6 迷子レベル
スレイです。
戦闘が終わるたびにMPとSPが減って、「疲れた、やる気が出ない」というミカちゃん。
一方の僕は、戦闘が終わっても特に疲れを感じたことはないのに。
これは種族による違いなのかと考えたけど、ミカちゃん曰く、
「それもあるが、SP自動回復(大)とSP最大値上昇スキルをスレイが持ってるからだ!」
とのこと。
言われてみれば、僕にはSP系のスキルがあるので、疲れにくいようだ。
一方MP系のスキルは持っていないので、魔法を使えば疲れるかもしれなかった。
もっとも魔法系のスキルを持っていても、魔法を使えないので、MPを減らすことができなかった。
「はあっ、なんで魔法を使えないわけ?」
ミカちゃんからは、眉を顰めて詰問されてしまう。
僕が持っている魔法系のスキルは、闇魔法Lv1、血魔法Lv1、死霊魔法Lv1。
だけどスキルがあるだけで、使用できる魔法は何も表示されてない有様。
あと、詠唱スキルがないので、ミカちゃんみたいに呪文を自動的に唱えるのも無理だった。
「なるほど。では詠唱スキルは神ということだな」
ミカちゃんは一人悦に入って笑っていた。
ミカちゃんって、魔法使いの後衛タイプなのかな?
メイスをぶんぶん振り回して敵を血祭りにあげ、体術で容赦なく敵を粉砕しているけど……。
なお、前回の戦い以降も、たまに襲ってくるゴブリンたちと戦っていた。
「俺も剣術スキルが欲しいからショートソードを貸せ」
ミカちゃんに命令口調で言われたので、
「壊したり、なくしたりしないでくださいよ」
と、一応注意しておく。
「ふふん、敵を軽く切り刻んで差し上げますわ。ホアチョー」
なんて言って、ミカちゃんはショートソード片手に、ゴブリンを細切れのサイコロ肉に変えていく。
オーバーキルな上に、無意味なまでに高度すぎる剣術。
"無駄のない無駄な行動"という奴だ。
その結果、難なく剣術Lv2をゲットしていた。
これはゴブリンがゲーム序盤のモンスターで弱いから簡単に倒せるのか、はたまたミカちゃんのプレーヤースキルが高いからなのか?
たぶん両方が原因だろうけど、僕たちは襲ってくるゴブリンを、簡単に蹴散らすことができた。
◇ ◇ ◇
「……これはやめておきましょう」
「でもさ、ここで引き返したら負けた気がしないか?」
「だからって、これは明らかにダメでしょう。フラグなんてレベルじゃなくて"確実"に」
「……」
さて、チュートリアルを無視して太陽のある方向目指して、平原を進み続けた僕たち。
そんな僕たちの前に、鬱蒼と茂る森が広がっていた。
どう考えても、街や村が存在するはずない。
それどころか、内部には平原より強いモンスターがいるだろう。
しかも絶賛迷子中の僕たちが、こんなところに入ったら、今以上に迷子レベルを上げてしまう。
"確定的に明らか"と言うしかない。
「それよりさー、俺微妙に腹が減ってきた」
「僕もです」
平原を歩き続けてどれくらいだろうか?
リアル時間では一時間にもならないだろうけど、ここは思考加速されたVRゲームの内部。
途中何度か戦闘を挟んだとはいえ、体感時間でかれこれ三、四時間は歩いてるはず。
メニュー画面に表示されている現実時間を見ても、僕たちがゲーム内でそれくらい歩き続けたのは間違いない。
「思ったんだけどさ、ラグーンってHPを始めとして、色んなステータスが隠れ数値扱いで、直接確認できないよな」
「攻撃力とかも、やっぱりシステム的にあるんですかね?」
「そりゃ確実にあるだろう。だけど、今問題なのはそこじゃない」
「……」
「もし満腹度があったら、俺たち戦闘では無双できるのに、食い物がなくて餓死ってオチになりかねんぞ」
空腹で餓死する。
それは嫌だ。
死んだらリスポーン地点に戻されるだろう。そうすればこの迷子状態から抜け出せるはず。
ただ、
「やっぱり餓死寸前の感覚も、再現されてるんでしょうかね?」
「今空腹を感じてるんだ。確実に、ヤバイ飢えを味わうことになるだろうな」
「……」
現代日本人である僕とミカちゃん(おじさん)には、飢餓という感覚は無縁だ。
無縁だけど、ラグーンと言うVRゲーム内ならば、飲まず食わずでいればその感覚を味わうことになってしまいそうだ。
リスポーンより、その苦しみを味合わなければならない方が遥かに嫌だ。
「もしかして、喉の渇きもあるんじゃ?」
「うーん、そっちは感じないから、さすがになさそうだな。でも、飢餓状態って、凄く苦しいらしいなー」
そう言い、ミカちゃんの目が遠くを見るものになる。
「嫌ですよ、そんな状態になるなんて」
「当たり前だ!俺だって嫌に決まってるだろ!」
そこで僕とミカちゃんは、しばし二人でギャーギャー言い合って口喧嘩になる。
叔父さんに対してあまり反論とかしない僕だけど、さすがに今回は勘弁して欲しい。
「大体無計画で適当に突っ走るからこうなるんですよ!ちゃんと説明書を読んでおけば……」
「何言ってんだ。そんないい子ちゃんぶって何が楽しいんだ?」
「楽しいの前に、餓える苦しみが待ってるんじゃないですか!」
「ああ言えばこう言う!お前、いつもは素直なくせして、今回はやけに突っかかってくるな!」
そんな具合で口喧嘩。
殴り合いの喧嘩にはならないけど、それでも場の空気は険悪になる。
仮に喧嘩になったら、僕には、中身が二七歳の叔父さんが相手とはいえ、見た目が女の子のミカちゃんに手を上げるなんてできない。
小さな子供を殴ってるような気分になって、良心が咎めてしまう。
それに叔父さんは警備会社勤務のくせして、現実での喧嘩は滅茶苦茶弱い。けど、VR内での戦闘になると異様に強い。
僕が数で勝るゴブリン相手に引けを取らずに戦えるのも、以前叔父さんに誘われてプレーしたVRMMORPGで、戦い方について相当に訓練してもらったおかげだ。
そしてそのゲーム内では叔父さん相手に戦っても、ほとんど傷をつけられなかったほど、叔父さんは一方的に強かった。
そんな人が操っているミカちゃんに、僕がタイマンで勝てるわけがない。
一方的に、ボコられてしまうだけ。
そんな事になれば、例の虚弱体質スキルが、またレベルアップしてしまいそう。
弱肉強食って、こういう場合を言うのかな?
理不尽だけど、強い人が勝つのは仕方がない。
「しかしだ、スレイ」
口喧嘩になっていたところで、ミカちゃんが何か閃いたようだ。
「何ですか?」
「森に入れば木の実がなってるかもしれんぞ」
「……確かに」
「このまま飢えの苦しみを味わいたいか?」
「嫌に決まってます。でも、森に入っても木の実がなかったら……」
「シャラープ。否定的な考えは捨てろ、今はたた前進あるのみだ!」
今も状況が良くないのに、さらに悪くなる気がするのは僕の気のせいだろうか?
既に底なし沼にはまっているのに、その上でもがいて、沈む速度をさらに早めてしまってるような気が……。
僕が不審な目で見ているのに、ミカちゃんは気づいたようだ。
「だがな、男には引けない時があるんだ!」
見た目幼女なのに、カッコいい言葉を口にするミカちゃん。
見た目と言葉が全然似合ってない。
そして結局、僕はミカちゃんの提案に大きく反対できず、頷くことにした。
僕って優柔不断だよね。
YESマンでなく、ちゃんとNOを言える大人になりたい……。