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三途の館  作者: 天草一樹
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四人目

 年季の入った黒のスーツに身を包んだ小太りの中年男性。警戒するようなゆっくりとした足取りで白い通路を歩いている。

「どうしますか? 話しかけてみます?」

 陸が聞いてくる。

「そうだな。他にやることないし、せっかく出会えた生存者を無視するのは勿体ないからな」

 アリスも異存はないようで、三人そろって黒スーツの男性に向かって歩み始める。

 ――それにしても、これで四人目。

 十三人しかいないはずの参加者のうち、一人はすでに脱落したことが確定している。ゆえに、残っている人間は多くて十二人。そう、たった十二人しかいないにも関わらず、今この場にはそのうちの四人が集まっている。はっきり言って集まりすぎだろう。死神がどれくらいの頻度で参加者を襲っているのか分からないが、いまだに一人か二人しか殺していないということはないだろう。だらだらと続ける必要性があるとは思えないし。

 となると、今ここにいる四人こそが最後の生存者である可能性もある。もしそうなら、仲間を見捨てる準備をし始めたほうがいいということか。

 そんなことを考えているうちに、黒スーツの男性もこちらに気づいたようだ。緊張した面持ちのままだが、少し肩の力を抜いたのが見て取れた。

 見覚えのある顔。この奇妙な建物で目覚めたとき、同じ部屋にいた一人だ。

 先に声をかけてきたのは黒スーツの方だった。

「近くで死神を見かけませんでしたかな」

 挨拶もなしに質問が飛んでくる。俺は首を横に振りながら言った。

「この近くでは見てませんね。そちらは一人で行動しているのですか?」

「もちろん。蘇れるのは一人だけ。徒党を組んだところで最後は裏切られるに決まっていますからな。そんな危険なことはしませんとも」

 徒党を組んでいる俺らに対する皮肉とも取れる言葉。

 男の言い方が癇に障ったのか、むっとした表情でアリスが言った。

「そんな体つきで随分な自信じゃの。お主こそ仲間の手助け無しに死神から逃げるすべを持っておるのかの」

 見た目からは全く想像の付かないアリスの口調に面喰い、言葉に詰まる中年男性。だが、すぐ我に返り言い返してきた。

「仲間がいればピンチの時に助けてくれるとでも? まさか、死にたがりならともかくそうでないならこれを好機と見捨てに来るだろう。間違っても自分の命を危険にさらしてまで助けたりはするまい。家族や友人ならともかく、ここにいるメンバーは同じ機内に居合わせただけの赤の他人なのだからな」

 正論と言えば正論。俺の場合その場の流れでアリスと行動を共にすることとなったが、もし相手がアリスでなかったなら一緒に行動なんてしなかっただろう。

 俺は小太りさんの言葉に頷きつつ、一歩彼に近づいた。

「確かに仲間を作るのは危険な行為ですよね。でもあなただってこんな場所に幼い子が一人でいたら手を差し伸べたくなるんじゃないですか?」

「悪いが、全く思わんね。私にも今年九歳になる息子がいるんだ。今ここで私が死んでしまえば、息子も妻も路頭に迷うことになる。一時の情に流されて家族の未来を捨てるなど、それこそ愚かな行為。たとえだれを犠牲にしようとも、私は蘇ってみせる」

 目に殺気を宿らせてはっきりと宣言する。

 ジジ

 ――一瞬、俺の視界が歪む。

 何が起こったのかと思う間もなく視界が元に戻る。その異変で少しバランスを崩していた俺を、小太りさんが不審げに見つめていた。

「どうしました。貧血ですかな?」

「いえ、大丈夫です」

 誤魔化すように笑いかけつつ、俺は言った。

「ここまでの話的に聞く必要なんてないと思いますけど、俺たちと一緒に来ますか? ここで会えたのも何かの縁だと思いますし、やっぱり一人は心細いと思いますから」

「申し訳ないですが、結構です。独りのほうが気楽でいいですからな。では、運が良ければまた会いましょう」

 軽く頭を下げ、黒スーツの男は去っていった。

 結局名前も聞けなかった小太りさん。角を曲がって姿が見えなくなったところで、「あっ」と陸が叫んだ。

「霧切さん、何で僕の計画について彼に話してくれなかったんですか! 死神を倒すには一人でも多く仲間がいたほうがいいのに! すみません、ちょっと僕もう一度説得してきます!」

 止める間もなく陸は走りだした。小太りさんはかなりゆっくり歩いていたから、たいして時間をかけずに追いつくだろう。

 このままじっとしているべきか、それとも追いかけるべきか。どうしようかと迷っていると、アリスが話しかけてきた。

「いま陸が言っていた計画とはなんじゃ。死神を倒すなぞ、本気で言ってるわけでもあるまいに」

「いや、陸は本気で死神を倒すつもりみたいだぞ。俺たちがここまで生き残ってることからも分かるけど、死神には俺たちの居場所を把握する能力はないみたいだ。加えて陸の話からすると、死神の視界は俺たちとあまり変わらないとか。まあそんなわけで隙をつけば死神も倒せるんじゃないかってことなんだけど――」

「無理じゃろ」

 あっさりと否定される。

 まあ普通そうだ。死神を倒すとか正気じゃない。正気じゃないけど――

「でもさ、やんないとどうせ死ぬからね」

「……ミスト、お主まさか――」

『うわぁぁぁぁぁあ!』

 突然、悲鳴が聞こえてきた。さっき会った小太りさんと陸の声。声の聞こえ方からするに二人とも遠くには行っていなかったようだ。

 念のためアリスと手をつなぎ、声のした方に向かう。角を二回曲がったすぐ先に、陸と小太りさん。そして、死神が立っていた。

 立ち位置としては死神のすぐ目の前に腰を抜かした小太りさん。その後ろに呆然と立ち尽くした陸。さらにその後ろに俺とアリス。

 死神に目をやると、姿かたちは最初と同じだったが、またしても鎌は持っていなかった。

 ゆらゆらと動きながら、死神はゆっくりと小太りさんに迫ってくる。小太りさんは何とか逃げようと、手で床を這ってあれから距離を取ろうと喘ぐ。

 助けに行かないといけない。そう感じていても、死神の迫力に押されてか体が動かない。そして、とうとう死神の手が小太りさんに届いた。

「た、助け――」

 手が触れた瞬間、小太りさんの姿が消失した。どうやら鎌で首を刈られずとも、触れられるだけでゲームオーバーらしい。

 グッと、握っているアリスの手に力が入った。それにより全身への感覚が戻ってきた俺は、アリスの体を抱きかかえると、

「逃げるぞ!」

 と叫び、後ろを振り返らずに逃走を開始した。

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