14 吸血鬼
巨大白蛇相手に戦闘……というより攻撃手段を失って、攻撃を回避するだけになっている僕。
だけど巨大白蛇が僕に集中している隙をついて、ミカちゃんの"黒の槍"が巨大白蛇の眼球に襲い掛かった。
相変わらず奇襲戦法の名人。
おまけに"黒の槍"の攻撃力がとてつもない。
短剣とは比べるまでもなく、"黒の槍"は巨大白蛇の眼球を貫いた。
辺りにベタベタした目の残骸が飛び散り、目玉を吹き飛ばされた巨大白蛇は、地面に崩れ落ちて動きを止めた。
「このモンスターを一撃とか、ミカちゃんの魔法って反則すぎない?」
"崩壊魔弾"の方は微妙だったけど、"黒の槍"の攻撃力は異常過ぎる。
とはいえ、そのおかげで巨大白蛇を無事に倒すことができた。
僕は一息ついて、巨大白蛇の顔を眺める。
片目を失って、身動きをしなくなった巨大白蛇。
AR表示が浮かんで、『白蛇妃、モンスター』と表示された。
このモンスターはただのザコモンスターと違って、非常に強力だった。
多分、この森を住処にしているレイドボスだろう。
そんなモンスターを一撃で仕留めるミカちゃんは、やっぱり僕なんかと違って、凄まじく強い。
「本当、ミカちゃんってVRの中だと底知れない実力があるね」
リアルの叔父さんはいろいろダメだけど、ミカちゃんの強さを改めて実感させられた。
だけど、やっぱりミカちゃんと言うべきだろうか?
「鎮まれ、鎮まるのだ俺の顔面よ。ここで巨乳お姉さんとのフラグを……」
「こっちに来るんじゃねえ、ファイアボール」
「ハヒン、体が火照って気持ちいい」
遥か後ろで、助けたはずの女魔法使いさんとミカちゃんの間で、PvPが始まってない?
「ミカちゃん、いろいろな意味でヤヴァすぎる……」
トーマの呆れる声まで聞こえてきた。
また拗らせてる。
僕はそっとミカちゃんたちのいる方向から顔を背けた。
今だけは、ミカちゃんの知り合いだと思われたくない。
もう少し状況が落ち着いたら、ミカちゃんたちのところへ戻るとしよう。
だけど、そっちに気を取られ過ぎた。
そのせいで、僕はその気配に気づくのに遅れてしまった。
巨大な白蛇妃の姿が、忽然と消えていた。
「!?」
ここはゲームの中だから、倒したモンスターの体が時間経過で消滅したのかと思った。
だけど違う。
蛇の代わりに僕の目の前に、白い着物を着た女がいた。
ストレートの銀髪で、腰のあたりにまで届く長さがある。死に化粧を施されたかのように、白くて生気のない顔をしているが、しかしその顔はとても整っていて綺麗。
胸はミカちゃん好みの対極で、主張のない小ぶりな大きさ。
でも、着物にはあまり大きな胸は似合わないと思う。
……って、僕は何を考えているんだ!
これじゃあまるでミカちゃん……ほど酷くないけど、まるでミカちゃんみたいで嫌だ。
銀髪の女性は、僕の顔を見ていた。
黄金色の瞳。
ただし片方の目は、女性の手に覆われて隠れている。
でも、なんて綺麗な人だろう。
その瞳を見ていると、思わず吸い込まれそうになってしまう。
ああ、なんて美しい。
AR表示では、『白蛇妃、モンスター』と表示されていた。
でも、そんなことは関係ない。
胸がドキドキと鼓動を刻み、吐き出す吐息が熱を微かに帯びる。顔が火照って、自分でも赤くなっているのが分かる。
僕は白蛇妃の瞳に虜になった。
≪特定の条件を満たしたことにより、HP吸収耐性Lv3、MP吸収耐性Lv1、SP吸収耐性Lv3の各種スキルを獲得しました≫
システムボイスの声がするけど、そんなことはどうでもいい。
「さあおいでなさい、強き戦士。私の胸の内に抱いてあげよう」
「うん」
白蛇妃の語り掛ける言葉に、僕は夢うつつな気持ちになって近づいていく。
「さあ、私の抱擁で死へ誘ってあげる」
僕は白蛇妃の両腕に抱きしめられた。
ああ、もう我慢できない。
僕は熱に浮かされて、初めて自覚した。
(食べたい)
と。
「ウガアアアアッ」
僕は叫び、犬歯が牙のように鋭くなって突き出す。
「白蛇妃、なんて綺麗な人だ。僕が大切に食べてあげよう」
「な、貴様は一体!」
白蛇妃の美しい顔に驚きが浮かぶ。
いいね、君ってそう言う顔もできるのか。
フフッ、とてもおいしそうだ。
僕は白蛇妃の着物を手で押しのけ、右の鎖骨部分を露わにさせた。
そこを舌でべろりと舐める。
「くっ、この痴れ者が!」
「喚かないでほしいな」
白蛇妃が羞恥心から僕の頬を平手打ちしようとするが、その手を僕は力づくで押しとどめる。
見た目に反してすごく力があるけど、それでも僕の力の方が勝つ。
「さあ、愛撫を始めよう」
僕は白蛇妃の鎖骨に口づけし、その柔肌に牙を突き立てた。
「んっ?」
だけど、肌に牙が突き立たなかった。
思ったより頑丈な肌だけど、舌でもう一度舐めてみると、肌の表面に鱗があるのが分かった。
「や、やめろ、このケダモノ!」
「フフフ、そうか君は蛇なんだね。でもさ、こうすれば関係ないか」
「あっ、ひぎゃっ!」
鱗があるけど、その隙間を縫って牙を穿てばいいだけ。
僕の口の中に、白蛇妃の血が流れ込んできた。
(ああ、なんだこれは。錆びた鉄の味がして、そしてとても甘美でおいしい)
ゴク、ゴクゴク。
僕は熱に浮かされるまま、白蛇妃から流れ出る血を貪るように吸い出していく。
飲み込み損ねた白蛇妃の血が口から溢れだし、それが白蛇妃の白い着物を赤く染めていく。
「うっ、ああっ」
艶やかな声を漏らしながらも、白蛇妃の白い顔には、仄かに朱の色がさしていた。
いい顔だ。
さっきは怜悧な表情をしていたが、今の彼女は蕩けた顔をしている。
――ゴク、ゴクゴク。
でも、それ以上に彼女の血がおいしい。
このまま全部、食べてしまおう。
僕は熱に浮かされたまま、本能の欲求に従って血をさらに貪っていった。
貪り、貪り、貪り続け、やがて気が付いたとき、白蛇妃の体からは一滴の血も出て来なくなっていた。
「?」
不思議に思って鎖骨から口を離すと、体を硬直させて固まってしまった白蛇妃の体があった。
「白蛇妃……?」
まるで死んでしまい、そのまま石像にでもなったかのように動かない。
「ねえ、動いてほしいな」
とても綺麗な人なんだ。
だから、まだ僕を飽きさせないでほしいな。
僕はにっと笑いながら、自分の牙で口の中を切る。
口の中は既に白蛇妃の血に濡れていたが、そこに僕の血が混じる。
そんな僕と白蛇妃の血が混じり合った血液を、口の中で混ぜて、僕は白蛇妃へ口づけをした。
「ん、んんっ」
女性にキスをするのは、リアルでも、VRの中でも初めてだ。
僕の口から流れ出す血液が、硬直した白蛇妃の喉を落ちていく。
「うっ、はあっ」
やがて白蛇妃の体が再び動き出すと、彼女は僕の唇を求めるように、僕の頭を強く抱き締める。
長い長い接吻を、僕と白蛇妃は続けた。
≪特定の条件を満たしたことにより、魅了耐性Lv3のスキルを獲得しました≫
≪特定の条件を満たしたことにより、魔眼スキルより、魔眼・魅了Lv1が派生しました≫
≪特定の条件を満たしたことにより、白蛇妃の吸血鬼化に成功しました。なお、眷属支配の効果により、白蛇妃は以後プレーヤースレイの眷属となります≫
≪特定の条件を満たしたことにより、称号『血族の主』、『白蛇の王』を獲得しました≫
「……えっ?」
なぜかそれまでの高揚感が嘘のように消え去り、僕は急激に冷静になっていった。
しかし冷静になった頭に、新たなパニックを抱えるのだった。