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9/18

九月八日

「くろ……べえ……すき……かわ……いい……」

 たどたどしい口調で言いながら、仰向けになっているクロベエの腹を撫でるサン。クロベエは喉をごろごろ鳴らしながら、されるがままになっている。

 それを見ている吉良徳郁の顔には、笑みが浮かんでいる。どうやらサンは「クロベエ可愛い、好き」と言っているらしい。使える言葉が、徐々に増えてきている。

「サン、クロベエのこと好きなのか?」

 徳郁が尋ねると、サンは嬉しそうに頷く。

「すき……くろ……べえ……かわ……いい……から……すき……」

 言いながら、クロベエの腹を撫で続けるサン。クロベエは喉をごろごろ鳴らしながら、サンの手を舐めている。徳郁には、絶対にこんなことをしないのだが……。

 その時、わう、と鳴く声がした……シロスケだ。シロスケは顔を上げ、俺とも遊んでくれ、とでも言わんばかりの様子で、じっとサンを見つめている。

「しろ……すけ……かわ……いい……すき……」

 サンは手を伸ばし、シロスケの頭を撫でる。シロスケは嬉しそうに、されるがままになっている。

 そして徳郁は、一人と二匹の仲睦まじい様子を眺めていた。

 だが、サンがいきなり振り向いた。

「きら……きら……やさ……しい……から……だいすき……」

 たどたどしい口調で語りながら、微笑みかけてくるサン……徳郁は頬を赤らめ、目を逸らした。

「そ、そんな事……簡単に言うもんじゃねえよ」

 うつむきながら、ぶっきらぼうな口調で言う徳郁。彼は立ち上がり、外に出て行った。


 表に出た徳郁はドアの前に座り込み、見るとはなしに周囲を眺める。静かな自然の風景が広がっていた。数メートル先は森となっており、穏やかな雰囲気を醸し出している。

 徳郁は今、動揺し戸惑っていた。他の人間から大好き、などと言われたのは……生まれて初めての経験なのだ。

 その結果、形容の出来ない何かが体の奥から湧き上がり、徳郁の五体を駆け巡っている。それに対し、彼はどう対応すればいいのか分からない。彼は完全に混乱していた。何もかもが初めての経験だ。

 

 俺は一体、どうなっているんだ?


 徳郁は困惑しながら、外の風景を眺めている。

 だが、その時……奇妙な気配を感じた。幸せな気分に水を差すような、かすかな不快感。徳郁は立ち上がり、辺りを見回す。

 間違いない……人間の気配を感じる。何者かが、この付近に潜んでいるのだ。徳郁にはわかる。

 徳郁はもう一度、ゆっくりと辺りを見回した。先ほどまでの幸福な気分は消え失せ、代わりに不快感が体に満ちていく。彼は激しい怒りを感じた。この生活は、たとえ何者であろうと邪魔はさせない。


「誰だ……そこにいるんだろ? 隠れてないで出てこい!」


 鋭く叫ぶ徳郁……すると、木の陰から一人の男が姿を現した。九月だというのにレインコートを着て、リュックサックを背負っている。フードを被っているため顔は見えないが、体格から察するに女ではないと思われる。

 その格好や雰囲気からして……明らかに、ただの通行人や旅行者ではない。


「お前、誰だ?」

 なおも尋ねる徳郁。しかし、相手は答えない。ただ、じっとこちらを眺めている。

「誰だと聞いてるんだよ……聞こえねえのか!」

 苛立った表情で、吠える徳郁。すると――


「あの女は、お前の家にいるんだな」


 落ち着いた声が返ってきた。まだ若い、男の声である。徳郁は眉を潜めた。

「女……サンのことだな」

 言った直後、徳郁は舌打ちする。自分はしくじったのだ。サンのことを、下手に口にしてはいけなかった。特に、相手は何者かもわからないのだ。もし、サンのことを探しているのだとしたら……。

 だが、相手から返ってきた言葉は意外なものであった。

「あの女は、サンという名だったのか……で、今はどうしているんだ?」

「どうもしてねえよ。てめえに何の関係がある?」

 言いながら、徳郁は少しずつ間合いを詰めていく。目の前にいる男が何者であるかは知らない。だが、サンとの生活を壊そうとするのなら……この場で殺す。

 すると、男は少しずつ後ずさりを始めた。

「そんな物騒な顔するな。俺は、サンをどうこうするつもりはねえ。お前が生きてるってことは、どうやらあいつは失敗作だったらしいな」

「失敗だと……いったい何のことだ?」

 徳郁の眉間に皺が寄る。目の前の男は、何を言っているのだろうか。

「お前は知らなくてもいいことだ……とにかく、俺はお前と殺り合う気はない。サンのことにも、関わる気はない。お前ら、好きにやってくれ」

 そう言うと、男はこちらに顔を向けながら、じりじりと下がっていく。

「待て……お前、サンの何を知っているんだ?」

 語気鋭く尋ねる徳郁。だが、男は後ずさりを止めようとしない。

「だから言ってるだろうが……お前は知らなくていい事だ。どうしても知りたけりゃ、旧三日月村の跡地に行ってみるんだな。何かわかるかも知れないぜ」

「旧三日月村、だと?」

「ああ、噂の三日月村だよ……どうしても知りたいなら、の話だがね」


 ・・・


 岸田真治の事務所には今、二人の男と一人の女が来ている。立花薫は立ったまま、彼らをじっと見つめていた。その瞳は、まるで氷のようである。

 一方、真治は笑みを浮かべて彼らを見ていたが……不意に、眉間に皺を寄せ口を開いた。

「うーん、僕の記憶が確かなら、あと一人いたはずなんだがな。緑川健人くん、という名だったはずだが……彼はどうしたんだ?」

 真治の言葉に、三人は顔を見合わせる。

「緑川ですか……あいつは飛び込んじまいましたよ。三途の川にね」

 背の高い――もっとも立花ほどではないが――男が答える。すらりとした体格を紺色のスーツに包んだ、サラリーマンのような見た目の青年である。まだ若いが、落ち着いた雰囲気だ。顔の左半分には、大きな青い痣がある。

「おやおや……彼の身に、いったい何が起きたんだろうね。よかったら、僕に教えてくれないか?」

 真治の言葉に、ショートカットの女が反応する。

「うん、いいよ。ボクが聞いた話じゃ、自宅にガソリン撒いて火を点けたんだってさ。で燃え上がった家のベランダで踊りながら、神よ、この火を消してみろ! なんて叫んでたらしいよ」

 言いながら、女は大げさなリアクションで肩をすくめて見せる。見た目の年齢は二十歳前後だろうか。タンクトップにホットパンツ姿で、ショートカットの髪はピンク色に染めている。一見すると、繁華街をうろつく若いバカ女にしか見えない。

「そうそう……あいつは頭と体がボロボロになるくらいにシャブやってたからなあ。シャブなんかやっちゃだめだよ。うん、薬はダメ、絶対」

 隣でうんうん頷いているのは、黄色いTシャツを着た男だ。背はさほど高くないが、肩幅は広くガッチリした体格をしている。まるで戦車のようだ。とぼけた態度であるが、額にはタトゥーが彫られている。それも、肉という漢字が……。

「そうか……我らが愛すべき仲間であり友人でもあった緑川くんは、炎とともにあの世に逝ってしまったのか……それは残念だ。では、哀れなる緑川くんに黙祷を捧げるとしよう」

 そう言うと、真治は机の隅に置いてあるストローを手に取る。

 それを自らの鼻の穴に入れ、もう一方の先端を机の上にある白い粉末――コカインである――の山に突っ込む。

 そして、一気に吸い上げた。

 次の瞬間、脳内を襲う波のような感覚……真治の瞳孔は大きく広がり、頭がすっきりした。

「はい、黙祷やめ。ところで……君たちに集まってもらったのは他でもない。シショウカイとかいうヤクザが――」

「士想会、です」

 立花が横から口を挟む。すると、真治は頷いた。

「そう、それだよ。その士想会なんだがだね……どうも、この魔歩呂市に魔の手を伸ばしているらしいんだよ」

「ボク、士想会の若頭の家なら知ってますよ。なんなら、行って爆弾でも仕掛けてきますかあ?」

 言ったのは、ピンク頭の女だ。とぼけた表情で真治を見つめている。

「いいや、それは向こうが宣戦布告してきてからだ。お前たちには、しばらくここに居てもらいたい。もし、連中がちょっとでも妙な真似をしてきたら……お前たちに暴れてもらう。たかがヤクザごときが、この神居の王国で好き勝手に振る舞うなど言語道断だ」

 そう言って、真治は三人の顔を見回す。

「いいでしょう。仕事とあればやりますよ。士想会は最近、でかいシノギを立て続けに失っているようですからね……焦っているのかもしれません」

 そう言ったのは、スーツの男た。彼の名前は青山浩一アオヤマ コウイチといい、この三人……いや、室内にいる五人の中では一番まともな男である。もっとも、比較する対象があまりにも狂っている人間ばかりなのだが。

「ボクは引き受ける。最近、刺激の少ない生活してるしね……久々に大暴れしたい気分だよ」

 このボクッ娘……のふりをしている女は、桃井亜紀モモイ アキである。幼い頃に西部劇を観た翌日、火の付いた矢を手製の弓であちこちに射ちまくり、児童養護施設に送られた過去を持つ。以来、爆発や放火に異様なまでに情熱を燃やしているのだ。

「俺は何でもいいぜ……人を殺れるんならな」

 どこか狂気めいた表情で答えたのは黄原大助キハラ ダイスケだ。身長は百七十センチだが、体重は百十キロある。素手の喧嘩は立花の次に強く、凶暴さと頭の悪さは立花より上だろう。かつて少年院に入っており、額に彫られた肉の字のタトゥーはそこで無理やり入れられたものだ。

「ほう、みんなが納得してくれて僕は嬉しいよ。では、とりあえず再会を祝して乾杯といくかな」

 そう言うと、真治はまたしてもストローを鼻に入れる。

 そして、机の上のコカインを吸い上げた。

「はい乾杯やめ。では、さっそく君らの泊まる場所に案内しようか。とは言っても、僕の家だがね」

「えっ! 真治さんの家ですかあ! ボク、凄く嬉しいなあ! じゃあボク、朝は裸エプロンで起こしに行きますよ!」

 真治の言葉を聞き、飛び上がる桃井……だが、真治は首を振った。

「嬉しい申し出だが、遠慮しておくよ。僕が好きなのは……立花だからね」

 言いながら、真治は立花を見つめる……だが、立花は表情一つ変えない。

「申し訳ありませんが、俺にはそっちの趣味はありません」


 ・・・


 町中のコンビニを出た後、高田浩介は車に向かい歩いていた。

 あの加藤という青年は、自分の探している人間ではなかったようだ。上手く言えないが、何か違う気がする。今までの経験からして――


「高田さん……こんな所で何やってんですか?」


 いきなり投げかけられた声……浩介は愕然となり、思わず立ち止まっていた。聞き覚えのある声だ。とっくの昔に、縁を切った男のはずなのに。

 なぜ、ここにいる?


「高田さん、聞こえてますよね?」

 言いながら、近づいて来た者は……長い髪を後ろで束ね、髭を蓄えた男だ。ブランド物のスーツは、上下で六十万はするだろう。しかも、身につけているアクセサリーもまた、全て有名ブランド品である。身につけている物の総額は、一千万近くいくかもしれない。

 この見るからに派手な男は……浩介のかつての後輩、山田謙一である。

「あっ……これはどうも……」

 言いながら、頭を下げる浩介。彼にとって、山田は一応は後輩である。だが、今は関わりたくない相手なのだ。愛想笑いを浮かべながら頭を下げ、そそくさと立ち去ろうとした。

 しかし……山田の隣にいる見知らぬ男が、浩介の腕を掴んだ。

「おい待て……兄貴が挨拶してんだろうが。お前もきちんと挨拶くらいしろや。兄貴の知り合いだからってな――」

「やめとけ橋本……この人はな、昔は俺の兄貴分だったんだよ。大卒でいきなりヤクザになった変わり種でな……今でこそ少なくねえが、当時は珍しかったんだよ。ウチじゃあ、初めての経済ヤクザだった人だな……そうですよねえ、高田さん?」

「い、いや……そんなことは……」

 浩介は言葉を濁した。この男とは、これ以上関わりたくない。上手い口実を見つけて、さっさと立ち去ろう……。


「ところで高田さん……あんた、こんな所で何してるんです?」

 山田の問い……浩介は口元を歪めた。

「い、いや……ちょっと旅行に――」

「一応、忠告しておきますがね……大した用事じゃないなら、さっさと魔歩呂市を離れた方がいいですよ。ここには、いずれ士想会の人間が大量に訪れることになっています。あなたが顔を合わせたくない人もいるはずです。早く、ここを離れるんですね」

 山田の言葉に、浩介は驚愕の表情を浮かべた。

「えっ……ちょっと待ってください。いったい士想会が何の用で――」

「今のあなたには、関係ないでしょう。あなたはヤクザを辞めて、堅気になったんですから」

 冷たい表情で言い放つ山田……浩介は下を向いた。確かに、その通りだ。今の自分はヤクザではない。ヤクザとは関わってはいけないのだ。

 すると、山田は笑みを浮かべた。

「ただ昔、俺はあなたに世話になった……だから、一つだけ教えますよ。岩瀬志乃を覚えていますか? あなたが目をかけていた女です」

「岩瀬? ああ、覚えていますよ」

 浩介は複雑な笑みを浮かべた。岩瀬志乃……彼女のことはよく覚えている。女でありながらヤクザになりたい、と浩介に直談判してきたのだ。浩介は彼女を部下に取り立てた。

 すると、岩瀬はめきめき頭角を現し、組の中で出世していった。典型的な男社会であるヤクザの中で、女の身でありながらのし上がっていく彼女の姿は、見ていて爽快だったことを覚えている。


 しかし、その後に山田から発せられた言葉は――

「その岩瀬なんですが……今、行方不明なんですよ。魔歩呂の狂犬と言われている、岸田真治の元を訪れたのを最後にね」

「えっ……どういう事ですか?」

「さあ、どういう事だか私にも分かりません。ただね……私の見る限り、岸田は本物の気違いです。なあ橋本?」

 言いながら、山田は橋本に視線を移す。

 すると、橋本は顔をしかめながら頷いた。

「ええ……ありゃあ本物の気違いです。あいつら、平気で人を殺すような連中ですよ」

「そうだろ……私の見た感じだと、岩瀬は殺られてるんですよ。近いうちに、この魔歩呂市には血の雨が降ることになると思います。ですから高田さん、早いうちにここを離れるんですね……」

 言いながら、山田は笑みを浮かべる。いかにも余裕たっぷりの表情である。

 だが、浩介にはわかっていた。この山田は、基本的には小者だ。組における、中間管理職の役割を担う人物としては悪くない。それなりに、そつなく仕事をこなすことは出来る。だが、それより上には行けないだろう。

 もっとも、自分も人のことは言えない。人間のタイプはまるで違うが、ヤクザとして大成できない……という点では同じだ。まあ、山田は自分よりはヤクザに向いているのは確かだが。


「わ、分かりました……出来るだけ早く、ここから立ち去ることにします。山田さんたちも、体には気をつけて……」

 そう言って、浩介は愛想笑いを浮かべながら頭を下げる。そして、その場を離れて行った。


 ・・・


「ところで士郎くん、明はどうしてる?」

 不意にペドロが尋ねてきた。

「どうって……明は十近く歳の離れた女と結婚し、子供もいる。あんたや俺なんかと違って、真っ当に暮らしているよ」

 車を運転しながら、答える士郎。二人は今、車の中にいる。ペドロの指示に従い、士郎の運転する車で田舎道を走っているのだ。正直、このドライブの目的は不明だが……今の士郎には他に選択肢がない。

 話を聞いた限りでは、ペドロの目的は旧三日月村の跡地から逃げ出した何者かを捕らえようとしているらしい。だが、それ以上のことは何もわからないのだ。


 すると、ペドロの表情にかすかな変化が生じた。

「不思議だな……明は一度だけ、レイカーズ刑務所に面会に来てくれたことがあったんだよ」

「ああ、そうらしいな」

 素っ気ない言葉を返す士郎……だが、ペドロの雰囲気が微妙に変わっていることに、若干の戸惑いをかんじていた。

「明はね、俺にこう言っていたんだ……あんたみたいな怪物には絶対にならない、と。俺は無理だと思っていた。だが、あいつは真っ当に生きているようだね。よかったよ」

 ペドロの言葉には、かすかな感情らしきものが含まれている。士郎はどう反応していいのかわからず、黙ったまま運転していた。

 ひょっとしたら、怪物そのもののペドロにも……人間らしい感情が残っていたのだろうか?

 だが――

「士郎くん、すまないが停めてくれ」

 不意に、鋭い声で叫んだペドロ……士郎はこの変化に眉を潜めながらも、指示通りに車を停めた。

 すると、ペドロは車を降りる。そして反対車線の方に歩いて行った。

 そこには、一台の車が停まっている。

 運転席には、短髪で小太りの男が乗っていた。近づいて来るペドロを、鋭い目で睨み付ける。

 士郎は不吉なものを感じた。停まっているのは、黒塗りのベンツ……かつては、ヤクザ愛用車として一世を風靡した高級車である。近頃では、ヤクザも高級車離れが進んでいると言う噂だが、中に乗っている者を見る限り、未だに愛用者はいるらしい。

 そう、運転席でペドロを睨んでいる者は……間違いなくヤクザだろう。そんな車に、いったい何の用があるのか?

 士郎は不安を覚え、車から降りる。

 だが、次の瞬間には度肝を抜かれていた――


 ペドロは、運転席のサイドウインドウに近づく。

 直後、ガラスを素手で叩き割る――

 そして中にいる運転手らしき男を、片手で引きずり出す。男は何やら喚きながら、必死で抵抗する。しかし、ペドロの人間離れした腕力にかなうはずがなかった。呆気なく、車の外に引きずり出される。

 すると、ペドロは男の顔に手を伸ばす。

 まるで人形を破壊するように、無造作に首をへし折った。


 僅か数秒間の出来事だった……常人なら、何が起きたのか把握すら出来なかっただろう。

 だが、士郎は反射的に動いていた。拳銃を抜き、ペドロに銃口を向ける。

「てめえ……なに考えてやがる!」

 怒鳴りつける士郎……だが、ペドロは平然としていた。士郎の目の前で、男の所持品を探っている。

「何を考えているのか、聞いてんだよ……何のために殺した?」

 苛立った表情で、なおも尋ねる士郎……だが、ペドロは不意に左手を上げた。手のひらを、こちらに向けている。

 次の瞬間、ペドロは林の中に消えた――


 一人残された士郎は、仕方なく死体に視線を移す。短髪で色白、太った体をブランド物のスーツで覆っている。映画に出てくるような、典型的ヤクザスタイルだ。未だに、この手のタイプは存在する――

 その時、林の中からペドロが戻って来た。

 ご丁寧にも、もう一人の体を背負って……。

 士郎の表情が、さらに険しくなる。この怪物は、もう一人殺したのだ。しかし、何のために?

「てめえ、何を考えてやがる――」

「まあ待ちたまえ。怒る気持ちも分からなくもない。だがね、これは必要なことなんだ」

 言いながら、ペドロは背負っていた男の体を地面に横たえる。あちこちの骨をへし折られているらしく、腕や足が不自然な方向に曲がっていた。長い髪を後ろで束ね、髭を蓄えている。

「士郎くん、そっちの男は拳銃を懐に入れている。デザートイーグルだ。この先、必要になってくる。君が使いたまえ」

 そう言いながら、ペドロは長髪の男の所持品を調べている。

 士郎は、思わず眉を潜めた。デザートイーグル……大型の拳銃だ。威力はあるが使いづらい。

「デザートイーグル? そんなもん要らない――」

「いや、要るね。この二人のようなタイプは、得てして必要もない物を持ちたがる。デザートイーグルのような拳銃は、日本のヤクザにとって必要のない物だ。威力はあるが弾数が少ないし、何よりかさばる……君の持っているグロックの方が、日本で扱う分にはよほど実戦的だよ。弾数も多いしね。だがね、我々が探している者には、君のグロックだけでは心許ないんだ。君がデザートイーグルを持っていてくれ。我々なら、この二人よりは有効に使える」

 淀みなく答えるペドロ……士郎はなおも尋ねる。

「じゃあ、そのためだけに二人を殺したのか?」

「いいや……捜索を混乱させる、という理由もある。この二人を始末したやり方は、我々が探している者の殺し方と同じなのさ。他の連中はきっと、彼女の仕業だと思うだろうね……結果として、他の連中を出し抜ける可能性が高くなるわけさ」

 そう言うと、ペドロは笑い出した。クックック……という不気味な笑い声が、その場に響き渡る。

 一方、士郎はただただ唖然としていた。

 ペドロはやはり、本物の怪物なのだ。自分の想像を遥かに超えた存在だ……。






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