10 初心者プレーヤー
「危ないところ……というか、あんな状況でしたが、助けていただきありがとうございます」
あんな状況。
うん、確かに戦闘でピンチだったんだろうけど、ローパーに触手責めにあっていた状態だったからね。
単純に死にそうってだけでなく、いろいろな意味でピンチだったよね。
「いいのだお若いの。奴らは魔王だ、魔王そのものだ!触手など全ての世界から滅び去ってしまえばいいのだ!」
「ミカちゃんは少し落ち着こうね」
「クハハ、クヒヒヒッ」
あ、ダメだ。
話題に出てきたことで、また触手のトラウマが蘇ってる。
「すみません。この人、あの手のモンスターにすごくトラウマがあるみたいなので」
「な、なるほど。でも、俺もよく分かります」
騎士がミカちゃんの狂態を見ながらも、凄く納得してる。
……僕には一生分からなくていい世界なので、これ以上踏み込んで聞かないぞ。
藪蛇だ、藪蛇。
「ところで僕の名前はトーマって言います。あなたたちは?」
助けた騎士が名乗る。
「僕はスレイです。それでこっちの子はミカエラです」
いまだにミカちゃんがトリップしてるので、代わりに僕が紹介しておく。
「ありがとうございました。でも、2人とも見たところ初期装備ですよね?そんな装備で、どうしてこの森に?」
僕とミカちゃんの現在の装備は、開拓者の皮服、開拓者の皮ズボン、開拓者の皮靴。
男女共通の装備で、茶色の皮でできている防具一式だ。
ものすごく野暮ったい格好で、ダサさ満点。
「実はですね……」
僕はミカちゃんと共にチュートリアルをスキップした結果道に迷い、迷い続けた挙句現在に至る話をトーマにした。
「なるほど。でも、この森って序盤ではそれなりに難易度が高いので、プレー初日の人が簡単に入り込める場所じゃないですよ」
「うわっ、それって危険ですよね」
「ええ、僕も六人PTだったんですが、スネーク系のモンスターに次から次に襲われて、PTメンバーは僕以外全滅してしまいました」
「じゃあ、一人だけ取り残されたんですね」
トーマの状況に同情する僕。
「てか、あんな蛇にてこずってるのか?」
そこでトリップから現実へ戻ってきたミカちゃんが、唐突に話しかけてきた。
「素早い上に森の木を盾に使ってくるから、攻撃が当たらないんですよ。
僕はPTの盾役でしたが、攻撃系の前衛や魔法使いの攻撃がなかなか当たらないんです。しかも数が多いから、倒しても次から次に沸いてくるし」
「……なるほど」
あれ?スネークってそこまで面倒な敵だっけ?
確かにゴブリンより圧倒的に速いけど、僕はそこまで手こずる敵とは思えなかったけど。
「スレイくん、スレイくん。君は自分の戦闘能力がちょっとおかしいことに気づこうね」
「?」
ミカちゃんが何か言ってくるけど、僕はそこまで強くないのに。
このゲームの中でミカちゃんと戦ったら、確実にコテンパンにされるだろう。
スキル的にはSPの面で僕に有利だけど、ミカちゃんは長期戦になる前に、短期で僕を倒せる実力がある。
ゲームシステム以前に、プレーヤースキルで圧倒的なアドバンテージがミカちゃんにあるからだ。
「まあ難しい話はいいや。とりあえずPTが全滅したなら、俺らと一緒に行動しないか?てか、するしかないよな」
「はい、お願いします。俺一人だと森から逃げたくても、確実に途中で死ぬので」
というわけで、僕たちのPTにトーマが仲間入りした。
「よし、これでようやく街か村へ行けるな。迷子脱出だー!」
ミカちゃんが歓喜の声を上げる。
「ミカちゃん、大人しくチュートリアル受けてれば迷子にならずに済んだんだよ」
「あーあー、何も聞こえねー」
全く仕方のない人だ、ミカちゃんは。
ただ、そんな僕たちのやり取りを聞いているトーマは、
「あれ?チュートリアルの場所からは無料の馬車が出てるので、それに乗れば普通に街までいけますよ。もしかして、それを知らずに迷子に?」
「「……」」
ミカちゃんと僕は互いに顔を見合せた。
「まっ、まっさかー」
「ミカちゃん、虚勢を張るのはやめようよ」
ミカちゃんの顔は引きつっていて、嘘がバレバレ。僕はため息をつきながら、そんなミカちゃんを嗜めた。
◇ ◇ ◇
その後僕たちはトーマを先頭にして、森の中を進んでいった。
僕には暗視スキルが、ミカちゃんには異常な感覚があって、暗闇の中でも行動することができるけど、トーマにはそんなスキルはない。
全滅する前のトーマのPTには魔法使いがいたおかげで、炎の魔法で周囲を照らしてくれてたそうだ。
もっとも、もしもの事態に備えて、トーマはアイテムボックスに周囲を照らすためのアイテム、トーチを入れていた。
今はそれを頼りに、暗い森の中を明かりで照らす。
ついでにミカちゃんも、ライトの魔法で周囲を照らした。
ただ明るくすると、少し歩いただけでまたしてもスネーク系のモンスターが襲い懸ってきた。
「来ます、僕が盾になるので……」
「ウラシャー!」
「ミカちゃん、頼むからスプラッターはもうやめよう」
トーマが何か言ってたけど、それを無視してミカちゃんが突撃。
「触手は死ね、滅びろ!」
見た目の可愛らしい姿を完全に無視して、狂気に満ち満ちている。
僕の声なんて、完全に聞こえてないね。
「ああ、またミンチにし始めた」
「うっ、うぐっ、うげえっ」
僕はこの光景に不本意ながら慣らされてきたけど、トーマには辛かったらしい。
「背中さすろうか?」
「だ、大丈夫。さすがにそこまで酷くないから」
それでもミカちゃんの展開するスプラッターに、トーマは顔を青くしていた。
その後、スネークたちの惨殺を終えてミカちゃんが戻ってくる。
「ああ、面倒臭かった。そうだトーマ」
「ハ、ハイ、何ですか!」
背筋をピンと伸ばすトーマ。
ミカちゃんの事を、怒らせてはいけない存在と認識したようで、額に冷汗を浮かべている。
ミカちゃんをそこまで怖がる必要なんてないと僕は思うけど、でもまあ、ミカちゃんだから仕方ないか。
「武器ねえか?予備の武器があるなら出してくれ。てか頂戴、寄越せ、くれ。メイスだけだと戦いづらくてしょうがねえ」
「分かりました。短剣とかありますが、どうでしょう?」
「フムフム」
アイテムボックスから、予備の武器を取り出すトーマ。短剣以外にも、剣もあった。
だけど、これってカツアゲっていうんじゃない?
「短剣は便利だから何本あっても嬉しいな。そうだ、この剣はスレイが持っておけ。ショートソードだとリーチが短くて戦いにくいだろ」
トーマからカツアゲした武器を装備していくばかりか、僕の分まで放り投げて寄越すミカちゃん。
「あの、いいのかな?これってトーマの武器なのに?」
「いいんです。二人の装備が初期装備のままだと、この森を抜けられないかもしれませんから」
確かに、現状僕とミカちゃんは初期装備。
森を抜けるためなら、僕たちの装備を少しでも強化しておいて損はないね。
ただ、
「両手剣か。これならショートソードのままがいいかな」
僕の戦闘スタイルは、片手剣で速度をいかした戦い方。
以前プレーしたVRMMORPGで、ミカちゃんの中の人(叔父さん)に鍛えられた時の戦い方がそれだったからだ。
正直、両手剣は重くて扱いにくい。
でも、攻撃力の事を考えれば、今は装備しておいた方がいいかな?
ショートソードでは火力が足りない敵に遭遇した時の為、予備の武器としてアイテムボックスにいれておこう。
あとは、短剣を数本。
腰の後ろに装備して、すぐに取り出せるようにしておく。
こうしておけば、メイン武器を失った際、すぐに取り出せて便利だ。
短剣は近距離の戦闘以外に、投擲にも使えるから、汎用性が高くて便利だ。
「クハハハ、クソ蛇どもを血祭りにしてれる、ソイッ!」
僕が武器の装備をしている間に、ミカちゃんが早速手にした短剣を投擲していた。
投擲した先にはグリーンスネークが木の枝に巻き付いていたけど、その眉間を見事に一撃だ。
「あんなところに隠れてたのか!」
驚くトーマ。
でも、なんでだろう。
「さっきからあそこにいたのに、気付いてなかったの?」
僕はミカちゃんと一緒で気づいていたんだけど。
「この暗がりの中じゃ、普通気付かないだろ!」
「そうかな?」
トーマは驚いているけど、僕にはその理由が分からない。
もしかして僕には暗視スキルがあるから、トーマより周囲が良く見えているからだろうか?
「あー、スレイ。お前は自分の感知能力が、とっくに常人やめてるのに気づこうか」
「何言ってるんですか。ミカちゃんみたいなレベルじゃないですよ?」
ミカちゃんが何か言ってきたけど、何バカなこと言ってるんだろう。
確かにミカちゃんの中の人に、別のVRMMORPGで鍛えてもらったけど、僕はそこまで強くない。
ミカちゃん相手の戦闘では、常に惨敗記録の更新しかできてないのだから。
でも、ミカちゃんの中の人って、訳の分からないことをよく言うから仕方ないよね。
その後、ライトとトーチの明かり目指して、スネーク系のモンスターが次々に襲ってきたけど、撃退は簡単。
特に危なげなく、僕たちは森の中を進んでいった。
「なにこの人たち。マジでラグーン始めたばかりの初心者なの?」
そんな僕たちを見て、なぜかトーマがそんなこと言ってたけど、どうしてだろう?