それから……
あの事件から、一月が過ぎた。
岸田真治はようやく退院し、仕事に復帰している。未だに体には痺れが残っており、生活に支障が出るような部分もあるが……それでも退院した。これ以上、入院生活を続けていては気が狂いそうだ。
怪物に麻痺毒を注入された挙げ句、森の中の洞窟に食糧として「保管」されていた真治。だが彼の持っていたスマホから位置を割り出し、見つけ出したのは……真治の腹心の部下である立花薫だった。立花は真治を背負って洞窟を徒歩で脱出し、タクシーで病院に運びこんだのである。
立花は言った。
「この際ですから、はっきり言わせてもらいます。俺は、あなたの事が大嫌いです。あなたの頭は狂っています。あなたは生きている限り、世の中に害毒を撒き散らし続ける存在……それ以外の何者でもありません。あなたこそ、死んだ方が世の中のためになるでしょう」
淡々とした口調で、真治への悪口雑言を並べ立てる立花。
しかし――
「ですが……あなたは、俺を闇の底から拾い上げてくれました。あなたがいなかったら、俺は今ごろ刑務所にいたでしょう。あるいは地獄に堕ちていたか……俺は、あなたのためなら命を捨てる覚悟があります」
そして今、真治は事務所にいる。椅子に腰かけ、左腕をさすっていた。どうも、薬指と小指のあたりが上手く動かない。もっとも、一月前に比べれば雲泥の差だが。
「なあ立花、あの怪物はどうなったんだろうなあ?」
「あの住田健児によれば、全ては片付いたそうです。ただし、この事は内密に……とも言っていました」
冷たい口調で、淡々と語る立花。彼は事務所の掃除をしている。相変わらず、巨体の割にこまめな男だ……。
「そうか……ところで、青山くんと黄原くん、そして桃井くんの三人は怪物のディナーになってしまった。また新しい人間を探さないといけないな」
「……そうですね。今度はもう少し賢い人間を雇いましょう」
返事をしながら、掃除を続ける立花。
真治はふと、あの三人のことを思った。青山浩一、黄原大助、桃井亜紀……三人とも、一瞬にして殺されてしまった。いとも容易く、簡単に。
自分にもいつか、あんな形での死が訪れるのだろうか。
真治は、机の上に置かれたリモコンを手にした。そしてスイッチを押す。
スピーカーから、耳障りな歌声が聴こえてきた……すると、立花は露骨に不快そうな表情になる。
その様子を見て、真治は笑みを浮かべた。
「立花、苦痛は生きている印だよ。それに、聴いている者をここまで不快にさせるのは……それだけで存在感があるという事の証明だね。しかし、それが世間の人々には理解できない……実に悲しい話だよ」
「俺はそんな事、理解できないですね。理解したくもないですし、理解する必要もありません」
にべもなく言い放つ立花……その表情は、いつもより冷たい。
「どうしたんだ立花……最近、妙に当たりが強い気がするんだがね」
言いながら、首を傾げる真治。
その途端、立花の動きが止まった。彼は顔を上げ、真治を見つめる。
「あなたがもう少し良識ある行動をしてくれれば、俺も態度を改めますよ。いったい何を考えているんです? あの日、なぜ俺を同行させなかったんですか?」
尋ねる……いや、問い詰める立花の表情は堅い。さらに、その眼差しには怒りが込められている。真治は思わず目を逸らした。
「お前が行くほどの事でもない……そう判断したんだよ、僕は」
「その結果、あなたは死にかけました。助かったのは、運が良かったから……それだけです。青山、黄原、桃井の三人は何の役にも立たなかった」
立花は、吐き捨てるような口調で言った。その声に秘められたものは重い……あの三人に対する、立花の底知れない怒りが感じられた。
「ま、まあ……あれは仕方ないだろう。あんな化け物が出てくるとは、完全に想定外だよ。それに、彼らも死んでしまった訳だしさ――」
「そんなのは、言い訳にもなりません。あの三人は、本当に役立たずのクズ野郎です。俺が付いて行くべきでしたよ……」
声を震わせながら語る立花。真治は、いつもとまるで違う立花の様子に圧倒され、黙ったまま彼の話を聞いていた。
「真治さん……今度ああいった場に行く時には、俺も必ず付いて行きます。あなたが何と言おうが、俺も同行しますよ。それがお気に召さないなら、俺はあなたの部下を辞めさせていただきます……いいですね?」
そう言って、立花は真治を睨みつける。その声には、怒りが込められていた……真治は、思わずひきつった笑みを浮かべる。
「わ、わかったよ。全く、お前は怒ると怖いからな……頼むから機嫌なおしてくれよ、なあ?」
・・・
あの事件から、二ヶ月が過ぎた。
高田浩介は現在、真幌市で生活している。それまで勤めていた運送会社を辞め、現在は貯金と失業手当で細々と生活していた。
二ヶ月前の、あの日……怪物の死体を前に笑みを浮かべていた奇妙な外国人、そして天田士郎と名乗る謎の男がいた。
そして、士郎は自分に言ったのだ。
「本当なら死んでもらうところだがな、今はくたくただ。ここで見たものは忘れろ。あんたは何も見ていない……わかったな」
そして浩介は身体検査をされ、持ち物を全て没収された。代わりに、百万円を渡されたのだ。
「少なくて悪いが、口止め料だ。さっさと失せろ。ここで見たものの事は忘れるんだ」
その直後、外国人が笑みを浮かべて言った。
「では、ごきげんよう。奥さんと娘さんにも、よろしくとお伝えください」
いったい、あの場所で何があったかは知らない。一つ言えるのは……怪物は死に、魔歩呂市は仮初めの平和を取り戻したことだけである。
浩介は、怪物のことを思うと切ない気分になる。人間の都合で生み出され、人間の都合で殺されてしまった……村田春樹の話では、今まで人の形で平和に暮らしていたのだ。
あの家で、吉良徳郁という男とともに。
だが、怪物として目覚めてしまい……挙げ句に殺されてしまった。
ニュースや新聞、ネットなどの情報によれば……吉良徳郁は、火事により死亡したことになっている。ガス漏れによる爆発、そして家が全焼した。その焼け跡からは、黒焦げになった徳郁の死体が発見されたとのことだ。
言うまでもないが、怪物の存在は無かったことにされていた。
そして浩介は今、公園のベンチで座っている。まだ昼間の時刻であり、向こうでは幼い子供たちの遊んでいる姿が見える。
ブランコや滑り台などの遊具で、キャッキャッ言いながら遊んでいる姿は見ていて微笑ましい。浩介の顔にも、優しい笑みが浮かんでいた。
「パパ、なに笑ってるの……変態だと思われるから止めなよ」
不意に後ろから聞こえてきた、まひるの声。
浩介は思わず口元を歪める。こんなご時世だ。子供の遊ぶ姿を見ながらニヤケていては……危険人物と思われ、通報されても仕方ない。浩介は目線を逸らし、スマホをいじり始めた。
「浩ちゃん……本当に、あの人と会うつもりなの?」
今度は希美が声をかけてくる。浩介は、さりげなく周囲に注意しながら口を開いた。
「会うよ」
「……何で?」
「何でだろうなあ」
のんびりした口調で答える浩介。そう、彼自身にもよくは判らない。ただ、向こうから会いたいと言ってきたのだ。何が目的なのかは不明だが、この公園で待ち合わせをする以上、物騒な真似はしないだろう。
待つこと十五分……やがて、待ち合わせの相手が現れた。
「お久しぶりです、高田さん」
そう言いながら、姿を現した者……それは村田春樹であった。事件当時より、ややふっくらした感じだ。顔つきも変わっている。全体的に刺々しさが消え、代わりに柔和な雰囲気を醸し出していた。
「君は、随分と印象が変わったな……」
そう言って、浩介は微笑む。すると、村田は照れ臭そうに会釈した。
あの日……結局、浩介は村田を連れ病院に行った。もっとも診断結果は、打ち身と捻挫で二週間ほど安静に……とのことであった。
その後、浩介は彼に連絡先を伝えて魔歩呂市を離れた。だが、まさか連絡を寄越すとは思っていなかったが……。
「なあ高田さん……あの世で、勇次は何をやっているんだ?」
浩介の隣に座り込み、尋ねてきた村田。だが、浩介は首を振った。
「それは、私にも分からないよ。死んでからどうなるのか……そんな事は、誰にも分からないんだ」
「でも、あんたは奥さんと娘さんの……その、幽霊が……」
村田は口ごもり、じっと浩介を見つめる。
「村田くん、本当に私には分からないんだ。確かに、私の目には亡くなったはずの妻と娘の姿が見える。声も聞こえる。だが、それだけだ。果たして、これが幽霊なのか、それとも何なのか……私には分からない。二人とも、聞いても答えてくれないからね」
どこか寂しげな表情で、それでも笑みを浮かべたまま語る浩介。村田は真剣な表情で、浩介の話に耳を傾けていた。
「村田くん……私はね、彼女ら二人が何者であろうと構わない。ひょっとしたら、私の狂った脳が作り出している妄想なのかもしれないし、あるいは物の怪の類いが私を利用しているのかもしれない」
そこで浩介は言葉を止めた。寂しげな笑みを浮かべる。
そして村田は、黙ったまま彼の話を聞いている。
「でもね、私はそんな事はどうでもいいんだよ。私の愛する二人が、今もそばに居てくれている。それだけで充分だ。二人の正体……そんなもの、私には何の興味もないよ。村田くん、初めて会った時……君は私を病気だと言った。それは正しいかもしれないよ――」
「いや、違いますよ。少なくとも、あなたの見ているものが妄想でないのは……俺が一番よく分かっています」
不意に、村田が口を開いた。彼の顔には、様々な感情の入り混じった奇妙な表情が浮かんでいる……。
「高田さん……いや、浩介さん、あなたは俺を救ってくれました。希美さんとまひるさんは、勇次の事を知っていました。それだけじゃない……俺と勇次以外には知らない事も知っていました。希美さんとまひるさんは、断じて妄想なんかじゃありません。今も、あなたのそばに居るんです」
そう言った後、不意に村田は立ち上がる。
そして、浩介に向かい頭を下げた。
「浩介さん……本当に、ありがとうございました。あなたが居なかったら、俺は何をしでかしていたか分かりません。俺はこの先、自分の人生を精一杯生きてみます。生きられなかった勇次の分まで……」
・・・
あの事件から、三ヶ月が過ぎた。
天田士郎は今、普段通りの生活に戻っている。あちこちに顔を出し、話し合い、時には暴力を振るい……しかし、心のどこかにぽっかりと穴が空いてしまったような気分だ。ペドロが去ってから、漠然とした寂しさが残っているような気がする。
怪物を仕留めた後、ペドロが何処かに電話したのを覚えている。
そして、彼は士郎に言った。
「士郎くん、ここでお別れだ……高田浩介氏を連れて、今すぐこの場所を離れたまえ。ここから先は、君らは関わる必要がない。約束通り、俺はもう明の前には姿を現さない。だがね、君の前には姿を現す事はあるかもしれないよ……」
士郎には、最後まで理解できない事があった。
吉良徳郁という男と、あの怪物は本気で愛し合っていたのだろうか?
怪物の姿形は、本当に不気味なものだった……それこそ、名状しがたい形状の生き物である。あんなものを、本気で愛せる者などいるのだろうか。
ましてや、自らの命を懸けてまで守ろうとするだろうか?
その疑問だけは、士郎の頭からどうしても離れなかった。
そして……彼はその疑問に答えを出すため、ある人間に連絡をした。
「あ、士郎さん。お久しぶりです」
そう言って、士郎の前に姿を現した者がいる。中肉中背、年齢は二十代だろうか。一見すると爽やかな好青年であり、顔立ちも悪くない。表情はいかにも軽薄そうで、物腰も軽い。
だが、彼の名は成宮亮……裏の世界では、少しばかり知られた男だ。
「亮……お前に一つ聞きたいんだが、吉良徳郁って男を知ってるな?」
士郎の言葉に、亮の表情が僅かながら変化した。
「ええ、一応は」
「なあ、吉良ってのは何者なんだよ……分からねえ事が多すぎる。あいつは何なんだ?」
「それは、とても難しい質問ですね」
そう言うと、亮は視線を逸らした。彼は普段、ラッパーの如くベラベラ喋り続ける陽気な男だ。情報屋でもある亮は、聞かれた事には即答……がモットーである。
にもかかわらず、今回はどうにも口が重い。吉良徳郁は、亮の仕事仲間であると同時に友人でもあった、と聞いている。さすがの亮も、友人に関してはいい加減な事は言えない……という思いがあるのかもしれない。
あるいは、それ以上の何かが。
ややあって、亮は口を開いた。
「俺がノリから聞いたのは、奴が生まれつき特異体質だった……って事です」
「特異体質?」
「ええ。あいつは人間が嫌いでした。人間が近づくだけで虫酸が走る……そんな奴でしたよ。でもね、少年院にいた他の連中に比べれば、マシな男であったのも確かです」
昔を懐かしむかのような表情で、淡々と語る亮。
士郎は、思わず苦笑していた。彼は少年院に行った事はない。だが、そこにどんな人間がいるかは理解している。
基本的に、不良少年という人種は……怠惰で嘘つきで見栄っ張りだ。自分を大きく見せるために、つまらない嘘をつく。そのくせ、いざとなると使い物にならない。士郎はこれまで、裏の世界で何人もの不良少年を見てきたが……本当の修羅場では、全くの役立たずであった。怯えた挙げ句に腰を抜かすか、あるいは必要以上の凶暴さを発揮して全てをぶち壊しにするか……いずれにしても、無様な姿を晒していた者がほとんどだ。暴走族だろうがギャングだろうが、その点に関しては変わりはない。
「ノリの奴、両親を殺したんですよ……医療少年院でも、職員たちからの当たりはキツかったです。やっぱり、親殺しってのは今も特別なんですよ。でもね、あいつには優しいところもありました。動物好きな男でした」
「そうか……なあ亮、お前も動物好きだったよな?」
士郎の問いに、亮は訝しげな表情で頷いた。
「えっ、ええ……」
「だったらお前、怪物……いや、クモ女みたいな外見の女を本気で好きになれるか? ペットのような感覚じゃなく、生涯の伴侶として愛しあえるか?」
「あ、あのう……いったい何を言ってるんですか、士郎さん?」
恐る恐る、という感じで聞き返してくる亮。口には出さないものの……頭は大丈夫ですか? とでも言いたげな様子だ。士郎は苦笑した。
「いや、何でもない。忘れてくれ」
忘れてくれ……亮に対し、士郎はそう言った。
だが、士郎は未だに忘れられずにいる。
徳郁の、決意に満ちた表情を。
その徳郁の生首を抱えたまま、天を仰いで慟哭していた怪物の姿を。
さらに……哭いていた怪物を、容赦なく殺してのけた悪鬼のごときペドロの凶行を。
そして士郎は、今も誘惑と戦っている。
ペドロは、自分にメッセージを残していったのだ……携帯電話の番号、そしてメキシコの住所を。
あの怪物と関わってしまったら、自分は確実に人間ではなくなる。
だが、ペドロにもう一度会いたい。メキシコまで、ペドロに会いに行きたい。
会って、ペドロの頭に鉛の弾丸を撃ち込みたい。
奴を殺したい。
憎しみではなく、純粋なる尊敬の念を弾丸に乗せて……。
・・・
あの事件から、半年が過ぎた。
成宮亮は今、魔歩呂市に来ている。吉良徳郁の家……の跡地を訪ねるためだ。
かつて徳郁の家があったはずの場所は、今や跡形もない更地になっている。亮は複雑な表情で、そこに佇んでいた。
「馬鹿だよ、お前は……女なんか放り出して、さっさと逃げりゃ良かったんだ……」
言いながら、亮はコンビニで買った焼きそばパンを袋から取り出す。
その時――
にゃあ、という声が聞こえてきた。
亮が振り返ると、そこには一匹の黒猫がいた。逞しい体つきと潰れた右目が特徴的である。こちらを真っ直ぐ見つめ、とことこ歩いて来た。
「お前……もしかしてクロベエなのか?」
思わず、そんな事を口走る亮……徳郁から、クロベエという猫の存在を聞いてはいたのだ。体の大きな雄で、右目が潰れている黒猫……どうやら、徳郁が死んだ後も、森の中で逞しく生き延びていたらしい。
クロベエはもう一度、にゃあと鳴いた。そして、人懐こい態度でどんどん近づいて来る。
だが次の瞬間、その態度は一変した。
クロベエは、不意に飛び上がった。そして、亮の顔面に体当たりをした――
「うわっ!」
亮は、思わず顔を手で覆った。その瞬間、手に持っていた焼きそばパンが落ちる。
すると、クロベエはその焼きそばパンをくわえたのだ。
そして、森の中へと消えてしまった……。
「何だよ……焼きそばパンくらい、欲しけりゃあげたのに」
呆然とした様子で、呟く亮。だが、彼はその時……ある事に思い当たった。
クロベエの奴……俺がノリの情報を洩らした事を、恨んでいるのかな。
もちろん、馬鹿げた妄想だ。クロベエがそんな事を知るはずもない。
しかし……。
自分は、裏の世界に生きる身だ。裏の世界で、情報を売っている。
仕事に私情は挟めない。私情を挟めば、今度は自分が潰される。
だから亮は、その場で百万を渡して警告したのだ……。
(この娘はな、あちこちの組織の連中が追っているんだ。遅かれ早かれ、奴らはここを見つける。それにな、俺も見てしまった以上は言わない訳にはいかないんだ。この百万持って娘と逃げるか、あるいは娘を奴らに引き渡すか……決めるのはあんただ)
自分に出来るのは、そこまでだった。徳郁に有り金を渡し、警告をして……そして一日の猶予を与えた。それ以上、自分に出来る事はない。
だが、それでも……心に微かな負い目が残るのも確かだ。
俺はやはり、この仕事は向いてないのかな。
クロベエは焼きそばパンをくわえたまま、森の中を進んで行く。
だが突然、茂みの中から別の野良猫が姿を現した。それも三匹……背中の毛を逆立て、威嚇するような声を上げる。
クロベエは立ち止まり、じっと野良猫たちを睨みつける。だが、焼きそばパンはしっかりとくわえたまま離さない。
威嚇の唸り声を上げながら、近づいて行く野良猫たち。クロベエは、少しずつ後退して行く。
だが、その時――
凄まじい勢いで、その場に突っ込んで来た白い犬がいた……。
それは、シロスケであった。シロスケは恐ろしい形相で吠えながら、野良猫たちに飛びかかる。
野良猫たちは不意を突かれ、怯えて逃げ出した。その後を、吠えながら追いかけて行くシロスケ。あっという間に、野良猫たちと白犬は消えてしまった……。
一方、クロベエは焼きそばパンをくわえたまま、何事もなかったかのように森を進んで行く。
進んで行くと、洞窟らしき穴が見えてきた。入り口の周りは、草や木の枝などでカムフラージュされている。遠くからでは、洞窟だとは分からないだろう。
だが、クロベエは迷うことなく歩き続ける。洞窟の中にのそのそと入って行った。
それは、幻想的な光景であった……。
暗い洞窟の奥には、二人の赤ん坊がいた。ニコニコしながら、二つに割った焼きそばパンを分けあって食べている。
そして赤ん坊の傍らには、クロベエとシロスケが控えていた。クロベエは尻を地面に着け、前足を揃えた姿勢で佇んでいる。喉をゴロゴロ鳴らしながら、いとおしそうに赤ん坊を見つめていた。
一方、シロスケは伏せの姿勢でじっとしている。しかし、上目遣いで赤ん坊を見つめている点は、クロベエと変わらない。
そんな二匹の獣は、まるで赤ん坊の忠実な部下であるかのように、右側と左側とに分かれて控えていた。
二人の赤ん坊は嬉しそうに焼きそばパンを食べながら、傍らに控えている二匹の獣を撫でていた。クロベエとシロスケも、目を細めて赤ん坊のされるがままになっている。時おり、赤ん坊の手を舐めたり顔を擦り付けたりしていた。
そして不思議な事に……どちらの赤ん坊も、左右の目の色が異なっている。右目が赤く、左目が緑色なのだ。
洞窟の中、赤ん坊の瞳は妖しく輝いていた。




