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九月十日

「あいしてる……あいしてる……あなたを、あいしてる……」

 不意に、リビングの方から聞こえてきた声……吉良徳郁はドキリとしながら振り向く。

 すると、サンはいつものようにテレビを観ていた。テレビを観ながら、聞こえてくる言葉を繰り返しているらしい。その傍らには、いつものようにクロベエとシロスケが寝ていた。床にペタリと腹を付け、じっとしている。

 徳郁は、テレビの画面に視線を移した。すると、奇妙な映画が放送されている。タイトルは忘れたが……内容は確か、天才物理学者だった主人公がハエのような怪物に変わってしまうSF映画だ。物質転送装置の中に、紛れ込んで来た一匹のハエと共に入ってしまい……転送された先でハエと融合してしまった、というストーリーだったはず。徳郁が生まれるより前に公開された映画だ。

 徳郁は、この映画を以前にも観たことがあった。だが、かなりグロテスクな内容だったのを覚えている。主人公が徐々に、ハエと人間の融合した怪物へと変貌する姿が丹念に描かれていたのだ……髪が抜け落ち、皮膚が溶け出し、そして怪物へと変わっていく。恐らく、メジャーなテレビ局なら放送しないような内容だろう。このご時世、クレームが来ることは間違いなしだ。

 こんな映画を昼間から放送しているとは、さすがは魔歩呂テレビだ……。


「サン、そんな映画を見たら駄目だ。別の番組を観よう」

 そう言いながら、徳郁はサンに近づいた。そしてリモコンを手に取る。確か、子供番組が放送されていたはずだ。

 しかし、サンは徳郁の手を掴んだ。

「だめ……さん、みたい……これ、みたい」

 そう言って、子供のようにイヤイヤをするサン。すると、傍らで寝ていたはずのクロベエとシロスケが顔を上げた。じっとこちらを見つめている。

 その視線に無言の抗議の意思を感じ、徳郁は思わずたじろいでいた。

「あ、ああ……わかったよ、好きにしろ」

 徳郁がそう言ったとたん、にゃあと鳴くクロスケ。それでいいんだ、とでも言いたげな顔つきだ。

「なんだよクロスケ、お前まで俺を責めるのか。今まで、誰がごはんをあげてたんだよ……」

 ぶつぶつ文句を言いながら戻っていく徳郁。何故か、妻と子供に責められている父親になった気がした。


「きら、みて……あれ、してる……」

 またしても、サンの声が聞こえてきた。徳郁が顔を上げると、サンはこちらを向きテレビの画面を指差している。

 徳郁が視線を移すと、今度は裸の男女がベッドの上にいるシーンだ……彼は思わず頭を抱えた。

「あっ、ああ……あれはな、プロレスしてるんだ。プロレスは知ってるな――」

「ぷろれす……ちがう……あれ、ぷろれすじゃないよ……」

 首を振るサン。どうやら、あの行為の意味がわかっているらしい。

 徳郁は思わず顔をしかめる。こういう時、どうすればいいのだろう……これまで他人とまともに付き合わずにいた徳郁には、こんな事態にどうすればいいのかわからないのだ。

 非常に気まずい気分だが……こうなれば仕方ない。気にせずにいるしかないのだ。徳郁はテレビから目を逸らし、背中を向ける。

 ふと、幼い頃の事を思い出した。昔、まだ両親が生きていた時……一緒にテレビを観ていた時、映画のラブシーンが流れたことがある。両親は気まずそうにしていたが、小学生の徳郁は平然としていた。むしろ、妙な空気になったお陰で話しかけられずに済んだ……そう思っていた。彼にとって、人間のセックスなど……動物の交尾を見ているのとさして変わりない。

 だが、今は違う。かなり気まずい空気を感じる……この差は、一体なんなのだろうか。


「きら、だいすき……きら、あいしてる……」

 背後から聞こえてきた、サンの声……徳郁が振り向くと、サンが立っていた。いつの間に近づいて来たのだろうか。音も立てず、徳郁の背後に近づいていたのだ。

「な、何だサン……腹でも減ったのか?」

 狼狽えながらも、どうにか言葉を発する徳郁。しかし、サンは首を振る。

「はら、へってない……きら、だいすき……」

 言いながら、じっと徳郁を見つめるサン。その瞳は不思議な色だった。右目が赤く、左目が緑色である。

 だが、徳郁はその不思議な瞳から、目を逸らせなくなっていた……吸い寄せられるように、近づいていく徳郁。

 すると、サンの両腕が徳郁の首に回される……だが、徳郁は何も出来ない。金縛りに遭ったかのように、されるがままになっていたのだ。

 サンの顔が近づいてくる……徳郁の心臓ははち切れんばかりに高鳴る。この後、どのような展開になるかは容易に予測できた。しかし、どうすればいいのか分からない。

 彼女の唇が触れ、二人の唇が重なる。

 次の瞬間、徳郁はサンを押し倒した――


 ・・・


「なあ立花、桑原氏はいったい何をしに来たんだろうねえ?」

 岸田真治の言葉に、立花薫は僅かに顔をしかめた。

「さあ、何しに来たんでしょうねえ……ただ、あいつは人が喜ぶような事は一つもしませんよ。疫病神みたいな男です。関わらない方がいいでしょうね」

「何それ……真治さん、もし桑原が邪魔だったら、ボクが殺しましょうか?」

 桃井亜紀が横から口を挟む。すると、立花の眉間に皺が寄る。

「やめとけ……お前らに殺られるようなタマじゃねえんだよ、あの桑原は」

 そう言いながら、桃井を睨む立花。

 真治は思わず苦笑した。この立花という男、神をも恐れぬ極悪な生活を送ってきたわりには、妙に真面目な部分がある。特に桃井のようなタイプの女は大嫌いなのだ。

 かといって、見るからに処女……のようなお嬢様が好みという訳でもないらしい。真治と立花は長い付き合いだが、彼の好きな女性のタイプは未だによくわからないのだ。

 立花の好みは不明ではあるが、ただ一つ確かな事がある。真治の命令でない限り、桃井のような女とは一つ屋根の下にいることすらあり得ないだろう。自身をボクなどと呼ぶあざとさが、立花は気に食わないらしい。

「あーそうですか。立花さんはビビってるみたいですねえ。図体の割にはビビりなんですねえ」

 嫌味たらしい言葉を発した桃井。だが、立花は冷たい表情のままだ。

「余計なお世話だ。お前のようなバカ女は、さっさと死んだ方が世のため人のためだな。桑原がお前を殺してくれたら、俺は奴に花束くらいは贈呈するよ」

「ええっ! ひっどーい! 真治さん、立花さんがいじめるんですぅ! どう思います!?」

 立花の言葉にわざとらしい声を上げ、真治に身を擦り寄せていく桃井。

 さすがの真治も、若干の苛立ちを覚えた。この女は本当にどうしようもない部分がある。残虐さと仕事熱心さに関しては評価できるが、うっとおしさに関してもかなりのものだ。

 真治の表情が、僅かながら険しくなった。すると、スーツ姿の青山浩一が割って入る。

「桃井、いい加減にしろ。それより真治さん、士想会ですが……どうやら、幹部の後藤達也と小杉庄司が来るらしいです。後藤は典型的な武闘派で、小杉は穏健派……これは、まだ話し合いの余地ありと私は見ますが」

「なんでもいいよ。面倒くさいから、そいつらも仕留めてしまおうじゃないか……そうは思わないかい、青山さん」

 真治の言葉に、青山は首を振った。

「どうでしょうねえ……これはあくまで私の読みですが、士想会としても好き好んで戦争を仕掛けてくるとは思えません。桑原を中立の立会人にして、我々と話し合う……それを、魔歩呂市における商売のとっかかりにしたいのではないでしょうかね。私は、まず話し合った方が賢明かと思いますが……」

 淀みなく語る青山。真治は内心、これはどうしたものか……と思った。青山は確かに、組織の運営には向いている。だが、真治は面倒くさいことは大嫌いなのだ。いちいち面倒な話し合いをするくらいなら、さっさと殺し合う方がいい。

 仕方ないから、全てを立花と青山に丸投げするか……などと考えていた時、立花が口を開いた。

「青山、それはいいんだが……俺には一つだけ引っ掛かる点がある。山田と橋本の件だが、事故死と報道されている。しかし、奴らは間違いなく殺されているんだよ。そして、士想会はそれを俺たちの仕業だと思い込んでいる……となると、とんでもねえ話をふっかけてくるんじゃねえのか?」

 そう……相手はヤクザである。向こうは、山田と橋本が消えたのは真治たちのせいだと思い込んでいるらしい。となると……本来なら五分五分の手打ちが、八対二もしくは九対一で向こうに有利な話になりかねない。

「そうですね。一応、確認ですが……山田と橋本の件は、本当にお二人とは関係ないのですね?」

 青山の問いに、立花は頷いた。

「ああ。俺たちは無関係だ……そうですよね、真治さん?」

「そのはずだよ。正直に言うなら、殺してやりたかったのは事実だ……しかし、その機会は永遠に失われてしまった訳だね」

 言いながら、真治はため息をつく。面倒なことになったものだ……山田と橋本は、生きていても死んでいても周囲に面倒事を生み出すらしい。

「青山……とりあえず、その二人の事故について調べておいてくれ。もし本当に殺されたのであるなら、その犯人の首を叩きつけてやろうじゃないか」

 そう、真治は今……たまらなく不快になっていた。何者かが、この魔歩呂市でふざけた真似をした。そのとばっちりが自分に来ている。それが気に食わない。

 無論、真治は士想会など恐れてはいない。むしろ、皆殺しにしてやりたい気分――自身が殺されるかもしれない事は承知の上で――だ。しかし、それ以上に……あの二人を殺った者が許せない。


「立花……僕は今、かなり不快な気分だよ。その山本と橋田とかいう、士想会の二人を殺した者を探そうじゃないか」

「わかりました。一応、訂正しますが……二人は山田と橋本です」

 立花の冷静な声。真治はうんうんと頷きつつ、視線をソファーに向ける。そこには黄原大助が座っているのだが……さっきから一言も発していないのだ。

 何をしているのかとよくよく見れば、彼は口を開けて熟睡していた。

「……まあ、いい。彼は放っておくとしよう。それより、皆でさっさとその犯人を探してくれ。見つけたら……とりあえずは首を切り取って、士想会の幹部に叩きつけるとしようじゃないか」


 ・・・


 高田浩介は今、河原に来ていた。近くに車を停めて地面に腰掛け、ぼんやりと川を見つめている。川の流れは穏やかだ。空には野鳥も飛んでいる。その光景を見ているうちに、疲れ果てた浩介の心も、僅かながら癒されたような気がした。


 結局のところは、無駄足だった……その思いが、頭から離れない。自分は一体、ここに何をしに来たのだろうか。救うべき人間を救えず、ただ目の前を殺人鬼たちが通り過ぎて行き、そして三人の死体を見た。 その上、かつての知り合いが殺されたのだ……上手く立ち回れば、ひょっとしたら止められたのかもしれないのに。


「ねえパパ、大丈夫?」

 娘のまひるの声を聞き、浩介は視線を移した。

「うん、大丈夫だよ……仕方ないから、今日はのんびり過ごして、明日帰るとするよ」

 そう言って微笑む。もはや、これ以上は自分の出る幕ではないのだ。ここは魑魅魍魎の蠢く場所……自分のような凡人に、出来る事など何もない。後は何もかも忘れ、この地を去るしかない。

 ただ問題なのは、有給休暇がまだ消化しきれていない事だ。今さら、仕事に復帰しますよ……などと言う訳にもいかない。

 仕方ない。今日は、緑の豊かなこの場所で……都会の喧騒を忘れて家族と一緒に遊ぶとしよう。そして、明日になったら家に帰る――


「浩ちゃん……誰かが、こっちに近づいて来る……気をつけて」


 不意に聞こえてきた、希美の声……明らかに緊張の色がある。浩介は反射的に立ち上がった。

「誰だ? ひょっとして、あのペドロとかいう奴なのか?」

 浩介の表情は怯えていた……かつてヤクザの世界にいて、大勢の危険な人間を見てきた彼ではあるが、あのペドロという男だけは違う。本物の怪物だ。そばに居るだけで、恐怖のあまり気分が悪くなる……あんな男とは、出来る事なら再会したくはない。

「違う……たぶん、あれよ……」

「あれ、とはどういう意味だ?」

「あれが呼んでたのよ……あたしたちを……やっと分かった……」


 その意味不明な言葉の直後、草むらからのっそりと姿を現した者がいた。まだ暑さの残っている九月だというのにレインコートに身を包み、リュックを背負っている。フードを下ろしているため顔は見えないが、体格から察するに女ではなさそうだ。

 レインコートの男は、じっとこちらを見つめている……浩介は愛想笑いを浮かべて頭を下げた。

「い、いや……これはどうも。私はただの旅行者ですが――」

「あんたは、病気のようだな」

 相手が言葉を発した。明らかに男の声だ。それも、まだ若い……恐らく、十代か二十代であろう。だが、それよりも――

「はい? び、病気と言われても……どういう意味です?」

 浩介の問いに、男は首を捻った。

「いや、あんたは間違いなく病気だよ。俺は昔、あんたみたいな人間をたくさん見てきたんだ。あんた、いずれは病院に行った方がいいよ」

 男の口調は冷たく、淡々としている。だが、その声の裏には秘められた何かがあった……深い怒り、そして心から離れない哀しみとが。浩介は危険なものを感じながらも、その場から動くことが出来なかった。

 そんな浩介に対し、男は言葉を続ける。

「まあ、俺には関係ないけどな……そんな事よりさ、悪いけど手を貸してもらうよ」

「はい? 手を貸す?」

 思わず聞き返す浩介……だが、レインコートの男は無言のまま、こちらに近づいて来る。

 その時――

「浩ちゃん、逃げて!」

 希美の叫ぶ声が聞こえ、浩介はそちらを向く。一瞬ではあるが、男から視線が逸れた。

 その時、レインコートの男は音もなく動いた。一瞬にして間合いを詰め、浩介の顎に掌底打ちを見舞う――

 それは、あまりにも強烈な一撃であった。不意を突かれ、よろめく浩介。思わず膝から崩れ落ちる。

 すると次の瞬間、首に腕が巻きついてきた……浩介は必死でもがく。だが、男の力は強く、腕が外れる気配はない。

 やがて、浩介の意識は闇に沈んでいった……。


 ・・・


 泊まっている民宿の部屋で、天田士郎はほっと一息ついていた。今、この部屋にいるのは自分一人だけである。あのペドロと過ごしている時間は、本当に息がつまりそうになるのだ。ひょっとしたら、あの男は空気の成分すら変化させられるのだろうか……などと、馬鹿なことを考えるくらいに。

 しかし、それだけでないのも確かだ。ペドロという男は、本当に恐ろしいが……同時に不思議な魅力がある。


 士郎はかなりの期間、裏の世界で活動してきた。様々な人間を見てきたし、中には狂人としか表現のしようのない者もいる。

 しかし、ペドロはどのタイプにも当てはまらないし、また当てはめられない。この数日間、彼と行動を共にしてきたが……まったく理解不能なのだ。特に一昨日は、いきなり二人を素手で殺したのだ。しかも、その殺し方は尋常ではない。まるでマネキンを破壊するように、人体を破壊したのである。

 あの腕力は、まさに野獣並みだ。自分と同じ人間だとは思えない……。

 士郎はふと、ペドロと初めて会った時のことを思い出した。あの時、自分はまるで子供扱いだった……殺そうと思えば、自分など簡単に殺せたはず。

 なのに何故、自分を生かしておいたのだろうか?

 ペドロは、人を殺すことに何のためらいもない。まして、敵と判断した者ならばなおさらだ。それなのに……。

 その時、士郎の携帯電話が震える。誰かと思えば、裏稼業の知り合いである西村陽一からだ。

「陽一、久しぶりだな。どうかしたのか?」

(ええ……ちょっと面倒な話を耳にしましてね。士郎さんは今、魔歩呂市にいるんですよね?)

「ああ、そうだよ」

(実はですね……士想会ってヤクザが、近々そっちに乗り込んで行くらしいですよ)

 士想会の名を聞いた瞬間、士郎は思わず顔をしかめた。一昨日ペドロが殺した二人が持っていた名刺には、士想会と書かれていたのだ。

 だが、士郎は何事もなかったかのように、平然と話を続ける。

「ほう、士想会がねえ……いったい何のためだ?」

(実はですね、士想会の人間が岸田真治って奴と会ったのを最後に行方不明になってるんです。それも、立て続けに四人……で、士想会の連中は完全にキレちまってるんですよ。早いうちに、そこを離れた方がいいですね)

「そうか……分かった。ところで、その岸田ってのは何者だ?」

(岸田真治は、魔歩呂の狂犬なんて呼ばれてる男ですね。魔歩呂市で、トラブルの解決を請け負っているようです。しかし、そのやっている事はヤクザ顔負けですね。いずれ血の雨が降りますよ)

 陽一の口調は淡々としていた。事実を事実のままに伝えようとしているのが、電話越しにもわかる。

「ああ……出来るだけ早く、ここを離れるよ」


 電話の後、士郎は思わず顔をしかめた。その四人のうち、二人はペドロが殺したのだ。ペドロのやらかした事のせいで、この魔歩呂市に血の雨が降ることになりそうだ……。


 士想会といえば、かつては武闘派の集団であったと聞いている。頭は悪いが命知らず……そんな、社会からはみ出してしまった男たちの受け皿となり、一時は日本でも屈指の組織であった。

 だが法律の改正、さらには時代の変化に対応できず……その勢力はどんどん弱体化しているとのことだ。放っておけば、いずれは銀星会のような広域組織に吸収されてしまうだろう……とも言われているらしい。

 一方、この魔歩呂市は神居の家が絶大な権力を握っている。ヤクザや外国人マフィアのような人種ですら、挨拶ぬきでは入り込めない。

 そんな場所に部下を差し向けるとは……士想会の台所事情は、よほど切羽詰まったものなのだろうか。


 そんなことを考えていると、不意に外が騒がしくなった。数人の人間が、バタバタ走っていくような足音が聞こえる。士郎はそっと窓に近づき、外の様子を窺った。

 若い数人の男たちが走っている。全員、奇妙な作業服のようなものを着ていて髪は短い。みな一斉に、山の方向に向かい走り去って行く。

 思わず首を捻る士郎。いったい何事だろう。ひょっとしたら、ペドロが何かやらかしたのではあるまいか……。

 士郎は階段を降りた。そして、下にいるであろう中年の従業員――ただし姿は見えない――に声をかける。

「すみません、外が騒がしいんですが……何かあったんですかね?」

「知らないよ。どうせ、野犬でも出たんだろ」

 奥の方から、そんな返事が聞こえてきた。客に対し姿を現さない無礼な態度、愛想というものがまるきり感じられない声……客商売をやっている人間にあるまじき態度だ。ここの民宿が潰れるのも、時間の問題であろう。

「そうですか……困ったもんですねえ。ちょっと外に出てきますよ」

 言いながら、士郎は表に出た。そして、辺りを見回した。辺りは再び静けさを取り戻している。先ほどの騒ぎが嘘のようだ。のどかな自然の風景が広がっている。一見すると平和なこの場所で、いったい何事が起きたのだろうか。

 もっとも、ここには三日月の村人たちを全滅させた者が潜んでいる。そして、自分とペドロはその何者かを仕留めなくてはならないのだ。そういえば、ペドロは彼女と呼んでいた。となると、それは女なのか。

 しかも……ここは赤字続きでトチ狂った、時代遅れのヤクザが乗り込もうとしている場所でもあるのだ。

 普段の士郎なら、どんな大きな仕事であろうとも……おっぽり出して逃げ出していただろう。いくら士郎と言えど、集団の力の前にはひとたまりもない。ヤクザ同士が戦争を開始しようとしている場所に長居すれば、巻き添えになるかもしれないのだ。

 だが、今回は逃げる気になれなかった。この件だけは、最後まで見届けるつもりだ。

 三日月村事件の真相。そして、ペドロという怪物が……この件をどう終わらせるのかを見てみたい。

 そう、ペドロが何をするのか……自分は最後まで見届けたいのだ。






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