9 人助けと腹ペコ蛮族
いまだに腹ペコ迷子中の、スレイです。
そして肩の上にはミカちゃんがいます。
中身が本物の女の子ならともかく、おっさんですからね。
まあ、髭面ドワーフみたいな、外も中もおっさんよりはいいけど。
……ハアッ。
こんなことを考えるなんて、僕も現実逃避に走り出したのかな?
そんな状況が唐突に動き始める。
「ムッ、人間発見!」
「マジですか?」
「大マジ」
暗視スキル持ちの僕と違って、ライトの光を消しているので、ミカちゃんには闇しか見えてないはず。
なのに、人間がいることに気付く。
以前プレーしたVRMMORPGで、ミカちゃんの異常な感覚を何度も見せられたけど、この人の感覚って本当にどうなってるんだろう?
僕の視界には人影なんて全く見えないのに、異常過ぎる感覚だ。
「あー、でも胸がついてないな。おまけに只今襲われてて絶賛ピンチ中だ。奴に……ウッ、ウウッ、トラウマが蘇る……」
「な、何で泣くんですか。……うわああ。僕の頭に鼻水がー!」
肩車中のミカちゃんのせいで、僕は大惨事だ。
これゲームだよね、本当にゲームだよね!?
だったら、こんなものまで再現しないでくれ!
「こ、このっ」
「クソウッ、幼女を捨てるなんて人間のクズ野郎!」
鼻水塗れになりたくないので、肩車してるミカちゃんを放り捨てる。
でも翼をはためかせて、ミカちゃんは問題なく地面の上に着地。
この程度でどうにかなるほど、ミカちゃんの反射神経は鈍くない。
『VRの内部では』という但し書きがつくけど。
「うわあっ!」
でもこの時僕は、肩に乗っているので見えなかったミカちゃんの顔を、初めて見た。
その顔は、涙と鼻水でグジュグジュになっている。
ど、どうしよう。僕が小さな女の子に悪いことをしたみたいで、良心がチクリと痛む。
……中身は叔父さんなのに。
「奴って、また蛇ですか?」
「……」
「とりあえず、襲われてる人を助けに行きましょう」
「あっち。……ただし俺は助けにはいかんぞ。巨乳美女が襲われているなら全力で見学に行くが、胸なしに用などない!」
ミカちゃんは、胸に対して異常なこだわりがある。
でも、助けるじゃなく見学って。
……ダメだ、これ以上考えるな。相手はミカちゃんなんだから。
ミカちゃんが問題の方角を指さしたので、僕は助けに行くため、そっちに向けて駆け出した。
◇ ◇ ◇
森の中を駆け抜けた先で見つけたのは、巨大なイソギンチャクのような姿をしたモンスター。
一メートル半の高さがある本体から、六本の触手を伸ばしている。
本体と触手はベタベタの粘液が張り付いていて、気持ち悪い。
AR表示では『ローパー、モンスター』となっている。
「なるほど」
納得だ。
触手に対して異常なトラウマがあるミカちゃんだと、このモンスターはダメだろう。というか、これだけ離れているのに、いるのによく気付いたものだ。
「ウヒッ、ヒワッ」
そしてそんなローパーの触手に雁字搦めにされて、身動きできなくなっている、全身鎧を纏った騎士風の人を見つけた。
ローパーの数は複数。
ただ攻撃されているはずなんだけど、口から出てる声が色っぽくて……。
ロード・オブ・ラグーンって、対象年齢いくつからだろう。
戦闘が血なまぐさいから、確実にR15指定だろうけど、ちょっとこのシーンは……。
これ以上考えるのはよそう。
叔父さん相手に慣れている、スルースキルを発動だ。
それにしても、ミカちゃんの|中の人(叔父さん)のプレーヤースキルは異常過ぎる。
関心を通り越して、呆れるしかないね。
でも、おかげで襲われている人を助けるのには間に合いそうだ。
戦場へとたどり着いた僕は、ローパーの一体をショートソードで切り付けた。
奇襲して背後から切りつけた。と言いたいところだけど、ローパーの体は前後が分からないので、背後から切り付けられたかは不明だ。
とはいえ、体をショートソードで斜め上から斜め下へ、袈裟懸けに切り捨てる。
驚くほど剣が軽く通り、まるでプリンを包丁で切るかのように、あっさり切断することができた。
「助けに来ました。大丈夫ですか?」
騎士はローパー相手に抵抗できない状態になっているけど、ここはゲームの中だ。
敵対意思がないことを主張しておく必要がある。
「ヒグッ、た、助けてくれ」
騎士は半分泣き声、半分喘ぎ声。ただし女の声でなく、男の声だ。
ミカちゃんが胸なしと言っていたのは、正しかった。
……う、うん。
がんばれ僕。
男の喘ぎ声と言う展開に、かなり気が滅入るけど、ここでピンチの人を見捨てるわけにはいかない。
なんて思ってたら、闖入者である僕に気付いたローパーの触手が、僕の方にも伸びてきた。
それをショートソードで切り落とす。
防御能力は0のようで、あっさり切り落とせた。
一度に20本近くの触手が向かってきたけど、蛇ほど俊敏な動きでなかったので、余裕を持って全て切り落とすことができた。
その後はローパー三体を切り殺し、触手に囚われていた騎士を助け出す。
あとは二体のローパーが残っているが。
「フハハハハ、消え去れごみ虫が。貴様らなど巨乳美女を襲う以外では、存在することすら許されんのだ!」
ミカちゃんの声がして、直後黒の槍が森の中から飛んできた。
黒の槍は一撃で二体のローパーの体を貫通する。
相変わらずオーバーキル確定の強烈な一撃だ。
「アハハハハ」
そしてその後、血走った顔をしたミカちゃんが翼をはためかせながら、森の中から飛んできた。
「死ね、死ね、死ね、死ね!」
狂気に彩られたミカちゃんは、死んだローパーの体にメイスを振り下ろしていく。
蛇の時もそうだったけど、ミカちゃんはローパーの死体をミンチ肉になり果てるまで、ただひたすらメイスで潰し続けた。
いや、ミンチ肉になった後も、止まることなくメイスを振り下ろし続ける。
「ヒ、ヒエエエエッ!」
見た目幼女天使が織りなすスプラッターに、助け出した騎士が悲鳴を上げた。
僕も、悲鳴は出さなかったけど、凄く怖いよ。
ミカちゃん、トラウマがひどすぎ。
◇ ◇ ◇
「た、助けていただき、ありがとうございます」
ミカちゃんが正気に戻った後、僕たちが助けた騎士がお礼を述べてくれた。
ただ物凄く怯えているけど、仕方ない。
すべてはミカちゃんのせいだ。
「いえいえ、困っている時はお互い様ですから」
「んなことはどうでもいい。飯はないか?飯を持ってないか?飯を出せ、さあ出せ!今すぐ出せ!」
「ミカちゃん、メイスを持ったまま迫らない!」
腹ペコミカちゃんが迫る。
後ろにはローパーのミンチ死体もあるんだから、怖すぎるよ。
「ヒィィィ」
「ほら、また騎士の人が怯えちゃってる」
「メシー」
いかん、完全に錯乱してる。
「すみません、何か食べるものを持ってたら分けてくれませんか。というか、分けないと確実にミカちゃんがPvP仕掛けてでも奪いそうですし」
「は、はい、食べ物くらい今すぐに」
助けに来たはずなのに、ミカちゃんが山賊か野獣になってしまってる。
見た目の可愛さを、相変わらず中の人が全て台無しにしている。
そんなミカちゃん、そして僕に、騎士の人はアイテムボックスの中から、パンとラビットのシチュー、それにハーブグラスの野草サラダという料理アイテムを取り出してくれた。
「ムガー」
「いただきます」
ミカちゃんは外見の可愛らしさを捨てて、食べ物に貪りついた。
もっとも僕も空腹に襲われているのは同じで、食事の挨拶もそこそこに、がっついて食べ物をかき込んでいった。
「おいしい……ガツガツ」
「メシー、ウマー、ガツガツ」
ミカちゃん、人間だよね?
片言しか話せない、蛮族みたいになってるよ。
そんな僕たちのがっつく姿に、騎士は顔を引き攣らせていた。
済まないね、なんかいろいろドン引きさせちゃって。
心の中で謝るけど、それよりまともな食事を食べる方が、僕の中では遥かに優先度が高かった。