九月十五日
吉良徳郁が目を覚ました時、家には誰も居なくなっていた。サン、クロベエ、シロスケ……皆、姿を消している。
徳郁は起き上がると、リビングまで歩いた。あの三人……いや、一人と二匹はどこに行ってしまったのだろう。
まさか、みんなして出ていってしまったのだろうか……。
徳郁は不安な気持ちになった。しかし、床の上に紙切れが置かれているのを見つける。
紙切れには、こう書かれていた。
(くろべえと しろすけと いっしょに さんぽ あした もどる しんぱい しないで さん)
「サン……お前、何をやってるんだ?」
思わず呟く徳郁。サンはいつの間に字が書けるようになっていたらしい。
だが、そんな事よりも……。
サンはあの二匹を連れ、外で何をしようとしているのだろうか。
その時、妙な空気を感じた。何かがおかしい……。
強烈なまでの違和感を覚え、徳郁は反射的に立ち上がる。そして玄関の方を見つめた。
何者かが外に来ている。これは人間だ。それも一人ではない。確実に、二人以上はいる。
足音を忍ばせて移動する徳郁。窓から、そっと表を覗いてみる。
誰も居ない。
しかし、徳郁には分かっている。確実に、何者かが潜んでいるのだ。
姿勢を低くし、移動を始めた徳郁。リビングを横切り、武器を取りに行こうとした。
その時、凄まじい勢いで扉が開けられる。と同時に、筋肉の固まりのような男が飛び込んで来た――
しかし、徳郁も瞬時に反応する。侵入者めがけて、そばにあったリモコンを思い切り投げつけた。
侵入者の顔面に命中するリモコン……だが、侵入者には怯む様子がない。何事もなかったかのような表情だ。そして、凄まじい勢いで突進して来た。
侵入者の強烈なぶちかましが徳郁を襲う。次の瞬間、彼は軽々と吹っ飛ばされた――
壁に叩きつけられ、うめき声を上げる徳郁。だが、彼は素早く起き上がる。相手はかなり手強い。ならば、ここは武器を使うしかない。
直後、徳郁はキッチンへと走る。侵入者はまたしても突進してきたが、徳郁はそれを躱して包丁を手にした。
睨み合う二人。
「てめえ誰だ? 何しに来たんだ!」
凄む徳郁。だが、相手は怯む気配がない。身長はさほど高くないが、腕といい胸回りといい常人離れした太さだ。着ている黄色いTシャツが、分厚い筋肉ではち切れそうである……言うまでもなく、徳郁はこんな男に見覚えはない。
「うるせえ。女はどこにいるんだ?」
低い声で、言葉を返してきた男。この口調や態度から察するに、知能はかなり低そうだ。まともな会話すら成立するかも怪しい。徳郁は交渉が出来そうにないことを悟った。
「女……知らないな。他を当たれよ。でないと死ぬことになるぜ」
言いながら、徳郁は包丁を構えた。侵入者は背は高くない。しかし、分厚い筋肉に覆われた体は自分より重く、体格差は三十キロはある……まともに格闘したら、勝ち目は薄いだろう。
ならば、刺し殺す。
徳郁は、包丁を小刻みに振っていく。相手は手袋のような物をはめているが、それでも肌の露出は多い。まずは、腕でもどこでも切りつけていく。そして、隙が出来たら一気に刺し殺す――
だが次の瞬間、徳郁の体に衝撃が走った。まるで雷に打たれたかのような衝撃……さすがの徳郁も、耐えきれずに倒れる。
「ちょっとお、こんなガキに何を手こずってんのさ……」
スタンガンを片手に徳郁を見下ろしているのは、髪をピンクに染めた若い女だった。いかにも楽しそうな表情で、徳郁のそばにしゃがみこむ。
徳郁は舌打ちした。目の前の男に気を取られ、背後に忍び寄っていた女に気づかなかったとは。彼は素早く起き上がろうとする。
だが、またしてもスタンガンが押し当てられる。
衝撃のあまり、徳郁の体は跳ね上がった。さらに、男の強烈な一撃が顎を襲う――
徳郁は意識を失った。
どれくらいの時間が経過したのだろう……。
気がつくと、徳郁は縛られて床に転がされていた。目の前には、四人の人間がいる。うち二人には見覚えがあった。ピンク色に髪を染めた若い女と、黄色いTシャツを着た男だ。
残りの二人には、全く見覚えが無い。片方は地味な紺色のスーツ姿の中年男で、顔に青痣がある。
もう一人の方は……日本人とは思えないような容貌の男だった。色白で鼻は高く、彫りの深い整った顔立ちだ。澄みきった綺麗な瞳で、じっと徳郁を見つめている。
「やあ、お目覚めかな」
そう言うと、男は立ち上がる。そして、徳郁に近づいて行った。
「お前……誰だよ……」
息も絶え絶えの状態で、かろうじて声を絞り出す徳郁……だが、その直後――
「君は、自分の立場というものがまるきり分かっていないようだ」
男から放たれた言葉の直後、小型のナイフが太ももに突き刺さった――
思わず悲鳴を上げる徳郁……すると、男は笑みを浮かべる。
「一応は自己紹介しておこうか。僕の名は、岸田真治という。君は吉良徳郁くんだよね。徳郁くん、この女に見覚えがあるはずだが……」
そう言うと、真治は写真を取り出した。
「君は、この少女と一緒に生活していた……違うかい?」
・・・
「こんな女、知らねえよ……」
真治を睨み、言葉を絞り出す徳郁。真治は、体の奥から欲望が湧き上がってくるのを感じていた。徳郁という男は、実にいい顔をしている。余分なものを全て排除して生きてきた者の顔だ。
是非とも、この男の体を切り刻んでみたい。
「そんなはずはないな……君は嘘をついているね」
言うと同時に、真治はナイフを振り上げた。
そして、足に突き立てる――
またしても、うめき声が上がる。そう、苦痛に耐えて悲鳴を上げない……そんなものは、映画やドラマの世界だけだ。どんなタフな人間であろうと、限界を超えるような苦痛の前には悲鳴を上げる。生きている人間ならば当然の反応なのだ。
「だから……本当に知らねえんだよ……あいつは、もう居ないんだ……」
徳郁の言葉は、嘘だとは思えない。だが、全てを語っているとも言えない気がする。
真治は考えた……この徳郁という男は、まるきりの馬鹿ではない。学歴はないらしいが、頭は悪くはないだろう。真治の腹心の部下である立花薫――今日は事務所に残っている――のようなタイプに見える。
となると、痛みに耐えて口を割らない……などと言う愚かな事はしないのではないか。それよりも、情報を小出しにして隙を狙うか……あるいは、嘘の情報でこちらを混乱させるか。
だが、そんな事はどうでもいい。今は、この男を切り刻んでみたい。
まずは、手の指を一本ずつ。
「黄原くん、ちょっと手伝ってくれないか。吉良くんに是非とも協力してもらいたいんだよ」
真治がそう言った次の瞬間――
扉が音を立てて開く。
そこに立っていたのは、一見すると人間のようである。事実、二本の足で立っていたのだから。
しかし……人間とは明らかに違う生物であった。腕が六本あり、顔は黒い毛で覆われている。さらに目は大きく、口からは巨大な牙が伸びていた。怪物、としか表現のしようのない者だ……。
「サ、サン……」
呟くような徳郁の声。真治ははっと我に返る。
「何なんだよ……こいつは……」
その真治の言葉に反応したかのように、怪物は奇怪な声を上げた。
そして、真治たちに襲いかかる――
真っ先に犠牲になったのは黄原大助だった。怪物は凄まじい勢いで、黄原に腕を伸ばす。黄原は、あまりの出来事に呆然としていて何も対応できない。
怪物は、黄原の襟首を一本の腕で掴んだ。そして軽々と持ち上げる……百十キロある黄原が、まるで子供扱いだ。
その時、ようやく皆が反応した。黄原は持ち上げられた状態のまま、怪物の顔面を殴り付ける。青山浩一と桃井亜紀は拳銃を抜き、怪物へと銃口を向ける――
次の瞬間、怪物の六本の腕が黄原に向かう。両腕、両足、頭、胴……黄原の体の各部分を、怪物の腕が一本づつ掴んでいるのだ。
そして、無造作に引きちぎった――
黄原は、悲鳴すら上げることが出来なかった。彼は一瞬のうちに、バラバラ死体となって絶命していたのだ……。
すると、青山と桃井は震える手で拳銃を構える。
そして、トリガーを引いた――
凄まじい銃声が、室内に響き渡る……二人の拳銃から放たれた弾丸は、怪物の体に炸裂した。
だが、怪物は平然としている。
二人は、悲鳴とも雄叫びともつかない声を上げた。怪物めがけ、さらに銃弾を撃ち込む――
だが怪物は、その銃弾を無視した。バラバラになった黄原の体を投げ捨て、ゆっくりと二人の方に向きを変える。
そして、襲いかかって行った――
一方、真治はというと……取り憑かれたような目で、怪物の殺戮をスマホで撮影していた。
自らの部下である青山と桃井が、怪物の手によって血まみれの肉塊へと変えられていく……その様を、恍惚とした表情を浮かべながら撮影していたのだ。
「何だこれは!? 素晴らしいじゃないか!? これこそ本物だ! 凄いよ!」
そう言った次の瞬間、真治は徳郁の方を向いた。
そして、ナイフを振り上げ――
彼を縛る縄を切る。
「君! すまないが、このスマホで撮影してくれ! 僕があの怪物に殺される様を、映像として残しておきたいんだ!」
狂気に満ちた表情で言いながら、スマホを差し出す真治……徳郁の顔がひきつる。
「て、てめえ何を言っているんだ――」
「いいから早くしてくれ! 僕の死ぬ姿を、映像として残してくれ! 頼む!」
絶叫する真治……そう、彼は長年追い求めていたものに、今ようやく出逢えたのだ。最高のモチーフ、最強のテーマ、そして最凶の舞台……これこそ、自分のイメージしていた芸術作品である。この舞台で死ぬのなら、むしろ本望だ。
「頼むよ君! このスマホで撮ってくれ!」
叫びながら、顔を近づけていく真治。だが、その時――
「俺に触るなぁ!」
怒鳴りつけると同時に、徳郁の手が伸びた。真治は思い切り突き飛ばされ、後ろによろける。
だが、何者かに抱き止められた。
ゆっくりと、振り返る真治……そこには、怪物が立っていた。間近で見ると、意外と小さい。身長は百八十センチから百九十センチほどだろうか。巨大な目で、真治をじっと見つめている。
そして、怪物は口を開けた。
・・・
「村田くん、君はどうしたいんだ?」
尋ねる高田浩介。しかし、村田春樹は答えない。仰向けになったまま、じっと虚空を睨んでいる。
「村田くん、もう止めないか? 君が具体的に何をしようとしているか、私には分からない。だが、それが犯罪行為であるのは分かる……そんな事をしたところで何になる――」
「あんたに何が分かるんだよ……」
押し殺したような声を発し、村田は起き上がろうとした。だが、わき腹を押さえてうめき声を上げる。
「村田くん、無理しちゃ駄目だ。大人しくしたまえ」
そう言って、浩介は村田の肩に触れる。だが、村田はその手を振り払った。
そして、浩介を睨みつける……。
「うるせえ……いいか、勇次は国に殺されたんだ。あいつは、何にも悪い事をしてないんだぞ……それどころか、化け物どもから俺たちを助けてくれたんだ……なのに殺されちまったんだぞ!」
言った直後、村田の目から涙がこぼれた……彼は依然として浩介に対し、殺気のこもった視線を向けてはいる。だが、その目からは涙が溢れていた。
「勇次が何をしたって言うんだ……俺たちのために命を張った男なんだぞ……なのに死んじまった……俺は、この国を絶対に許さねえ……滅茶苦茶にしてやる……たとえ死んでも構わねえ……この国の奴らに……復讐を……勇次の仇を討つ……」
そこで、村田の言葉は止まった。
浩介の胸に、村田を憐れむ気持ちが湧き上がってきた。彼は、昔の自分に似ている……。
あの二人を喪った時の自分に。
その時、まひるが姿を現した。浩介のそばに行き、何かを囁く。
浩介は頷いた。そして村田に向かい口を開く。
「村田くん……君は、勇次くんを駄菓子屋と呼んでいたね?」
はっとした表情を浮かべ、顔を上げる村田。
「何で……何で知っているんだ……」
「それだけじゃない。他に助かった子が、あと二人いたはずだ。一人はソーニャという名の、当時一年生だった女の子。そしてもう一人は、山川恵美という六年生の女の子だ。間違っていないはずだよ」
淡々とした口調で語る浩介。それに対し、村田は唖然とした表情で彼の顔を凝視している……。
浩介は語り続けた。
「村田くん、私も大切な人を殺されたんだ。それも二人……」
そう、浩介の妻・希美と娘のまひるは十年前、通り魔の手によって殺されたのだ。
その事件当時、浩介は刑務所にいた。所属していた組の仕事がきっかけで逮捕され、刑務所に服役する羽目になったのだ。
希美とまひるは、浩介のいる刑務所に面会に行く途中で、通り魔に出会ってしまった……。
「犯人は死刑になった。だがね、私はそれだけでは納得がいかなかった。私がヤクザなんかになっていなければ……私が刑務所に行っていなければ……二人は死なずに済んだんだ。そう、私は自分にとって最愛の存在を死なせてしまったんだよ」
自嘲するかのような表情で、淡々と語る浩介……村田は何も言わず、黙って話を聞いていた。
「村田くん、君は私を病気だと言ったね。確かに、私の目には死んだはずの希美とまひるが見えるんだ。これは、私の幻覚なのだろう……初めは私も、そう思っていた。しかし、そうではないんだ」
そう言うと、浩介は顔を上げた。
村田の顔を、まじまじと見つめる。
「私は今、やっと分かったよ。勇次くんは死んだ今も、君を見守っていてくれているんだ。そして、君の行動を止めるために私を呼んだんだよ。私は、君を助けるために呼ばれたんだ」
「そ、そんな……」
「村田くん……君が犯罪者として処刑されることを、勇次くんは望んでいないはずだ。君は、勇次くんの死を無駄にするつもりなのかい?」
「それは……」
何か言いかけて、そのまま口ごもる村田……だが、浩介はなおも語り続ける。
「勇次くんが、何のために命を落としたのか……それは、君を守るためでもあったんじゃないのか? 君がこんな人生を送ることを、勇次くんは望んでいないはずだ」
「じゃあ……このまま泣き寝入りしろって言うのか? 勇次は、国に殺されたんだぞ。その事実を知りながら、俺に何もするなと言うのかよ?」
不意に顔を上げ、悲痛な声で尋ねる村田……だが、浩介は頷いた。
「そうだよ。少なくとも、それが勇次くんの願いなんだ。勇次くんは君を助けるために、私を呼び寄せたんだ……いや、私と希美とまひるの三人を」
「……」
村田は、またしても下を向いた。
「村田くん……勇次くんは死んだ。でもね、形を変えて存在しているんだ。そして今、君を助けるために私を呼び寄せた。違う生き方をしてくれ、それこそが勇次くんの意思なんだよ。君は、その意思を尊重しなくてはならないよ……それとも、命の恩人の願いを無視する気かい……」
・・・
天田士郎は、喫茶店『怪奇屋』のソファーに座っていた。外の景色を見ながら、大して美味くもないコーヒーを飲んでいる。
店の中には、マスターと士郎の二人しかいない。マスターは相変わらず、背筋をピンと伸ばした気をつけの姿勢で立っている。いつもながら、本当に不気味な佇まいだ。怪奇屋、という店名がしっくり来ている。
「マスター、ペドロさんは来るのかい?」
暇潰しに、声をかけてみる士郎。すると、マスターの視線がこちらに向けられた。感情の全く感じられない不気味な瞳が、士郎を見つめる。
しかし、それで終わりだった。返事は返って来ない……この男は、本当に無口だ。一日のうちで、語る言葉は二言か三言ぐらいだろう。
苦笑し、再び外の景色に視線を移す士郎。ふと、昨日の出来事に思いを馳せていた。
昨日……士郎な目の前で、住田健児は右手を押さえていた。ペドロと握手をした際、その凄まじい握力で思いきり握られたのだ。ひょっとしたら、右手の骨を潰されたかもしれない。
だが、住田もただ者ではなかった。
「わかりました……しかし、あの少女を始末するのは、一日だけ待ってくれませんかね……」
右手を押さえながらも、笑みを浮かべて語り続ける住田……すると、ペドロは笑みを浮かべた。
「いいだろう。君の上司に伝えてくれ……我々は明日、行動を開始すると」
「そうですか……ありがとうございます」
あの住田の口ぶりから察するに、彼とその周囲の者たちは……ペドロと自分の行動を止める気はないらしい。となると明日、この件は終わるのだろうか。この魔歩呂市に来てからの二週間は……本当に、あっという間だった。
そして、士郎はふと思った……そもそも、自分はいったい何をしに来たのだろうか。
初めは、ペドロを殺すつもりだった。真っ当な生き方をしている親友の工藤明にとって、ペドロの存在は害悪でしかない。明のためにペドロを殺す……それが、ここに来た目的だった。
それがいつの間にか、こんな奇怪な事件に介入する羽目になっている。全ては、ペドロという怪物が原因だ。
次に士郎は、ペドロのことを考えた。あんな怪物が現実に存在するなど、未だに信じられない。
だが今まで、そんな怪物と行動を共にしてきた。ペドロは、何もかもが桁外れだ。その腕力からして、人間とは思えない。車のフロントガラスを叩き割り、片手で成人男性を引きずり出した。
そして、何のためらいもなく素手で殺してしまったのだ……あの腕力は、同じ人間だとは思えなかった。さらに、知識が豊富で知能も高い。ペドロと話していると、彼の多岐に渡る知識には圧倒されるばかりだ。
ある意味、完璧な人間とも言える。
だから、だろうか……士郎はペドロに対し相反する二つの感情を抱いている。彼を嫌悪しつつも、同時に惹き付けられるものを感じてしまうのだ。
そう、ペドロは太古の時代だったなら……巨大な剣を振るい多くの敵を打ち倒し、帝国を築き上げるような存在なのかもしれない。
ペドロは、生まれる時代を間違えてしまったのではないだろうか……。
「やあ、待たせたね」
不意に、背後から聞こえてきた声……士郎が振り返ると、そこにペドロが立っていた。緑色の作業服を着て、にこやかな表情を浮かべている。
「あんたは、音もなく忍び寄るのが癖みたいだな」
「そんな癖はないはずだが……それよりも、今のうちに準備しておきたまえ。いよいよ明日、狩りに出かける」
「狩り?」
士郎が訝しげな表情で聞き返すと、ペドロは楽しそうに頷いた。
「そう……明日、この魔歩呂市を騒がせている存在を人知れず始末しに行く。そうすれば、この仕事は終わりだ。俺はメキシコに帰るとするよ。もう二度と、明の前には姿を現さない。君も晴れて、真幌市に戻れる訳だ」
「そうか……それは良かった。だが、あんたの雇い主は……それで納得するのかい?」
口元を歪めながら尋ねる士郎。ペドロの雇い主が、このまま自分を見逃すとは思えない。
全てが終わったら、自分は消されるのではないだろうか……。
しかし、ペドロは笑みを浮かべながら首を振る。
「その点は大丈夫さ。俺の雇い主は、無駄なことはしない。こう言ってはなんだが……君は犯罪者で、しかも小物だ。君が何を言おうが、何の影響もない」
「小物かよ……言ってくれるねえ。まあ、間違いではないわな。あんたから比べれば、俺なんか小物だよ。にしても、あんたの雇い主って何者なんだよ」
そう言って、苦笑する士郎。すると、ペドロの表情が変わる。
「とある企業……としか言えないな」
「企業? 俺はまた、アメリカ合衆国なんじゃないかと思ってたんだがな」
冗談めいた口調で士郎が言うと、ペドロはまたしても笑みを浮かべる。
「合衆国……フフッ、企業を舐めちゃいけないよ。むしろ、国よりも柔軟な発想が出来る上、権力に関しても優るとも劣らない。現に、この俺を重警備刑務所から出すくらいだからね」
言いながら、ペドロは士郎の向かい側に座った。
「士郎くん、前に君は言ったね……俺たちは、人類の敵みたいなものだと。だがね、長い目で見れば我々など所詮、神々が遊んでいるゲームの駒でしかないのかもしれない。実につまらない話だよ。人生は、短い上に下らない……」




