2 スキルの検証会
ゲームを始めたら、開始一分しないで、種族が吸血鬼の真祖に転生してしまったスレイです。
それと僕の現実の叔父で、今では天族から堕天使に墜ちてしまったミカエラさん。
僕はともかく、ミカエラさんはやってることが堕天使そのものなので、種族名がこれ以上なく似合っていると思います。
◇ ◇ ◇
「おい、そこのお前たち。この世界に来たばかりの新入りだな。俺はお前たちのような新入りに、この世界での生き方を教えていく……」
僕とミカエラさんの二人が、転生と言う訳の分からない状況に戸惑っていたら、偉そうな態度で話しかけてくる人が現れた。
人と言うか、二足歩行で歩く狼。
獣人で、狼人間。ワーウルフか、ライカンスロープって奴かな?
それはともかく、狼人間は随分と態度がでかかった。
「なに、このおっさん狼?」
「話からすると、多分ゲームのチュートリアルをしてくれるNPCのようですよ」
「んなもんいらん!」
狼人間の態度もでかいけど、ミカエラさんも見た目の愛らしさを完全無視して、態度がでかい。
「何だと貴様。俺はお前たちのような、甘えた根性の奴らを叩き直すために……」
ミカエラさんの態度が気に入らない様子の狼人間。
「パスだパス。チュートリアルなんてやってられん。ということで、あっちに行くかスレイ」
「えっ、チュートリアル無視していいんですか?」
「いいんだよ。大体男になんかに興味ない。巨乳おっぱいの軍曹さんなら、チュートリアルでたくさんかわいがってもらいたいけど、いないならチュートリアルなんぞやらん!」
僕はミカエラさんに手を引っ張られて、その場から連れ出されてしまった。
「コ、コラ、人の話を最後まで聞けー!」
「ベーだ」
止めようとする狼人間を無視し、舌を出してあっかんべーをするミカエラさん。その時だけ、外見相応の姿をしていた。
こうしてラグーンのチュートリアルは、プレーすることなくスルーされてしまった。
◇ ◇ ◇
「でだ、チュートリアルなんぞ糞食らえにして、まずは俺たちのスキルの確認をしていくか」
「そう言うのって、普通チュートリアルで聞くものじゃないですか?」
「スレイ、人から聞かされた情報を鵜呑みにして信じてるだけだと世の中やってけないぞ。自分で調べられる大人にならなきゃダメだぞー」
ミカエラさんがアウトローすぎる。
「もっともらしいこと言いながら、単にあの狼人間が気に入らなかっただけでしょう」
「ウン。俺って警備会社に勤めてるでしょ。年に何度か会社の研修会があって、格闘技の実技訓練があるんだけど、そこにいる師範代みたいなおっさんだったんだよ。あの人、ガミガミ怒鳴ってくるし、人の話聞かないし、俺を一本背負いしまくるはで、関わり合いたくない……」
半分気の毒だけど、それでもミカエラさんなので仕方ない。
「そんなことより、スキルの検証会だー!」
「それよりバグとかが原因じゃないんですか。ゲーム始めて、いきなり種族の転生なんて?」
「シャラープ!んなもんは知らん。運営にバレなきゃ、俺たちはゲーム開始時点でチート能力を手に入れられてラッキーだった、てだけだ」
――ワハハハハ。
ミカエラさんは腕を組んで豪快に笑い声を上げた。
いいのか?
実はバグが原因で、後日修正が来て、せっかく手に入れたスキルを全部消されたりとかしないのか?
そんな僕の考えなど、ミカエラさんはまるで気づいていない。
「おーし、それじゃあまずは何から始めるかな。そうだ、俺にはこれがあるんだった」
背中の白い翼をはためかせるミカエラさん。
「んー、どうやったら飛べるんだ?」
しばし背中をゴソゴソと動かす。
(本当にチュートリアルなしでいいのかな?)
なんて思っていると、ミカエラさんの翼がバタバタと動き始めた。
「おっおっ。そいやー」
掛け声と同時に、空中へ浮かび上がるミカエラさん。
「すごい、本当に飛んだ」
「フッ、今日から俺の事は、白羽幼女天使のミカちゃんと呼んでくれたまえ」
空中で格好をつけるミカエラさん改め、ミカちゃん。
(でもなー、中の人が二七のおっさんだって知ってるから……)
「ミカエラさん」
「ノウノウ、俺はミカちゃん」
「ミ、ミカちゃん」
名前を呼ぶとき、僕の顔面の筋肉が攣った気がする。
リアルとのギャップが大きすぎて、我慢できなかった。
「今日からよろしくね。私の名前は魔女っ子幼女天使ミカちゃん」
そんな僕の前で、ミカちゃんが思い切り役にはまり込んだポーズと声色を出す。
さっきまでの、中身が明らかにおっさんな話し方と全然違うし。
「……自分でやってて気持ち悪くないですか?」
「……気持ち悪い」
「だったらやらないでくださいよ、ミカ……ちゃん」
――コクリ。
空中に留まったまま一度だけ頷いて、ミカちゃんはしばらく平原の彼方に目を向けて黄昏ていた。
哀愁漂う姿は幼女天使に似合わない。中身が二七歳だから仕方ないけど。
「んじゃ、次は光魔法だ」
黄昏から復帰するのも早かった。
ミカちゃんにいちいち突っ込むだけ無駄なので、スルーしてしまうことにしよう。
「何が使えるんです?」
「ライトって魔法。これって明らかに洞窟とか夜に使う魔法だよな。■■■、ライト」
「うわっ!」
ミカちゃんが魔法を使った瞬間、僕の目の前が真っ白になった。
突然の事だったので反射で目を閉じたけど、まともに強い光を見てしまった。
「うむ、素晴らしい目潰し魔法だ」
「ちょっ、目の前が全く見えませんよ!」
「ハハハハハ」
ミカちゃんはまだ空を飛んでいるようで、空から笑い声だけが響いてくる。
その後しばらく、僕の視界は完全に潰されてしまった。
視力が戻ってから空を飛ぶミカちゃんを見ると、その傍に白い光の玉がひとつ浮かんでいた。
あれがミカちゃんの使ったライトだろう。
でも、なんだか理不尽な気がする。
「暗闇で使う魔法を目潰しに使うのって反則じゃないですか?」
「何言ってるんだ、卑怯は王道だぞ。PvPでは、自分がされて嫌なことを相手にしてやると、それだけで勝率がグッと上がるしな」
さすがは堕天使。羽は真っ白だけど、中身が黒い。
それからミカちゃんは、空から降りてきた。
「もう飛ばなくていいんですか?」
「いや、飛んでいたいけど、疲れた。翼飛行って便利だけど、長時間できないようになってるみたいだな」
その後ミカちゃんは、「おのれ運営。地べたを這いずり回る飛べない可哀想な天使ちゃんを作り出すとは、どこのエロゲだ」とか何とか言っていた。
僕はそれらに関しては、全てスルーして聞き流しておいた。
ミカちゃん……叔父さんは、そういう方向に重症なので、触れずにそっとしておいてあげるのが、一番正しい対処法だと思う。
下手に疑問を投げかけたりしたら、訳の分からない事を言い始めて長くなるし。
「で、俺の方はこれでいいとして、スレイは吸血鬼だったか?」
ひとしきり呟いていたミカちゃんが、現実に戻ってくる。
「はい。それも真祖ってなってるんですけど」
「ふーん」
ミカちゃんが小さな体で、僕の周りをグルグルと回りながら、僕の体を見て回る。
「お前、背が高すぎだろ!」
「一九三センチです」
「……リアルだと俺のほうが背が高いから、それでか?」
「そ、そんなことないですよ」
僕は否定したけど、ミカちゃんが言っているのは、実は図星。
僕のリアルでの身長は一八三センチ。日本人の中ではかなり背が高い方だけど、父さんは一八六センチ、叔父さんなんて身長が一八七センチもある。
だから、僕は密かに身長一九〇越えを狙っていた。
「身長一九〇越えのイケメン野郎。……クッ、沈まれ俺の心の闇よ。この業火が解き放たれれば世界が滅びてしまう。ていうか、アベックどもは皆滅びちまえ!」
僕の前で、ミカちゃんがまたしても暴走。
スルースルー。
「でも、吸血鬼って普通太陽の光に弱いですよね。僕、全然平気なんですけど?」
今いる平原は、暖かな太陽の光が降り注いでいる。
映画や漫画など、様々な媒体で登場する吸血鬼は太陽に弱かったり、動く水を飛び越えられないとか、いろいろな弱点があったはずだ。
僕の場合、ゲーム開始時にいきなりミカちゃんから殴り蹴られるという暴行を受けた。その時ダメージを受けたので、ゲーム内で痛みを感じる経験をすでにしている。
だけど太陽の光を受けても、全然痛くも何ともない。
「んなもん知るか、所詮はゲームだ」
「身も蓋もないいい方しないでくださいよ」
抗議すると、少しだけ顎に手を当てて、考える仕草をするミカちゃん。
見てるだけなら、背伸びして、ちょっと大人ぶった仕草をしている女の子に見えなくもない。
見た目は可愛いのに、中身が叔父さんなので、それで全てが台無しになってるんだけどね。
「基本的に吸血鬼は、ブラム・ストーカーの小説ドラキュラが原点みたいなものだからな。とはいえ血を吸う化け物の話はヨーロッパだけでなく、昔から世界中にあるからな」
「そうなんですか?」
「ウム。このミカちゃんがリアルで無駄に蓄えまくった中二病知識を舐めてもらっては困る」
「はあっ」
頼りになるような、ならないような、ミカちゃんの言葉。
「でだ、東南アジア辺りなんかにも血を吸う人間(化け物)がいるらしいけど、そいつらってガンガン照りの日差しの中で日光浴をするし、ニンニクだってガリガリ平気で食べてるんだってよ。ヨーロッパと違って、東南アジアは太陽照りまくりだもんなー」
ヨーロッパの吸血鬼に比べると、東南アジアの吸血鬼はなんてタフで頑丈なんだろう。
というか、ヨーロッパの吸血鬼が病弱すぎるだけか?
「僕は東南アジア産の吸血鬼なんですかね?」
「さあな。案外真祖だから、吸血鬼のバットステータス的な効果は、全部無効って可能性の方が強いかな?」
だとすれば、吸血鬼の真祖はかなり優遇された存在だ。
「てかさ、自分のステータス画面の見方は分かるか、スレイ?」
「分かりますよ」
ゲーム開始時から僕もミカちゃんも、右腕に腕輪をはめている。
多くのVRゲームでは、この腕輪に触ることで、メニュー画面が開ける仕様になっている。
これはラグーンだけでなく、VRゲームの標準規格といっていい。
そこからステータスの項目を選べばいいだけだ。
『
名前 スバル
性別 男
種族 人間(吸血鬼・真祖)
武器 開拓者のショートソード
防具 開拓者の皮服
開拓者の皮ズボン
開拓者の皮靴
』
この下に、獲得したスキルの一覧が続いていく。
「普通のゲームだったら、項目を眺めていればAR表示が出てきて、簡単な説明がついてるよな」
「前にしたVRMMORPGはそうでしたね」
ミカちゃん……叔父さんとVRMMORPGをするのはこれが初めてではないので、以前プレーしたゲームの事を思い出しながら答える。
「でもさ、このゲームってステータスの項目眺めてても、AR表示が出てこないな」
「……本当ですね」
試しに、『種族 人間(吸血鬼・真祖)』の項目を眺めていたが、AR表示が出てこない。
スキルにしても全く同じだ。
こういう細かい部分で説明が出てこないと、初見だとどうしていいのか困ってしまう。