3 初めての戦闘
「ミカちゃん、今からでも遅くないから、チュートリアル聞きに行きましょう」
「だが断る!」
分からないことだらけのゲームなのに、チュートリアルを断固として拒否するミカちゃん。
「どうしてです。ちゃんとチュートリアルを聞いた方が早いですよ?」
「いやいや、こういうのは何もわからない状態だからこそ、楽しめるってものじゃないか。そう言えばお前さん、ゲームの攻略サイトとか見てないだろうな?」
「見てないですよ」
「よし、だったらしばらく攻略情報を手に入れるのは禁止だ。俺たちだけでゲームの仕様を解明していくぞ」
「だったら他のPCに聞きますか?」
「ノー、それもダメだ!」
なにがいいのか知らないけど、ミカちゃんが勝手にルールを強制してくる。
「このラグーンと言うゲームは、俺の中にあるゲーム魂に火をつけてしまった。フハハハハ、説明書とか見ないでゲームするのって、楽しくていいよな」
「僕は説明書を見てからプレーしたいです」
僕とミカちゃんの考え方は平行線だけど、その後なぜか攻略サイトも、ゲームの説明書も、見るのを禁止にされてしまった。
そんなことを一通り話し合った後、元に戻ってスキルの検証に戻る。
今度は僕の持っているスキルの検証に入ろうとしたけれど……
「ゴブリンみーけっ」
ミカちゃんが暢気に平原を指さす。
子供の背丈をしているけど、醜い顔をしたモンスター。
RPGでは定番のモンスターであり、AR表示でも『ゴブリン、モンスター』と表示された。
棍棒を持ったゴブリンが、3体ほど横に並んで歩いている。
「いきなり戦闘はまずいですよね。隠れ……」
「先手必勝、我が滅びの魔導の力で滅せよゴブリン!」
僕とはまたしても考え方が正反対のミカちゃん。
これだとまるで脳筋じゃないか?
「■■■■■■、崩壊魔弾」
ミカちゃんが呪文を唱えると、黒い球体がミカちゃんの手のひらに現れ、それがゴブリンたちへ向かって飛んで行った。
かなり距離があるけど、黒い球体――崩壊魔弾――は、途中で消えることなくゴブリンに命中。
ペチッ、なんて音もしない。
攻撃が命中したゴブリンは、鬱陶しそうな顔をして、魔法を放ったミカちゃんと僕の方を睨んできた。
「ダメージ入ってないんじゃないですか?」
「ノォー、名前負けのクソ魔法が!」
崩壊魔弾は、スキル深淵崩壊魔法系列の魔法だったけ?
名前は物凄く大層なのに、名前負けがひどすぎる。
――ギャー
――ガーッ
なんて呆れてると、ゴブリンが僕たちに向かって威嚇しながら走ってくる。
「ク、クソウ。もう一度だ。■■■■■■、崩壊魔弾。ウラララララッ!」
叫んでも意味がない……と、思ったら、なんとミカちゃんの手から崩壊魔弾が連続して次々に放たれた。
「うおっしゃ!根性の勝利」
「ミカちゃん、変な感は鋭いなー」
連射できる魔法だったとは驚きだ。
どうせミカちゃんの事だから、その場のノリで適当にやったら連発できただけだろうけど。
「ウララララ……疲れた」
RPGだから、MPがあって当然。
ただ、MPやHPを現す数値やバーは、ステータス画面のどこにも存在していない。
しかし数字として確認できないだけで、HPが減ると痛みを感じる。MPの場合は疲れるようだ。
あとはゲームによっては、武器を使った必殺技を使うと、SPとか、似たような名前の数値を消費するゲームもある。
ラグーンにはSPもあって、もしかすると必殺技の連発をしていると、疲れてしまうかもしれない。
そして崩壊魔弾を連発したことで、ミカちゃんはMPをかなり消費してしまったらしい。
「ダリー、やる気でねー」
なんて言い出して、その場に座り込んでしまった。
「ちょ、ゴブリンを1体も倒せてませんよ」
「うわー、緑色の血出してる。俺グロ耐性低いから気持ちワリーわ!」
連発できた崩壊魔弾でダメージは入ってるようだけど、それ以上にゴブリンを怒らせてしまってる。
棍棒を振り上げ、ゴブリンの走ってくる速度が前より早くなっている。
「あー、もう鬱陶しい。あとはスレイに全部任せた」
「自分で敵対にしておいて、後始末は僕ですか!」
「若者よ、これも修行である。頑張れ」
ミカちゃんは梃子でも動かぬ。そう言いたげに平原の上で横になって、寝そべってしまった。
「叔父さん、自由すぎ……」
いっそミカちゃんをこのまま平原に残して、僕一人だけ逃げてしまおうか、と邪な考えが浮かんでしまった。
だが、さすがにそれはいけない。
僕はやる気のないミカちゃんを守るため、初期装備として持っていたショートソードを鞘から抜き放ち、走ってくるゴブリンたちと対峙した。
ただ、ゴブリンたちは走る速度に差があったようだ。
走っている間に最初は横並びだったゴブリンたちの隊列が乱れ、一体ずつバラバラになって走ってきた。
おかげで3体同時に相手をする必要はなくなった。
ミカちゃんが遠距離攻撃したおかげとは思えないが、包囲されて戦わずに済みそうだ。
僕は最初に迫ってきたゴブリンに対して、まずはショートソードで突きを放つ。
ゴブリンは怒りながら棍棒を振り上げていたが、それより早く僕の放った突きがゴブリンの心臓を的確に貫いた。
一撃でゴブリンは戦闘不能になって、崩れ落ちる。
ゴブリンに突き刺したショートソード引き抜くと、嫌な感触が手に伝わってきたけど、それを我慢しながら次のゴブリンが迫るまでに、剣を引き抜く。
続く一体は、最初のゴブリンより攻撃速度が速い。
僕が突きを放つより先に、棍棒を振り下ろしてきた。
それを一歩後ろに下がって回避する。
棍棒を地面に打ち付けたゴブリンが次の攻撃を繰り出すより早く、僕はゴブリンに急接近。
棍棒を足で押さえつけて動けないようにし、その間に首筋にショートソードを叩きこんで、ゴブリンの首と胴体を切り落とす。
と、いきたかったけど、思っていたよりショートソードの切れ味が悪くて、刃が首の途中で止まってしまった。
それでも致命傷を受けた二体目のゴブリンが、その場に力なく崩れ落ちて絶命した。
二体目も倒せた。
しかし、ショートソードが首に食い込んで、簡単に抜くことができない。
三体目はすぐ近くに迫っている。
このままショートソードにこだわっていると危険だと判断して、僕は構えをとって格闘戦の用意をする。
――ガーッ
最後のゴブリンは威嚇の声を上げて、僕と対峙した。
「ギャッ!」
だけどゴブリンの目に、突然飛んできた石が命中した。
その一撃で、ゴブリンの右目が潰れてしまい、絶叫を上げる。
だけど、そのおかげで僕への注意が完全に消えていた。
僕はゴブリンに接近して、まずは棍棒を持っている腕の関節を攻撃。衝撃でゴブリンが手から棍棒を取り落とす。
さらに背後に回って、首を絞め落とした。
≪特定の条件を満たしたことにより、回避Lv1、体術Lv1、剣術Lv1、クリティカルLv1、弱点部位看破Lv1、PT連帯Lv1の各種スキルを獲得しました≫
システムボイスの声が脳内で響く。
今の戦いに関係したスキルを獲得できたと思うけど、それにしても数が多い。
しかしそれを確認するよりも、戦闘での緊張が解けてホッとした。
「ふー、何とか勝てた」
「全然余裕だったじゃん」
ミカちゃんはいつの間にか立ち上がって、僕の近くにいた。
「結構怖かったんですよ。このゲーム、ダメージもらうと痛いですし」
「そうなのか?」
「試してあげましょうか?」
今の戦いでダメージはもらわなかったけど、僕はゲーム開始直後に、ミカちゃんから強烈過ぎる攻撃を受けまくっている。
あの時の痛さは忘れられるものじゃない。
「ノウ、俺、体が弱いの。痛いのなんて耐えられない」
そんなことを言って、首を横にフルフルと振るミカちゃん。
見た目は可愛いけど、あざとい。
中身が叔父さんだからね。
「まあまあ、遠慮しなくていいですよ」
「ほ、ほら、最後の一体はちゃんと援護してやったから、それでチャラにしてくれ」
最後の一体を倒す際に飛んできた石。
あれは後ろで寝そべっていたミカちゃんが投げた石だ。
戦闘ではゴブリンの注意が全て僕に向いていたけど、それをいいことにミカちゃんは、ちゃっかり後ろから攻撃したわけだ。
思わぬ方向からの攻撃だったので、ゴブリンも避け損ねてしまったのだろう。
まさにミカちゃんの言った、
『人にされて嫌なことを相手にしてやる』
意識外からの攻撃なんて、された側にとっては本当に嫌な攻撃だろう。
「スレイ一人に戦わせないで、ちゃんと援護したんだ。俺って偉いだろう」
「……」
なんだか言い訳じみてるミカちゃんだけど、僕はそれ以上強く言うことができず、しぶしぶ頷いた。
「うむ。というわけで全て問題なしだな。あ、そうそう。俺今の戦闘で、奇襲、投擲、クリティカル、弱点部位看破、PT連帯ってスキルゲットしたぞ」
「僕もいろいろゲットできました」
視界の端にログが表示されているので、今の戦闘で獲得したスキルをミカちゃんに教えておく。
「なんかさ、スキルの獲得数多くねえ?俺よりも、多すぎだぞ!」
僕も自分のゲットできたスキルが多いと思う。
だけど、
「次はミカちゃんが前衛で戦えばいいんじゃないですか?」
「俺、痛いのイヤ」
僕の提案をミカちゃんはあっさり拒否した。
前衛だとダメージを受ける機会が高くなるから、当然痛い思いをすることが多くなる。
そういう危険を、ミカちゃんは僕に押し付けてしまいたいのだろう。