表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人非人たちの愛  作者: 赤井"CRUX"錠之介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/18

九月十六日

 いつの間にか、外は明るくなっていた。

 吉良徳郁は体を起こし、あたりを見回す。リビングは血まみれだった。赤ペンキをぶちまけたかのように……その上、あちこちに肉片が飛び散っている。まるで地獄絵図だ。

「サンの奴、無茶苦茶しやがって」

 苦笑しながら呟く徳郁。サンの怪力は凄まじい。あっという間に三人を殺し、一人を生きたまま連れ去った。しかも拳銃で撃たれたというのに、全く意に介していない。

 そして、去り際に――


(キラ……あなたにプレゼントがある。もう少し待って……もうじき、みんなで暮らせるから)


 サンのプレゼントとは、いったい何だろう。みんなで暮らせるから、ということは……クロベエとシロスケは今、サンと一緒にいるらしい。

 しかし一人と二匹で、いったい何をやっているのだろう? サプライズのプレゼントでも用意しているのだろうか?

 いずれにしても、サンは森のどこかで生きている。そのうち、また一緒に暮らせるのだ。

 そう……サンの姿がどんなものであろうと、徳郁には関係ない。サンの中身は変わっていないのだから。前と変わらず、自分を愛してくれている。

 そして、自分もサンを愛している……姿形など、どうでもいい。そもそも、自分は人間が嫌いだった。

 両親でさえも……。




「誰のせいでもない。俺の脳ミソが腐りきっていた……ただ、それだけのことだよ」

 両親を殺した罪で逮捕され精神鑑定を受けた際、医者に向かい徳郁が放った言葉である。

 事件が起きた日、母親は思い詰めた表情で言ったのだ……お前は私たちを愛していないのかい? と。それに対し徳郁は、愛していないと答えた。

 すると母親は、涙を浮かべながら徳郁を抱きしめようとした。

 だが徳郁は、母親を突き飛ばしたのだ。

 次の瞬間、激怒した父親が殴りかかって来た。


 気がついてみると、血の海の中に二人の死体が転がっていた。徳郁に殴り倒された父親が、包丁を持ち出して向かって来た。二人でもみ合っているうちに、父親の体に包丁が刺さってしまったのだ。

 母親は突き飛ばされた時に頭を強く打ち、病院で死亡。父親もまた、包丁による傷が元で死亡した。

 そして徳郁は精神鑑定を受け、統合失調症と診断される。その後は医療少年院に送られ、そこで成宮亮と出会った。


 当時の徳郁には、言葉が足りなかった。

 母親のことを、愛していないのではない。

 誰のことも、愛していないのだ。

 父親と母親のことは愛していなかったが、他の人間よりは好きだったのだ。

 ただ、自分に触れて欲しくなかっただけ……。




「お父さん、お母さん、ごめんなさい……」

 徳郁は呟く。その目からは、涙がこぼれ落ちていた……。

 彼は、ようやく理解したのだ。

 両親の、彼に対する愛を……。

 サンへの愛情を知り、徳郁は初めて両親に愛されていたことを悟ったのだ。

 徳郁は声を殺し、一人で泣いた。


 だが、その時――

 徳郁は、不愉快な気配を察知する。これは人間の気配に間違いない。

 またしても、サンを探しに来たのだろうか……徳郁は苛ついた表情を浮かべて立ち上がる。その時、床の上に転がっている物が目に留まった。


「やあ、吉良くん……はじめまして。しかし、初対面でそんな物騒な物を持ち出すのは、賢い選択とは言えないな」

 落ち着きはらった声が聞こえる。穏やかで、敵意は感じられない……だが徳郁は、奇妙な訪問者をじっと睨みつけていた。

 徳郁の目の前には、二人の人間がいる。一人は不気味な中年男だ。背は低いが、肩幅は広くがっちりしている。年齢は四十代から五十代か。顔立ちからして外国人だろう。全身から醸し出される雰囲気は、野獣を連想させる。

 もう一人は、平凡な見た目の男であった。外国人よりは若く、三十代の前半か……中肉中背、ごく普通の成人男性に見える。

 だが、徳郁の勘は告げている……二人とも、まともな人間ではない。昨日、この家に現れた者たちと同類であろう。


「さっさと失せろ……お前らに、サンは渡さない」

 言いながら、徳郁は拳銃を構える。昨日、押し入って来た連中が持っていた物だ。

 すると、若い男が口を開いた。

「お前、何を考えているんだよ……あいつは人間じゃねえ。化け物なんだよ。人を食う化け物――」

「んな事、知ってるよ。だから何だ」

 徳郁は言葉を止め、笑みを浮かべた。

「俺はな、サンさえ居てくれればいい。他の人間が何人死のうが、俺の知ったことか……この世の中がどうなろうと、サンさえ居てくれればいい。サンのためなら、俺は戦う……何人でも殺す」

「てめえ、正気かよ……あんな化け物のために、命を張る気か? お前だって、食われるかもしれねえんだぞ!?」

 若い男の言葉に対し、徳郁は凄まじい形相で睨みつける。

「お前らに何がわかる……俺はサンを愛してる。サンになら、食われても構わねえ……」

「てめえ、どうやら本格的にイカレちまったようだな……」

 若い男の言葉に、徳郁は口元を歪めた。

「俺は死んでもいい。死んでも彼女を守る。お前らを殺してな!」

 言うと同時に、徳郁は外国人の方を向く。そして銃口を向けた。彼の勘は告げている。こちらの方が手強い。まずは、こちらを始末する――

 だが、視界の端で若い男が動くのが見えた。男は素早い動きで拳銃を抜く。

 そして、轟く銃声――

 

 銃弾が当たるまでの、一秒にも満たない僅かな時間……徳郁の中で、様々なものが走馬灯のように駆け巡る。


 サン、ごめんな。

 プレゼント、受け取れなかったよ。

 クロベエとシロスケのこと、頼んだぜ……。

 俺の分も生きてくれ。


 そして、銃弾が彼の脳を貫く。

 徳郁の意識は、闇に沈んだ……。


 ・・・


 洞窟の中……岸田真治はじっと横たわったまま、天井を見つめていた。首から下は、いっさい動かすことが出来ない。どうやら、あの怪物の牙は麻痺の効果がある毒を注入させられるらしい。彼は体を動かすことはもちろん、痛みを感じることもなかった。

 さらに、動けない真治の目の前で……肉塊と化した青山と桃井が怪物に食われてしまったのだ。いずれは、自分の番が来るだろう。 普通の人間なら、恐怖のあまり発狂していてもおかしくない状況だ……だが、真治の思考はちゃんとしていた。彼はいっさい取り乱すことなく、周りの状況を冷静に観察している。

 あるいは……真治の頭は、これ以上は狂いようがないのかもしれない。既に、彼は狂人なのだから。


 そして真治のすぐ横では、怪物が蠢いている。さっきまでは、せわしなく移動していたのだが……今はむしゃむしゃと、肉塊を貪り食っている。かつて青山か桃井か、あるいは黄原だったはずの肉塊を。

 いずれは、自分の番が来るのだ。自分も遅かれ早かれ、怪物に食われてしまうのだろう。

 つくづく残念でならない……自身が怪物に貪り食われる様を、映像として残しておけないことが。

 出来ることなら、自分の食われていく様を数台のカメラで撮影して欲しかった……いや、それだけでは甘い。才能のある画家に、自分が食われていく様を絵にして残してもらいたい。映像や写真だけでなく、絵という形でも……。

 だが、それは不可能な話である。

 

 そして、怪物がこちらを向いた。巨大な目――虫の複眼のようだ――が、こちらを見ている。

 怪物は真治に近づき、口を開けた。

 が、次の瞬間――


「キ、ラ?」


 呟くような声。

 怪物の動きが止まる。そして咆哮――

 直後、怪物は体の向きを変える。凄まじい勢いで走り去って行った……。


 怪物は消えてしまった。それから、どのくらいの時間が経過したのだろうか……真治は洞窟の中で、一人取り残されていた。体の麻痺はまだ消えていない。このままでは、遅かれ早かれ死ぬだろう。

 真治は、自らの死に対しては何ら思うところは無かった。人間はいつか死ぬ……それだけの話だ。もっとも彼の場合、死への恐怖というごく当たり前の機能が、脳の一部が壊れていて働かないのであるが。

 真治にとって残念なのは、せめて怪物に食われて死にたかったという思いが残っていることだ。このままでは、飢え死にという形で人生を終えることになるかもしれない。あるいは、ネズミや甲虫にでも食われるか。いずれにしても、実につまらない死に様だ。

 どうせ死ぬのならば……怪物か、あるいは忠実な部下の立花薫に殺して欲しかった。人生における最大にして最後のイベントが、こんなつまらない形で自らに訪れるとは。


 面白くない話だな。


 だが、その時……真治の目に、見慣れた者の姿が映った。いかつい顔が音も無くぬっと現れ、自分を見下ろしている。その表情は冷たく、真治を案じているような様子はない。

 だが、真治は微笑んだ。そして弱々しい声で呟く。

「立花……来てくれたんだね」


 ・・・


「本当に、この方角で間違いないんだね?」

 高田浩介の言葉に、希美は頷いた。

「うん……でも、本当に行くの?」

「ああ……あの怪物を止めるんだ。二人とも、頼んだよ」

 浩介の言葉に、希美とまひるは複雑な表情を浮かべた。




 村田春樹から聞いた話によれば……。

 村田は旧三日月村の跡地に忍び込み、一人の女を外に連れ出した。

 その女は、実験により造り出された怪物のクローンなのだ。いずれ、女も怪物の形へと変貌する。その怪物が町で暴れてくれれば、その存在は白日の下に晒される……現在のようなネット社会において、怪物の存在を無かったことには出来ないはずだ。目撃者が一人でもいれば、彼の見たものは様々な形で拡散していくだろう。

 ましてや、街中で見たこともない生物が大勢の人間に目撃されれば……その事実は、揉み消す事も誤魔化す事も出来ない。

 村田の狙いは、そこにあった。怪物を放ち、三日月村事件の真相を世間に知らしめる。そして、国に無実の人間を死刑にした事実に対する謝罪……それこそが彼の願いだった。


 だが、村田の思惑は外れた。

 女は、いつまで経っても人の姿のままだったのだ。数日間、密かに観察していたが……女には、変貌の兆しが見えない。それどころか、人間の青年と平和に楽しく暮らしているのだ。

 仕方なく村田は、他の手段を考える……そんな時、浩介と出会った。村田は浩介を人質にして、新たなるテロの計画を立てていたが――

 突然、女は怪物へと変わってしまったのだ。

 皮肉なことに、その怪物に襲われ……村田は動けなくなってしまった。




「ねえ浩ちゃん……どうするつもりなの?」

 不意に聞こえてきた、希美の声……浩介は、歩きながら口を開く。

「わからない」

「わからないって……じゃあ、何をしに行くの?」

「……」

 希美の問いに対し、浩介は何も答えられなかった。そもそも、あんな怪物を相手にしてどうしようと言うのだろう……。

 だが、何もしない訳にはいかなかった。


 ややあって、浩介は答えた。

「私は、あの怪物を説得してみるよ。出来ることなら……この人里離れた森の中で生涯を終えて欲しい。人間に気づかれることなく、ね」

「そんなの無理よ……」

「無理でも、やるしかないんだ。奴を放っておいたら、大勢の死人が出る。希美、まひる……お前たちだけが頼りだ。あの怪物とコミュニケーションをとってくれ。奴はお前たちのことが見えるらしい。それなら、お前たちの呼びかけにも応じるはずだ」

 そう、先日あの怪物を止めたのは、浩介の力ではない。希美とまひるだ。怪物が浩介に襲いかかろうとした時、二人が浩介を庇うように立ちはだかった。

 すると、怪物は動きを止めたのだ。そして、全てを理解したかのように去って行った……。


 果たして、説得が通じるかどうかは分からない。だが、希美とまひるは浩介のいる場所にしか出現できないのだ。

 ならば、自分が行くしかない。

 そして、あの怪物に平穏な生涯を送らせてやりたい……。

 人間の科学が生み出した呪われし存在ではある。しかし、生まれた以上は寿命を全うさせてやりたい。


 ・・・


「ペドロさん……こいつは、本気でサンとかいう化け物を愛していたのか?」

 死体と化した徳郁を見つめ、呟くような声で尋ねた天田士郎。

 そう、彼には理解できなかった。ペドロから聞いた話によれば……初めは人間女の姿をしていた者は、今や人間とはかけ離れた形へと変貌しているらしい。

 そんな怪物のために、徳郁は戦おうとしていた。さらに、士郎の前ではっきりと言ったのだ。


(お前らに何がわかる……俺はサンを愛してる。サンになら、食われても構わねえ……)


「お前、やっぱり狂ってやがったのか……」

 死体を見下ろし、またも呟く士郎……すると、ペドロが口を開いた。

「自分に理解できない考えや思想は全て、狂っているの一言で片付ける……それは誉められた態度とは言えないな。その悪しき姿勢について、君とじっくり話し合いたいところだが……今は、そんな場合ではないらしい」

 そう言うと、ペドロは森の方を見つめる。今や、士郎の耳にもはっきりと聞こえてきた。

 異常な速さでこちらに向かって来る、巨大な生き物の立てる音が……。 


 やがて、怪物が姿を現した。

 怪物は、想像していたほど大きくはない。身長そのものは百八十センチ強、といったところか。黒い毛に覆われた顔の半分近くを占めているのは、巨大な目であった。人間の瞳とは根本的に異なる、昆虫の複眼のような目が付いているのだ。腕は六本あり、全身を黒い毛で覆われている。まるでタランチュラのようだ……。

 そして、怪物の目は一点を見つめていた。

 死体と化した徳郁を。


「キ……ラ……」


 怪物は、奇妙な声を発した。呆然とした様子である……ように見える。徳郁の死に、ショックを受けているようにも。

 その姿を見た士郎は、思わず目を背けた。怪物は悲しんでいる……徳郁が死んだことに対し、深い悲しみを露にしているのだ。これまでに何人もの人間を殺し、数々の修羅場を潜り抜けてきたはずの士郎……だが、彼は動揺していた。

 こんな得体の知れない怪物が実在する事に。

 そして……得体の知れない怪物が、人の死を前にして悲しみを露にしている光景に。


 しかし、次の瞬間――

 怪物は、奇怪な叫び声を上げた。たとえようの無い深い悲しみ、そして激しい怒りに満ちた叫び……。

 そして怪物の目が、こちらを向く。

 怪物は巨体を踊らせ、士郎に襲いかかった――


 士郎は、咄嗟に拳銃を構えた。

 そしてトリガーを引く。

 轟く銃声……発射された弾丸は、狙い通りに怪物の体を貫いた。

 だが、怪物の動きは止まらない。凄まじい勢いで、士郎に突進していく――

 その瞬間、士郎は地面を転がった。からくも怪物の攻撃を躱す。

 地面を転がり、間合いを離した士郎。だが、その目に飛び込んできたものは……。

 怪物の背中によじ登り、巨大な刃物で切りつけるペドロの姿であった。


 怪物は吠え、ペドロを振り落とそうと暴れる。しかし、ペドロは軽やかな動きで宙を舞い着地した。まるで、体操選手の演技のように……。

 そして、彼は叫んだ。

「士郎くん、わかるかい! 痛みと恐怖、それこそが生きている印なんだよ! 俺は今、久しぶりに痛みと恐怖を味わっているよ!」

 恍惚とした表情で叫ぶペドロ。その体には、緑色の何かが大量に付着している……怪物の血液だろうか。そして右手には、湾曲した形の奇妙なナイフが握られている。

 そのナイフには、士郎は見覚えがあった。グルカナイフだ。ネパール人の兵士が、白兵戦で用いていた武器である。あんな物を、どこに隠し持っていたのか……。

 驚愕する士郎の目の前で、二匹の怪物の闘いが始まった――


 その光景に、士郎は我を忘れ見とれていた……。

 凄まじい勢いで、突進していく怪物。その六本の腕で、矢継ぎ早に攻撃を仕掛けて行く。

 六本の腕から繰り出される、予測不能な変幻自在の打撃……だが、ペドロはその全てを最小限の動きで躱しているのだ。六本の腕の軌道を完璧に見切り、ミリ単位の動きで避けている――

 それは、もはや人間の技ではなかった。


 だが、怪物は吠えた。そして、口から何かを吐き出す――

 粘液のような何かが、ペドロめがけて吐かれた……しかし、ペドロはそれを躱す。

 だが次の瞬間、薙ぎ払うような腕の一撃がペドロに炸裂した。

 直後、軽々と飛ばされるペドロ……そして地面に叩きつけられた。

 その時、士郎はようやく我に返った。手にしているグロックの銃口を怪物に向け、トリガーを引く――

 銃声が轟き、火薬と硝煙の匂いが立ち込める……士郎は、続けざまに三発撃った。その全てが、怪物に命中している。

 にもかかわらず、怪物に怯む様子はない。何のダメージも受けていないようなのだ。

 ギリリ、と奥歯を噛み締める士郎。続けざまにトリガーを引く。弾倉が空になるまで、トリガーを引き続けた――

 弾丸は全て命中した。

 一トンを超える大型の動物でも、これだけの弾丸を食らえば只では済まない。小口径のグロックから放たれた銃弾でも、かなりの手傷を負わせられたはずだ。

 しかし、怪物は平然としていた。

 そして怪物は、士郎の方に向き直る。

 奇怪な声を上げ、怪物は士郎に突進した――


 その時、士郎は逃げた。凄まじい勢いで走り、家の中に飛び込む。素早くドアを閉め、鍵をかけた。

 そして顔をしかめながら、もう一つの武器を取り出す――


 ドアは一瞬にして破られた……鍵のかかったドアが、まるで布切れか何かのように軽々と飛ばされる。

 直後、怪物がのっそりと入って来た。

 その瞬間、またしても銃声が轟いた。次いで、怪物を襲う強烈な衝撃――

 怪物は、その場でのけ反った。


 巨大な拳銃を握りしめ、怪物を睨みつける士郎……先日、ペドロが殺したヤクザが持っていたデザートイーグルだ。一発の銃弾の威力に関する限り最強クラスの拳銃である。まともに当たれば、人間などひとたまりもない。

 士郎は、さらにトリガーを引く。

 激しい反動が、士郎の両腕を襲う。しかし、その衝撃に見合うだけの威力はあった。強烈なエネルギーを秘めた銃弾が、怪物の体に炸裂する。

 だが、怪物は立ち続けていた……。

 士郎は、全身の毛が逆立つような恐怖を感じた。これだけの銃弾を受けながらも、まだ生きているというのか。

 無意識のうちに、士郎の体が震え出した。恐怖が、彼の体を蝕んでいく……。

 その時、外から喚くような声が聞こえてきた。怒鳴りつけるようなスペイン語だ。何を言っているのか、士郎には全くわからない。だが、その言わんとするところは理解できた。

 そして、怪物にもその言葉は通じたようた。向きを変え、声の主の方を見る。

 その瞬間、怪物は吠えた――


 いつの間に切り取ったのか……ペドロは、徳郁の首を片手に持っていた。緑色に染まった体で、首を高々と掲げて怪物を睨みつけている。

 ペドロはさらに、徳郁の死体を蹴りまくった。怪物を挑発するかのように――

 すると怪物は、恐ろしい声で吠えた……いや、哭いたのだ。

 そして、凄まじい勢いでペドロに突進して行く。


 士郎は震える手で、デザートイーグルを構え直す。並の人間ならとっくに発狂しているか、戦意を喪失して腑抜けになっていただろう。目の前にいる怪物は、あまりにも常識はずれであった。こんな存在を前に戦い続けるなど、まともな人間には不可能だ。

 だが、士郎はまともではなかった。数多くの人間と殺し合い、その死体を始末してきたのだ……自らの意思でボーダーラインの外に出た人間であり、狂気の世界に身を置いてきた者である。だからこそ、この状況下で動き続けることが出来たのだ。

 さらに、目の前にはペドロもいる。ペドロは怪物を相手に、怯むことなく戦い続けていた……その姿こそが、士郎の恐怖を和らげてくれていたのだ。この状況において、ペドロ以上に頼もしい仲間など存在しないであろう。

 士郎は震える体で立ち上がった。両手でデザートイーグルを構え、怪物に狙いをつける。

 その時、ペドロが生首を放り投げた。まるでボールでも投げるかのように、徳郁の首をあらぬ方向に投げる――

 怪物は吠え、首の転がる方向に走った。

 そちらに狙いをつけ、士郎はトリガーを引く――

 強力な銃弾が、怪物の体を貫く。士郎は立て続けにトリガーを引いた。放たれた銃弾は、怪物の体に次々と炸裂していく。

 弾丸の一発が頭を貫き、怪物は倒れた……と同時に、デザートイーグルの弾丸も尽きる。


 だが、それでも怪物は動きを止めなかった。六本の腕を動かし、なおも這っていく。

 そして、徳郁の生首を手にした。

 いとおしそうに頬擦りする。


「キ、ラ……キラ……」


 怪物は不気味な声を発した。だが、その声の奥には深い悲しみがある。

 そう……怪物は徳郁の首を抱え、空に向かい哭いていたのだ。

 士郎は恐怖も興奮も忘れ、その場に立ち尽くしていた。科学によって生み出された、恐ろしい怪物……しかし天を仰ぎ慟哭している姿は、あまりにも哀れなものであった。


 だが、その慟哭は終わった。

 怪物に後ろから近づき、グルカナイフを振り上げるペドロ。

 そして、刃を叩きつけた――


 怪物の流した緑色の血を全身に浴びながら、グルカナイフで止めを刺したペドロ。その姿からは、人間らしさなど微塵も感じられない。

 徳郁の首を抱え慟哭した哀れなる怪物よりも、ペドロの方がずっと禍々しい存在に見える。

 まさに、地獄の悪鬼そのものであった……。


 その時――


「だ、大丈夫ですか?」


 惚けた声とともに、姿を現した男がいる。士郎は、その男に見覚えがあった。ペドロと殺り合った時に、乱入して来た男だ。名前は確か、高田浩介……。

「おいペドロさんよう……また変なのが来たぞ。どうするんだ? 口を塞ぐのか?」

 士郎の言葉に、ペドロはニヤリと笑った。

「さて、どうしようかねえ……まあ、君に任せるよ。俺は忙しいからね」






 次回で完結となります。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ