと五秒もすれば、あれが――死神が現れる。
俺の予感は外れることなく、通路の先から白いお面に黒いローブを着た死神が現れた。鎌は、持っていない。
なぜかすぐに近づいてこず、ゆらゆらとその場で漂い続ける死神。
俺はその動きを見て、確信した。
「アリス。一旦殺気を放つのはやめて、話し合わないか?」




