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三途の館  作者: 天草一樹
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消えた死神

 アリスからヨスガへと入れ替わった少女は、倒れ込んでからキッカリ十秒後、怯えた表情をしながら起き上がった。

 ――これって喋りかけて大丈夫なのかな? また話しかけた瞬間に気絶されたりしないかな?

 そんな不安を持ちながら少女がこちらを振り向くのを待っていると、少女はすんなりと俺の存在を受け入れ、頭を下げてきた。

「先程はすみませんでした。ミストさんの顔を見た途端に気絶してしまって、不快な思いをさせてしまいましたよね。本当にすみません」

 思っていたのとは全く異なる対応を受け、何と返していいか分からず口ごもる。これが俺の顔を見ただけで気絶した少女と同一人物? そもそもこの話し方からして八歳の子供とは思えないくらい礼儀正しいできた子であると分かる。

 アリスの話ではちょっとしたことであっさりと気絶する少女だったはずだが、これ一体?

 観察するような視線で見つめていたことが悪かったのか、ヨスガは次第に目に涙をため始めた。

 このままだとまずいと思い、俺も手早く挨拶を返す。

「わ、わざわざ丁寧にどうも。別に気にしてませんから謝らなくても大丈夫だけど……君はヨスガ、でいいんだよね?」

「はい、私が天上院ヨスガです。すでにアリスから一通りの事情は聞いてますよね。私が不甲斐ないばかりに、困ったことがあると全てアリスに丸投げして……。私がもっとしっかりしていれば――」

 ようやく、俺は気づいた。

 口調こそ普通の八歳児よりしっかりしているものの、彼女の声も体も震え続けている。どうやらアリスと記憶を共有しているようだから俺に対する警戒心は弱まっているようだが、この場所に対する恐怖心が消えているわけではないようだ。

 できるだけ笑顔を心掛けながら、俺はヨスガに言った。

「まあまあ、こんな異常事態の中なんだし仕方ないって。それにアリスも迷惑そうではなかったから、気にしなくてもいいんじゃないかな。それより、歩いたり走ったりってできる? 今は大丈夫だけど、もしまた死神に遭遇したら走って逃げたりしないといけないからさ」

「大丈夫、です」

 震え声ではあるものの、ゆっくりと頷く。彼女の動作に合わせて金色の髪がさらさらと零れ落ちる。

 こんな状況だから躊躇うことなく普通に会話してるが、現実世界でなら一生口を利くような相手ではないだろうな、とぼんやり考える。

 不覚にも彼女の姿に見惚れ固まってしまった俺を、ヨスガは不思議そうにぱちぱちと瞬きしながら見返した。

 このまま彼女のご尊顔を拝んでいたい気持ちを抑え、俺は言った。

「よし、行こうか」

「はい」

 二人並んで真っ白な通路を歩き始める。この建物の通路は一定の幅で固定されておらず、横に二人並ぶだけでも窮屈な通路や、十人以上が横に並んでもまだ空きのある通路などまちまちだ。今のところ人一人しか通れないような場所には出くわしていないため、ヨスガと並んで歩く分には不自由はない。

 ――それにしても、やることがない。

 死神に捕まらないよう逃げるにしても、肝心の死神と全く出くわさない。勿論会いたいわけではないのだが、出てきてくれないことにはやることが一切ない。加えて俺の横にはヨスガがいるわけだから――

「なあヨスガ、この後お前はどうするつもりなんだ」

「ええと、それはどういう意味でしょうか?」

 困惑気にヨスガが首を傾げる。

「どういう意味っていうかそのままの意味なんだけど。おそらく今の状況って、この変な建物に集められた十三人のうち、誰か一人になるまで続くと思うんだよ。もし三途の川の向こうに連れていかなくていいなら、そもそも選別なんてしないでまとめて蘇らせてくれるはずだし。つまりさ、俺と今一緒にいる分には全然構わないんだけど、結局はどちらかが死神に捕まらないといけないわけだ。ヨスガはその辺をどう考えてるのかなって」

「私は……」

 言いづらそうに口籠ると、ヨスガは俯きながら言った。

「どうしても今、死ぬわけにはいかないんです。私がここで死んでしまうと、両親を始め多くの人に多大な迷惑をかけることになってしまいます。ですから、もし一人しか蘇れないというのならば――」

 顔を上げ、彼女はまっすぐ俺の目を見つめた。

「あなたを殺してでも、私は蘇らせていただきます」

「……そうか」

 小さく頷くと、俺はヨスガの頭を軽く撫でた。そんな俺の行動が意外だったらしく、彼女は驚いた表情で立ち止まった。

「怒ったり、しないのですか?」

「生き残るために覚悟を決めた人間を怒ったりなんかしないよ。それに、君の方が俺より全然若いのに、背負ってるものは俺よりもずっと重そうだしね。もし生き残るなら俺なんかよりもヨスガの方がずっと適してるだろ。ただし、俺だってすんなりと命を諦めるわけじゃないよ。もしかしたら二人一緒に生き残れる裏技とかあるかもしれないし、最後の最後まで生きる努力はするつもりだから」

「そう、ですね。もしかしたら二人でも生きて帰れる選択肢があるかもしれませんし、私も最後まで絶対に諦めません」

 グッと拳を握り締め、太陽も眩むかのような笑顔で言う。

 ――天使だ。

 俺は決してロリコンなどではないが、こうも可愛い笑顔を見せつけられると……。この感情は恋とかではなく、動物に対する愛情と同じはず。そうだ、そうに違いない。

 心の中に湧きあがってくる感情に対しぶつぶつと言い訳を続けながら突き当りをを左へ。

 左に曲がった直後、俺とヨスガの足は止まった。

 目の前ではない。しかし、通路のちょうど真ん中に、あれ(・・)――死神の姿があった。白いお面に黒いローブ。その姿は以前見たときと同じく、ノイズが走っているかのようにぼやけて見えた。

 最初に見たのと全く同じ姿をした死神。だが、どこかその姿に違和感があり――と、死神が動いた。漂うかのような不思議な動きをしつつ、まっすぐと目前の壁へと向かって行く。

 このままでは壁とぶつかるんじゃ――そう思った瞬間、死神の姿は壁に吸い込まれるように消えていった。

 目の前で起こった光景が信じられず、目をこすってもう一度死神がいた場所を見直す。だが、やはり死神の姿はない。ついでヨスガへと視線を向けるが、彼女も驚いた表情のまま体を硬直させていた。

「……なあ、消えたよな、あれ」

「……はい、消えましたね。正確には、擦り抜けたのかもしれませんが」

「擦り抜けた、ね」

 一旦黙ると、足並みをそろえて死神が消えた場所へと進んでいく。やはり、そこには壁があった。手で撫でたり押したりしてみるが、全くすり抜ける気配はない。

 あまり考えたくはないことだが、このことが示すのは――

「死神ってのは瞬間移動か壁抜けのどちらかができるってわけか。うかうかしてるとあっという間にあの世に連れてかれるな」

 ふと、気になって隣のヨスガの様子を窺う。

 俺の顔を見ただけで一度は気絶したこの少女。こんなびっくり現象に立ち会ったらまた気絶してしまうのではないか? そんな不安を抱えつつ見てみるが、意外と平気なようで、驚いてこそいるものの気絶するような気配は一切なかった。

 ふぅ、と安堵のため息を吐きつつ口を開く。

「また気絶したりはしないんだね。ちょっとだけ安心したよ」

「そう何度もアリスを頼るわけにはいきません。私だって少しずつ強くなっていかないと」

 初めに感じたイメージよりはるかに強い女の子。この調子だと、そう遠くないうちにアリスの出番はなくなってしまうかもしれない。

 なんだかそれはつまらなく思え、俺は意地悪く言った。

「うーん、俺としてはもう一度アリスにも会いたいんだけどなぁ。何したらアリスと交代してくれるの?」

「そ、そんな意地悪なこと言わないでください! アリスに替わるってことは私の弱さを露呈することと同義なんです。そんな簡単に交替したりは――」

「すみません、僕も混ぜてもらっていいですか?」

 突然、俺でもヨスガでもない第三者の声が割り込んできた。

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